ジャンボ・ケニア!

ジャンボ・ケニア!ケニア旅行記

モンバサ、アフリカン・ヴィレッジ編


モンバサ
アカンバ木彫り職人の村
マサイ・ヴィレッジ
シャンツ Shanzu
ムトゥワパ Mtwapa
ケニア関連の本
サファリ編

マサイ族の村にて
(歌を歌って出迎えるマサイ族の女性達)


モンバサ MOMBASA
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ホ テル内にもツアーオペレーターのデスクがあって、サファリ・ツアーの手配や、その他のオプション・ツアーなどの手配をしていた。一度、モンバサの市内にも 行ってみたいと思ったので、オプションを見ると、半日ぐらいで一人100ユーロとなっている。二人で200ユーロとなるが、ちょっと高いような気がする。
そんな時、ちょっと必要なものを買いに近くのショッピング・センターまで行ったときに乗ったタクシーの運ちゃんが、
「モンバサ観光はどう?」と売り込んできて、料金や時間などの条件を聞いてみると、
朝9時から午後2時ぐらいまでで4000シリングだという。
タクシーで行った方が気楽だと思い、運ちゃんピーターの案内でモ ンバサへ行くことにした。

ピーターはよくこのガイド業をやっているようで、自分なりにコースを組んであるらしい。
ヒンドゥーの寺院や、 しっかりおみやげ物屋なども入っていて、ついついノってこっちもちょ こちょこと小物を買った。
インド洋が見えるところや、行政関連の建物がある区域、そして旧市街へ。
旧市街では今度は別のガイドがいるという。歩いて回るので、彼に頼みたかったら頼めば?という感じで
モクシーンという背の高い人を紹介された。
ぜひ歩いて回ってみたかったので、モクシーンと値段交渉し、2時間ぐらいで1600シリングだという。
まあいいか、という感じで、早速彼と旧市街へはいる。

このあたりは16世紀頃に最初にポルトガル人が来たそうで、その居住区だったらしい。
というわけで、建物などきれいなポルトガルの面影のあるものが見られる(写真5)。
それから旧市街で一番大きいというヒンドゥーの寺院(写真2)の中を靴を脱いで見学。
それから市場へ連れて行ってもらった。モンバサの人口は80%がインド系やムスリム教徒だそうで、商売をやっているのはほとんどインド系、市場はけっこう イスラム系が多かった。野菜の市場は写真を撮りたかったのであるが、 売っているのがみんなイスラム教徒の女性で写真やビデオを見せるといやがるので、ここは撮影を断念。
次に肉の市場へ行く。2つに分かれていて、1つは山羊、牛、らくだな どの肉を扱うところ(写真4)、中は暑さと生肉の匂いでむっとした。もう1つは鶏肉の市場で、ここはケージがずらっと並んでいて生きた鶏が入れられてい る。
みんな鶏をそのまま買っていくらしい。
その後はスパイスを売っているお店でちょっと買い物をしたり、洋服などを主に売っているソマリア人の市場などを通ったりして、ぶらぶらし、ピーターの車へ戻った。
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写真1:モンバサのシンボル とも言える張りぼての牙のあるモイ・アベニュー
写真2:中心街にあるヒンドゥー教の寺院
写真3:マーケットの近くの通りで。ムスリム教徒が多い。
写真4:肉専門のマーケット。中は強烈な匂い!
写真5:モンバサはポルトガルの支配下にもあったため、その当時の面影を残す建物がある。




アカンバ木彫り職人の村 Akamba Wood Carving Village
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マサイ・ヴィレッジ MASAI VILLAGE

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アンボセリ公園でサファリをしたあと、
サファリバスに同乗しているイタリア人の家族がマサイ族の村を見に行きたいと言い出した。
バスの運ちゃんと交渉(なぜかいつも私は通訳をやらされる)、帰りがけに寄れるという。
というわけで、ロッジへ戻る途中にある観光用のマサイ・ヴィレッジへ行った。

入場料は一人500シリング、又は5ユーロ。高いなぁ。ヨーロッパの美術館並み。
まあ一度見たらもういいだろうと思い、シモーネと二人分のお金を払ってはいる。
トップの写真にあるようにみんなが並んで歌を歌ってくれた。
延々とこの歌が続いたあと(実際かなり長く、いつ終わるのか私達は悩んでいた)、
今度はマッチやライターを使わずに火をおこして見せてくれた。これはすごい!(写真2〜4)
細い棒をすりすりし始めて、熱くなったところへ乾燥した草を載せ、ふぅふぅ空気を入れると・・・
草から煙がもくもくと出始めて・・・・ぼっと火がついた!
時間にして7分〜8分ぐらいだったと思う。ぜひともCAST AWAYのような状況になったときには
マサイ族と一緒にいたい。

そのあとはなんだかよくわからない儀式のようなものに参加(写真5)。
みんなで並んで跪き、マサイ族に人たちがお経のような呪文のようなものを唱えながら、
なんだかシャカシャカと水をかけられた。

それから実際にお家の中を見せてもらった。
写真を撮ったのだが、暗すぎて結局どれもよく写ってなかったのでここで紹介できないのが残念。
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写真1:私達がいる間、子供 達はみんな一隅に集められていた。



シャンツ村 SHANZU

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ホテルの割と近くに、一つ小 さい町というか、村があるのをバスから見て知っていた。
シモーネも毎日ジョギングにいってその近くを通るので、一度二人で行ってみようということになった。

というわけで、ある日の朝、朝食のあとホテルを出た。
それからが大変・・・・
私達はあっという間に、ホテルの外をたむろしていたストリート・ボーイというかガイ達に取り囲まれ、
やれタクシーに乗らないか、木彫りは買わないか、サンダル買わないか、などと猛烈な売り込み攻撃を受けたのである。
それでも無視して歩くこと10分ほど、さすがに数人はあきらめたのかだんだんついてこなくなったが、
それでもまだ数人ががやがや後ろから話しかけてくる。

こりゃ、もうだめだよ。こうなったら入札させて一番安いヤツにガイド をさせよう」と
シモーネに私が言うと、彼も金魚の糞達にうんざりし始めたのか、その案をのむ。というわけで、後ろを振り向き
OK。わかった。じゃあガイドを誰かに頼むから、あんた達、いくらな の?!」と聞いた。
俺、俺、俺!俺とこいつで 1200シリングでやるよーっ!」と背の高いヤツが前に飛び出してくる。
1200シリングで、時間はどのぐらい?」と私が聞く と「何時間でもいいぜ!
そ、それもなぁー・・・何時間でもといわれても・・・
それをそのまま受けるのもあれなので、「二人で1000シリングなら、 頼んでもいいよ」といってみる。
OK, OK, HAKUNA MATATA!(No problem) レッツ・ゴーーー!
あー、疲れた。というわけで、そのシャンツ村に住んでいるというストリート・ガイのジョゼフとロバート
ガイドをしてもらうことになったのである。


村に行ったからといっても、別に有名な見どころがあるわけでもない。
ここはアフリカ料理のレストラン」とか、「ここはサルーン(美容院)」とか
1軒の家の屋根を指さして「この家には電気が通っている」と か「あの家にはアンテナがついてる」。
あとは「あれはパパイヤの木」とか「あれは何とかの木、葉っぱはマラリアに効くんだよ」といった具合。
確かに電気が通っている家というのは数軒しかなく、水道が引いてあるらしき家はなかった。
トイレも何軒かで共同らしい。
ところどころ、かなりしっかりとした煉瓦又はコンクリートっぽいものでできてる建物があり、それらは少し前まで
ヨーロッパ人が住んでいたらしい(聞いてみると主にスイス人)。
エイズで両親を亡くした子供達のための学校を見学して、子供達に歌を歌ってもらい(写真5,あとで寄付を要求された)、
そのあとは椰子の実で造ったお酒を出すバーのようなところへ行く(写真4)。
ワインの瓶に入ったのを数人で1本買うらしく(100シリング)、それをコップ(実はヨーグルトの空き瓶)に入れて飲む。
けっこう強い味だった。暑かったからかもしれない。そこでくつろいだあと、
またぶらぶらと村を回り、最後には疲れたので国道からトゥクトゥクという
3輪トラックの乗り合いバスに乗ってホテルへ戻った。

その後、ホテルに滞在中、スタッフやビーチをうろついている兄ちゃんなど何人かから
君、この間シャンツにいったでしょう?」といわれた。
私達の他にも西洋人が数人案内されて歩いているのを見たが、さすがに日本人は私だけだったのだろう。
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写真1:村のメインストリート。
写真2:八百屋さんの店先。どの野菜もおいしそうだった。
写真3:典型的なお家。洗濯物がなんか雰囲気がよかった。
写真4:バーみたいなところで、椰子の実で作ったお酒「ムナーゼMNAZE」を
みんなと飲むシモーネ。
写真5:エイズで両親を亡くした子供達のための学校。


ムトゥワパ MTWAPA

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上 記のシャンツ村の訪問が衝撃的だったため、ぜひとももう1箇所村へ行ってみたいと思い、ガイドのジョゼフと待ち合わせた。しかし約束の時間になっても彼が なかなか来ない。他のストリート・ガイ達がやれあそこへ連れて行ってやる、どこそこへ行こうとうるさい。そうこうするうちに、一人が近寄ってきて、
僕はジョゼフに頼まれてやってきた。村の見学にいくんでしょう?」 という。
本当かなぁ。なんか新手の売り込みじゃないのかなぁ。
そうするとジョゼフが別の西洋人数人とやってきた。
ヤツは別のモンバサへ行きたがっている客を見つけたらしく、そっちへ行くから、私達の案内は子分がやるという。
まあ別にそれでもいい。どこへ行くかと決めようとなったとき、バスで国道を北上してちょっとしたところに割と大きめな村というか町があるのを見たので、そ こに行きたいとリクエスト。
でもマタートゥに乗らないと・・・」と子分が言う。
乗りたい、乗りたい、乗りたーい!」と私。
マタートゥというのはケニアの乗り合いバスで、ショッキ ングピンクや黄色のマイクロバスである。
モンバサに行ったときなども見ていたので、ぜひ一度乗ってみたいと思っていた。シモーネは最初は乗り気ではなかったが、子分(名前忘れた・・・)もいるこ とだし、チャレンジすることにした。
料金はなんだかよくわからなかったが、子分にお金を渡し、それでアレンジしてもらう。
そうして、隣村のムトゥワバへいってきたのである。


上記のシャンツよりかなり大きい村、というか町である。お店の数も多く、車も時々通る。しかし日曜日だったので、お店などはほとんど閉まっていた。家も大 きめのところが多く、シャンツより電気の通っている家も多い。
歩いていると、あちこちから歌が聞こえてくる。そう、日曜日なのでみんな教会に行っているのであった。
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写真1:ムトゥワパ村の典型的な家。土の壁にわらぶきの屋根、トイレは外で共同。

写真2:村の入り口とも言える国道沿い。マタートゥが並ん でいる。
写真3:やっと乗れた念願のマタートゥの中。音楽がうるさ い。
写真4:村の典型的な通りの一つ、水たまりが多い。
写真5:通りかかったお家でウガリ用にトウモロコシを挽い て(?)いた。



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