むかーしの日記 2000年編
 

一番まずい食べもの「リクイリツィア」
はじめてのお呼ばれ
洗礼式
サルデーニャ行き
とっとと帰れ!
シチリア行き
5月18日・ダヴィデ編
5月18日・S君編
ポケモン
工場で出産
パラシュート降下
通勤電車
ガルダランド
ガソリンがない

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一番まずい食べ物「リクイリツィア」
毎日のようにノドが痛い、ノド が痛いと言っている。おまけに今朝がたから咳が出てしょうがない。今朝も6時頃 から咳が出て眠れなくなってしまった。だから午前中はずっともうろうとしていた。
午後になって少し元気に。私の普段の声を知っている人は「大丈夫?その声!」と心配してくれる。昨日電話してきた仲のいい友達は「なんか、痛ましいよ。そ の声」と気の毒そうにいうので、「ふん、これでもセクシーって言われるのよ」と言い返した。

今日は夜8時から10時まで授業だったのだが、さすがに私の声が痛ましく聞こえたようでシーンとし、クラス一のおどけ者のロレンツォは、早速先週習った 「・・たいです」を使って、「アメを食べたいですか」ときいてくれた。「何のアメ?」と聞くと、袋の中身を見せてくれた。ゲゲッ!なんとそれは私の大嫌い なリクイリツィア(liquirizia)!これは甘草を使ったアメというか、ゴムのような物体なのだが、非常にまずい。世の中にこんなにまずいものが あっていいのだろうか、と思うぐらいまずい。もう気持ちわるい。口に入れるとすぐ吐き出したくなる。それに醜い。食べるものがどうしてこんなに醜くなくて はならないのか、というくらい醜い。真っ黒なのである。そしていろいろな形がある。丸くアメっぽくなっているもの。四角や棒状、渦巻き状もある。ゴムみた いな感触のものもあれば、ちょっと硬めのものもある。硬めのものはアイスキャンデーの芯なんかにも使われている。それでアイスが食べ終わると、みんなその 棒をなめて、少しずつ食べるのだ。それもまた見ていて気持ちわるい。
ヨーロッパ人では少なくとも私の知っているかぎり、フランス人、ドイツ人、イタリア人はこのリクイリツィアが大好物である。でも、日本人でこれが好きとい う人には、まだお目にかかったことがない。こっちで生まれたならともかく、普通に日本で育った日本人には絶対になじめない味だと思う。
というわけで、丁重に断った。
2000年03月22日 09時12分46秒

はじめてのお呼ばれ
久しぶりの日 記。4月2日、日曜日の夜。本当は書きたかったのだが、パリから帰ってきて忙しく、全然書き込む暇が無かった。月曜日の夜中に帰ってきて、火曜日はほぼ一 日中日本語のレッスン。水曜日は午前中は歯医者(治療完了!この日の口癖は'Stammi lontano, mi raccomando!" (「僕のところから、出来るだけ遠ざかっていてくれよ」=要するに虫歯にならないようにということ)、午後はレッスン。木曜日の午後もずっとレッスン。夜 は翻訳の仕事で朝方の3時半までかかってしまい、金曜日は一日中もうろうとしていた感じ。土曜日の午前中にやっと買い物をして(冷蔵庫が空っぽだった)、 土曜日の午後もずっとレッスン。

それでそれで、夜ははじめてロベルト(ステファノの兄ちゃん)の新居にお呼ばれしたのでありましたー!ヤツが家を買うと言ったときから、「私のこ と招待してね」としつこく言っていたのだ。これは実は、ヤツが32歳になるまでずーーーーっと親元で暮らしていて、コーヒー一杯ろくに入れられない男なの で(←同ステファノ=典型的イタリア男)、からかい半分で言っていたもの。私は何かにつけて、このロベルトをいびってからかうのを至上の喜びとしているの で、「あんたなんて一人暮らしなんて出来ないよ」などといたぶっていたのだ。そうしたら以外にも、そうそうに一人暮らしをはじめた。もちろん彼女のサラも 時々行ったりしているようだが、基本的には一人でやっているようである。

それにしてもおかしいのが、金曜日の夜、私とステファノを招待する電話をくれたのだが、なぜか自分の両親は招待していない。しかし、土曜日の夜、指定の時 間に行って見ると、やっぱり考え直して両親も呼んだという。なんだよ〜、早く言ってくれればいいのに。ケーキを4人分様のしか買っていかなかった。
とまあ、料理をちゃんとするのか、いついびろうかと、隙を狙っていると、ほとんどはサラが用意したものの、お皿を並べたり、あまり野菜を食べない弟のため に一生懸命ニンジンなんてすってやっている(写真の図)。
メニューはスパゲッティ・カルボナーラに、鶏肉ロールのオープン焼きとアーティチョーク等の野菜類。おいしかった。最後には(私は飲まなかったが)コー ヒーなんかもちゃんと入れてくれた。
よしよし、えらい!合格としてあげよう!
2000年04月03日 05時58分51秒
洗礼式
昨日の日曜日は友達の息子の洗 礼式に行ってきた。私の友達というのは日本人女性で、イタリア人男性と結婚して いる。去年男の子が生まれ、その子の洗礼式だったわけだ。「どうして洗礼させるの?」と訊いたら、「教会で結婚式を挙げたときに、生まれた子供は洗礼を受 けさせるという誓約書にサインしたの。それにさ、七五三とかと同じようなものじゃない」とのこと。それに「みんなやってるからね」。

というわけで、教会へ他の招待された友達と一緒に行ってきたのだが、神父さんはどちらかというと私の友達の方に洗礼を受けさせたがっているようだった。説 教の合間に友達の方を見ながら「いずれは彼女も」というようなことを何度か口にした。

私はクリスチャンの某市立女学校を出ていて、中学・高校の時には毎日礼拝があった。聖書の授業もあり、何かにつけて「神様が、神様が」と話を聞き続けてい た。
ドイツで語学学校に行っていたとき、よくクラスで宗教に関するディスカッションがあり、日本人が少なく、ヨーロッパ人が主だったため、「あなたやあなたの 国はキリスト教じゃないでしょ」と差別的なことを言われたこともある(たいていそういう発言をするのは、イタリア人だった)。

私は別に共産主義者ではないが、でも宗教はやはり麻薬だと思っている。今のところ私は麻薬に興味もないし、必要があるとも思っていない。でも、もしかした らいつか必要になるかもしれない。何かにすがらないと生きていけなくなるかもしれない。そうなってから、ぜひとも自分が信じることが出来るものを見つけた い。それがキリスト教かもしれないし、仏教かもしれないし、イスラム教かもしれないし、本当の麻薬かもしれない。だから今は、中途半端にお参りをしたり、 お祈りをしたりとかはしたくない。みんながしてるからという理由で教会で結婚したり、子供に洗礼受けさせたり、お宮参りするのには非常に抵抗がある。
でもやっぱり、こんなにまじめに考えなくてもみんながやってるから、やればいいのかなぁ。
2000年04月04日 07時20分22秒
 
サルデーニャ行き
日記を書くのが少し久しぶりに なってしまった。先週は猛烈に忙しく、メールチェックも二日ほどおざなりにして しまったほど。今週はそんなでもないのだが、やはり4月だからか、異様に眠い。眠くて眠くて仕方がない。日曜日なんかは、思いっきり寝てしまった。

今日も本当はいろいろとやろうと思っていたのだが、2つのレッスンがキャンセルになったことを幸いに、寝てしまった。このままでいいのだろうか・・・

ところで、昨日は旅行の予約をしてきた。次の目的地はサルデーニャ島!まだ行ったこともないし、そんなに行きたいとも思っていなかったのだが、値段を聞い て即決めてしまったのだ。サルデーニャ島はイタリア人の夏のバカンス地として、最も名が高く、ステファノのいとこ達なんかも毎年夏はミラノから行って、 1ヶ月間アパートを借りて過ごしたりしている。毎年夏のバカンスシーズンには、サルデーニャ行きの飛行機やフェリーは超満員、ニュースでも報じられるほど である。それでもって、みんなが行くので高いし、去年なんかはサルデーニャ行きの飛行機のパイロットが全員仮病で欠勤、バカンス客の帰途を危うくし、大ス キャンダルにもなったため、なんとなくイメージは良くなかった。

しかし、あの腰の重いロベルト(ステファノの兄ちゃん)が、いつになくカタログなんか集めて一生懸命見比べっこしており、「一緒に行こう」と私達を誘って きたので、「いくらなの?」と聞いてみると、6月の前半までに行けば1週間で飛行機・レンタカー、アパート込みで70万リラ(今の日本円で3万8千円ぐら いか)だという。えぇーっっ?!せってちぇんとー?うそーっ、と思い、カタログを取り上げてみてみると、本当である。よし、行くぞ!と即のってしまった。

私達はアパートを借りることにしたのであるが、よくよくカタログを見てみると、なるほど6月と8月では、値段が雲泥の差である。私達の予約したアパートは 二人用でシーズンオフ(6月10まで)だと21万7千リラ(1万1800円)なのに、8月には同じ部屋がなんと160万リラ(8万6500円)もするので ある!何なんだ、この差は。。。

というわけで、6月にはサルデーニャ行き。本当はベルリンかブリュッセル〜♪なんて一人でひそかにルンルンしていたのだが、まあいいか。そのうちに別の機 会があるだろう。
2000年04月12日 06時22分28秒

とっとと帰れ!
またまた久しぶりの日記。先週 は本当に忙しかった。通訳の仕事の掛け持ちはやはり疲れる。HPとメールの チェックも出来なかった。書こうと思っていたことがいろいろとあったのだが、なんだか忘れてしまった。
でも一つ、これは1週間ほど前の出来事なのだが、けっこう腹が立ったので、書かずにはいられない。

最近はそんなに腹が立つこともないのだが、これはけっこう久しぶりにムカッときた出来事だった。
私は昔ヴェネツィアにある某有名イタリアン・ブランドのブティックで働いていたため、お店で働いている友達が多い。日本人で働いている友達も何人かいる。 そんな一人Rちゃんが働くブティックに、仕事の合間に立ちよって、ちょっとおしゃべりしていた。だいたい客でもないのに、ソファーにえらそうに座り込んで 店員としゃべっている日本人がいたら私である。3軒ほど行きつけ(客としてではなく、おしゃべりのため)のブティックがある。そんなところで1枚50万も するスカートや、15万円ぐらいするバッグのデザインにいちゃもんをつけながら、駄弁っているのである。
そうそう、話は戻って、Rちゃんと話していたら、Rちゃんの友達らしい日本人の女の子が一人「こんにちは〜」と言って入ってきた。私は知らない人だったの で、Rちゃんが紹介してくれた。聞いてみると、今日から新しい職場で働きはじめるという。それも私が前に勤めていたことのあるブティックだった。そこの店 長の女はとてーーーもイヤなやつで、私は直接いっしょに仕事をした時期はなかったが、私の友達の日本人の一人もけっこういびられて辞めているので、「店長 が嫌なヤツだから気をつけたほうがいいですよ」と、ちょっと親切心をおこして言ったのだった。その時はじめて知りあった人とはいえ、やはり同じ日本人がい じめられるのはいい気がしない。そうすると、どうもそれがカンに障ったようで、「でも、いやな人はどこだっているし、別にいいんです」とけっこう強く言い 返してきた。もっともである。日本だって、イタリアだって、どこだって、嫌な上司というのはいる。しかしその先のセリフがすごい。

「それに、たかが10万円ぐらいのお給料もらってイタリアでなんか働く必要なんか、私はないんですよ。日本に帰れば、いくらでも仕事が あるんだし。どうせ年内には帰ろうと思ってるしね。そうして日本で仕事をしたら、いくらでもここのブティックのものだって、私は買えるのよ。」

私とRちゃんはぼーぜんとして言葉が出なかった。いっしょにいて、会話の内容はわからないけれど聞いていたRちゃんの同僚のスペイン人の女の子も、何かす ごい雰囲気を感じ取ったらしい。そうして彼女はけろっとして、「あ、仕事に遅れちゃう。じゃあまたね!」と言って出ていってしまった。
「ヤナやつ〜」「なんなの、あの人?」と私達は同時に口を開いた。Rちゃんはしきりに私に謝りはじめた。「アンナ人、紹介しちゃってごめんね」。私はどう でもいいのだが、何と言っても、あのセリフは働いているRちゃんに対して、とても失礼である。Rちゃんはイタリア人と結婚していて、去年子供も生まれた。 一応はこれからもずっとイタリアで生活していく人である。
聞いてみると、Rちゃんもすごく親しいわけではないらしいのだが、けっこう他の人に対してもわりと失礼なことを平気で口にしたり、人の迷惑も考えず、電話 をしてきたり、頼みごとをしてくる人らしいのである。なんだ、そんなら意地悪店長に思いっきりいじめられればいいや、と思い直した。いや、もしかしたら嫌 なヤツ同士、けっこう仲良くやってくかもしれない。

いずれにせよ、こういうヤツはとっとと日本に帰れっ、といってやりたい。
2000年04月25日 21時47分55秒
 
シチリア行き
今日は久しぶりにコンピュー ターの前に座っている感じがする。メールチェックも4日ぶり。ハムスターMLの メールが100通以上あった。やっと先週未読のメールを100通読破したのに・・・
8日の月曜日の午後、3時50分にいきなり電話で、「これからシチリアへ来て下さい」といわれ、急いで荷造りをして1時間後には水上バスでローマ広場へ向 かっていた。通訳の仕事なのだが、2週間ほど前に連絡があったきり音さたがなかったので、半ばキャンセルかとあきらめていたところだった。シチリアへは 行ったことがなかったのでとても楽しみにしていた。もちろん仕事だから、観光なんかできないのであるが、でもやはり知らない土地へ行くのは楽しい。
ヴェネツィアからはシチリアのカターニアヘアリタリアとアルピ・イーグルスという航空会社の飛行機が出ているが、アルピ・イーグルスのオフィスの電話番号 がわからなかったため、アリタリアに電話して飛行機を予約。なぜか「おいくつですか?」と聞かれ、「31歳です」と答えると、「あ、じゃあ割引料金になり ますね」!! 何の割引だっ?! 若い人の割引は確か26歳までだったはず・・・ 三十路を過ぎた女用の割引か・・・ 考えながら戸締まりをして、荷物を かばんに突っ込んで、ハムスターにエサやって、返事待ちだった翻訳の仕事を断って、さていざ出発!
空港について無事チェックインも済ませ、搭乗案内を待つ。午後6時35分発、ナポリ経由カターニア行きで、10分ほどの遅れが出ていたが、ナーニ、となり のゲートのナポリ行きは2時間半遅れている。10分なんか何でもない。搭乗案内のアナウンスが流れ、飛行機のところまでいくためにバスに乗った。まもなく 全員乗り込むと、急に地上ホステスのお姉さんがマイクで「バスから降りてホールにお戻り下さい」という。みんながやがや「これだからアリタリアはダメなん だ」などと文句をブーブータレながらホールに戻った。
その後何の一言もアナウンスもなく、待つこと1時間半。午後8時過ぎに急に搭乗案内があった。もうみんな文句を言う気力もなく、黙々と飛行機に乗り込ん だ。私の前を行くおじさんが、やはり何か言わずにはいられなかったらしく、機内で案内をしているスチュワートの兄ちゃんに「1時間以上も遅れて、何の一言 も説明がないとは何事かね?」とねちねち迫った。すると兄ちゃんは「えっ?説明がありませんでしたか?」と驚いて聞き返した。その後、機長からも説明が あったのだが、何でも6時20分に「ヴェネツィアからナポリへ行く飛行機に何かがある」という匿名の電話があり、万が一を考慮し、エンジン類から荷物から 何から何まで全部チェックしたらしいのだ。でも結局何も発見されず、いたずら電話だったらしい。大げさなナポリ人やシチリア人もちょっとびっくりしたよう で、あまり大きな反応がなかった。私は単なるよくある遅れだと思っていたのだが、フッとマフィアかなんかの大物が飛行機に乗ってるんではないか、と思った りしてちょっと不安になってしまった。いや、もしかしたらマフィア裁判の重要参考人かもしれない。そいつとともに空の上で消されてしまうのか・・・
とまあ、無事出発したのだが、ナポリ経由のこの飛行機、トランジットでナポリに着陸するのだが、ナポリ空港にも同様の匿名電話が入ったそうで、ヴェネツィ アからの飛行機は全て着陸拒否、空港も閉鎖されたらしい。それでも機長がこの飛行機は全てヴェネツィアでチェックを済ませたと力説したらしく、15分ほど ナポリ上空を旋回したあと、ようやく着陸許可が出た。本来ならカターニアまで行く人もいったん降りるのだが、遅れているのでそのまま機内に残り、ナポリ行 きの人が降り終わるのと同時に、カターニア行きの人が乗り込んできた。そしてすぐ出発。
上昇すると、機長のアナウンスが入り、「皆さん、私達は無事ナポリを出発しました。なんと、ナポリ空港に止まっていた時間はわずか10分です!ああ、これ は素晴らしいことです!これは最高記録です!私達はよくやりました!」と自画自賛。これには笑ってしまった・・・ オイオイ、やれば出来るんだから、他の 時も頑張ってよねー。
飛行機の中で急に思い出した。夕食に食べようと、お肉を解凍するために冷凍庫から出してあったのだった。しまった!やっぱり何か忘れたとは思ってたんだ。
カターニアについてステに急いで電話。お肉を捨てるために家に寄ってもらうことした。ついでにチケット割引のことを話すと「モウ、オバアチャンダカラ ネェ」と日本語で返事が返ってきた。フン、こういうときばっかりはすぐ日本語で反応しやがる。
2000年05月12日 01時40分42秒
         
5月18日・ダヴィデ編
あれ、今見るとこの前の日記は 書きかけだった。確か書いていて、なんかの用があり、そのままになっていてし まったようだった。

昨日の夕食には、ステのスカイダイビング仲間のダヴィデとその彼女である ルチアをうちに招いた。前々からステに、ダヴィデが和食を食べたがっているといわ れていたのだが、なかなか時間が見つけられなかった。昨日は私も午後1時間しかレッスンがなかったし、ステも仕事が休みだったので、午前中にいっしょに買 い物をし、午後はゆっくりと準備をした。私は“純”和食というよりは、どちらかというと中華っぽいものの方が得意なので、イタリア人の友達を呼ぶときはた いてい中華である。それでも昨日のメニューは鶏肉の照焼き、レモンの皮とショウガを衣に混ぜた豚肉の天ぷら、牛のたたき風、焼きナス、それにアスパラガス の炒め物など、ちょっと和風のものを作った。これにいつもはチャーハンを作るのだが、昨日はちょっと面倒だったし、たまたま日本のお米もあったのでチャー ハンはもったいないと思い、そのまま白いご飯にした。
ところが、この白いご飯がダヴィデの目的だったのである!お茶わんによそって出すと、「あー、まるでアニメみたい!」と大感動。「こ、こうやって食べても いいの?」と、片手にお茶わんを持ち、口に近づけて箸でご飯をかき込む仕草をする。「いいんだよ、日本ではそうやって食べるんだよ」というと、「あー、 やっぱりアニメで見たのは、本当なんだねー!」とさらに感動。笑ってしまった。
イタリアのテレビでは、けっこう日本のアニメがやっている。私が小さいころに見たサリーちゃんやハイジ、キャンディキャンディから、釣り吉サンペイ、シ ティハンター、セーラームーンなど大人気である。それらの中で、よくご飯を食べるシーンがあり、イタリア人にとっては白いご飯やラーメンをすするシーンは 何かちょっと奇怪なものに映るらしい。で、それもアニメの中だけのものなのか、現実のものなのかちょっとわからないようである。だから本当に日本人がお箸 で白いご飯を食べると知って、ダヴィデは感動したのであった。
肉のお皿が多いのは、ステファノが野菜を食べないからである。そうしたらなんと、ルチアも野菜を食べない人であった。本当は和風サラダも作ろうかと思って いたのだが、これなら作らなくてよかった。だって私とダヴィデだけではアスパラとナスも全部食べきれなかったのである。まったく。。。イタリア人の若い人 には野菜がきらいなのが多い。肉と甘いものばかり食べていて、年とってからどうなることか。飲むものだって、ファンタやコーラ、テーフレッドという甘った るいアイスティーばかりである。こういう連中とご飯を食べに行くと、ワインを飲むのは私一人だったりして、つまらないこと甚だしい。
まあ、いずれにせよ、夕べは楽しかった。今度は誰を呼ぼうかな。
2000年05月19日 05時47分41秒

5月18日・S君編
今日は書きたいことが多い。2 回に分けることにした。その1では夕べの出来事を書いたが、その2では今日の出 来事を。
今日の午前中は、10時半から12時半まで某語学学校で日本語の個人レッスンがあった。生徒は60時間の申し込みをしたS君。ヴェネツィアに住んではいる が本当はロマーノ(ローマ出身)である。彼は若い。21歳だったかな。そして恋に悩む若者なのである。
今のところ20時間ぐらい授業をしたのだが、はっきり言って進み方が遅い。覚えが悪いというのではなく、ただ単に仕事に疲れているのと、恋愛に夢中であま り勉強に身が入らないのである。その恋愛というのも遠距離恋愛。彼女にいつも会えないので、寂しい時は日本語の勉強でもして気を紛らわせようとしている (?)のであるが、なぜか最近は私は日本語の先生というより、恋愛の相談相手になってしまっているのである。たいてい毎週木曜日に2時間授業をするのであ るが、先週の木曜日には彼女がヴェネツィアへ来るというので、授業はしなかった。その前の週にしたのであるが、その時はうれしそうに「来週ね、彼女が来る んだ」と報告があり、授業はほとんど彼が彼女と過ごす週末の計画を聞かされて終わってしまった。これを全て日本語で言えるほどまだ文法事項も勉強していな いので、もちろんイタリア語。
木曜日の夜到着で空港まで迎えに行く。空港から彼が住んでいるリド島までは奮発して水上タクシー。そして木曜の夕食のメニュー。ウォッカ風味のパスタと牛 ヒレのステーキ、サラダ、デザートはストロベリー・ポンチ。なかなかおいしそうである。そしてそのあとは・・・ オイオイ、いいよ、そこまで説明しなくて も!金曜日は海に行く。土曜日は彼女が乗ったことがないので、ゴンドラに。これはヴェネツィア男など地元に住んでいる男は恥ずかしがって、絶対に乗らない のだが、S君は彼女のためには恥をしのいで乗るという。そして、日曜日は出発。あー、その時のことは考えたくない!と私の前で頭を抱えるS君。
ところで、この“彼女”、スウェーデン人なのである。ストックホルムで知りあったらしい。日本人の私から見ると、「なんだ、スウェーデンなら同じヨーロッ パで近いじゃん」と思うのであるが、これがなかなかどうしてそうでもないのである。まずヴェネツィアから直行便はない。だからコペン経由かミラノ経由、或 いはフランク経由になる。そしてあまりメジャーな路線ではないため、けっこうチケットも高い。100万リラぐらいするみたいで、東京行きも時期によっては 格安チケットで同じぐらいの値段のものが出たりするのと比べると、思いっきり割高である。それに接続もいつもいいわけではなく、けっこうトランジットの空 港での待ち時間も長かったりするので、結局はほぼ1日がかりである。「日本人の彼女だったら、もっと遠くて大変だよ」と慰めてはみたものの、「遠距離恋愛 は金がかかるよな」とぼやく彼。

さて、今週は火曜日の午後に授業をする予定だったのであるが、彼の方からキャンセル。学校の受け付けの女の子と「スウェーデン人の彼女が来てたから大変 だったんだよ、うふふ」と言っていた。そして今日、木曜日に授業をしたのであるが、いきなり来るなり「あ〜、僕は悲しい」とため息をついている。「彼女が 帰ってしまった、僕は立ち直れない・・・」「このままではいけない!何とかしなければ!」「センセー、全然勉強できなかったよ」といろいろなことを一気に 言い出す。学校は運河沿いにあるのであるが、外を音楽を奏でるゴンドラが通りすぎる。「あ〜、ゴンドラなんて・・・ツライ・・・聞きたくない」相当落ち込 んでいるようである。
少しずつ聞いてみると、彼女との週末は上記のプログラム通りうまくいったらしい。土曜日の夜はサンマルコ広場のカフェ・フロリアンでシャンペンまで奮発し たようである。でも、彼女が帰ってしまってもう何も手に付かないらしい。授業のはじめに「ねぇ、彼女から電話があるかもしれないから携帯のスイッチを入れ ておいてもいい?」というので許可してあげた。それで時々ちらちらと電話を見ては、そわそわしているのであるが、唯一かかってきた電話は彼のお父上からで あった。何でもこの週末に水上タクシーやらゴンドラやらシャンペンやら散財してお小言を受けたようである。「でもね、パパだって21の時だったら同じこと したと思うんだよね」まあ確かにそうだろう。血筋かもしれないし。
というわけで、いろいろな悩みやらこれからの計画などをまた聞かされて、結局はまったく授業にならなかったのであった。「センセーだって、こういうことが あったでしょ?僕の立場、わかってくれるでしょ?」といわれると、苦笑してしまう。最後にやっと宿題に訳文を3つ出したのであるが、「え〜、恋に悩む僕に 宿題を出すなんて・・・」と抗議したのであるが、「日本語でもやれば少し気が紛れるでしょう?」となだめて終わりにした。いっそのこと、教師をやめてカウ ンセリングでもしようかな。
はたして来週は少しは立ち直っているか。。。来週は彼女の写真を見せてもらう予定。楽しみ。
2000年05月19日 05時50分29秒
 
ポケモン
今日はステも仕事が休みで、ス カイダイビングをしに行かなかったので、いっしょに海に行ってきた。昨日までは とんでもない暑さだったが、夕べかなり強い風が吹いていて、どうも他のところでは雷も鳴ったりしていたようで、蒸し暑さを一掃してくれたようだ。
海では、毎年ステの家族がカパンナを借りているので、そこに行く。毎年同じ人たちが同じ番号のカパンナを借りているので、みんなもう何年も前からの知りあ い。私もそこに行き始めて3年目なので、周りの人たちと顔なじみになった。
となりのカパンナには小さい女の子が二人いてキャーラとジョルジアという。夏にしか会わないけれど、海に行くと、毎回二人とも「チャーオ、ユミコ!」と挨 拶してくれる。ジョルジアはまだ2歳でユミコといえず、「ウミコ」になってしまっているのだが・・・
キャーラは7歳か8歳(忘れてしまった)。今、このキャーラが夢中になっているのが、イタリアの子供に例外なく、もちろんポケモンなのである。1ヶ月ほど 前にはパパにピカチューの縫いぐるみバッグを買ってもらっている。今週は学校の成績が良かったご褒美に(イタリアの小学校はもう夏休み)ポケモンのウェス トポーチとお財布を買ってもらったらしい。
このポケモン、日本ではちょっと前にはやっていたらしいが、イタリアでは2ヶ月ほど前から大ブームになっているようである。おもちゃ屋さんなんかでも、ポ ケモングッズがわんさかと並んでいる。それでポケモンカードのようなものも売っていて、それを集めるのが子供たちの間で流行っているらしい。

ちょうど一月前にマッジョーレ湖に行ったとき、駅で待っているときにベンチでローマ在住の日本人母子(お子さんはハーフ)に知りあったのだが、その子もた くさんポケモン・カードを持っていた。それで私がイタリア語を話すと知るやいなや、そのカードでいっしょに遊びたがった。どんな遊びかというと、配られた カードをイッセイノセッでだして、強いポケモンを出したほうが勝つというものである。私はその時「ポケモン」というのがメイン・キャラクターでそれしかい ないと思っていたのだが、なんだか150とか200とかいると聞いて驚いた。もちろんどれが強いんだか弱いんだか、まったくわからない。それになんだか変 な名前ばかりである。日本人のお母さんは(もしこの日記を見ていたら、メールを下さいね!)、子供と一緒に見ていて、少し知識はあるようだったが、それで も彼女も詳しくは知らないようだった。結局電車が来てしまい、あやふやにゲームは終わった。

そして今日!キャーラが私のところに来て、このポケモン・カードでいっしょに遊ぼうと言い出したのである。そして、ステも入れて3人で遊び始めたのである が、キャーラの持っているカードはローマの子のとはまた少し違うものだった。ちょっとトランプの様になっていて、何を規準にしてるんだか、点数が書いてあ り、それが大きいほうが勝つというものだった。この方がまだわかりやすかったので、結局私は1度勝つことが出来たのだが(笑)、それでもキャーラに言わせ ると、点数だけではなく、ポケモンの強弱も見なければならないらしい。その強弱の見分け方は彼女、というかポケモンを知っている子供にしかわからないよう である。
結局他のカパンナからキャーラの友達が来て、その子といっしょにどこかへ行ってくれたので、そのわけのわからないポケモン・ゲームからやっと解放された。

テレビで見てみないとわからないのかもしれないが、私にはポケモンがちっともかわいいとは思えないし、何が人気の秘密なんだか理解不可能である。
2000年06月25日 06時14分29秒

工場で出産
今日は湿気のない快晴。気持ち のいい一日だった。
午前中は通訳の仕事があり、日本人の代表団とヴェネツィア近郊の某有名企業の工場の見学に行ってきた。私は工場見学が大好きなのである。ヴェネツィアン・ ガラスとか、伝統工芸とかもいいのだが、本当は大小様々な機械から、いろいろなものが作られる過程を見るほうがおもしろい。それが特に、日常使っているも のだったりすると、なおさら親近感がわいておもしろく感じる。今まで行った工場の中で、一番あまりピンと来なかったのは、航空機エンジンの部品を作ってい るところだった。あの鉄の塊はまったくわけがわからなかった。それでも説明を訳さなければならないので、一生懸命聞いているのであるが、やはり毎日目にす るものでもないので、部品の名前を言われてもいまいちピンと来ない。あともう一つピンと来なかったのは、とあるプラスチック工場。小さいプラスチックのも のを生産しているのだが、あれはさすがに説明されるまではなんだかまったくわからなかった。小さい全長3cmぐらいの白い物体なのであるが、なんと洗濯機 のフタを締める時の留め具の一部だった。世の中いろいろな生産活動があるんだなぁと感心させられる。

今日の工場見学も、既に行ったことのあるところなので、だいたいのことは私ももうわかっていたのであるが、通訳として人前で話すのは、やはりいつでも緊張 するものである。それで、自分では気がつかないのだが、時々変な日本語が出てしまったりするようだ。前にもガイドの仕事でサン・マルコ広場の説明をしてい るとき、「ライオンのついた羽、ライオンのついた羽」と何度も言っており、お客さんがクスクスと「羽のついたライオン」と言っているのを耳にしてハッとし た(笑)。
今日もやってしまった・・・「工場のここの部分では、○○が出産されています。」「こちらのセクションでも◎◎なんかを出産しているんですね、それで工場 外に出されます。」
えッ、出産???ひぇ〜、本当は「生産されて、出荷しています」だったのだぁーーー!勝手に自分で「生産」と「出荷」の造語を作り上げており、しかも単語 としては既に立派な意味を持っているものだった!確か3回ぐらい言ってしまったような気がする。中には録音している人もいたのだ。
あとでスルー・ガイドのNさんに、「出産なんて言っちゃった。みんな気がついたかなぁ」と言ったら、「えー、大丈夫だよ。寝てて気がつかなかったんじゃな い?」と慰めてくれたのであるが、彼女もクスクス笑っていた。
とまあ、こんなわけであったのだが、見学は無事終了。みんなで記念撮影をしてヴェネツィアへ再びバスで戻ってきた。
2000年06月27日 02時01分35秒

パラシュート降下
今日はステファノがヴェネツィ ア郊外のマルテッラーゴという小さい町の競技場でパラシュート降下をするという ので、見に行ってきた。なんでもAVISの30周年記念行事の一環としてパラシュート降下を見せるというイベントが企画されたらしい。10人近くが結局降 下することになったのであるが、ステファノは最後に4人で飛び降りるうちの一人で、ダヴィデ、アレッサンドロ、ルイジと一緒に組んでだった。普通の観客は ちゃんと観客席で見るのだが、私は関係者やダヴィデとアレッサンドロの彼女達と一緒に競技場内から見ることができた。
天気は快晴、風もちょうどいい具合に吹いていて、絶好 のスカイダイビング日和らしい。マルテッラーゴも小さい町とは言え、結構観客が集まってきた。はじめてみる人や子供連れが多かったので、結構パラシュート を広げておりてくると、みんなから拍手や歓声が起こった。ステファノ達は最初に降りた人たちより一応上級組なので、降り方も結構速くて、特にステファノは 輪を描くように降りて見せたりして、なかなかよかった。
イベントの後は、アレッサンドロの彼女、エレオノーラの家でみんなで昼食。なんでもAVISカなんかからお金が出るんだか、出たらしい。というわけでみん なでミート・グリルパーティーをしたのであった。スペアリブやチキンなど山ほどあって、とてもとても全部は食べきれなかった。ビールもドイツ産フランツィ スカーナーのビールがあって、おいしいので結構飲んでしまった。サラミやチーズ、野菜、ポテトチップス、そしてアイスクリームもあり、本当におなかいっぱ い。あまりに食べ過ぎて眠くなってしまい、うとうとしてしまったくらい。男連中は昼間のパラシュート降下について話し合ったりしたが、私なんかはちんぷん かんぷんなので、余計眠くなってしまう。コーヒーが出て、思いっきり飲んだら、やっと眠気が覚めた。
結局1時半ごろから5時までなんやかんやと飲み食い。疲れた。

明日からはコモに仕事で行く。久しぶりにローマ在住の友達に会うので楽しみ。昼間はミラノによってランチにおすしなんかを食べに行こうと計画している。コ モの方はやっぱり山に近いから、少しは涼しいかな。南イタリアは悪天候で、山の土砂崩れと川の水が大氾濫で、キャンプ場が被害に遭い、死者が出ているらし い。北の方にその悪天候が移ってくるのだろうか・・・一応薄手のコートも持っていこう。それにもうストッキングも必要かな。
2000年09月11日 06時32分19秒

通勤電車
今日は日本では敬老の日!
昨日の夜コモから帰ってきた。いやぁ、暑かった、暑かった。
薄手だけれどもウールのズボンをはいていたら、暑い、暑い。特に昨日の帰りの電車の中は参った。予定より一本前の電車に乗れたのはいいが、これはICでは なくIR。鈍行とまでは行かないが、急行ではない。そしておまけにクーラーが効いていない。暑かった。せめてもの救いは一等車に乗ったこと。このミラノ発 の電車に昔乗ったことがあるのだが、二等車はすごいのである。
ミラノからブレッシャまでは背広姿のおじさんとかスーツ姿の人が乗っていて通勤客がほとんどなのであるが、ヴェローナから一変する。何と売春婦をしている 黒人のおねーちゃんたちの通勤電車(?)と化すのである。よく事情はわからないが、彼女達はわざわざ別の町へ繰り出すらしい。そして電車に乗ってくるとき は素顔でジーンズとTシャツ姿。工場への出稼ぎ労働者のような格好。ところがメストレで降りるときには一変している。蛍光色のアイシャドーと唇、思いっき り派手な洋服に変わっている。この電車は通勤電車兼化粧室兼更衣室と変身するのである。
私は彼女達の「お化粧シーン」にしかであったことがないのだが、友達は「お着替えシーン」に出くわして辟易していた。もっともこの友達は男性なので、わざ と挑発的にしたのかもしれないが・・・
私が目撃した「お化粧シーン」はすごかった。彼女達はたぶんできるだけイタリア人女性の近くには座らないようにしているようで、だからか、それともほかに あまり席がなかったからか、私の近くに場所を陣取った。私は別に気にせずに(彼女達の話していることもわからないし)うとうとしていた。電車も出発して、 ふっと目を開けると隣にいたはずの黒人のおねーちゃんが白くなっている!何と顔におしろいを塗りたくっていたのだ。あー、びっくりした!4,5人いたのだ が、よく見るとみーんなメークしている。それにしてもファンデーションの量がすごい。あれは三日ぐらいでなくなってしまうのではないか。中にはかなり茶 色っぽいファンデーションを塗っている子もいるのだが、真っ白いのを塗ってる子もいて手の色と比べるとちょっと異様。それからまゆ毛を書くのだが、これも またすごい、髪の毛の生え際まで伸ばすのである。そしてアイシャドウ。蛍光色。口紅。蛍光色。でき上がってなるほどと思った。暗いところに立っているか ら、目立たなくてはならないのだな。
昨日もヴェローナで見ていると、乗ってくる、乗ってくる・・・ そしてメストレで見ていると、降りてくる、降りてくる!お化粧したおねー様達が!あまり電 車に乗らないイタリア人は結構あの光景を見て驚いていた。本当にたくさん乗っていたのである。
とまあ、こういうわけで、またヴェネツィアに戻ってきた。
2000年09月16日 20時44分15秒

ガルダランド
昨日は友達とヴェ ローナの近くにあるガルダランドという遊園地に行ってきた。ヴェネツィアから電車で1時間40分ぐらい、ヴェローナの次の駅、ペスキエーラという小さな町 の近くにある。北イタリアではたぶんいちばん大きい遊園地で、結構規模が大きい。私は特にジェットコースターというそういうアトラクションが好きではない のだが、行ったことがなかったので行ってみることにした。私とステとローリス、それにローリスの友達3人の総勢6人だった。電車も3人以上からの割引が適 用されたのでそれを利用、ガルダランドの入場券もヴェネツィア駅の窓口で切符と一緒に購入できた(別にだからといって安くなるわけではなかったが)。入場 料は38.000リラで、なかのアトラクションは乗り放題。やっぱ東京ディズニーランドとは違うなぁ。
早速入ってすぐのところにあった「ブルー・トルネード」という新しいジェットコースターに乗ってみる。あぁ〜、もうだめ・・・おなかと胃の中身が全部逆流 しそうになった。青白い顔で降りる。しかし、スカイダイビングで4000mを飛ぶ飛行機から飛び降りるステファノにとってはなんの問題もないようである。 その後はしばらくあまり刺激のないものに乗ってみる。うんうん、結構楽しめるぞ。写真は「コロラド・ボート」というボートに乗った水のジェットコースター のようなのだが、何しろ水がかかってかなり濡れた。どこのアトラクションでも写真が自動的に撮られて、あとで気に入ったら購入できるようになっている。 5000リラぐらいで、これはステファノの大口を開けた顔がおかしいので購入した。
お昼ご飯を食べる前に、もう一つのジェットコースターに乗ってみる。これはクラシックなもので、最初の「ブルー・トルネード」ほどひどくなかった。
私が一番気に入ったのはお昼ご飯を食べてから入った「ダイナミック・シネマ」。これは映画館で、でもイスが画面の動きに合わせて動くようになっており、本 当に画面の中にいるかのようである。私達が見たのは"Street Luge"というので、スケートボードのようなものに横たわって坂道を降りていくもの。めちゃくちゃこわかったぁ。もうお昼に食べたものがまたまた逆流し そうになったが、でも楽しめた。
4時頃にはもうすべてのアトラクションに乗り尽くした。そこで17時45分の帰りのバスに乗るまで、気に入ったものをリピート。でも私は疲れ切っていたの で、ベンチで他の女の子達と休憩。ステとローリスとルカは再度ブルー・トルネードに挑戦。2度も続けて乗っていた。よく見ていると中学生や高校生の男の子 達も、降りてはまた乗りに、降りてはまた乗りに、と何度も繰り返している。よほど楽しいらしい。

というわけでガルダランドでの一日はあっという間に過ぎてしまった。楽しかったけれど、当分はもういいな・・・
2000年09月20日 07時13分53秒

ショッピングで憂さ晴らし
この週末は何も予定を入れない ことに決めていた。
今日土曜日は天気も良かったし、スーツケースを買いたいと思っていたので、郊外にあるチェントロ・コンメルチャーレ(大型スーパー)に行くことにした。一 人ではつまらないと思い(ステはスカイダイビング)、ロベルト(ステの兄ちゃん)が車を動かす用事があるか訊いたところ、車を一種の車検のようなものに 持っていかなければならないというので、二人で行くことにした。ヤツはこの夏にサラと別れて暇だったに違いないのだ。この約束の時間を決めるのに、夕べ一 悶着あったのだが、まあ最終的には水上バスの時間を合わせていくことになった。
最初はブリュッセルの話や、来週私が日本に帰国する件について何気なく話していたのだが、やはりヤツは気になっていたのだ。何と言っても私が最近サラに 会ったことを知っていたからである。私は二人が別れた理由についてよくは知らなかったが、雰囲気からして彼女が愛想をつかしたものだと思っていた。しかし ぼちぼちとヤツが話始め、よく聞いてみると、どうもただ愛想を尽かしたというよりは、彼女に新しいボーイフレンドが出来たようであった(まあ、結果的には 同じかな)。
しかし、それを彼女は認めようとせず、ロベルトにすべての非があるとして最終的には電話で大げんかしたらしい。そこにはロベルトの家族に我慢がならないと いうようなことも含まれていたらしい。二人でかなり激しい暴言を吐きあって、電話を投げつける勢いで切ったらしい。だからか・・・私はサラに、ロベルトの ところにある荷物を私経由で受け取りたいけどいいかと頼まれたのだ。しかしそのこと、それに私が彼女と会った理由についてはヤツは憤慨した。会った理由と いうのは、私は彼女にデジカメを貸して欲しいと頼まれ、別にちょうどその時期使う予定がなかったので、貸してあげたのだ。憤慨したというのも、大げんかの 時話に上がった“ロベルトの家族”というのにはどうやら私も含まれているらしい。それなのにデジカメを借りる、しかもそのデジカメを持ってどうも新しい ボーイフレンドと週末どこかへ出かけたらしい、これはあまりにもひどいというのである。そういわれてみればそうかなぁ。
まあ、もう貸しちゃったからしょうがないし、ちゃんともう返してもらってある。

車検のようなものも終わり、チェントロについてまず洋服を見に行った。ヤツはズボンを欲しがっていたが、ヤツはいつも優柔不断で買うものを決めるまでうだ うだしている。前回ステレオを買いに行ったときは、お父さんまで引き連れて結局3回見に行って、3回目の時まだいくつかのステレオの前でうだうだしていた ので(既に1時間経ったところだった)、私が「これから10分経つごとにコーヒー、ケーキ、ピッツァ、と順におごってもらうからね!」といったところ、よ うやく決心して買った。このステレオ、一体型のモデルで2万円もしないものである。ところが今日は気に入ったシャツとセーターがあり、即買ってしまったの である。全然高いものではないが、それにしても今日の決断力にはびっくりした。

「なんかお金を使いたい気分」といい、次に入ったところでは、何とズボン4本、それに別のお店ではダウンベスト、そしてまた別のところでは靴まで買ったの である!ひとつひとつは決して高いものではないが、値段がどうこうというより、ヤツの今日の決断力は普通ではなかった。私はスーツケースとスーパーで ちょっとした日用雑貨やハムスターの餌を買ったぐらい。靴屋は本当は私が何か欲しかったのだが、結局私は何も買わず、ロベルトが1足買った。

やっぱたまにはショッピングで憂さ晴らしでもしなくちゃね。
これでロベルトにも少しは気分転換になったかな。
2000年11月05日 06時18分33秒

ガソリンがない
昨日は午後、ミラノのマルペン サ空港まで日本からの知人を迎えに行った。イタリア人の友達の車で一緒に行った のだが、何とベローナの手前あたりでいきなり車がぼこぼこいいだし、それまで談笑していた友達の顔が険しくなった。
「まずい。前にもこういうことがあった。」
という。なになに、どうしたの〜?
「ガソリンがない」ひぇーっ!こんな高速道路の真ん中で?!
「えぇっ?でもほら、ちゃんとあるじゃない!」とメーターを差しながらいうと、「このメーター不良なんだよ」メーターはあと3分の1はゆうゆう残っている 位置を示している。
運良く緊急用のSOS電話が設置されている所が見えてきたので、何とかそこまでぼこぼこと走り、車を止めた。
彼の車はア○ディのけっこういいやつで3.0シリンダークラスのものらしい。イタリア車ならともかく、何でドイツ車に不良なんてあるわけー!?どうもドイ ツとイタリアでのガソリンの規格が違うとか言うことで、イタリア向け製品はタンクが違うらしく、それによってメーターに正しく表示されないという根本的な 欠陥があるというのだ。た、たいへんな欠陥じゃない!というと、彼はへらへらしながら「そうだよねー。ア、そういえば前にこうなったときもちょうどこの高 速だったんだよ。偶然だなぁ。はははー。」などといっている。はははーじゃないよ。飛行機の到着時刻に間に合わないじゃん。
「うん、そうだ。サービスセンターを呼んでガソリンを持ってきてもらわなくては」と車を降りて緊急用電話のところへ電話をしに行った。
「30分ぐらいで来るらしい」と戻ってきてしばらく待っていたが、「そういえば、この間は30分といいながら1時間待たされた!」と言い出す。困ったねぇ といってるうちに私は携帯に友達から電話が入り、すかさずこの一大事を報告。彼もガールフレンドやら家族やらに電話している。
そうこうしているうちにサービスセンターのおっさんがやってきた。電話をかけてから25分ぐらいがたっていた。昨日はイタリアでは祝日だったので、それを 考えれば本当に素早い対応だったかも。私はまだ友達と電話で話していたのだが、ガソリンを入れ、書類などを記入していた。

終わっていざ出発。とりあえずいちばん近いガソリンスタンドまで行けるぐらいの量を入れてもらってあるらしい。しかし走り出すと案外すぐ次のサービスエリ アがあった。
「なんだ、ほんのちょっとだったね」
満タンにしてもらい、さていよいよ空港へ出発。サービスセンターのおっさんの話によると、何と昨日は彼の車は同じ問題を抱えた3台目のア○ディだったらし い。これはたいへんだぞ、ア○ディ!四つの○がかっこいいといって買う人も、こんな欠陥があってはたまらないだろうに・・・

マルペンサまではかなり飛ばしたので、予定通りに到着。しかし!140kmぐらいのところを時速150kmぐらいで飛ばしたのに、ガソリンのメーターが満 タンのまま!これもおかしい。
「帰りにも一応ガソリンを入れたほうがいいね」
空港では、知人の飛行機もほぼ予定通り到着。むしろ知人の荷物がなかなか出てこなくて、結構待たされたぐらいだった。とにかくよかった、よかった・・・

帰りも一応途中でもう一度満タンにして無事戻ることができた。
2000年12月09日 22時42分21秒

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