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認知行動療法を参考にした認知に障害のある方のための教材作成

− 電話伝言実習教材を題材として −

上田 典之(国立職業リハビリテーションセンター)



1 はじめに

国立職業リハビリテーションセンター(以下、当センターという)の高次脳機能障害者や精神障害者、発達障害者などの認知に障害のある方は受け入れが進み職業実務科、職域開発科といった職域開発系訓練以外の、いわゆる一般科において、平成21年9月時点で155名定員中39名にも達した。今後も増加傾向が続くと思われる。当センターオフィスワーク科では、認知に障害のある方と認知の障害がない身体障害者を分けて訓練を実施するのではなく、混在した形で訓練を実施している。
この論文では、認知行動療法の考え方を取り入れて作成した「電話伝言実習教材」について、教材作成上の留意点や訓練結果を述べる。この教材は、事務系訓練として電話応対要領をやさしく教えていこうとする試みであり、同時に、身体障害者も認知に障害のある方も主体性をもちながら、お互いが互いの力で訓練しあう、いわゆるセルフヘルプに重きをおいた関係づくりも目指したものである。
なお、認知行動療法とは、「クライエントは、行動や情動の問題だけではなく、考え方や価値観、イメージなど、さまざまな認知的な問題を抱えている。行動や情動の問題に加え、認知的な問題をも治療の標的とし、治療アプローチとしてこれまで実証的にその効果が確認されている行動的技法と、認知的技法を効果的に組み合わせて用いることによって問題の改善を図ろうとする治療アプローチを認知行動療法という。」1)のことである。

2 課題
 【代償手段の獲得】
高次脳機能障害者の特徴的な後遺症として記憶力や理解力が低下している、混乱しやすく対応に時間がかかってしまう、言葉が不自由であったり、注意力が低下していたりする。また、思い込みも顕在化する。これらは後遺症として広く知られているところだが、自らがこれらの後遺症をしっかりと認識して、適切な代償手段がとれるように指導する必要がある。
【失敗体験の回避】
当センターでの発達障害者は過度に集中してしまう「過集中」や「いらいら」、「自信のなさ」が顕著である。従来型の教材を渡して自学自習するには、訓練の停滞や強い疲労感が見られたり、勘違いが多くなったりと、失敗体験を蓄積してしまうなどが問題であった。このため、いかに失敗体験を回避するかが訓練実施の上で大変重要になることがわかっていた。
【セルフヘルプの意識】
発達障害者や精神障害者にはいろいろと不安を抱えてしまっている方がいる。このため、無理を強いることはできない。そこで、例示する、デモンストレーションするという「モデリング」をより多く行うことで技能の積み重ねを図り、次第に訓練に対する不安を軽減させる。具体的な行為を見せたり、考えさせたり、話し合ったりし、「自分でもできた」という体験をとおして、自分を力づけ苦手を克服していこうというという意識を育てることが必要になる。
【疲労の軽減】
脳の機能低下の特徴として疲れやすさがある。この「易疲労性」は、高次脳機能障害者だけではなく、いろいろな背景があるとしても、精神障害者や発達障害者にも同様のことがいえる。このため、訓練は短時間で一区切りすることが有効で、本人が疲れをそれほど自覚していなくても、深呼吸などの息抜きをさせることが有効である。
このため、一つのセッションの時間は短めに10分とし休憩を入れる。連続して取り組む場合は息抜きとしてボーとさせるなど、小休憩をこまめに入れることが必要になる。
【スモールステップの手順】
発達障害者や精神障害者にはコミュニケーションの障害がある方もいる。これには、多くの話す経験が大切になるが、成功体験を多く積むには、クリアしやすいスモールステップでの訓練が効果的である。理解しやすく克服しやすい教材作りによる成功体験の積み重ねが必要になる。

3 教材
 実際の訓練場面は、次のとおりである。

図1 作業机
1)電話機、メモリーノート、伝言メモ、大きいメモ用紙が散乱している職場風景である。メモリーノートを代償手段の中心に自然な受け答えができ、電話メモが取れるように指導している。
このような場面で実際に訓練生が抱いていた電話への「不安」と「認知の歪み」をまとめると次のようになる。
表1 抱いている不安

1.求人に電話応対が多いが自分にはできない。
2.怒られたことがあり電話はプレッシャー。
3.何回も聞けない。
4.言葉がでない


2)このような不安感を受けとめながら、成功体験を積み重ねるという考え方に立って、セッションをできるだけわかりやすい内容にするため、スモールステップとし、進度に合わせられるように全部で100題を用意した。各プログラムを示す。
表2 スモールステップのプログラム

1.名前を復唱するプログラム
2.名前と所属を復唱するプログラム
3.折り返し連絡が必要か
4.用件を聞き取るプログラム
5.緊急性の有無
6.待たせた時の対処
7.電話番号をメモするプログラム
8.FAX番号をメモするプログラム
9.メールアドレスをメモするプログラムv 10.応用
11.その他


3)最初のステップ「1.名前を復唱するプログラム」の訓練手順は次のとおりである。
表3 名前を復唱するプログラム
<開始>
訓練生A:「国立職業リハビリテーションセンターオフィスワーク科○○です。」と電話を受ける。
訓練生B:「業務部業務課の△△です」
A:「もう一度お願いします。」
B:「業務部業務課の△△です」
A:「△△さんですね。」と所属は書き取れなくても名前は復唱する。
メモする
<おわり>
指導員:「もう一度お願いしますとしっかり言えたのがよかったですよ」とほめる


4)次のステップ「2.名前と所属を復唱するプログラム」の訓練手順は次の通りである。
表4 所属も復唱するプログラム
<開始>
A:「国立職業リハビリテーションセンターオフィスワーク科○○です。」と電話を受ける。
B:「業務部業務課の△△です」
A:名前をメモする
「もう一度お願いします。」
B:「業務部業務課の△△です」
A:所属をメモする
「業務課の△△さんですね。」
<おわり>
指導員:「声が出ていてよかった」とほめる



図2 カードNo.1(名前を復唱)


図3 カードNo.46(メールアドレスをメモ)
5)従来の指導方法でも有効だったが、過集中や自信のなさなどの障害特性に配慮したより良い教材作りが必要であった。生活技能訓練(social skills training)にならい参加型の訓練にすることで、意思疎通がより円滑になり、さらに一体感が作れる。グループ内の訓練生の行動は、意識、無意識を問わず、他の訓練生の影響を受け、また、他の訓練生に影響を与えることとなる(グループダイナミックス)。このスパイラルな変化がグループという大きな力によってよい形で作用するので、この課題をクリアしたいという気持ちを大切にし、訓練生のモチベーションを育てることとした。
6)モデリングとは他者の行動やその結果をモデルとして観察することにより、観察者の行動に変化が生じる現象であり、やって見せ、同じことを説明しながらやらせてみることが有効である。これは従来から職業能力開発の原理としていわれてきた「やってみせ、いって聞かせて、させてみて、褒めてやらねば人は動かじ」と同じことにもなる。仲間と同じことをすることをとおして理解を促していくことは、他の訓練生への波及効果が大きく、認知に障害のある方にとっての不安の蓄積を防ぐことからも非常に重要である。
表5 訓練に入る前の説明

1.やりたい気持ちをはっきりさせる。できるようになると職域が広がることをイメージさせる。
2.不安や難しいなと思っている気持ちを明らかにする。自分では自信がなくても、一緒にみようみまねで訓練すれば自然と身についていくので心配ないと伝える。
3.メモリーノートに目標を書いてもらう。
4.メモ用紙には大きい紙を用意し、メモが取りやすいようにする。
5.速記できるように伝言を「伝」とするなどメモが取りやすいように工夫させる。
6.課題のカードをみせ、目標を再確認する。

表6 モデリングを意識した取り組みの指示

1. 「気分しらべ」で訓練ができるか確認する。気分がのらなかった場合はパスする事ができると説明する。
2.情報の発信と受信が双方向で行われることが重要と説明する。
3.発信するときは、復唱を自ら行い、メモが取れるように間合いをとる。
4.受信側は「○○様ですね」と復唱し、メモを試みる。
5.不安やミス、混乱を防ぐため声がけ(正のフィードバック)を必ずする。

7)以上を踏まえ、電話伝言の訓練教材と作業マニュアルを作成した。訓練の流れを次に示す。
表7 訓練の流れ

1.やってみせる

2.不安を解消するように、ひとつひとつメモリーノートに書きとれる速度で説明する。

3.志願者を募りやらせてみる。志願する者がいない場合は、指導側の説明不足ととらえ、再度やってみせる。

4.即時の声がけ(正のフィードバック)。まず、できたこと(目標が達成したこと)を伝える。具体的に褒める。 ↓
5.繰り返し練習するか決めてもらう。

6.連続で訓練するのは10分までにし、息抜きを取り入れる。また、観察していて疲れがあるようなときは5分以上休みを取らせる。

7.つぎの目標をみんなで考える。たとえば、名前がメモできるようになったら、会社名も取れるようにするなど、理想の目標を作るのではなく、必ず、「できそうな目標」を作らせる。


まずは、できたという事実、「目標を達成した」ことをきちんと分かりやすく伝える。
モチベーションをいい方向に保つため行動した結果のフィードバックは即時に行う。「そうそう」「いいかんじ」「そのとおり」「いいぞ」「できてるよ」と「声がけ」する。
ミスした場合は目標を確認し、「こうやって」「こうやってみて」「もう一度やってみよう」など不安回避の「声がけ」をする。

4 評価
1)訓練中は「よりよくしていくための意見」を募るようにしている。これは、否定的なだめだしではなく、より前向きに考えさせ、ちょっとしたアドバイスがないか訓練生に募る。コメントが飛びあった、訓練同士の声がけの例を次に示す。
表8 訓練生同士の声がけ

・「経験」だ
・場慣れは大事
・大事な内容かもしれないから何回聞きなおしてもいい
・だいぶ自信がついた
・うまいですねー
・すごいですねー
・すごい記憶力!
・おつかれさま!
・電話が遠いのですがー


2)これらの他にも、うなずきや笑顔など表情のフィードバックがある。指導員から評価されるのと仲間からのフィードバックとでは、受け止め方にかなり違いがある。「電話が遠いのですが」と言われたらできるだけ大きな声を出そうと努力するし、「うまいですね」の一言でも、緊張していた顔がほころびる。不安を抱いていた訓練生が表情豊かになっている様子を見ると、仲間同士の言葉が持つ力の偉大さを痛感するものであった。
 3)不安を抱えやすかったり、コミュニケーションが苦手であったり、失語症で言葉が出にくくなっている訓練生らに、訓練を受けての評価として、「大変満足している」、「大変自信になった」を100点とし、「まったくだめ」を0点とし採点してもらった。その結果は、図4の通りである。5名中30点をつけた2名が認知に障害のある方である。この2名だけが低い点数を付けている。
4)ことばの出かたや復唱が上手になるなど、さまざまな点での上達ぶりや最後まで何回もチャレンジしようとしていた訓練態度が見られたことから、全員に訓練効果があったと評価した。


図4 満足度と自信度

5 考察
 認知に障害のある方の特徴として満足度と自信度の二つの評価点が乖離していることがわかった。これは、一歩ずつ着実に「できた」という経験を積んだことと、「不安」や「認知の歪み」との相互作用によるのではないかと思われる。もともと、訓練に対して不安があったことを考えると、低い満足度・自信度でも何か得るものがあったからこそ乖離したのではないかと考える。
認知に障害のある方と身体障害者が混在している当センターオフィスワーク科だが、訓練に参加しやすいような場面づくり、個別対応ではなく、同じ目標を持つグループとして訓練を行っていくことで、さまざまな喜びの笑みが出るようになった。お互いがおたがいに影響するスパイラルは、指導員の話し方のうまさとは違った意味での技術である。認知の障害の特徴として不安やコミュニケーションの苦手さ、言葉のやりとりができないもどかしさがあるものの、認知行動療法の考えを取り入れ、集団だからこそできる方法として、わかりやすく、まねあいっこ(モデリング)を通して、よりよい経験をつませることが、認知に障害のある方を囲い込むことなく訓練できるための指導上の技術といえるのではないかと考える。

6 引用文献
1)心理学辞典 (株)有斐閣、p.663中島義明他、(1999)
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