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失語症者へのキーボード練習プログラム(かなタイプシート)

−失語症者へのPC入力のアプローチ−

○上田 典之(国立職業リハビリテーションセンター)
櫻田 修久(国立職業リハビリテーションセンター)



1 作品の概要

 国立職業リハビリテーションセンター(以下「職リハセンター」という。)職域開発科では,高次脳機能障害や精神障害などを抱えながら、就労を目指している方が全国から集まっている。 本教材は,高次脳機能障害でも失語症者へのパソコン(以下「PC」という。)入力訓練においての新たな試みとして作成した教材「かなタイプシート」および、これを使った学習プログラムを紹介する。

2 使用目的

 A氏の主な障害は失語症であり、これは「脳損傷により、言語シンボルの理解と表出に障害をきたした状態を失語症といいますが、損傷部位や損傷の大きさにより、症状や程度が異なります。一般的には言語中枢は左半球にあり、前方が損傷されると主に表出の障害が、後方が損傷されると主に理解の障害が出現します。これは口頭言語(話す、聴く)だけでなく、書字言語(書く、読む)にも当てはまります。」1)という障害である。このようにA氏は言葉の能力に障害が残っており、文字が読めなくなったり、言葉によって言い表すことができず、コミュニケーションが取りづらくなったりしていた。このため、A氏のコンピュータ利用は困難が多くあった。 一方で、訓練目標は就労であり、どのような職種を選んだとしてもPCの利用は避けられない。このため、最低限入力作業ができる技能を付与することが必要であった。 しかし、障害により言葉が出ない、ひらがなを含めて文字が読めない、記憶の障害がある等、学習の積み重ねは難しい。 このため、A氏にはほぼマンツーマンでの指導が必要であった。しかし、特定の訓練生に指導を集中できるほどマンパワーが整っていないなど訓練運営上の課題があった。 以上より、少ない指導で効率的に訓練するプログラムの開発が必要であった。

3 先行研究について

(1)先行研究

 株式会社シマダ製作所による「言語くん自立編」は携帯情報端末(PDA,Personal Digital Assistants)を用いて「日常生活に必要な会話文を話者に代わって音声で伝え、書く・話すといった言語訓練がいつでもどこでも行える携帯型の「コミュニケーション&言語訓練ツール」」2)として開発されている。これは会話の補助や、言語訓練、録音機能が備わっている。
(2)本教材との違い

 「言語くん自立編」はPDAを用いたツールでありPCのフルキーボードの利用は想定していない。就労場面で想定するフルキーボード配列での訓練とは異なっていた。
4 創意工夫の範囲

 (1)訓練生の状況

A氏は47歳の男性で、障害は脳梗塞による音声・言語機能障害4級。  WAIS−3の結果は図1、表1のとおり。数値を見る限りでは、全般的にかなり能力が低下している。特に動作性に比べ言語性の低下が著しい状態であった。 職リハセンターに来るまでの20数年間は職人として専門的な技術に特化した仕事に就かれており、PCにふれる機会がなかった。このため、受障前、受障後ともにPCを使った経験はなかった。
図1 WAIS−3の結果
表1 WAIS−3のプロフィール

(2)訓練場面での問題点と訓練状況

訓練場面では,表2のような問題があった。

表2 訓練場面での問題

(3)指導の重点

A氏はひらがなでも文字を読んだり書くことが困難だったりで、漢字かな交じり文での訓練は、「わからない」、「かけない」ために混乱が生じた。このため、わかりやすく、成功体験を積みやすくするために、スモールステップの目標決めを行った。具体的には「あ段だけの訓練」、これが混乱なく行えるようになったら、次のステップとして、「あ段」に「か段」をプラスしレベルを上げていくよう工夫した。

(4)指導の特色

 A氏が混乱してしまうたびに「ここが「か」ですよ」等の指導が必要になり、これを避け、混乱しないようにマンパワーで補助するようにした。 また、集中して取り組むため疲れやすくなった。このようなことから、20分程度の短時間の訓練とした。これにより、結果としてつきっきりの指導が短時間で済むこととなった。

(5)自己決定と目標づくり

 訓練を効果的に実施する上では、モチベーションを高めることが効果的である。  このため、目標作りはスモールステップを基本とした。 訓練をどのレベルで行うか自己決定してもらい、目標時間を定めてもらうように工夫した。また、モチベーションの高さを持続させるために結果のフィードバックは即時に行うようにした。
(6)「ローマ字入力」か「かな入力」かの選択
 PCの入力方法を「ローマ字入力」にするか「かな入力」にするかは、本人に最も適していると思われる方法で行った。このために、ローマ字で50音を書くことができるか、「かな」で書くことができるかのテストを実施した。この結果ではローマ字で「あ段」を書くことも難しく、「か、さ、た、な、、、」などの子音についてはできなかった。「かな」もスムーズな想記はできなかったが、「あ、い、う、え、お」「か、き、く、け、こ」と連続してなら書くことができた。
 このことを踏まえ、本人と相談した結果から、「かな入力」で行うことに決まった。

(7)かなタイプシートの製作

 「かなタイプシート」はキーボードの写真と回数、所要時間、実施日、チェック欄とした。  地理など社会科の授業での教材として白地図(ブランクマップ)があるが、これは、国や都道府県といった最小単位のシルエットだけを残し、他の情報は除去されている地図である。  キーの場所とキーボード全体における形態知覚に対する刺激を強化するために、この白地図にヒントを得て、キーボードの写真の部分は、図2のようなキーボードのキー上に刻印されている「かな」の部分を図3のように画像処理で消して、数字とアルファベットのみにした。
図2 通常のキーボードの拡大写真

図3 「かなタイプシート」の拡大写真
(画像処理により「かな」の部分を消した)
(8)記憶を補う工夫

 ひらがなであってもスムーズに書くことができない状態であった。このため、見本としてキーボードを「かなタイプシート」の前面に配置した。これで、戸惑ったときにキーボードを見て確認できるようにし、つまずきがないようにした。

(9)訓練手法について

 準備するものは以下のとおりとした。
 1.かなタイプシート(今回の作品)
 2.キーボード
 3.赤ペン
 4.ストップウォッチ
 実施状況を図4に示す。

図4 実施状況
 実施の手順は表3のとおりとした。
表3 訓練手順

 この8手順を1セットとし、10セット行う。  1セットが1分以内のタイムになったときを段を進ませる基準とした。  「かなタイプシート」は約100枚綴りで一式。図5のように持ち運べるようにした。
図5 「かなタイプシート」つづり

実際に記入した例を図6に示す。

図6 実施結果

5 訓練における使用効果
(1)「かなタイプシート」の訓練状況
全部で105回実施した。あ段の5文字から開始し、50回目の実施のあたりから、50音全部となっていた。 「かなタイプシート」での訓練状況を図7に示す。近似線はEXCELによるもの。  一文字を記入するのにかかった時間を算出た結果、当初は近似値で約2.8秒かかっていたが、105回目には近似値で、1.0秒と2.8倍の速度となった。これは、文字を探すのに迷いの時間がなくなったためと思われる。
図7 かな記入の推移

(2)「かなタイプシート」の成果
職域開発科の訓練生(失語症がなく、手指にマヒがない場合)の多くは、コンピュータサービス技能評価試験ワープロ部門(以下、「CS検定」という。)3級受験レベルの速度を目標にしている。CS検定3級の課題1は350文字を約10分で入力する。  職域開発科でのPC入力訓練は、「あ、い、う、、、」などの五十音を入力する段階。漢字かな混じり文を速度は気にせず、タッチタイプ技能習得を主眼とする段階。タッチタイプの正確性を高める段階。そして、CS検定3級課題など、正確性とスピードを上げていく段階にした。
表4に入力したデータの例と、CS検定3級課題1(350字/10分)を100%としたときの達成率(平均値より算出)を示す。

表4 PC入力結果と、CS検定3級課題
   1レベルを100%としたときの達成率

このことから、「あ段」だけの繰り返しであっても、CS検定3級課題1レベルと比べると、49%と半分の速度しか出せていないことがわかる。しかし、かなタイプシート訓練を実施した後の「漢字かな混じり文」では同比で34%と多少落ちこみはしたものの大きな落ちこみとはなっていない。
図8にPC入力の訓練状況を示す。グラフのY軸はCS検定3級課題1(350字/10分)レベルである0.583秒を最大値に設定した。

図8 PC入力結果の推移

図8のうち、7月付近のデータは6月中旬のデータと比べ、かなり上昇していることがわかる。これは、キーを探す時間がほとんどなくなったことが理由として考えられる。失語症のため、漢字の読みとりや変換には時間はかかるが、キーを探す時間は確実に短縮した。この結果、3月の「あ段」だけの入力と比べても速度が一部上回りつつあることがわかる。
A氏の場合、訓練のはじめの段階である、「あ、い、う、、、」のレベルから躓く傾向があった。一方、かなタイプシート訓練を実施したことにより、キーの位置の把握ができるようになったため、時間はかかるものの一人で文字入力ができるようになった。
 以上のことから、かなタイプシートの成果を表5に示す。
表5 成果

(3)実施しての感想
 訓練生の感想を表6、指導を担当した指導員の感想を表7に示す。 いずれも肯定的であった。
表6 「かなタイプシート」の感想(本人)
表7「かなタイプシート」の感想(職業訓練指導員)

6 謝辞
成果をこのようにまとめられたのは,A氏の意志と努力、本発表に関しての快い承諾が得られたからである。
7 訓練修了後
A氏はパソコン、eメールなどの訓練を終え、B銀行に就職し、店舗内の補助業務に就いている。また、PCを購入し、インターネットも開通しており、当センターとはeメールで連絡を取り合っている。
8 引用文献

1)障害者職業生活相談員資格認定講座・障害者
雇用推進者講習テキスト平成18年版、p.295-296 高齢・障害者雇用支援機構 (2006)
2)株式会社シマダ製作所 http://www.gengokun.com/gengokun.html

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