神秘学入門 その1 オカルティズムの理論 その


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●この文章は、下記の本からの引用によるものです。
この文章には、当方の独自の省略、編集、まとめ、加筆などが含まれています。
この文章の責任は、いっさい私、森 真澄にあります。

Books
 Esoterica 18
「神秘学の本」
株)学習研究社





占星術
天体の秩序は人間社会に影響を及ぼす



ルネサンスに開花した占星術


西欧神秘主義で最も重視され、あらゆる分野で活用された術ーそれが占星術である。

隠秘学の伝統に従って、占星術の起源もはるか太古に引き戻されるのが常だが、我々が

占星術と呼んでいるものは、紀元前700年頃から始まった。その頃、バビロニア人は太陽

の軌道である360度の黄道帯(こうどうたい、獣帯=じゅうたい)を発明し、さらに100年ほど

後になると、黄道帯を12分割した黄道十二宮(きゅう)を考案した。これが、今日の星占いで

用いられている牡羊座から魚座までの12星座のルーツである。(12宮の属性は別表参照)

ただし、バビロニア占星術には、後の占星術を構成する最も重要な原理のいくつかが

なかった。とりわけ、人の運命に最も影響を及ぼすと考えられた上昇宮(じょうしょうきゅう、

誕生時に東の地平線上に上昇して来る星座=アセンダント)の思想や、惑星同士が形成

する角度(アスペクト)による吉凶判断を欠いていた。

これらは、バビロニアを征服したギリシアによって発明され、後世に伝えられた。

また黄道帯を10度刻み36区域に分割して惑星の影響力をはかるデカノスの手法はエジプト

で編み出され、バビロニア占星術と組み合わされた。

占星術は、古代の支配者、哲学者、神学者、医者、異教の祭司らからキリスト教徒に至るまで、

あらゆる層に浸透した。そして、中世を経て古代の諸学が一気に開花したルネサンスには、

爆発的に支持を集めるに至ったのである。


大宇宙と小宇宙の照応


占星術が神秘学の中心的学問と見なされたのは、それが天体の影響をはかる唯一の学問

だったからである。「地上の世界は天上の世界の動きと結び付けられている」というアリストテレス

をはじめとするギリシアの賢者の思想は、そのままルネサンスの占星術師の信念だった。

あらゆる隠秘学の伝統は、この信念を補強し後押しした。たとえばヘルメスは、「下なるものは

上なるもののごとく、上なるものは下なるもののごとく」という原理を説いたが、これは占星術の

これは占星術の正しさを裏付ける大宇宙と小宇宙(=人体)の照応の原理に他ならなかった。

神の創造にかかる天体の秩序は、人間の社会の規範であり、天体の個性は、神の属性の高貴

な顕れに他ならなかった。同心円状に地球を取り巻く月天、水星天、金星天、太陽天、火星天、

木星天、土星天、恒星天、第九天、の「九天界」は、人間の霊魂が神に近付いて行く為の秩序

だった階梯であり、「九階級の天使」の影響圏であり、地上の諸物のルーツであった。

神が構想した世界は、天界に具現され、人間社会に反映されていると見なされた。

その力は、九天界と九階級の天使を経て、地球の諸物に注がれると考えられた。

ルネサンス期の一隠秘学者は、霊魂レベルでそれを説明している。

彼によれば、世界の霊魂は3種に分かれる。

第一は神のみに仕える「超天界霊」で、この霊魂は下位の九天界とはかかわりを持たない。

第二は「天界霊」で、月天から第九天までの九天界を支配する。

第三は、「奉仕ダイモン(神霊)」と呼ばれる複数の霊魂で、それぞれ四大の性質を帯びている。

地上の各地に住み、ギリシア人やローマ人が、パン、サテュロス、ニンフなどど呼んでいた聖霊は、

この奉仕ダイモン(神霊)の事を指している。

天界霊は星の霊魂であり、奉仕ダイモンの原因となった霊魂に他ならない。その為我々は、この

天界霊の影響をふんだんにこうむるという。


人体と黄道十二宮の対応


天体の具体的な影響については、実に多種多様な説明が繰り返された。

月が潮の干満に影響を与える様に、人体を構成する四体液が天体の影響を受けるというのは、

伝統的な観念だった。

すでに紀元1世紀の時点で、人体と黄道十二宮は、対応関係にあると考えられた。

また、西暦130年生まれの「実験生理学の父」ガルヌスは、薬剤の調合と惑星の位置の相関を

説いた。

こうした伝統は、ルネサンスに至ってグロテスクなまでの膨張を遂げた。

精液や血液に天体の影響が染み込んでいる以上、後に発生する人体諸器官が惑星や十二宮の

影響をこうむるのは当然で、その影響は、必然的に気質や感情や体質にまで及ぶと見なされた。

もちろん、天体の影響は、人間にとどまらなかった。

すでに錬金術で見た様に、惑星の影響は鉱物にも植物にも染み込んでいた。占星術は錬金術

理論の骨格でもあった。

魔術についても同じ事が言えた。

「天体の影響が行き渡っている時に、(その天体の影響下にある)物質を用意し、混合する。これに

よって術師は、天体の力と影響を手に入れる」

『自然魔術』の著者デッラ・ポルタ(16世紀)は、こう書いている。

魔術師が何らかの薬物や呪物に超自然的なパワーを込める事が可能なのは、彼が天体の影響

を理解し、その影響下にある物質を、天体の動きと連動させて混合する事が出来るからだという

のである。


神への観想の道


好ましい惑星(代表は太陽)の影響下にある植物は、健康の為に最も望ましい食物になると

信じられた。惑星と対応する音楽療法もあった。

これらは、占星術の魔術的活用だが、より通俗的な、日常的活用法もあった。外出に望ましい日、

新しい衣服を下ろす日などと言った、こまごまとした事柄が、占星術によって割り出された。

知人や友人との相性も、それぞれの支配的惑星の相性によって判断された。また、曜日や時間

に対応する惑星によって吉凶が判断され、行動が決定されるといった様に、占星術の影響は

社会生活のすべてに浸透していった。

こうした通俗占星術は、オカルトの発展に寄与するものではなかった。一部の神秘主義者は、

占星術による運勢判断を否定し、ドラゴンヘッドやドラゴンテイルと呼ばれる月と太陽の軌道の

交点を無意味なものとして排除した。

もし、人間の運命は、(天体の影響を受けるかも知れないが、)天体に完全に支配されてしまう

と考えるならば、それは神への冒涜である。

多くの宮廷では占星術師を抱え、行動の吉凶を勧告させた。

しかし神は、人間に自由に振舞う事を許す自由意志をも与えたもうた。

この意志は天体(の影響力)によっては動かす事は出来ない。

では、占星術は何の為にあるのか?

それを知るには、古代の聖賢(賢人)の振る舞いを見ればよい。アリストテレスやプラトンは、

運勢判断や金銭の為に天体を追及したのではない。カバリストや真の魔術師、錬金術師も

同様である。

占星術は、神への観想の道なのだと、彼らは考えた。

そしてこの方面でこそ、占星術は、神秘学の一課として、密かに命脈を保ち得た。

それ以外の通俗占星術は否定され、追放された。各国に先駆けてフランスの諸大学が

占星術の科目を追放したのは、1666年であった。

(しかし占星術は、今も神秘学の一課として、神への観想の道として、生き続けている。)




天体の秩序と人体の照応関係
*この配当表はルネサンス当時のもので、現代の占星術のそれとは異なる。


四 大

十二宮

太陽のいる期間

対応する人体部

支配惑星

白羊宮

獅子宮

人馬宮

3/214/19

7/23
8/22

11/22
12/21

頭部

心臓

火星

太陽

木星

金牛宮

処女宮

磨羯宮

4/205/20

8/23
9/22

12/22
1/19

首・肩

腹部

金星

水星

土星

空気

双子宮

天秤宮

宝瓶宮

5/216/21

9/23
10/23

1/20
2/18

両腕



臑(すね)

水星

金星

土星

巨蟹宮

天蠍宮

双魚宮

6/227/22

10/24
11/21

2/19
3/20

胸・胃・口

性器

両足



火星

木星















魔術
神に由来する秘められた力を駆使する


白魔術と黒魔術


魔術は、かっては自然の秘密を追求する自然学の一課と見なされ、魔術師は、一種の

万能教授と考えられた。『自然魔術』20巻の著者として知られる16世紀の自然哲学者

デッラ・ポルタによれば、魔術はペルシアで起こった。最初の魔術師は、ゾロアスターであり、

彼以後、東西の「賢者」が、この多いなる学問を究め、後世に伝えて来た。

ルネッサンスの神秘家が魔術師という存在をどう捉えていたかは、デッラ・ポルタによる

魔術師の系譜を見れば、ただちに了解される。彼によれば、ローマ人のいう「賢者」、ギリシア

人のいう「哲学者」、バビロニア人やアッシリア人のいう「占星術師」、ケルト人のいう「ドルイド僧」、

エジプト人のいう「司祭」、カバリストのいう「預言者」などは、みな魔術師の事である。

魔術師が行なう魔術は、2種に大別された。

第一は、いかなる邪悪な勢力とも手を結ばず、「主イエス・キリスト」の名において術を行なう

「自然魔術(=白魔術)」。

第二は、悪魔に代表される「邪悪な霊」との契約によって獲得した魔力を用いる

「妖術(=黒魔術)」

である。


自然魔術の原理


自然魔術とは、神の被造世界の秘密を探り、天体や自然の諸力(たとえば光や磁力)、

動植物や鉱物、精霊、呪文、護符、数、音楽などを利用して、超自然的な作用を他に及ぼす

事を目的とした魔術の事を言う。

その原理は、「唯一なるものの奇跡を成就すべく、下なるものは上なるもののごとく、上なる

ものは下なるもののごとくある」(『エメラルド・タブレット』)という、ヘルメスの言葉に集約

される。上=天=大宇宙と、下=地=小宇宙(人間)は、互いに照応し合い、響き合って

いる。なぜなら、一切は「唯一なるもの(神)」から流出して発生したが、その際、より上位の

ものを一種の雛形として下位のものが出来たからである。下位のものの中には、上位のもの

の性質や姿の片鱗や影響などが宿っている。

そこで、とられた方法の例として、

「下なるもの」の姿から「上なるもの」の影響を類推したり、「上なるもの」からよりよい

影響を得る為に、それと類縁する事物、たとえば守護惑星の宝石を身に付け、あるいは

特定のものを飲食し、また、「上なるもの」のうちでも悪い影響を及ぼすもの、たとえば土星や

火星のマイナスの影響などを避ける為に、それを打ち消す「下なるもの」を護符にしたり、薬石

を飲むなどがあった。


博物学者としての白魔術師


近世以前の白魔術師には、博物学者、自然学者としての能力が要求された。

なぜなら、「下なるもの」を知る事が、すなわち「上なるもの」を知る事に直結したからである。

それ故彼らは、(たとえ今日から見て、迷信まみれだったとしても、)動物学や鉱物学や本草学、

化学、薬学などを熱心に追求した。先に登場したフィチーノは、当代きってのヘルメス学者で

あり、プラトン学者だったが、同時に熱烈な魔術師でもあった。その彼が自らを「医者」と見なして

いたのは、医学と自然魔術が、本草学や薬学などを通して、この時代、共通の土壌で育った

からに他ならない。

この博物学的知識と並んで、魔術師に要求されたのが、「上なるもの」に関する知識・学問だった。

「上なるもの」の知識とは、言うまでも無く、神や天使などに由来する知識を指す。具体的には、

占星術、形而上学(哲学)、数学、数秘術、幾何学、カバラ、秘教的聖書解釈学、音楽などであり、

これらによって、魔術師は「上なるもの」の性質やヒエラルキー、相互の影響関係などを類推し、

「下なるもの」と組み合わせた。

たとえば、フィチーノは、小熊座の影響を獲得すべく、磁石に熊の絵柄を彫り、それを首にぶらさげたが、

好ましくない土星と火星の影響した得られなかったので、中止したという。

(その様な馬鹿げたあらゆる可能性をも排除せず、真剣に実験により検証していたという)この

エピソードが、魔術師という仕事の(ある意味先駆的?)内容を物語っている。


悪魔に奉仕する魔女


この自然魔術は、おおむね教会からは黙認された。しかし、悪魔との契約によって成り立っていると

考えられた黒魔術は、そうは行かなかった。

黒魔術の主要なメンバーで、あらゆる病気や不運、災害などをもたらすと信じられた魔女は、悪魔の

奴隷となって悪魔に奉仕する者と考えられた。その魔力の源泉は、「魔女の膏薬(こうやく)」と

呼ばれる塗り薬にあった。

魔女はこれを全身に塗り込めて空を飛び、悪魔の夜宴(サバト)に出かけると信じられた。

記録に残された膏薬材料の分析から、研究家は、この膏薬には、催淫(さいいん)性と、幻覚性を

呼び起こす成分が含まれていただろうと推定している。現代でいうドラッグである。

こうした秘薬は、古代から魔術師にはおなじみだった。すでに2世紀の時点で、アプレイウスが

魔女の膏薬の効果を記している。

それによれば、膏薬を塗り込めた魔女は、まず手足を痙攣させ、ついで暫時、沈静する。

次に羽根が生え始め、鼻は固い嘴(くちばし)、爪は鉤爪(かぎづめ)に変化し、ついには

フクロウになるというのである。

魔女への狂気としか言い様の無い弾圧は、中世から近世まで続いた。

多い日は、ひとつの都市で日に100人もの魔女が殺戮(さつりく)された。

かりに自分は魔女だと考える者が中に含まれていたとしても、それは例外でしかない。

実際には、魔女も魔女裁判も、それを編み出し、それによってさまざまな利益を得ていた教会と

裁判官と死刑執行人と拷問役人と魔女発見人らの、フィクションにすぎなかった。

「魔女裁判は、新発明の錬金術だ」という言葉が、その実態を雄弁に物語っている。

魔女が流す血は、たちまち金銀や宝石に形を変えて、教会や権力者を潤したからである。

悪魔と魔女の契約の儀式

魔女がいかにして悪魔と契約を結ぶかを、ミラノの修道士グアッツォが記している。

それによると、サバト(夜宴)に加入する魔女は、まず神とキリストへの信仰を否定し、洗礼の秘蹟を

否定して悪魔への忠誠を誓う。悪魔は鋭く尖った爪で、彼女の眉(まゆ)の上に、洗礼を無効にする

悪魔の印(しるし)をつけ、時には穢(けが)れた水で再洗礼をほどこす。

すべてのカトリック信者は、生まれた時に教会で洗礼名を付けられているから、これも否定の対象

になる。そこで悪魔は、自分の僕(しもべ)にふさわしい悪魔の洗礼名を新たに授け、その名を

「死書(黒書)」に記録する。これは、神の王国に入る者は、「生命の書」にその名が刻まれる、という

「ヨハネ黙示録」の記述を裏返すものである。

悪魔の烙印を押されて魔女になった者は、悪魔にさまざまな奉仕をしなければならない。

そこで彼女らは、月に一度、あるいは2週間に一度、子供をくびり殺して、悪魔もしくは不浄な

魔物に捧げる事を誓うという。



イエスの権威を用いた黒魔術師


魔女は悪魔の奴隷と見なされたが、男性の黒魔術師は、悪魔に魂を売るかわりに、

生きている間は、魔族の主人となる契約を結び、彼らを使役する恐るべき妖術師と考えられた。

それだけに数は少ない。

魔女20人に対し、黒魔術師は1人の割合だと、16〜17世紀の英国国王ジェームス1世は書いている。

王ジェームス1世は、ジョン・ディーの庇護者として、また『悪魔学(デモノロジー)』の著者として知られ

た人物である。

自然魔術を行なう白魔術師の力の源泉は、イエスと、善霊(天使と善のダイモン)と、古代賢者の教え

だが、黒魔術のそれは、悪魔とその眷属(けんぞく=従者、一族)である。

それ故彼らは、魔法陣と呼ばれる結界をつくってその中に入り、悪魔を召喚(しょうかん)して契約を

結び、悪魔を使役すると信じられた。

けれども、実際問題として、両者の区別は曖昧(あいまい)である。

黒魔術師も、悪魔を支配する際に、イエスの権威を用いた。そもそも、悪魔自体が、堕天使(だてんし)と

考えられていたし、さらに遡(さかのぼ)れば、悪魔は古代異教の血を濃密に受け継ぐダイモンや聖霊

の変種に他ならなかった。

ところで、白魔術にも、ダイモンや聖霊にまつわる召喚(しょうかん)魔術がある。

両者の差異は、結局の所、教会の権威との折り合いのつけ方にあった。

実践の場で彼ら両者が行なおうとしていたのは、究極的には、秘められた精神の力の行使に他なら

なかったのである。

MOMOの蛇足=とは言え、力の悪用、善用はあると思う。例えば人を呪い殺すとか、影の必殺仕事人

などという事は、たとえ教会が認めて白魔術としてなされても、本当の白魔術とは言えないだろう。

そうであれば、これから何が白魔術で、何が黒魔術かの新しい基準が必要という事になる。)




















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