②生命的不安と欲望

        「元気で長生きしたい」と思うのは、生きている人間の共通の願いだろうと思
      います。「元気で」ということのなかには、「生命の危険を感じることなく」というこ
      とを含んでいます。ところが人生は助け合い運動ですから、互いに努力しなけ
      れば生きていけないようになっていますし、この世は人間だけに都合よくできて
      いるわけではないので、私たちは常に生命の危険にさらされていると言っても
      過言ではないと思います。そういう状況のなかで、何十年も生きるのは本当に
      大変なことです。そこに生命的不安の発生する原因があるのではないでしょう
      か。

      ∙今にも死ぬのではないかという不安に襲われて困っている人がいます。
       同じように、高い所や逃げ場のない所に行くのを極端に嫌う人がいますが、生
      命的不安に襲われているという点では共通しているように思われます。
      心臓がドキドキして息苦しくなり、今にも破裂して死ぬのではないか、過呼吸や
      呼吸が止まって今にも死ぬのではないか、卒倒してぶざまな死に恥をさらすの
      ではないか、このままだと身体に異常が発生して死に至るにちがいない、こういう
      不安にさいなまれている人のことを現在ではパニック障害者と言っています。
       こういった不安発作は突発的に起こることが多く、一時的な自律神経の失調で、
      数分から数十分間続くのが普通です。

       しかし、いかに強い不安に襲われても、それがもとで死ぬようなことはなく、いろ
      いろ調べてみても器質的に異常はないものです。一度強い不安に襲われますと、
      またあのような不安に襲われるのではないかという予期不安をもつようになって、
      その不安が起こりそうな状況を次々と避けるようになり、生活領域を狭めて、やが
      てまったく外出ができないようになることもあります。

       このような人は生命的不安に支配されている人だと言っていいでしょう。そのよう
      な不安を生みだしている欲望は、「強い安全欲求」だろうと思います。それは直接
      生命の存亡にかかわる欲望であり不安だと思いますが、その欲望をもう少し具体
      的に申しますと「安心していつまでも幸せに暮らしたい」ということになるのではな
      いでしょうか。

       この欲望を実現するのに大切なことは、どの程度の「安心」を求めるのか、どのよ
      うな内容の「幸せ」を求めるのかをはっきりさせることです。それらはいずれも現実
      に即した実行可能なものでなければなりませんが、それがはっきりしたら、やさしい
      ことから手をつけていくことです。それは容易なことではないと思いますが、要約す
      るとそういうことになります。

       実際にパニックになったときには、そんな悠長なことを言ってる暇はない、とにかく
      今の不安から脱出しなければどうにもならないのだ、それはパニックを経験した人で
      ないとわからない、という声が聞こえてくるようです。そのようなときに森田理論では「
      恐怖突入」といって、不安から逃げずに、逆に「不安の中に入り込んでいくように」言
      ったり、または「不安の嵐の過ぎ去るのをじっと待つように」言ったり、「捨て身になっ
      て欲望を実現するために一歩を踏み出すように」勧めます。それができる人はいい
      のですが、なかにはできない人もいると思いますので、そんな人は薬の力を借りて一
      時的に不安をやわらげて対処するのもいいのではないかと思います。そのためには
      、医師の指導を受けなければならないのは言うまでもないことです。

       このほかに、ただ漠然とした、言葉では表現できない嫌な不安感に襲われる人があ
      るようですが、そういったものを含めて神経症の症状というものが、そうあってほしくな
      いと思うものが現れるという、心理的メカニズムに支配されている点については変わり
      ないと思いますし、当人は意識してなくても、心の奥にそういった状態になりたくないと
      いう強い欲求があるために、そういう症状が意識されてくるのだろうと思います。

       少しむずかしいかも知れませんが、「不安」に対する対処の仕方として、不安を起こ
      すまいと押さえつけたり逃げたりするのではなく、逆に不安を自由に起こすように解
      放してやることができれば不安は起きにくくなりますし、もっと進んで逆に不安を起こ
      してやろうとすれば、不安は起きなくなると思われます。




      戻る

初心者のための学習トップ