「モラル・ハラスメント」翻訳者高野優先生&
紀伊國屋書店編集者の方へ特別インタビュー
 Harcelement moralHarcelement moralHarcelement moralHarcelement moral

Q.この本を「モラル・ハラスメント」というタイトルにしたのはなぜですか?
これは担当の編集者である紀伊國屋書店編集部の藤アさんと相談して決めたことですが、まず考えたのは、「日本ではまだはっきりと認識されていない、この暴力に名前をつける」ということでした。「セクシュアル・ハラスメント」が「名前」をつけられたことによって、それまで存在はしていたものの、隠れていた暴力を浮かびあがらせたように、「モラル・ハラスメント」もきちんとした名前をつけることによって、「世の中にはそういう暴力がある」と認識してもらいたかったのです。 では、どんな名前をつけるか。モラル・ハラスメントは日本語に直訳すると、「精神的な嫌がらせ」ですが、そのままでは、「名前」としてのインパクトがありません。といって、原語のharcelement moral (アルセルマン・モラール)ではなんのことだかわかりません。そこで、まず harcelement を英語で同じ意味を持つハラスメントにし、モラルはそのまま使って「モラル・ハラスメント」にしました。「ハラスメント」であれば、すでに「セクシュアル・ハラスメント」という言葉があるので、どんな種類のことを言っているのかわかると思ったからです。ただ、モラルという言葉は、フランス語では「精神的」という意味ですが、日本語では「倫理的」という意味にとられてしまうので、それがちょっと考えどころでした。でも、その点は本を読んでいただければわかるということで、この名前にしたのです。  
ちなみに、イルゴイエンヌさんは、最初 harcelement psychologique(心理的な嫌がらせ)としようと思ったけれど、結局は harcelement moral にしてよかったと書いてらっしゃいます。というのも、第1にフランス語のmoralにも「倫理的な」という意味があるので、それだけ世間の注目を引くことができたからです(「心理的な嫌がらせ」だったら、あたりまえすぎて、心理学の教科書だと思われていただろう、とお書きになっています)。 また、第2に「モラル・ハラスメント」というのは「倫理」に反する行為なので、その関連づけができたともおっしゃっています。モラル・ハラメスメントというのは、倫理の問題なのです。それは加害者のすることがどれほど倫理にもとることか考えれば、すぐにわかると思います。
Q.高野先生なりの「モラル・ハラスメント」日本語訳は?
 心を殺す犯罪
Q.高野先生は、翻訳時(1999年)にこの本の内容についてどう思われましたか?
世の中にこんなひどいことをする人がいるのか、と思いました。また、自分がモラル・ハラスメントをしていないかどうか、とっても気になりました。
Q.「モラル・ハラスメント(日本語版)」を日本向けにアレンジした部分はどの程度ありますか。 それとも、ほぼ直訳ですか。
内容的にはほぼそのままです。カットしたところもありません。ただ、「モラル・ハラスメント」という概念がどんなものかわからないまま具体的な例に入ってしまうと、日本の読者にはわかりにくいので、編集の藤アさんと相談のうえ、次の2点で工夫しました。
・具体的な例に入る前に、原書の後半にあった内容を簡単にまとめて、「モラル・ハラスメント」の概念などを簡単に説明した(これが日本向けにアレンジしたと言えばアレンジした部分です)。
・モラル・ハラスメントについて予備知識を持っていただき、この本が何についてどんな順番で書かれているか、見取り図を示すために、「訳者あとがき」ではなく、「訳者まえがき」にして必要なことを説明した。
Q.翻訳で苦労した点はどういうところですか?
上のことを除けば、通常の翻訳と同じです。心理学系の本は初めてだったので、調べものに時間をかけたくらいです。
Q.訳される前と後では、高野先生ご自身の気持ちに変化はありますか?
「モラル・ハラスメント」という言葉を切り口にして、世の中で起こっている出来事をとらえることが増えました。企業の不祥事というのは、利益さえあがれば何をしてもいいという「モラル・ハラスメント的な」体質がもたらしたものだというように……。  
また自分自身で言えば、モラル・ハラスメント的な行為について敏感になりました(「自己愛的な変質者」という典型的な加害者のタイプではなくても、状況によってモラル・ハラスメント的な行為はしてしまう恐れがあるので……)。  
それと、これはあとでも述べますが、いちばん変わったのは、被害者の方のサイトを知ったあとです。モラル・ハラスメントの被害にこれほど苦しんでいる方々がいて、また「モラル・ハラスメント」という言葉がその方々の救いになっていることに驚き、そうであれば、もっとこの言葉を広めないといけないと思いました。
Q.本の副題「人を傷つけずにはいられない」は原著にもあった副題ですか?
いいえ。担当編集者の藤アさんがつけてくださったものです。

Q.この本が訳された国でベストセラーになった理由は何だと思われますか?
もともと存在したのに、はっきりと認識されていなかった暴力が、名前がついたことによって表に出てきたせいだと思います。
Q.イルゴイエンヌさんは日本でのモラハラブームをご存じですか?
はい。le harcelement moral がモラル・ハラスメントという名前で広まっていることはご存じだと思います。
Q.高野先生ご自身はモラハラが広まることについてどう思われますか?
まずはモラハラという言葉が広まって、恐ろしい暴力が認識されることが大切だと考えます。もちろん、言葉が広まっていけば、さまざま混乱が生じるでしょうが、それはあとから整理していけぱいいと思います。 大切なのは被害者の方がまず被害に気づいて、現在の苦しい状態から抜けだすことだと思います。

Q.フランスではモラル・ハラスメント法というものがあるそうですが、それはどのようなものですか?
職場のモラル・ハラスメントを禁止する法律です。労働法と刑法に定められています。なお、労働法ではセクシュアル・ハラスメントを禁止する項目のあとに加えられています。以前、ざっと訳したものをご紹介します。
【労働法】
Article L122-49

いかなる被雇用者も、モラル・ハラスメントを受けてはならない。この場合、モラル・ハラスメントとは、その行為が繰り返し行われることによって、被雇用者の権利と尊厳を傷つけ、肉体的・精神的な健康を損ない、またはその 職業的な経歴を危うくする恐れのある〈精神的な嫌がらせ〉のことを指し、また、その結果として労働条件の悪化をもたらす――あるいは最初から労働条件の悪化を目的として行う〈精神的な嫌がらせ〉のことを指す。
また、いかなる被雇用者も、前項で定義された行為を受けることを拒否したり、その行為について報告したり、またはその行為があったことを証言したりしたことによって、処罰されたり、解雇されたり、あるいは以下に述べるような点で、直接、または間接的に差別を受けてはならない。すなわち、主に報酬、研修、再就職斡旋、配置、資格、等級分類、昇進、配置転換、契約の更新などの点で差別を受けてはならない。
これに違反する形で行われた〈労働契約の破棄〉は無効となる。また、当然のことながら、上記に反する規定や法律的行為も無効である。
Art. L122-50
前記L122-49で定義された行為を行った被雇用者(社員)は処罰される。

Art. L122-51
企業の責任者は、上記L122-49で定義された行為を予防するために、あらゆる措置を講じるものとする。
Art. L122-52
上記L122-46(セクシュアル・ハラスメント法)とL122-49(モラル・ハラスメント法)に関する訴訟が行われた場合、当該被雇用者はハラスメントがあったことを推測できる証拠を提示する。また、これに対して、訴えられた側は、自分の行為がハラスメントではなく、その決定が正当であったことを客観的な証拠によって証明しなければならない。これを証明する責任は訴えられた側にある。いっぽう判事のほうは、もしそれが必要であれば、有用だと思われるだけ証拠調べを行い、判決を下すための材料とする。

Article L122-53
前記L122-52に関して、当該企業にある労働組合を代表する組織は、上記L122-46(セクシュアル・ハラスメント法)とL122-49(モラル・ハラスメント法)で行われた行為に対し、ハラスメントを受けた本人に代わって訴訟等の取り組みができる。ただし、この場合、本人の書面による同意が必要である。また、本人は労働組合が始めた訴訟にいつでも介入することができ、また訴訟を打ち切ることができる。
Article L122-54
企業のなかで、自分がモラル・ハラスメント、あるいはセクシュアル・ハラスメントを受けたと考える者は、調停の措置をとることができる。調停人は、企業の外部の人間で、モラル・ハラスメント、あるいはセクシュアル・ハラスメントの防止に関し、倫理的・能力的にふさわしい人のなかから選ばれる。また、この調停人の役割は、現行の労働裁判官の役割と両立する。  調停人のリストは、各県における国の代表によって作成される。国の代表者は、モラル・ハラスメント、あるいはセクシュアル・ハラスメントの被害者を擁護する団体、もしくは労働組合の全国組織のなかから候補者をあげ、精査したのちに、このリストを作成する。  

調停人から招集があった場合、当事者の双方は一ヶ月以内にこの招集に応じなければならない。当事者が出頭しなかった場合、調停人はそのことを書面で確認する。  

調停人は当事者の間に起こったことをきちんと知り、和解に向けて努力する。また、ハラスメントをやめさせるための提案を書面で当事者たちに送付する。 調停が失敗した場合、調停人は処罰の可能性と被害者がとりうる手続きについて、当事者の双方に説明する。 調停人には、労働法典L. 122-14-14 a L. 122-14-18で定められた規定が適用される。 L. 122-14-18で定められた守秘義務は、調停人がその任務の遂行上知り得た、当事者の健康に関する事柄にまで拡大されて適用される。

労働法典における関連法(組織の責任者の義務を規定した法律)
U 前記Tをもとに、組織の責任者は次のような予防措置をとらなければならない。
g) 特に、L.122-49に規定されたモラル・ハラスメントに関する危険について、以下の点を総合的に含む首尾一貫した予防計画をたてること。すなわち、技術、仕事の組織、労働条件、社会関係、雰囲気をつくる諸要素の影響、などの点を総合的に含む計画である。

【刑法】
Art. 222-33-2

〈他人の権利と尊厳を傷つけ、肉体的・精神的な健康を損ない、またはその職業的な経歴を危うくする恐れのある行為、また、その結果として労働条件の悪化をもたらす――あるいは最初から労働条件の悪化を目的として行う行為〉、そういった行為によって他人に嫌がらせをした場合は、禁固一年の刑と15,000ユーロの罰金を科す。

Q.モラル・ハラスメント被害者同盟のサイトをご覧になってどう思われましたか?
ぼくの場合は最初に本で「モラル・ハラスメント」を知ったので、「あの本に書いてあったことは、本当にあることなんだ」と思って、あらためてこの犯罪の恐ろしさを認識しました。被害者の方は、「自分の経験したこととまさに同じことがこの本に書いてあった」とおっしゃいますが、ぼくの場合は、「この被害者の方の書いてらっしゃることは、まさに本に書いてあったとおりだ」という逆コースで、この問題がどれほど一般的であり、また深刻なのかを知りました。  
前にも述べたとおり、被害者の方の言葉で印象に残ったのは、「自分が受けていたのはモラル・ハラスメントなんだ。自分の苦しみには名前があったんだ。それがわかったことによって、救われた」ということです。そして、もしそうなら、この言葉を広めていくのが訳者としての責任だと思いました。
被害者の方が自分の体験をお話しなさって、それによって「自分だけが特別に苦しんでいるわけではないんだ」という形で救われる方がいる。それは素晴らしいことだと思いました。また、そういった形で「モラル・ハラスメント」という言葉が広がっていき、また救われる人が出てくる。それも素晴らしいことだと感じました。日本においては、「モラル・ハラスメント」という言葉を広めたのは、被害者の方々だと思います。その意味で、「モラル・ハラスメント」という言葉は、被害者の方々のものです。
Q.モラル・ハラスメントに関して、どうしてもこれだけは知っておいて欲しいということはありますか?
 モラル・ハラスメントというのは、被害者を救うためにある言葉だと思います。「それはモラル・ハラスメントだ」と言って、誰かを責めるための言葉ではありません。「モラル・ハラスメント」という言葉に出会って、自分が受けていた苦しみの実体がわかり、自分が悪いわけではなかったんだ、努力が足りなかったわけではないんだと思って、この状態から一刻も早く脱出する――そういう形で被害者が救われるための言葉だと思います。
そういった意味から、モラル・ハラスメントの被害を訴える人には、この言葉の間口を広げてもよいと思っています。その反対に、「それはモラル・ハラスメントだ」、「あなたはモラル・ハラスメントの加害者だ」、「あの人はモラル・ハラスメントの加害者だ」と声高に誰かを非難する言葉には、少し距離を置きたいと思っています。「モラル・ハラスメント」だと言って人を非難すれば、それ自体がモラル・ハラスメントになる恐れが大きいからです。
といっても、もちろん、医学的な診断を下したり、裁判などではこの言葉の定義をきちんとしていかなければなりません。そこでは、何がモラル・ハラスメントで何がそうではないのか、専門的な見地からの判断が必要でしょう。でも、それ以外の場合は、第三者による二次加害を防ぐためにも、モラル・ハラスメントの被害を訴える人の言葉は、まずはそのまま受け取りたいと思っています。  
もうひとつ、ある人が誰かの精神的な暴力に苦しんでいるなら、それがモラル・ハラスメントであろうが、パワー・ハラスメントであろうが、精神的なDVだろうが、その苦しみに変わりありません。そういった状況では、言葉によってどんな名前がついているかより、その苦しみをやわらげ、そこから逃れる(第三者はその手伝いをする)ことが大切だと思います。その意味では、「モラル・ハラスメント」という言葉にこだわりすぎないことも重要だと考えます。
Q.モラハラ被害者の方々へメッセージをお願いします
 理不尽な目にあって、辛い思いをなさったことと思います。一刻も早くモラル・ハラスメントの状態から抜けだして、明るい笑顔を取り戻してくださることを願っています。『モラル・ハラスメント』の訳者として、この暴力をなくすためにできるだけのことをしていきたいと思っています。
(フランス語翻訳家 高野 優)



* 紀伊國屋書店担当者の方に伺いました
Q.紀伊國屋書店が『モラル・ハラスメント』を出版しようと決断した一番大きな理由は何ですか? 出版の際、何かエピソードがありましたら教えて下さい。
フランスで大ベストセラーになっているということで原著の存在を知りました。とりよせて内容がわかるとすぐに、「これは日本でも広くあてはまる現象だ」と直感し、企画書にまとめました。そう考えた編集者はほかにもいらっしゃったようで、何社か競合しましたが、幸運にも翻訳権を取得することができました。  翻訳者探しの過程で、偶然にも高野優先生に出会えたことが、本書出版の最大の特記事項です。この本を皮切りに現在に至るまで、シリーズのように何冊も、高野先生と心理本をつくってきました。それを考えると、まさに運命的な出会いでした。
Q.たくさんの読者カードが来たそうですが、どういう内容のものがありましたか?
「私も被害にあっています」「この本のおかげで、自分の置かれている状況が見えるようになりました」「苦しんでいるのが自分だけではないということがわかり、救われました」という趣旨のものが圧倒的です。総数としても、通常では考えられないほど多いです。  「どこに相談したらよいか教えて下さい」というお問い合わせもしばしばあります。ただ、読者のみなさまのご事情は個々に違うことと思いますので、こうしたご質問にたいして無責任に固有名を挙げ、「ここなら大丈夫」と太鼓判を押すことは、出版側の倫理としてできません。このサイトの存在など、客観的な情報提供に徹しております。このあたりの事情はご理解くだされば幸いです。
Q.本の副題「人を傷つけずにはいられない」は原著にもあった副題ですか? 他に候補にあがったサブタイトルにどんなものがありますか?
高野先生もお答えのとおり、原著にはありません。メインタイトルの「モラル・ハラスメント」には迷いがありませんでしたが、日本で使われるのは初めてですから、できるだけ平易な表現のサブタイトルにしたいと考えました。「精神的な暴力」というやや硬いフレーズは使わずに、しかしその問題を扱っているということをうまく表したいと……。他の候補はもはや覚えていませんが、いまいちだったはずです。
(紀伊國屋書店出版部 藤ア寛之)

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