鳥取県美保基地航空祭

5月28日に航空自衛隊美保基地で航空祭が有り、昨年姫路城で観たブルーインパルスの飛行が見られる事を知り旅行社の日帰りツァ〜に参加して行って来ました。

幸い当日は体調も良く、更に空は雲一つない好天に恵まれてブルーインパルスの展示・離陸から着陸までを見る事が出来ました。

当日の写真

                       オーロラを見て来ました。 

兼ねてから一度は見たいと思っていたオーロラを見る事が出来ました。
3月の9日から10日間のオーロラクルーズに幼馴染の同級生と参加し、フィンランド・ノルウェ〜に行って来ました。

クルーズは5泊6日の船旅でキルケネスからベルゲン迄の航海をしながら、オーロラの出現を待つと言う旅でした。
幸い航海中に2日間レベル3のオーロラを見る事が出来、又写真撮影にも成功しました。

加えてヘルシンキから関空行の飛行機の中からも幸運にもオーロラの見送りを受ける事が出来最高の思い出になりました。


私が退職後、少しでも震災発災時の事を出来るだけ正確に残そうと思い個人で立ち上げた、このHPも16年間続ける事が出来ました。
お陰様で多くの方に見て頂けたのは望外の幸せに感じ感謝の念で一杯です。
私も1昨年後半に後期高齢者になり体力の低下を感じて来ましたので、もうボチボチ当HPも引き際かな?と思っておりますした。

そんな折に昨年10月に体調不良に陥り、病院で検査を受けましたが、結果を聞いて目先真っ暗になりました。
病名は右尿管上皮ガンで緊急手術で右の腎臓及び尿管を摘出しましたが、既に癌細胞がリンパ腺に転移しておりました。

主治医からステージ4と言われて余命2年の宣告を告げれました。
聞いた瞬間の気持ちは全くの(晴天の霹靂)の様で自分の身に起こった事とは思えませんでした。

暫くは落ち込んで何もする気力を失いかけましたが、残された2年間をどう過ごそうかと考えながら懸命の治療に取り組み、又各地の神社仏閣に病気平穏の祈願にも廻りました。

懸命に看護と激励に尽くしてくれる妻の姿を見て癌如きに負けてはならないと気力を奮い立たせて体力の回復と治療に励んでおります。

入院中に昔見た映画の事を思い出しました。
(わが生涯は火の如く)主演三国連太郎さんで確か消防士一家の物語でした。
その主題歌をやっと探し出し歌詞を見て感動しました。

1・男魂、火よりも熱い
  持った根性が命じゃないか
  辛いからこそ、この世の中にゃ
   人情もあるンだ、生きがいも

2・やると決めたら打ち込むまでさ
  どんと胸板、鳴らそじゃないか
  水をかぶった刺子の袖に
  粋だぜ、火の粉の花が散る

確か消防士になって3年目の頃の映画でした。
今から振り返れば随分と古い内容の映画と歌詞ですが、病床に横たわりながら自分の消防生活を振り返ると何だか判る気持ちになりました。

これからは、病気との戦いに向けて頑張ろうと誓っております。

 平成29年6月29日
                中谷 満
                            近畿地区・救助大会

2013年7月26日・炎天下の兵庫県消防学校で行われた救助大会を久し
振りに見学してきました。
猛暑の中、若い隊員たちが必死になって頑張っている姿をまじかに見て
頼もしく思いました。


       第二方面本部・消防救助機動隊の見学をしてきました。

9月9日に東京及び鎌倉に行く用事が出来たので、少し時間の余裕を作り
旧知のハイパーの初代部隊長でした清水様に見学のお願いをした所快く
お受けして頂き翌10日に16年ぶりに平和島のハイパー部隊を見学させて
頂きました。

福島原発や東北で活躍した車両を見学後、事務所でパワーポイントを使って
実際の活動状況の話をお聞きする事が出来ました。
また、前夜には清水様とハイパーの総括管理責任者の瀬戸様と楽しい夕食会
を企画していただき色々なお話を聞く事が出来ました。

                               
             姫路城とブルーインパルス

平成の大修理が終わり綺麗になりました姫路城に3月25日と26日にブルーインパルスが
祝賀飛行に飛来するのを知りカメラを持って両日共行って来ました。
事前飛行の25日の天候は曇り時々晴れでした、この日は姫路城南側のビル屋上から
主に飛行機を撮り、翌日は西の丸下から天守閣を入れて撮ってみました。
幸い26日の天候が快晴になり、空が青く澄み天守閣の白さが青空に一段と鮮やかに写りました

ブルーインパルスの写真です

プロフィール 当務中隊長の日記 防災講演会のお申し込み 現場活動72時間の記録 防災講演会

                             帆船パレード

7月15日に神戸港開港150年を記念する帆船パレードを見て来ました。
当日神戸港クルーズの観光船に乗り、淡路島沖で停泊している日本丸・海王丸・
ロシアのパラダ号・韓国コリアナ号が神戸港に向けて出発待機している光景を見る事が出来ました。

 ブルーインパルスの飛行に続いて当日がラストフライトになるYS−11の飛行も綺麗に見えました。
この飛行機には、現役時代高知消防局に出張した時伊丹空港から高知空港を往復した際に乗りました。
大変懐かしい飛行機のラストフライトを見る事が出来て幸運でした。

YS−11の写真です。
なお、右の2枚の写真はYS11設計者の桜井さんにお見せしましたら、大変気に入られて頂きました。

現場活動24の反省点
貴方がすべきつの行動
生田管内の状況
現場写真集
交遊録
趣味の写真集
雑記帳 
消防職員の手記
メール

                            震災直後の生田新道と現在の生田新道
                
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お知らせ
防災講演について ・震災時の出来事や現場の実情につての体験談をしております。
ご依頼のメールを頂ければいつでも出掛けてお話いたします。


            阪神・淡路大震災から20年を迎えて

1月17日で、あの震災から早くも20年が経ちました。
3連休最後の日の早朝に発生した想定外の大地震により、静かな夜明けを迎えようとしていた神戸の街が一変してしまいました。
当直勤務に就いていた私達消防職員は、それぞれが経験の無かった大災害に必死に立ち向いましたが、余りにも多く発生し現場に対処出来ずに無力感を味わいました。
震災後いろいろと考えて見ましたが、やはり大地震への究極の対策は、建物の耐震化と家具の固定が第一だと思います
家さえ倒れなけば・又もう少し家が優しく倒れていたら、あれだけの犠牲者が出なかったと思います。
勤務していた生田消防署は地震で全壊判定になり、廃校になっていた小学校の仮設庁舎で3年間過ごし、葺合消防署と生田消防署を新しく中央消防署として発足しました。
私はこの中央消防署で退職前の1年間を過ごしました。
この消防署には、市内で初めての免震構造が採用されており、着工から完成まで関りを持っていました。
             
                           中央消防署の免震構造


完成後は全国から免震装置を見学に来られる方や団体の応対と説明に当たりましたが、特に印象に残っている出来事は、JICA(国際協力機構)の研修に来られていたアジアからの研修生に免震装置の説明をしていた時に地震(鳥取県西部地震)が発生しました。
神戸は震度4の揺れでしたが、大きな船に乗り波間をゆったりと水平に移動する様な感じで揺れて建物内の物品からも何一つ倒れる事もなく静かに地震が収まりました。
経費の問題がありますが、この免震装置こそが究極の地震対策だと確信出来ました。
対策としては、制震・耐震・免震とありますが個人の住宅にも是非耐震補強を進めれば来るべき直下型大地震の備えになると思います。



 


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