坂と路地散策が楽しい新和歌浦の町並み 

万葉集にも詠まれた「和歌浦」は和歌山市の南に位置し、南に和歌浦湾を臨む小さな漁港を中心に栄えた漁村だ。個人的には今回で4回目の訪問だ。和歌山市から道路案内に沿って進むと海岸の崖の上に続く一本道に出る。道沿いには漁港で獲れた新鮮な魚介類を売り物とした旅館や民宿が点在する。崖の下のほうには、万葉歌にちなむ片男波海岸が見渡せる。海岸沿いの一本道進むと時折目の前に驚きの町並みが目に入る。海岸から崖の上までびっしりとはりつく様に立ち並んだ家々だ。10年前、ここを訪れた時、そのすばらしさに思わず車を止め写した写真を元に絵を描いた。当時よりも少し家が増えているようだが、その雰囲気は今なお残っていた。今回は、眺めるだけではなく、是非その中に入り込んでみたい。

和歌浦旅館の老舗「魚又楼」は台風の影響もあり、3連休だというのに泊り客は少ないようだった。客室最上階4Fの窓からは夕日を背にまるでエーゲ海クレタ島を思い起こす(行った事はないが・・・)ような雑賀崎の町並みが見渡せた。
旅館にチェックインしてすでに横になっている妻たちを残して、夕食までの約1時間半、すぐ近くの田ノ浦の町並みを散策することにした。旅館の前から海岸まで伸びる遊歩道を下り、約10分ほど海沿いに歩くとまたまた崖にはり付いたような町並みが続く田ノ浦の漁村に着く。漁港からその細い路地を上り、高台の上にある旅館に向けて歩いてみた。

なんでこんなに町歩きが好きなんだろう?旅行ガイド情報誌にも田ノ浦や雑賀島の町並みを取り上げたものはほとんどない。でもだからこそ手付かずの変なもの、変わったものが残っているはず。車なんて走れない、バイクさえも自転車さえも入っていけない細い路地が迷路のように入り組んで、まるで毛細血管のようだ。その毛細血管に沿って各戸の玄関があり、通勤路があり、郵便局や銀行までが立ち並んでいる。こんな楽しい町並みはなかなかない。

路地の途中から眺めた田ノ浦の町並み

こんな路地が網の目のように続いている。わくわくしませんか?


どうやって、建てたんだろうね?

約1時間汗だくになりながら坂と階段だらけの街中を散策し、旅館に戻った。すでに日は傾き、夕日に映える雑賀崎の町並みはまた更に魅力的に見える。明日の朝、早く目覚めたら車で行ってみようと思った。

夕陽に映える雑賀崎

町に灯が点り、雑賀崎灯台も輝き始めた
 旅館の窓から見える雑賀崎の町並みは私の好奇心をくすぐった。普段なら朝6時半過ぎの目覚ましでもなかなか起きないのに、この日は自然と目が覚めた。窓の外の雑賀崎の町並みも朝焼けでほんのり赤く染まっている。時計をのぞくとまだ朝の4時過ぎを指していた。人通りは全くない。人目を気にせずに街中を歩き回るにはちょうどいい。妻はまだ夢の中。そぅーっと用意をし、部屋を抜け出した。旅館の入り口もシャッターが下りており、手動で開けて外に出た。
 窓の外に見えた雑賀崎までは車で約5分の距離。こんなに早朝だと言うのにすでに朝の散歩をしている老人とすれ違った。
雑賀崎の町も田ノ浦の町に負けず劣らず、路地がすばらしい。町のはずれにある灯台から町並みを見下ろした後、近くに車を路駐して、その路地ジャングルへ足を踏み入れた。路地の先が行き止まりかどうかもわからない。迷路のように入り組んだ先に突然小さな公園があったり、雑貨屋があったり、郵便局があったり・・・本当に面白い。誰もいない街中を約1時間歩き回った

早朝の雑賀崎灯台

港まで降りてきた
そもそも、今回の和歌山旅行のきっかけは「ポルトヨーロッパ」の招待券をもらったからである。
早朝の散歩を終え、6時過ぎに旅館に戻り朝風呂で汗を流した。

朝10時の開園にあわせてポルトヨーロッパに向かった。ここは10年ほど前に行われた「世界リゾート博」の跡地で、遊園地と町並みをそのまま残してテーマパークとしている。いかにも作られた町並みは私の好奇心をそそらない。また2歳の風雅が楽しめる乗り物もほとんどなく、昼過ぎに早々に後にした。
帰り道、加太の淡島神社に寄り、境内に納められた無数の人形たちにおまいりをしてきた。人形供養の神社だけあって、何度来てもちょっと不気味だ。

作られたヨーロッパの町並み「ポルトヨーロッパ」

人形供養で有名な加太の淡島神社