どんな人が日本語を習うのか?

 ヴェネツィア大学には北イタリアを代表する東洋言語学科があり、もちろん日本語学科もある。ここにはイタリア中から日本の文化や歴史に興味のある若者が日本語学科で学ぶためにやって来る。毎年120人前後の若い人たちが日本語学科に入学するらしい。

 私の住んでいるここヴェネツィアは、世界でも有数の観光都市。で、もちろんその主要な収入源というのは観光からである。当然観光業に携わる人は多い。ホテルの従業員からレストランのウェイター、そしてブランド物やお土産物屋さんの店員などである。その他、日本人がツアーで来れば、たいてい現地の観光ガイド、それに空港からホテル、ホテルからレストランなどの案内にトランスファー専門のアシスタントがつく。

 私が教えている語学学校へ日本語を勉強に来る人たちは、こうした観光業に携わっている人たちである。特に大部分はお店で働く人たちだ。ホテルやレストランでは、別にことばが通じなくても、宿泊するのにそれほど支障があるわけでもないし、レストランでも最近ではほとんど英語のメニューがあり、オーダーするのにそれほど困らない。また、日本語のメニューをおいているレストランもあるし、日本でもイタリア料理がブームだから、ちょっとしたメニューの名前ならもうおなじみだろう。

 しかし、店員達はことばが通じないおかげで、売りそこなうこともありえる。ここでは人気のブランドGやP、LV等は例外である。あそこはもう既に“スーパーマーケット化”していて、店員は単なるレジ係と包装係でしかない。品物に対する予備知識も要らず、説明する必要もなく、ただ日本人の差し出す雑誌の切り抜きの商品を出せばよいだけの話である。

 ブランドでないお店、或いはブランドでもあまりしられていないところ、人気がないところは違う。ヴェネツィアといえばヴェネツィアン・ガラス、ヴェネツィアン・レース、カーニバルの仮面、それに貴金属が有名である。そういうお店はわんさとあるので、出来れば自分のところで買って欲しい、オーナー達はみんなそう思うはずだ。だから、できる限りお客さんが望んでいるものを理解し、一生懸命売ろうとする。そこで、英語だけでなく、最低限の日本語を習得しようとするのだ。

 オーナー自身が日本語コースに来たり、或いはオーナーがお金を出して店員にコースに通わせるところもある。しかしそれはけっこう少数派であり、大部分は自費で来る店員達である。店員が売り上げによってマージンをもらえるお店もあるが、これはほんのわずかである。ではなぜ、彼らは経済的な見返りもないのに、自腹を切って日本語を勉強に来るのか。

 理由として最も多くの人から挙げられるのは、「日本人が好きだから」である。日本人の好感度はかなり高い。GENTILE(ジェンティーレ-礼儀正しい)でSIMPATICO(シンパーティコ-感じが良い)なのだ。ここ、ヴェネツィアの店員達は世界各国の観光客を見ている。その中でも日本人はマナーがよく(ショーウィンドウを触りまくるのにはみんな辟易としているが)、しかも最後にはたいてい何かしら買ってくれる。だから出来るだけみんなも感じよく接してあげたいと思っているようだ。

 というわけで、みんな日本語を習いに来るのだが、勉強したい内容は限られている。文化や歴史には興味がない。もちろん文字なんて不要。ちょっとした挨拶が出来て、商品の説明ができて、値段が言えればご満足なのである。だから、私は学校側からはそういうコースをするようにと言われるのであるが、なんか何とも言えず空しいというのが本音である。

 しかし、こういった現象は観光都市でも、ヴェネツィアだけでしか見られないようである。ローマやフィレンツェ、ミラノではないらしい。やはり「ベニスの商人」というように、ヴェネツィア人は心底から商売熱心のようである。

(2000年2月13日)


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