ACQUA ALTA
ヴェネツィアを悩ませる高潮問題
テレビのニュースや写真などで、水浸しになったヴェネツィアの風景をご覧になった方も多いのではないかと思います。この現象について、少し私なりに書いてみました。

サンマルコ広場の渡し廊下を歩く観光客け方、サイレンの音で目が覚める。目を開けるがまだ真っ暗だ。5時半ぐらいのようである。“あ〜あ、またアックア・アルタか・・・”とぼんやり考えたが、また眠ってしまった。
 「ねぇ、下の道が無くなっちゃってるけど、これって普通?」相棒のシモーネ(注:イタリア人であるが、ヴェネツィア人でない)の声で目が覚めた。「エ? 道が無くなるって、何言ってるの?」彼は毎朝ジョギングをしているのであるが、この朝も出かけようと着替えて、ふと窓から下を見たところ、文字通り、うち のアパートの下の道が無くなって、運河と化していた。2002年11月16日土曜日の朝であった。最高水位は午前9時45分に147cmに達した。
 「アックア・アルタ」、イタリア語から直訳すれば“高い水”と言う意味であるが、洪水のようなものである。ご存知の通り、ヴェネツィアは水に囲まれた町 である。この水かさが増え、町中が水浸しになってしまうことを「アックア・アルタ」とよんでいるのである。この現象は昔からヴェネツィアで起こり、主に 11月から3月にかけて吹く、アフリカの季節風シロッコが原因とされていた。この南からの暖かい風が、アドリア海の水を押し上げるため、満潮の時間に水位 が通常よりも上がってしまうのである。

ポリ袋をはいて歩く人達  しかし、1900年代に入ってから、この洪水の回数が一気に増加した。原因の要素がいくつかあるが、まずその一つには、ヴェネツィア本島自体の自然の地盤 沈下がある。これは数字にすれば一年に1mmぐらいのもののようである。次に、1950年代から1960年代にかけて、本土側のマルゲーラ工業地帯が発展 し、大量の地下用水の汲上げを行ったため、地盤沈下が起こってしまった。これはすぐに影響が確認されたため、1970年には特別法令が出されて、それ以 降、地下水の汲上げは禁止されて行われていない。そして1990年代になってから、今度は地球温暖化の影響で、世界全体の水位が増加しているため、ヴェネ ツィアが洪水に見舞われる危険性が高くなってしまった。
 このように、季節風のほかに、いくつかの要因が重なりあって、この洪水現象がヴェネツィアで起きてしまうのである。水位が一番高くなるのは、満潮の時間 の前後の2〜4時間ぐらいである。数年前からイタリアではヴェネツィアに関する特別法令(Legge speciale per Venezia)が出され、アドリア海の港口の一時的封鎖、地盤あげなど、救済計画が進められている。しかし、現実にはそんなに計画がうまく進められてい ない。港口の閉鎖は生態学系の変化が起こる可能性があると言って、環境保護団体などが反対したり、地盤を上げると言っても、建物の一階の天井が高いところ ならいいが、天井が低くなってしまったり、ドアも取り換える必要性が出てきたりするため、そう簡単に実行できるものではない。

私の住んでいる通り  さて、肝心なヴェネツィアの人達はどう思っているであろうか。彼らにとっては、もう生まれたときからあるものなので、かなり普通の現象として受け止めてい る。上に「最高水位147cm」と書いたが、これは地面からの高さではない。サンマルコ広場前に見える海の税関跡の辺りの水中に、基準となる点があり、そ こからプラスマイナス○○cmという測定が行われるのである。したがって、ヴェネツィア島内でも地盤の高さがそれぞれの島(これらはinsulaと呼ばれ る)によって異なるため、水にたくさん浸かってしまう部分と、そうでない部分があるのである。というわけで、現在ヴェネツィアで一番地盤が低いのはサンマ ルコ広場とリアルト橋周辺であるが、この地域をアックア・アルタの時間帯に通らなかったり、自分の家の周辺が比較的地盤の高いところであれば、あまり感じ られなかったりする。
 ヴェネツィアの人々はほぼみんな、長靴を持っている。雨用のものではなく、アックア・アルタ用で、ひざ下まであるものである。サンマルコ周辺で働いてい る人は、仕事場と家にそれぞれ1足ずつ持っている人もいたりする。職種によっては(運搬業や市警察等々)股下まである長靴や、釣り用のオーバーオールみた いなのを着用する人もいる。上記の土曜日には、サンマルコ広場でも地面から90cmの水が観測された地点があり、そこだと普通の長靴なんかではとても無理 である。

  どうやってこのアックア・アルタの到来を、市民は知ることが出来るのであろうか。まずは経験である。私自身も10年以上、ヴェネツィアに住んでいるから言 えるのであるが、風、運河の水の色で微妙にその雰囲気を察知することが出来るのである。例えば今回の一連のアックア・アルタも2〜3日前から風で感じられ たのである。生暖かい風が吹き、季節も冬だというのに、何となく“ムシアツイ”感じがするのである。では実際にいつ、何時に水位が高くなるのか?それを知 るにはヴェネツィア市の専用電話番号に電話をかけるのである。"Centro Maree"といって、電話帳の最初のほうのページに警察や病院などと並んで重要な電話番号として並んでいる。ここにかけると、干満の時間と、水位の高さ を知らせるテープが常に流れていて、何時が満潮の時間かを知ることができる。「○○時 プラス△△cm、××時 マイナス◎◎cm」と延々と言っているの であるが、これがプラス90cm以上だと、サンマルコ広場が水に浸かりはじめる。90cmや100cmのことは割りと頻繁にあり、サンマルコ周辺は水に浸 かってしまうが、その他の地域ではほとんど問題がない。しかしこれが110cm以上とかになると、浸かってしまう部分がかなり出てくる。そして、異常な高 さに達することが予測されると、満潮の時間の2時間前に海軍によってサイレンが鳴らされることになっている。

 ヴェネツィアでは1階に住んでいる人は少ないので、住居に水が入ってしまうところは少ないが、お店やレストランなどは入ってしまう。というわけ で、サンマルコ周辺のお店などでは、ほとんどのところが入口に右上写真のようなゲートを付ける。これはparatiaと呼ばれ、金属製、木製のものがある が、内側にはゴムがついていて、密封性がある。でもこれだけでは十分とは言えず、床を高くしたり、或いは吸水ポンプなどを取り付けているところもある。そ して、商品の陳列棚も、高いところに据え付けたり、電気のコンセント口なども高目の位置に配置するようにしている。レストランなどでは、冷蔵庫などを台の 上に置いているところもある。
 しかし、それでも上記の147cmの日には、あまりにも水が上がりすぎて、このような処置も役に立たなかったところが多かったようである。冷蔵庫やレジ の電源が水に浸かってしまい、ショートしてしまったところが出た。私がよく行くコピー屋もコピー機がやられてしまっていた。

 最近は世界的な異常気象で、季節風が季節外にも吹くことがあり、通常では起こらなかった5月や9月に水位が上がることもある。ヴェネツィアの一市民として、早く解決策がとられることを願うばかりである。


 

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