IL GIAPPONESE FACILE

 このタイトルは「イル・ジャポネーゼ・ファーチレ」、すなわち「やさしい日本語」である。これは私が99年10月から2000年4月まで受け持ったコースの名前である。別の日記でも触れたが、ヴェネツィアで日本語を習う人は圧倒的に観光業に携わる人、とくに店員が多い。したがって、日本語も仕事に役立つことを覚えればいいので、その他のことには興味がない。そんな人を対象にしたコースをしたいと、毎年語学コースをオーガナイズしている文化協会の会長さんから言われた。文字を勉強させないで、仕事に役立つ文だけ教えてほしい、というのだ。私はこの文化協会のコースではヴェネツィアで容易に手に入る本「日本語初歩」を使用しているのだが、これはローマ字表記がなく、全て日本語で書かれている。だから生徒も最低平仮名を覚えなければならない。だから自分で教材を用意するか、別の本を探さなければならない。20時間ぐらいなら自分で教材を用意してもいいのだが、このコースは週1回2時間で、全50時間である。本でいうと10課ぐらいまでは進むので、とてもその分の教材は用意する時間はない。

 そこで、前に生徒の数人が持っているのを見たことがある"IMPARA RAPIDAMENTE IL GIAPPONESE"(早く覚える日本語)という本を使ってみることにした。これは前半で各文法事項をまとめてあり、後半は例文集と語彙集になっている。例文集は日本へ行くイタリア人のためのものであるが、お店、ホテルなどのシーンはいくつか使えそうだった。表記は日本語とローマ字両方であり、イタリア人向けの発音もその下に書かれている。文法事項の説明もイタリア語でしてあるので、復習にも各自で使えそうだ。去年の夏にその本を買い求め、どんな授業にしようかと考えはじめた。ステファノも私が使っていないときに目を通したりして、例文集を読んだり、漢字の間違いを見つけては一人喜んでいた(確かに彼はいくつかの文法と漢字の間違いを見つけた)。そして、「この本は初心者には向いていないよ。既に基礎的なことを習った人が参考書として使うべきだ」という。しかし、そういわれても私はコースを始めなければならないし、他に本の候補はないし、仕方がない。

 というわけでコースが始まった。定員は10〜20人で、今年は16人いた。一人以外は全員店員だった。まず最初は挨拶、そしてお決まりの文型「これは本です」「私は○○です」。そして第一回目の授業で必ず教えるのが数字。店員さんは値段が言えなければダメなのである。イタリアのリラはゼロが多いので、百万、千万単位まで教えなければならない。万の単位でみんな少しつまずく。慣れないと、「1万」をそのままイタリア語から訳して「十千」といってしまうのだ。そしていつものコースなら、ここで平仮名の最初の5文字を教えるのだが、このコースではそれはなし。でも一応文字についての説明はした。一通り文字を書いて見せたあとの反応:「あ〜、文字がないコースでよかった!」。

 こうして毎週、形容詞、動詞、時間、日付など仕事に役に立ちそうな語彙を使いながら導入していった。しかし本は買わせたものの、説明がこのページにあるよと見せる程度。練習問題もないし、そう使い物にならない。文法の説明も難しい用語を使っている部分もある。語彙集はけっこう役に立つが、一般的なことしか出ていないので、毎回順番にみんなの働いているお店のアイテムの語彙を教える。今回は貴金属店、ジュエリー、宝石店に勤める人が多かった。指輪、ネックレス、それに金属や石の名前などを教える。それにタックスフリーの説明や、割引可能・不可能を告げる文、開店・閉店時間などの文を教える。これらは文法を説明するのではなく、もう私が文章をかいて、これを丸暗記させるしかない。です・ます形、て形ぐらいしか50時間では導入できないので、敬語、可能形なんかを使った文は暗記してもらうしかないのである。

 こうした文章は、私がある程度自分の経験からいくつか挙げて教えるのであるが、今年のコースの生徒はもっと細かく自分のお店と関わりのある文を覚えたがり、「これはどう言うの?」「あれはどういったらいいの?」と矢継ぎ早に質問があがり、収拾がつかなくなるほどだった。みんなの希望の文は全て教えたが、果たして丸暗記して実際に使うことが出来るかは疑問である。こういう質問でけっこう授業の後半が過ぎてしまい、最終的には動詞の変化形もて形と普通形しか出来なかった。ない形、例えば「・・しないで下さい」という形や、た形は教えなかった。

 というわけでほぼ7ヶ月にわたる授業も修了した。I SOPRAVVISSUTI(生き残り組)は約8人、半数である。半分残ったのでいいほうなのであるが、でも結局は文字をやってもやらなくても続ける人は続けるし、続かない人は続かない。文化協会は文字がないほうが人が集まるし、コースとしては楽だということをアピールしたかったようであるが、教える私としては正直言ってつまらないコースであった。日本人客に割引を断る文章をひとつ覚えさせるよりかは、漢字をひとつ教えるほうがずっと楽しいし、意義があるように思える。結局文字というのも日本語の一部なのである。平仮名を覚えないで日本語を覚えるというのは、私達がアルファベットを覚えないでカタカナ表記でイタリア語を勉強するようなものである。

 こう説明し、来年からは出来ればまた普通のコースを再開したい旨を伝えた。普通のコースでも、私はいつも1年目は平仮名が読めなくてもいいように配慮して、ローマ字テキストを用意している。文字を覚えるか覚えないかは生徒が選択できるようにしているのである。今までの経験で、最初はそのつもりがなかった人でも、やりはじめたらおもしろくて平仮名を覚えた人も何人もいる。進むに従って、文字を勉強したかしなかったかによって理解力に大きな差が出てくる。それに文字を覚えるつもりのない人は、たいてい1コース以上は続かないのである。
はたして来年のコースにはどのぐらい人が集まるだろうか。

(2000年5月14日)


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