電気・電子楽器
Electronic Musical Instrument

電気楽器は、音の変形や増幅に電気回路を用いる楽器のことを指し
電子楽器というのは、電気回路を発音体とする楽器を指します。
ただ、この両者を巡る用語は、日本でこそ「電気」「電子」という言い分けがされていますが、
欧米諸国に行けば、「電子楽器」「電気楽器」に当てられる言葉は一緒であり、
電気回路を通して音を制御する発音体は、「Electronic Musical Instrument」という括りがなされます。

とりあえず、電気楽器に必要なものは、
ピックアップ(振動を電気信号に組み替える部品)やマイクロフォンなどを取り付けた楽器と、アンプリファイヤー(増幅器)と、スピーカーが必要になります。
電子楽器は、楽器の振動をピックアップやマイクロフォンなどで電気信号に変換し、
その電気信号をアンプリファイアーで変形・増幅して、スピーカーに出力するという方式をとるため、
電気部品の改良を行えば、変幻自在に音を加工できるわけです。
電気楽器の代表的なものといえば、
エレクトリック(エレキ)・ギターやエレクトリック(エレキ)・ギターといった「エレクトリック(エレキ)」という言葉が枕詞としてつく楽器が思い浮かびます。
エレクトリック・ギターの歴史は、アドルフ・リッケンバッカーが1931年に作った、フライパン形のエレクトリック・スチール・ギターに始まり、
このリッケンバッカー社やギブソン社、フェンダー社などが、競って新しいエレキ・ギターを作り出し、現在に至っています。
エレクトリック・ピアノも、たしかハロルド・ローズ(1910-2000)という人が1946年ごろに考案して、フェンダー社が売り出したのが始まりです。
このエレクトリック・ピアノは、エレクトリック・ギター同様に弦振動をピックアップで電気信号に変換し、滑らかな音を売りにしていました。
ただ、電子楽器の発展により、次第にエレクトリック・ピアノの存在が薄くなってきているという現状があります。

電子楽器は、既成の楽器にピック・アップを取り付けるということはせず、
発音体そのものを発明工夫する点が特徴です。
電子音楽の発達史上、一番最初に出てくるのは、
1900年にアメリカのサデウス・ケーヒルが発明した「テルハーモニウム」というジェネレーター発音装置でしょう。
ただ「テルハーモニウム」には、増幅器がないため、あんまり普及しませんでした。
おそらく、世界初の電子楽器として登場したものとしてよく知られているのは、1926年に登場した「テルミン(テレミン)」でしょう。
旧ソ連の物理学者レフ・テルミン(1896-1993)が、高周波発信機の研究をする過程で作り出したもので、
上下左右に伸びた2本のアンテナに手を近づけたり遠ざけたりすることで、ホワホワした音を出す楽器は、
そのアンテナから放出される電磁波を、人間の身体の静電気が干渉するという原理で音を出しています。
この高周波の操作が、電子楽器の仕掛けの重要な原理になります。

電子楽器の中でも、クラシック音楽で重宝されたのが、
1928年に発表された「オンド・マルトノ」です。
開発者はモーリス・マルトノ(1898-1980)というフランスの電子技師で、
彼はテルミンと同様、チェロ弾きでした。
この楽器は、「テルミン」の原理を継承しながら、
鍵盤を用いて演奏を容易にし、グリッサンド奏法も可能にした点で、非常に高く評価されます。

1929年には、「ハモンド・オルガン」がアメリカのローレンス・ハモンドによって発明され、
さらに、ドイツのフリードリッヒ・トラウトヴァインによって、「トラウトニウム(1930年発表)」が発明されました。
これら2つの発明は、電子音楽に音色の豊かさをもたらした最初の試みとして評価されています。

こうした電子音響機器の発明は、
1940年代の電子音響の可能性の模索(アメリカでハリー・オルソン&ハーバート・ベラーが「シンセサイザー」を設計したのもこの頃)の時期を経て。
1950年代に電子音楽スタジオのブームを巻き起こし、
1951年にケルンの西ドイツ放送局が作った電子音楽スタジオを皮切りに、
ミラノ,パリ,ワルシャワ.ストックホルム,アムステルダムなど、ヨーロッパ各国に電子音楽スタジオができるようになりました。
(日本は東京のNHKが1955年に電子音楽スタジオを開設)
また、この1950年代で着目すべき発明品は、1959年初登場のトランジスタ発振機搭載電子オルガン「エレクトーン」でしょう。

1960年代にはいると、トランジスタを使った「シンセサイザー」の設計が隆盛を極め、
ロバート・モーグ(1934-)が、1965年に「モーグ・シンセサイザー」を作りました。
このモーグの「シンセサイザー(電子音楽合成装置)」は、その後の電子楽器設計上の手本となっており、
シンセサイザー業界では、彼の名前は伝説になっています。

こうした電子楽器開発の流れと、コンピュータ開発の流れが、シンクロしだしたのが、
大まかには1950年代からで、アメリカのニュージャージー州にあるベル電話研究所での音響合成の研究が、その端緒とされます。
この研究は、コンピュータ・ミュージックという分野の源流を作り出し、
1960年代から1970年代にかけて、コンピュータを応用した音響合成装置の改良が進み、
作曲家達に、新たな音や表現活動の可能性を提供するようになります。
1980年代になれば、低価格のデジタル・シンセサイザーやサンプリング・マシン(アナログ音を、コンピュータに取り込んで標本化する機械)が売り出されるようになり、
多くの人がコンピュータ・ミュージックで音楽製作ができるようになりました。
1983年には、コンピューター・ミュージックのデジタル・データの統一フォーマットである「MIDI(Musical Instruments Digital Interface)規格」が出来上がり、
異なるメーカー間での音楽データのやり取りがスムーズにできるようになりました。
こうした様々な開発により、コンピュータでの音楽の扱いが手軽になり、
DTM(Desk Top Music)が流行することとなったのでした。