安田弘之「紺野さんと遊ぼう」
review #31 yasuda hiroyuki / let's play with konnosan! ■漫画


太田出版F×コミックス(全3巻)
制作年/2001年頃〜
私と本作との出会い/2003年
オススメ度ランク★★


【お話】タイトルの通り「紺野さんで遊んでみる」ことがテーマの正体不明漫画。
かなりの三白眼(浦見魔太郎よりはマシだが)のセーラー服女子高校生・紺野美雪のありがちの日常を、まるで手のひらの中でフィギュアを触るかの如くいじくり回したり、突っついてみたり、縛ってみたり、観察したりしながら、その反応を極限まで楽しもう、という、そっち系マニア度全開のショートストーリー。

【感想】漫画の表現もココまで来たか、という感じ。
「2次元の線で構成されている架空の人物に対して、どこまで視覚・聴覚・触覚・味覚・臭覚といった五感の感覚を用いて、生身の人間と相違ないと認識できる領域に近づき、脳内においてその実在感を再生できるか」
・・・という壮大なテーマに挑んでいるのが素晴らしい。
そのための媒体として「性欲」を用いているわけだが、人間が視覚的にどういう部分に最も反応するのかを知り尽くしていなければなかなかこういう絵は描けないと思う。現に作品世界は極限まで簡略化し尽くされた線量のみで表現されている。

別の言い方をすれば、普段脳みその中に隠されているハズの読者の脳内感情を手玉に取るための実験漫画とも言えるかも知れない。残した子供を見守る天国の親のような視点で観察してみたりする漫画、とも例えられよう。

でも、精神的エロ本。

本作においては直接的な裸の表現など、エロに然るべき基本的必要要素がない。主人公を始め登場人物はいわゆる美人として描写されていないし、性格設定もスレ切っているのだが、それが逆にリアルな「その辺に落ちてる」ようなありふれた女の子の存在感を生み出す事に成功している。それが、上記のテーマと相乗効果を持ちながら読む者の「性欲」を絶えず刺激しているのだ。これは、かなり危険な意味を持った表現だ。

最後3冊目の作者からのメッセージ、
「セーラー服って・・・いいよね・・・」
まさにセーラー服に対するフェチ的幻想そのものなわけだが、先に挙げたテーマはもとより、作者にここまで漫画自体を描かせている動機は間違いなくこういう幻想によって支配されている性欲なのだろう。例えセーラー服が元来→水兵服→ポパイみたく男性の着る服だったとしても。



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公開 2003.11.26
公開 2003.11.15
制作 2003.11.11
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