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◇はじめに ◆儀式的魔術の準備 ◆魔法陣の描き方 ◆儀式的魔術の具体的な流れ ◆魔術師の伝説 ◆魔法陣の中のシンボル ◇おわりに ◇主要参考文献 ◇はじめに 魔法陣、あるいは魔法円と呼ばれる、魔術的な円陣は、太古の昔から極めて強力なものだと考えられてきました。 円そのものが、重要な霊的象徴でした。 円には始まりも終わりもありません。 中心から円周上のあるゆる点までの距離は、いずれも全く同じです。 また、円は特定の方位も方向も持っていません。 古代人は、この単純な、けれど不可思議な幾何学図形に、一つの強力な力を感じ取りました。 円で囲んだ場所には、力の集中する場ができると、考えたのです。 古い風習では、円は「神聖な場所」であり、「守られた場所の境界」だとされていました。 バビロニア人は、病人を悪霊から護るために、病人の眠る床の周りに花の輪を描きました。 中世のドイツ系ユダヤ人は、これからお産をしようとする女性の寝床の周りに、やはり輪を描く風習を持っていました。 ローマでは、敵へ使節を送る際に、使節の周囲に部下を円形に配置しました。更に、使節の周囲にも円形を描いていたそうです。 これは不可侵性のサインでもありました。 古代ギリシャの哲学者テオフラストス(前372〜前288頃。アリストテレスの弟子)は、先駆的な植物学者で9冊に渡る『植物誌』を現しています。 その文中に、強力で危険な植物を掘り出す前には、周りに円を描くのが最良の方法だとあります。 例えば、異臭性アイリスを採取する時は、 「周りに三重円を描き、両刃の剣で切り取ること。抜いた後には、変わりに小麦粉で作ったケーキを置いて置く」 また、根が強力な下剤効果を持っている黒ヘリボーは、 「周りに円を描き、東に顔を向けて、神々に祈りを唱えながら切り取る」 植物が摘み取られると直ちに大地の霊が集まって来ると、当時は考えられていました。描いた円は、地霊を寄せ付けない力を持っているとされたのです。 小麦粉で作ったケーキは、植物の代わりに地霊に捧げられたものでしょう。 世界的にも広範に存在し、最も重要なシンボルである円は、このような風習を通じて、魔術にも強い影響を与えました。 魔術の教義では、円は悪霊を寄せ付けない効果があるとされています。 ですから、悪魔を呼び出す時は、魔術師は周囲に円を描き、その中から出てはなりません。 円の中であれば、魔術師の身の安全は保証されます。 しかし、これほど重要なシンボルでありながら、魔術の教科書とも言うべき古代ギリシャ、古代エジプトの書物には、魔法陣はそれほど登場しません。 円とは、文明の発達共に存在した、あって当たり前のシンボルだったのでしょう。 魔法陣が魔術的に重用視されてくるのは、中世から近代の魔術研究の中においてです。 発達した文明の中で、初めは一本の線で描かれただけだった円は、力のある言葉、力を持つ小道具によって補強され、「魔法陣」と呼ぶに足る複雑な図形になっていったのです。 ◆儀式的魔術の準備 魔法陣は、霊を呼び出す魔術の儀式や祭儀において必要な場です。 ですから、魔法陣を使う魔法のことを、儀式的魔術、あるいは祭儀魔術と呼びます。 儀式的魔術において最大の目的の1つは、「知識の獲得」です。 魔術師は常に知識を探求しており、自己を高め、より高次な世界に入っていくことを目的にしています。 このために、魔術師はオカルト的な擬人化された力有る存在を召喚するのです。 擬人化された力有る存在、それこそが魔術における「霊」であり、普段に私たちが精霊とか天使、悪霊などと呼んでいる者たちです。 儀式的魔術が魔術師でもない私たちの耳に入るようになったのは17〜18世紀からで、わりと近代のことでした。 精霊や霊を扱う複雑なこの魔術は、豊富な知識の獲得と厳密な訓練を積む必要がありました。 そうした厳しさが、多くの知識人の気持ちをそそったのでしょう。 中世の魔女狩りが衰退を始め、魔術の研究に対するキリスト教教会側の締め付けも緩やかになり出したこの時代は、魔法の研究も盛んに進められました。 近代魔術師と呼ばれるアレイスター・クロウリー、エリファス・レヴィ、ダイアン・フォーチュン、マグレガー・メイザースらは、この儀式的魔術の研究を強く進め、成果を書物に現しました。 魔法陣を使った魔術自体は、紀元前から既に存在し、魔術教書にも頻度は少ないながらも表れていました。 中世に紹介された多くの儀式的魔術は、古代から伝えられる魔法を大系したものと言えます。 魔法陣は儀式的魔術の準備において、最後の要です。 円の内部は力が集約する重要な場になりますから、境界線を描くことによって、世俗と切り離されなければなりません。 このため、魔術師は儀式の前に身を清め、儀式に必要な道具類を揃え、精神を集中して魔法陣を描きます。 呼び出す霊は、善霊とは限りません。人に害なすことを喜ぶ悪霊である可能性もあります。 修行が足りなかったり、知識不足から、目的ではない霊を呼び出してしまえば、魔術師の身の安全は図れません。 19世紀の陰秘学研究家マグレガー・メイザース(オカルティズム教団「黄金の暁教団」創設者の1人)は次のように記しています。 「ベルゼブブなどの恐ろしい力を持つ者たちの出現を請う召喚の儀式、恐らくエクソシストのその場における死という、おぞましい結果を生むだろう」 ベルゼブブは「蠅の王」とも称される魔王の1人です。 このような危険を起こさないためにも、魔術師は充分に訓練を積み、厳密な準備を行い、性格に魔法陣を描くのです。 霊を呼び出した後、魔術師は命がけで円の中から脱出しなければなりません。脱出の失敗は、メイザースの言葉どおり、その者の消滅に関わるのです。 霊の召喚を含む魔術の実践方法は、ギリシャ・エジプト時代の魔術教書に、基本が記されています。(紀元後100年〜400年) これによると、儀式を行うに当たって、先ず魔術師は身体の清めを行います。 魔法の儀式は非日常的ですから、執り行う魔術師自身が、現実の世界から切り離されなければなりません。 魔術教書では、清めは7日間を必要とすると教えています。 ここで紹介するのは、エジプトで行われた清めの方法です。 魔術師は新月の3日目の夜、ナイル河の岸辺で祭壇に火を起こします。 時刻は陽の出前。 魔術師は厳かに祭壇の周りを回ります。 太陽が地平線から離れるや否や、処女の白い雌鶏の首を刎ねます。この首は河に投げ捨て、雌鶏の血を右手に注ぎ、音を立てて舐めます。 この後、雌鶏の死骸は祭壇の火に投じ、魔術師は河に飛び込みます。 岸に上がる時は後ろ向きで。そのまま用心深く進み、濡れた服を脱いで、新しい服を着ます。 最後に、その場を立ち去りますが、後ろは決して振り向いてはなりません。 一見は無意味に見える行為ですが、この1つ1つに魔術的に深い意味が込められています。 処女の雌鶏は、処女性の象徴です。 多くの文化圏において、処女、乙女は、禁欲によって現実世界を越えた領域へと向かうシンボルです。 イエス・キリストが処女マリアから生まれたように、数多くの神や英雄、支配者たちは、性的な関係を伴わずに乙女から生まれたという伝説を持っています。 それだけ処女や乙女は、神秘性の高い存在なのです。 魔術師は処女の雌鶏の血を啜ることで、禁欲的な理念を持つ処女性を取り入れ、神秘的な力を得るのです。 また、聖なる河ナイルへの入水は、日常から自分を切り離すことを意味しています。 河で清められた身に纏う衣服は、もう昔の自我の抜け殻です。 魔術師は新しい服を着ることで、古い自我を捨て、新たな自我を得るのです。新しい服は新たな自我を象徴しています。 後ろ向きに岸に上がるのも、古い自我と決別し、新たな自我を得る行為を意味します。 他の魔術教書では、浄化の際に自制、断食、貞節などの美徳を解いています。 『大いなる魔術書』(18世紀のものとされる。原書はフランス語)によると、魔術師たる者は1ヶ月の4分の1は女性に接してはならず、その間は1日2度以上の食事をしてはならないそうです。 食前には祈祷を行い、自分の魂、心、内蔵、手、足、欲望、全存在を神に捧げます。 更に、儀式の前は睡眠を最小限にし、酒は飲まず、肉を食べてはなりません。 魔術は精神性の高い儀式ですから、魔術師は純潔と断食に対して固執しています。 なぜなら、断食は心身の清めに繋がり、霊が乗り移るような不純な肉体を作りません。 節制は魔術師の力を高めます。 食べ物、飲み物、女性との関係を完全に絶つことで、雑念がなくなり、儀式に全神経を集中させられるからです。 純潔を保つことは、性的エネルギーを蓄積することにも繋がります。 それほど精神集中を要する儀式なのであれば、断食や不眠で身体を弱くしてはいけないのではないかと、思われるかも知れません。 魔術の場合、発想が逆転します。 断食と不眠は、確かに肉体を弱めます。けれど、その分、精神が研ぎ澄まされ、感覚的にも不思議な力が生まれてくるのです。 こうして身の清めを行った魔術師は、次に儀式の場所を定めます。 どのような邪魔も入らない、人目に付かない場所が必要です。 理想的なのは、古城や教会、修道院の廃墟、墓地、森、砂漠などです。 ギリシャ神話に登場する秘儀の女神ヘカテにとって神聖な、3本の道の出会う所も最適な場所です。 個人の家で執り行う場合は、4方の壁に黒い布を掛け、床も黒い敷物で覆い、邪魔が入らないように全ての窓とドアに鍵を掛けます。 この儀式の場所も、清めが必要です。 近代の魔術師エリファス・レヴィ(1810〜1875年)は、月桂樹の葉と樟脳、塩、白い樹脂、硫黄を混ぜた溶液で、儀式の場を清めることを勧めています。 月桂樹の葉は麻酔効果があります。 古代の神託を受ける場所として有名な、ギリシャのデルフォイでは、アポロン神殿の巫女が、月桂樹の葉を噛みながら意識を朦朧とさせ、神託を受けたといいます。 月桂樹は、汚れた魂を浄化する力もあるとされました。 今でも月桂樹の葉を炊き、その煙で物や場を浄化する方法が、スピリチュアルな分野で知られています。 樟脳は、古い言い伝えでは、貞節を保つ力を持つとのこと。 塩は悪霊や邪悪が忌み嫌っており、邪悪な諸力から魔術師を護ります。 この混合液から立ち上る煙を吸った霊は、魔術師に危害を及ぼせなくなります。 ただし、塩は悪霊を呼び出す魔術では、使用を避けるべきであるとする書物は多くあります。 特に降霊術においては、霊が降りて来られないので、降霊術者は塩の入った食べ物を儀式前には避けたほどです。 このあたりは、呼び出す霊によって、浄化方法が異なるようです。 儀式に必要な道具や小物は、全て“処女”の物、つまり初使用の新品でなければなりません。 新品を購入するのが最も簡単なのですが、理想的なのは、魔術師自身が材料を採取し、作成することです。 というのも、別の誰かの手による物は、創造者の何らかの念が移っている可能性があるからです。 処女の品物というのは、内在的な力が消費されておらず、力を秘めていると考えられます。 中古品や魔術的な目的以外に用いられた物は、決して儀式に使用してはなりません。そのようなことをすれば、魔術に非常に危険が伴います。 以前の持ち主や、異なった目的の使用によって、儀式とは調和しない影響力が出てしまうからです。 水や香で浄化する手もありますが、前の持ち主の念が強いと、払うのも簡単にはいきません。 儀式的魔術は、強力な力が作用します。 ほんの一つの手順間違いから、電気のショートのような衝撃が起こるかも知れないのです。 よほどのミスでない限り、魔術師や助手は気絶させられる程度で後に回復します。けれど、死に直結する可能 性もない訳ではないのです。 自分で道具を作ることは、その儀式に全能力を注げるというメリットも存在します。 道具を作成できるということは、儀式を執り行う力と決断力があるという証明にも繋がるからです。 そうした意味では、材料の採取から完成までは、魔術師自身が行うのが最良でしょう。 道具の一つは剣と鋭いナイフです。ナイフは短剣でも構いません。 これらは月の満ちている、木星の日と時間に鋳造するか購入しなければなりません。 占星術では、木星は木曜日の支配惑星ですので、この日が相当するのではないかと思われます。 時間までは、綿密な計算を必要とするので、一概には言えません。 シンボリズムでは、木星は成功と繁栄の惑星ですから、この日に鋳造することは儀式の成功を祈願することで もあります。 手に入れた剣とナイフには、魔術師の力と一体化するために、次のような呪文を唱えます。 我、汝、事を為すものの形を、ここに呼ばん。 全能の父なる神の名によって、天の力によって、 支配惑星の全てによって、四大元素の力によって、 全て石から、全て植物から、全て動物から、 あるいは何であれ全てそれらからできているものによって 雹と風の力によって、我らの全ての欲望の完全なる出口である汝によって、 我らがここに獲得しうる力を得んがため。 望むらくは、この力を、邪悪さや偽りを伴うことになく発揮したい。 太陽と天使の創造者、神の名によって。 (『黒魔術』リチャード・キャヴェンディッシュより) この呪文は1517年にエジプト人アリベックによって出版された『真実の書』からの抜粋だということです。 原書はフランス語ですが、内容は最も有名な魔術書『ソロモンの鍵』に基づいているといいます。 魔術書によっては、剣とナイフを清めるだけで済ませてもいます。 また、唱える呪文が違う本も存在します。 これは研究者が複数存在したこと、日本語訳の際にどうしても変わってしまうことが理由です。 呪文を唱える時に重要なのは、リズムと正確な言葉、発音です。 上記は一例として読んで下さい。 ハシバミの木から魔術の杖、または棒を作ります。 この杖も魔術的に重要な武器であり、魔法力の至高のエンブレムの一つです。 ハシバミの枝自体が、英知の象徴でもあるのです。 ギリシャ神話に登場するヘルメスの杖(錬金術の寓意にも用いられる)も、ハシバミでできていたという説があるほど、魔術的には重要です。 中世ヨーロッパでは、地下水脈をを探す占い棒としても活躍しました。 『大きなる教書』によると、棒の長さは19インチ半(約50センチ)で、陽の出の時に血糊のついた魔法のナイフで切り取ります。 陽の出に切り取るのは、新たに生まれた太陽の溢れるばかりの活力を、枝が捕らえているからです。 血糊のついたナイフで切り取るのは、その重要なエネルギーを捕らえる働きを持っているからです。 杖の両端に鉄のキャップを被せます。 キャップは鋭く尖らせ、天然の磁石で磁気を帯びさせておきます。 剣や短剣と同様に、この杖にも力を与えるために、神ヤハウェと霊エリアルに祈りを捧げます。 自分の意志に従うように。 引きつけたいと望むもの全てを引きつけるように。 そして、破壊したいと望むものの全てを破壊し、混沌に帰すように。 杖に対して命じるのです。 剣、ナイフ、あるいは短剣、魔法の杖の準備が整うと、これらは儀式の時まで上等の絹の布で包んでおきます。 布は、黒と茶色は避けましょう。 儀式の前に、聖水を掛けて、改めて清めます。 水でも構いませんが、道具を聖化するためには、聖水が望ましいでしょう。 水打ちをするする時は、ミント、マヨラナ、ローズマリーの枝を糸で縛った束で行います。 枝は、クマツヅラ、タマキビガイ、薬用サルビア(セージ)、ミント、カノコソウ、トネリコ、メボウキ(バジル)、ローズマリーの束でも代用できます。 ミント、マヨラナ、ローズマリー、クマツヅラ、薬用サルビア、カノコソウ、メボウキは薬草としても用いられる上に、それぞれ独自の象徴や神話、民話を持っています。 また、トネリコは北欧神話の宇宙樹ユグドラシルと同じ木でもあり、魔術的に重要な植物です。 この中で、私が解せないのはタマキビガイです。 漢字では「玉黍貝」と書き、字のとおり、植物ではなく貝のことです。 巻貝の一種ですが、打ち水用の枝の束には適しません。 貝も宗教や神話の中では重要なシンボルの一つですが、ここに何故タマキビガイが出てくるのかは、残念ながら調べが付きませんでした。 浄化には、香を焚きしめても構いません。お香の煙は、物体を浄化する力を秘めています。 香を使う時は教会用の香か、もしくはアロエの木、メース、エゴノキ、ベンゾインを燃やして作ります。 アロエは別名「医者いらず」と言われるほど薬用に富んだ植物です。一時は死体の防腐処理に使われていました。 メースは、ナツメグを包んでいる皮で、ナツメグ同様にスパイスとして用います。種子がナツメグなのです が、メースのほうがスパイスとしては上等です。 エゴノキは安息香と呼ばれる香料の材料にもなる木です。 ベンゾインは樹脂で、教会用の香と修道士の芳香油の原料の一つです。 道具の浄化は、儀式に別の念が入り込まないようにする重要な作業ですから、聖水にしろお香にしろ、厳選する必要があります。 この他に、道具を四大(地・気・水・火の四元素。エレメンツとも言う)で清める方法もあります。 やり方は、大地の象徴である五線星形(ペンタクル。描いたものは五芒星=ペンタグラム)で触ります。 炎の清めは、蝋燭の火です。この炎に道具を潜らせます。 気は香。香炉の上を潜らせます。 塩水を道具に振りかけ、水の清めを行います。 日本ではお葬式の後に塩のお清めを行いますが、塩は世界的にも重要な浄化物です。 塩自体は四大の地、土を表しますが、水に溶かすことで、水と地で道具は清められたことになるのです。 更に重要な魔術要素の一つが、魔術師の法衣です。 これまで全ての道具は、新品であることが大前提でした。 けれど、この法衣だけは例外です。 1316年に亡くなったアバノのピーター作と言われる『魔術の諸要素』(ただし、16世紀の書物との見方が有力)では、礼拝の時の僧の衣が良いと記しています。 僧と礼拝という要素から、衣には神聖な力が宿っているからです。 『オカルト哲学』全3巻を著したアグリッパ(自然神秘論者。1486〜1535年)は『第四の書』において、魔術師の法衣に触れています。 それによると、足までを覆う亜麻布で、身体にぴったりしている服が良いとあります。 腰の部分は紐で結びます。 色は白。 下着も靴も全て白で、亜麻布か絹が良いと言います。 花嫁衣装の色として馴染みのある白は、純潔を象徴していますから、魔術にも適しているのです。 帽子も白にし、それには魔力を帯びた名を記します。もしくは、魔力のあるデザインやシンボルを刺繍する場合もあります。 他の魔術教本でも、衣は白であると、記されています。 ただし、邪悪な性質を帯びた魔術や、闇の力を含んだ魔術では、赤と黒を使用するのが効果的だそうです。 法衣は儀式を行う魔術師にとっては、身を守る鎧と同じです。法衣は第二の魔法陣であると言い切る研究者もいるほどです。 そこで、法衣にも杖や剣と同じように祈りを捧げ、力を込めます。 衣装にはボタンやバックル、フック、結び目などは、極力作らないようにします。これは身体が締め付けられて、力の流出に影響が出るからです。 身体を自然にリラックスさせるためには、ゆったりとした衣が適しているのと同様です。スムーズに血液が流れる状態が、力を発揮するために必要なのです。 極端な例ですが、全力を発揮するためには、裸で魔術を行うのが良いとする魔術師もいます。 近代の魔女ジェラルド・ガードナーが提唱者です。 彼女は、儀式によって体内に生まれた魔術的な力が円滑に解放されるには、衣は一切纏わないほうが良いとしています。 これだけの準備を終えると、ようやく魔法陣の作成に入ります。 儀式的魔術は、僅かな邪念が身の破滅を招きます。 それを避けるために、強い精神力を養い、決断力を試すためにも、困難な準備を行わせ、魔術師の身を清めるのです。 こうした準備と清めにより、魔術師はあらゆる邪念から精神を解き放たれます。 そして、望ましい精神状態にあることを象徴する衣を纏い、儀式に臨むのです。 ◆魔法陣の描き方 魔術における魔法陣の描き方は、地面に円を描くだけの単純なものから、四大の霊(エレメンツ。土・気・火・水の四大元素)の名前を記すもの、更に力のある言葉を書き込む複雑なものまで、各種様々です。 現代の魔法陣は、慣習的に直径9フィート(約2,7メートル)とされています。 ただし、儀式に参加する人数によって、直径は大きくすることもあります。 最初の円は、魔法の剣もしくはナイフ、またはチョークや石灰で描きます。 朱色の顔料でも構いません。 何故なら、朱色や赤は、錬金術のシンボル表現において、燃焼性の原質・硫黄の象徴だからです。 錬金術では、硫黄は水銀と共に二元論を形成する重要なファクターです。 魔術師は、シンボリズムを重用視しており、この考え方から朱色は力を帯びた色だと見なしたのです。 一般的にも、赤は攻撃性、活力、力強さを表しており、炎とも結びついています。 厳密には朱色と赤は違いますが、魔術師は朱色の特性から魔術的な力を引き出そうと考えたのでしょう。 次に、第一の円の内側に、今度は直径8フィート(約2,5メートル)の第二の円を描きます。 この二重円によって、内側に集約する力に対する壁を作るのです。 場合によっては、第一と第二の円の間に、力を帯びた名を書き、壁の力を補強します。 円の外側には、水か聖水をまいて浄化します。 この円には、裂け目や亀裂があってはなりません。もし僅かな切れ目でもあると、そこから邪悪な力が闖入してしまうからです。 魔法陣を描く間、儀式の間中、魔術師自身や助手の足が擦れて、線が消えてしまうようなこともないように、細心の注意を払う必要があります。 ただし、故意に円に裂け目を作ることはあります。 これは魔術師と助手たちが出入りするためのものです。儀式のために所定の位置に着いたら、直ちに円は閉じなければなりません。 二重円は4等分に仕切り、力を帯びた名前と十字の印を描き、「我が救い主」の意である「Dominus adjutor meus」という言葉を入れます。 図版■(ウェブ上では割愛)は、魔術教書『赤い竜』や『大いなる教書』などフランス語の写本にある魔法陣の1つです。 魔法陣の中でも簡単な部類に入ります。 近代の魔女たちが使う魔法陣は、直径9フィートの円の外側に、6インチ(約15センチ)ごとに2つの円を描いています。 様々な文献から集められるだけの魔法陣を別項に集めて見ましたので、参考までにご覧になって下さい。 多くの魔術書の中で、最も有名であり、古い文献とされているのが『ソロモンの鍵』で、ソロモン王の著作と言われています。 様々な言語に訳され、版もいくつもありますが、多くは12世紀にフランス語かラテン語で書かれたものを焼き直しています。 18世紀版の『ソロモンの鍵』の中に、1つの正方形の中に3つの同心円を描き、その中に地ら皮帯びた名前を配列したものがあります。 『ソロモンの小鍵』とも言われる魔法書『レメゲトン』には、ソロモンの三角形(図版■ウェブ上では割愛)を、魔法陣から2フィート(約61センチ)の所に描くように記しています。 ここが召喚する霊の出現する場となるのです。 三角形の中には、大天使ミエカルの名を配列します。この名も、力のある名前です。 周囲の辺には、やはり力のある言葉を書き込みます。 ソロモンの三角形も強力な場であり、呼び出された霊がここから脱出するのは容易ではありません。 魔法陣そのものの歴史は古いのですが、儀式的魔術が大系化されたのは、17〜18世紀のことです。 それまでの儀式的魔術は自然魔術的な要素が濃かったものの、白魔術とも黒魔術も言えない曖昧とした区分に位置していました。 ここに黒魔術的要素が色濃く現れたのは、大系化された18世紀以降になります。 魔法陣は神などの霊的存在を呼び出すための場であり、魔術師はそのもの達から知識や力を得ます。 この際、霊は天使などの善とされる霊よりも、悪霊、通例デーモンと呼ばれるものたちのほうが、目的を成功させやすいとのこと。 全き善である天使と違い、悪霊は善でも悪でもあり、中立でもあり得るからです。 このため、儀式的魔術の場は悪霊が好むような雰囲気作りが求められるようになり、18世紀以降は、不気味な調子がエスカレートしていきました。 例えば、『大いなる教書』では、魔法陣は若い山羊の皮で作るとあります。 細い帯状にした皮を4本の釘で固定して輪を作りますが、この釘は死んだ子供の棺桶から取ってきた物です。 輪の中に三角形を描き、中に魔術師と助手が立ちます。 用意してあった2本の蝋燭のうち、1本を三角形の外側に、もう1本を右側に置きます。この蝋燭はそれぞれクマツヅラで作った輪に固定します。 三角形の底辺には、イエスとIHSという文字を記します。 IHSとは「In hoc signo vinces =このサインのもと治めよ」の意味です。 魔術師の前に木炭の入った火鉢を置き、火に樟脳とブランデーを注ぎます。 ドイツの魔術教書である『ファウスト博士の偉大にして強力なる海の霊』の1962年版では、輪は金属で作るように記しています。 金属は鉛に限っていますが、これは鉛が死の金属であるからだと言います。 古代ギリシャでは鉛は魔力のある金属と見なされ、鉛製のペンダントを魔除けにしていました。 また、ドイツ語の慣用表現では、鉛は身体的な「重さ」を表す時に使用します。 例えば「骨の中に何か鉛のように重いものがある」と身体の疲れを表現したり、「胃の中に鉛があるようだ」 と胃腸の不調を表したり。 日本語でも「身体が鉛のように重い」と言いますが、これも鉛の重量感から生まれた負の表現でしょう。 話を戻しますが、この教書では鉛製の円に力を帯びた名を打ち込み、力を補強するとあります。 円の内側には、3本の鎖と釘で三角形を作りますが、鎖は絞首台のもの、釘は車輪に潰された男に通された釘を使います。 鎖と釘は、聖金曜日(キリスト教の教会暦における聖週間と「聖なる三日間」の中で,キリストの受難と死を特に記念する日)の11時から12時の間にハンマーでよく叩き、銅と溶接します。 その時、魔術師は一打ちごとに「ペテロよ、結び合わせよ」と呪文を唱えます。これは呪文によって魔力を鎖に打ち込む作用があります。 エリファス・レヴィは、かなり自分の想像力を掻き立てて魔術書を表していますが、魔法陣の描き方にもその傾向が出ています。 しかし、彼が実際に降霊術などに成功していると言われている以上、その想像は理に適っているのではないでしょうか。 以下に記すのは、エリファス・レヴィによる悪霊を呼び出すための準備です。 魔法の剣の先で完全な円を描きますが、一箇所だけは切断しておきます。ここは悪霊を召喚した後の魔術師の退路です。 この円の内側に三角形を記入し、この万能符を剣先で血を使って彩ります。 三角形の突出部の1つには3脚の焜炉を据え、ここの炎は欠かさないようにしなければなりません。 これと対応する三角形の底辺には、魔術師と2人の助手のための小さい円を三つ描きます。 魔術師の円の後ろには、魔術師自身の血によって、ローマ軍旗の徴を描きます。 ローマ軍旗の徴とは、コンスタンティヌス帝の組み合わせ文字(モノグラム)です。 魔術師と助手2人は素足で中に入り、頭にだけ被り物をつけます。 一番外側の円の内側に、生け贄に供した獣の皮を細く帯状にし、もう1つの円を作ります。 生け贄には、子羊か子供が良いとされています。 内側の円は、処刑された罪人の棺桶から取ってきた4本の釘で固定します。 4本の釘のそばには、4つの物を配置します。 1つは、人肉を5日間、食べさせられた黒猫の頭。1つは、血に浸けた蝙蝠。1つは、少女と同衾した山羊の角。最後が、親殺しの罪を犯した人間の頭蓋骨です。 犠牲の血に浸した樺の小枝で、こられの品物にしずくを振り掛け、次に榛の木と糸杉の木で火を燃やします。 魔術師の左右にクマツヅラで編んだ冠を置き、その中に2本の人間の脂で作った蝋燭を置きます。 蝋燭は黒い木製の燭台に固定しておきます。 これは相当に黒魔術的要素が濃く、召喚に応じる霊も邪悪さを帯びています。 儀式に望む魔術師は、袖のない、縫い目のない黒い服をまとい、金星、木星、月のシンボルを彫り込んだ鉛の 帽子を被ります。 このような罪を恐れない非日常的な道具は、読者の背徳感を伴った快感と悪寒を煽ることが目的で書いたものが多いようです。 したがって、実際には上記のようなおぞましい道具を使わなくても良いのかも知れません。 けれど、上記のような道具が魔法陣の雑多な邪悪な力を排除するだけでなく、内部の力を集中するためのものでもあることも、確かなようです。 魔術の儀式は多分に精神的なものです。 魔術師が力を発揮するためには、その場の雰囲気作りも重要です。 悪霊を呼び出すためには、神聖な雰囲気よりも、邪悪さに満ちた雰囲気のほうが向いているのは、容易く想像できます。 また、一見は無意味に見える小道具の1つ1つは、やはり魔術的な意味合いを持ってもいるのです。 例えば、4本の鉄製の釘は悪霊に対する護りです。 処刑された罪人の棺桶から取ってこなければならないのは、罪人が死の瞬間に感じた憤りや憎しみの強力なエネルギーが付与されているからです。 この罪人が拷問に掛かって死んだ場合は、釘に付与するエネルギーは苦悶と怒りで更に強くなると考えられました。 人間の脂から作った蝋燭は、内に生命のエネルギーを秘めています。 他の小道具にも、同様な意味合いから、残酷で倒錯的な雰囲気を儀式に付与し、魔術師に強力で興奮をそそる力の流れを造り出します。 こうした様々な力を帯びた小道具を使用することによって、魔法陣はより強い力の焦点になります。 けれど、黒魔術的な要素、あるいは黒魔術そのものは、魔術師の人間としての徳を失わせることになると思います。 魔術師が儀式的魔術を執り行い、霊を召喚するは、先にも書いたとおり、豊富な知識を獲得し、より高次の精神性に近づくためのものです。 魔法陣を使った儀式的魔術、祭儀魔術は、黒とも白とも言えない、自然魔術に近いもののはずでした。 それがおどろおどろしい小物を使うことで、黒魔術化してしまうのは、私にとっては残念なことです。 ただし、上記のような魔法陣の描き方を記したエリファス・レヴィ自身は、書物を読んでいる限り、黒魔術師とは思えません。 これらの悪魔的な事象も含めて理解することにより、より高度な魔術を完成させようとした人物です。 彼は魔術全般の儀式を紹介することで、魔術師たるべき人間の資質を問い、強い意思力が必要であることを説こうと試みたのです。 こうした流れの一方で、古代の自然発生的な儀式的魔術を踏襲し、近代に伝えている魔法陣も存在します。 直径は、同じく9フィート。床か地面に描くか、紐で配置します。 この時、円を描く魔術師は、エネルギーの場が確率する光景をイメージします。 円が及ぼす空間作用は、縦・横・高さの三次元です。この空間内は神々の世界にいたる入り口であり、物質的なことを超越して、心を深く、高い次元に開くことができる場になります。 そのイメージを脳裏に描くのです。 内部には、祭壇と儀式の用具を時計回りに配置していきます。 儀式用具は、しなやかな細い棒、五線星形、香、大釜、鞭、聖餐杯、紐などです。これらの用具も、四大の象徴で浄化されている必要があります。 蝋燭を床か地面の四方角、あるいは方位点置きます。 この四方角とは、東・西・南・北のことで、各方位は元素、儀式用具、色、属性と結びついています。 以下に、簡単な対応を上げますが、これは集会や流儀によって変わる可能性があります。 《北》 太陽に触れられることのない方位であり、暗黒、神秘、未知なるもの表す。 対応……土(地)の元素、新月、五線星形、秘儀と暗黒、金色ないし黒。 《東》 啓蒙、解明、神秘主義、永遠なるものを表す。 対応……気(風)の元素、剣、赤あるいは白 《南》 意志、自然のエネルギー力の方向付けとチャネリング、心霊的なものの方角。 対応……太陽のエネルギー、太陽、火の元素、青ないし白、魔術用の細棒。 《西》 水、創造性、情緒、豊饒、自らの最深の感情に直面する勇気の方角。 対応……聖餐杯、女性の創造力と多産の象徴、赤ないし灰色。 こうして厳密な制約の元に魔法陣が描かれ、儀式の参加者が魔法陣の主要な位置に就くと、厳かに儀式が始ま るのです。 ◆儀式的魔術の具体的な流れ 儀式の流れは目的によって変わりますが、大まかには祈りの言葉、召喚の呪文、霊の召喚、務めの実行、力の 解放、霊の退去というものになります。。 以下に紹介するのは、儀式的魔術の一例としてお読み下さい。 儀式が始まる直前に、魔法陣はエレメンツか元素の象徴で浄化します。儀式的魔術とは無関係の、邪悪なあらゆる力を、魔法陣から消すためです。 これから述べるのは、降霊術の1つです。 ここで述べる降霊術というのは、死した人の魂を呼び出すという、単純な降霊術ではありません。 無論、死した人の魂も召喚の対象になりますが、魔術は呼び出した霊から知識を得ることが最大の目的です。 呼び出す霊は、死した後に修行を積み、力を持った存在であることが大前提にあります。 一度「死んだ」ことにより、魂は現世と切り離された存在になりますので、死した人の霊魂も未来を予測したり、過去に失われた知識(例えば、財宝の隠し場所など)を魔術師に与えることはできます。 召喚する霊がどれだけの力を持っているかは、魔術師の力関係と比例します。 霊は召喚の呪文にすぐに答えてくれる訳ではありません。 降霊術は、時間と忍耐を必要とします。それだけに体力的消耗も激しいものです。 魔術師にとっては、試練の時です。 火鉢に火を灯し、助手が所定の位置に就き、魔術師自身も指定場所に立つと、儀式は始まります。 魔術師は、これから召喚しようとする霊に対して精神を集中させます。雑念は禁物です。考えだけでなく、感覚的なものも閉め出さなければなりません。 次に召喚の呪文を唱えますが、霊に対しては、普通は魔法陣の外に現れるように命じます。 もしくは、魔法陣の近くに描かれたソロモンの三角形の中に、出現を命じます。 「命じる」という態度は、召喚魔術において重要なポイントです。 魔術師は召喚する霊よりも強い立場であることが必要だからです。 少しでも隙を見せれば、力のある霊によっては魔術師は付け入られ、逆に操られてしまいます。 それだけならまだしも、魔術師に危害を及ぼす可能性もあります。 虚勢もまた、1つの力なのです。 これは虚勢を張れるだけの精神力を持っているか否かという、試練でもあります。 もっとも、虚勢を張らなけれ制御できないような霊を召喚することは、危険きわまりないので、通常は行いません。 召喚の呪文は、魔術書によって様々な形態が存在します。 重要なのは、力を帯びた名前が正確に発音されること。その呪文が、発音、リズム共に正確であることです。 魔法に興味を持つ方には特に覚えておいて欲しいことなのですが、呪文というのは僅かな発音の違い、リズム の違いで、作用が大きく変わります。 良い例が、キリスト教のミサで歌われる賛美歌です。 賛美歌も一種の魔術的呪文であり、正しいリズム、発音、音の高低にまで細かい決まり事があるのです。 正しい韻律を踏んだ賛美歌が斉唱された時、奇跡が起こると伝えられています。 けれども、正しい賛美歌というものは、現代まで伝えられなかったようです。 今となっては、正しい発音、正しいリズム、総じて正しい韻律の賛美歌がどのようなものなのか、知る人はいないでしょう。 訳された賛美歌では、神を讃えることはできても、歌の持つ真の力を発揮させることはできません。 魔術の呪文も同様です。 私は日本語に訳された呪文のいくつかを紹介することはできます。 けれども、正しい呪文、正しい発音、韻律、音の高低までは分かりません。 しかも、真の「正しい呪文」というものは、総じて秘密であり、書物に紹介されることはないのです。 というのも、間違った魔術が伝えられる可能性が多く、望ましくない事態が蔓延する危険をはらんでいるからです。 したがって、正しい呪文、術に有効な呪文を見つけだせるかどうかは、魔術師の修行如何に掛かっています。 どれほど研究しても、有効呪文の定式に出会えないこともあります。 しかし、才能や鋭敏な感覚から、現代的な力ある呪文に出会える魔術師もいるのですから、これも修行次第で はないでしょうか。 日本語訳の召喚呪文も、魔術研究書にいくつか紹介されているのですが、ここでは内容の要約にとどめておきます。 というのは、今日までに伝わる呪文の多くは、写本、訳語を繰り返すうちに、本来の形、本来の力を失っている場合が多いのです。 最初の魔術教書とも言うべき『レメゲトン』には、最も強力な呪文がいくつも挙げられているとのこと。 本格的に魔術を研究したい方は、粘って信頼ある写本を研究されるのも素敵だと思います。 『レメゲトン』によると、最初の呪文は召喚する霊に対して宥めるように、柔らかな口調で唱えるように伝えています。 魔術師の望む霊に対して、自分が全能の神の力を借りて、この場に現れるように命じます。 その際、いくつもの力のある名によっても、命令を行います。 同時に、魔術師自身にも従うように伝えることも忘れてはなりません。 かなり長い呪文です。 霊が現れなければ、3度は唱えます。1度目は優しく、2度目、3度目となるにしたがい、激しく、厳しく、誇り高い口調に変えていきます。 これでも霊が現れなければ、強さの増した呪文を唱えます。 今までに唱えた一群の力有る名によって、姿を現すように、神と天使たちの名、聖人などの名によって。 この呪文も、必要があれば3度は繰り返します。 ここまでで魔術師は相当な精神力と体力を消耗するようです。 2回目の呪文にも霊が応えない場合、3回目の呪文を唱えます。 ここにおいて、魔術師が唱えるのは、ソロモンが悪霊を支配した時に使ったという7つの秘密の名前を使用します。 この時の呪文の調子は、最早、霊に対する脅しです。 現れない場合、魔術師は霊を呪い、底内の穴、永遠の炎の湖、炎と硫黄の湖に霊を追い落とし、最後の審判のラッパが鳴り響くまで、そこに留まるように、力有る名によって命じるのです。 その名も、唱えるだけで相当な重圧感を与えるようなものばかりです。 神ヤハウェと同意義であるアドナイ、神の名を現しているという聖四文字(テトラグラマトン)などなど……。 これで霊は、確実に現れるそうです。 魔術師は霊を歓迎します。 霊によっては、魔術師に従おうとはしないかも知れません。命令に背いたり、不機嫌であったり、嘘をつくかも知れません。 それだけならまだしも、魔術師自身がいる魔法陣から誘い出そうとする可能性もあります。 霊の誘惑に乗らないためにも、魔術師は霊の守護者たるべく、相手と面と向かって対します。 身体に残る全ての力を以て、意志を集中し、霊を支配しなければなりません。 この際、助手は霊に話しかけてはなりません。 魔術師が霊を支配する邪魔になるかも知れないからです。 霊に命令を下した後、あるいは霊が魔術師の質問に答えた後、魔術師は霊に退去の許可を与えます。 これも呪文によって行います。 霊に対して丁重に、同時に威厳も持って、退去の許可を与え、次なる召喚にも速やかに応えるように命じます。 最後に、魔術師と霊の関係が今後とも平穏であることを神に願い、呪文を終えます。 霊が完全に立ち去るまで、魔術師と助手は魔法陣から離れてはなりません。 こうして儀式は終了します。 ところで、3つの召喚呪文を3度ずつ唱えても、霊が姿を現さないこともあります。 この時は、霊に対して呪詛を行い、召喚に速やかに応えるように命令します。 それでも召喚に応じない場合、魔術師は呪いを行使します。 霊を支配するシンボルを用いて、その霊を束縛し、炎と硫黄の湖に突き落とすための儀式を執り行います。 この呪詛が行使される前に霊が現れれば、呪いは発動させません。 しかし、霊が現れなければ、魔術師は儀式を終了させ、その霊を束縛し、応えがあるまで炎の中で苦しめることになります。 また、儀式が終了し、退去の許可を与えたにも拘わらず、霊がその場から立ち去らない場合もあります。 これは霊が召喚に応じない事態よりも深刻です。 魔術師は持てる意志の力全てを持って、退去の許可を繰り返し、焜炉を燃やし続けます。 大切なのは、霊が現れなかったとしても、退去の許可を唱えない限りは、魔法陣から出ないことです。 目には見えなくても、魔術師が気が付かないうちに、霊が魔法陣の周囲を彷徨っている可能性があるからで す。 魔法陣から出ても良いのは、呪文を唱え終え、完全に霊が去ったと確認できた時です。 現代の魔女による儀式的魔術では、多人数参加の魔術も行っています。 魔法陣が描かれ、四方の方位点に置いた蝋燭に火を灯すと、集会構成員が魔法陣の内部に招かれます。 この際、一時的に魔法陣は開き、全員が入ると線を修正して円を閉じます。 その後、エレメンツか元素の象徴で魔法陣を聖化し、エレメンツの守護者たちを招来しします。 この儀式は、戸外で行う場合、自然霊に対しても参加を呼びかけます。 儀式の間は、常に神と女神に加護を求めて祈りを捧げます。 霊が召喚されると、魔術的作用や盟約、安息日の厳守などの儀式目的を述べ、務めを実行します。 この間、魔法陣からの出入りはいつでもできるとされていますが、用を為した後に円は必ず閉じなければなり ません。 しかし、魔術的な特質を考えると、儀式途中での出入りや魔法陣の解放は避けたほうが良いのではないかと、 私は考えます。 務めを終えると、食べ物と飲み物を聖化し、神性を持つ存在に捧げます。 集会構成員もそれに預かることができます。 霊と神性を持つ存在に別れをつげ、蝋燭を消します。 この時、その場のエネルギーは解放され、エレメンツの守護者や霊は立ち去ります。 最後に、魔法陣は儀式的に解消します。 魔法陣は、このような儀式以外にも、心霊的な攻撃の回避や、侵入者から家を護るというような目的のためにも描かれます。 けれど、魔法陣の効力は永続には続きません。 保護を目的とした魔法陣は、儀式の間、あるいは保護が必要な間、時折に再補填します。 この他にも、魔法陣に集約した力を利用して行う魔術はいくつも存在します。 唯1つ、どの魔術にも共通しているのは、全ての魔術師自身が儀式を執り行うだけの力と知識を持っているか。それだけの意思力を有しているか否かが、成功と失敗の鍵を握っていることです。 ◆魔術師の伝説 魔術関係の本を読んでいると必ずぶつかる名前――本書でも何度も出てきましたが、それが「ソロモン」です。 最も有名なのは、旧約聖書に登場しているソロモン王のことでしょう。 イスラエルの王ソロモン、ソロモンの指輪、ソロモンの箴言、ソロモンの封印、ソロモンの鍵、ソロモンの三角形……。 人物としてだけでなく、物の名称だけでもいくつも存在している名前ですから、キリスト教や魔術に興味のない方でも、耳にした人は多いと思います。 魔術に関して、ソロモンに影響を受けない者は、1人としていないでしょう。 それほどに歴史にも、聖書にも、そして魔術にも、ソロモンは大きな業績を残しているのです。 聖書にも登場するソロモン王は、記録に残る上で最初に霊を召喚して知恵を受けた、最初の魔術師と言えます。 ソロモンの出生時期は、正確には分かっていません。 イスラエル・ユダ複合王国の2代目の王で、在位は前967年頃から前928年頃と推定されます。 ダビデ王が築いた大帝国を支配し、その力は北はユーフラテス川から南はガザまでに及びました。 帝国内にはメソポタミアをエジプトとアラビアに結ぶ通商路が通っており、この道を国際的通商に使用したソロモンは、莫大な関税収益を挙げることができました。 また、エジプトとキリキア(当時名称はクエ)とシリアを結ぶ仲介貿易、フェニキア人の協力を得た紅海貿易と、ソロモンの商業活動は「ソロモンの栄華」と言われる伝説まで作り上げました。 伝説の代表的なものは、アラビア半島南端から、シバの女王が隊商を率いてエルサレムを訪問し、ソロモンの知恵を試したというものです。 ですが、シバはアラビア半島に存在した民族ではあるものの、実際のその女王がエルサレムを訪問したという事実はないようです。 女王自体が伝説的人物ですので、これはソロモンの偉大性を示す逸話の1つでしょう。 旧約聖書の「列王記」に残るソロモンの最も有名な業績は、18万人の人手を使い、7年かかりで壮大な神殿を建てたことです。 紀元前10世紀に18万という人間を動かし得たこと、その人手を集められるだけの大きさが帝国にあったこと、また、それだけの人間が動くほど帝国が栄華を誇っていたこと、命令があまねく伝えられ、徴用がでるきだけの組織力があったこと……。 ただ立派な神殿を建てたというだけの業績ではなく、その背景にあるソロモンの支配力の大きさを感じさせる逸話です。 こうした知識と力を、旧約聖書では神がソロモンに与えたと伝えています。 ソロモンが神からの啓示を受けたのは、義兄アドニヤの王位継承問題を巡る反乱鎮圧の後、神殿で祈っていた時のことでした。 その時、主である神は、こう言いました。 「求めるものは何でも与えよう」 この時、ソロモンは知恵と知識を望み、それを授けて貰いました。 ソロモンの知識は行政、司法、文学、植物学、動物学など、他分野に渡り、治世ではその才能を惜しみなく発揮しました。 先代王ダビデから続くイスラエル・ユダ複合王国の黄金期を長く続けられたのも、この知識のおかげだったのです。 ソロモンの知識で有名な話の1つが、真の母親探しです。 「自分こそが、子供の母親である」と名乗る2人の女性に、問題になっている子供の手を両方から引っ張らせたのは、ソロモンが最初だと言われています。 ソロモンは更に悪霊たち(魔王とも魔神とも呼ぶ)を駆使して知識を広げ、宮殿や神殿建築に使役しました。 これはユダヤの伝説として伝えられており、聖書のどこにも記述は見あたりません。 キリスト教は魔術を否定していますから、当初から記されなかったのかも知れません。 ソロモンが魔術師であり、霊的な存在を召喚していた話は、ソロモンの著述だとされる『ソロモンの誓約』、『ソロモンの小鍵あるいはレメゲトン』、『ソロモンの鍵』などに残っています。 『レメゲトン』によると、ソロモンは72柱の悪霊を召喚し、知識を得たと言います。 これが事実だとすると、神がソロモンに与えたのは、霊的存在を召喚する知識だったことになります。 もしくは、神から与えられた知識から、ソロモンは魔術師として急成長したとも考えられます。 それはともかく、ソロモンによると、72柱の悪霊にはそれぞれ名前があり、力と役割を持っているとのこと。 その半数以上が、教えることを、自分の役割の1つに含んでいるのだそうです。 知識は広範に渡ります。 科学、芸術、哲学、数学、論理学、言語学、天文学、薬草や宝石が持つオカルト的な力……。 手工芸に、文法、鳥や動物の言語。倫理学まで伝授する悪霊も存在するのです。 力のある魔術師に対して、悪霊のほとんどは秘密を明かします。 透視能力のある悪霊は、過去、現在、未来の出来事を示します。 失せ物や盗品を見つけだす力を発揮する悪霊もいます。 この伝授する悪霊が第1グループとすると、第2のグループは超常的な力を発揮する者たちです。 彼らは死と破壊と憎悪を引き起こします。それは人間界において戦争だったり、殺人だったり、嵐や地震であったりします。 この中の2柱の悪霊は、負傷者の傷を元にその人を苦しめ、悶死させる力を持ちます。 1柱の悪霊は、人間を動物や全くの別人に変える力を持っていました。 第3のグループは、魔術師の富と地位に関係を持ちます。 彼らは自分を支配する力を有する魔術師に対して、富に宝、友情、高い地位、良い評判、勇気や機知や雄弁さを与えます。 この中の悪霊のうち3柱は、卑金属を黄金に変える錬金術の力を持っているそうです。 12柱の悪霊は、従順な召使いとして働きます。 幻惑する能力を持つ悪霊もいます。 ユダヤの伝説では、ソロモンはペルシアの魔神アスモダイ(アスモデウス)の力を借りて神殿建築の難問を解決したことになっています。 前10世紀には、石の切り出しに有効な手段が、まだ発見されていませんでした。 けれど、シャミールという、どんな石も真っ二つにする奇跡の石(虫という説も)が、この世のどこかに存在するという伝説がありました。 このシャミールは、天地創造の6日目に作られたと言われています。 そこでソロモンは、律法の勉強のために地上と天界を行き来していたアスモダイを捉え、ワインで酔わせて彼を虜としました。 アスモダイならシャミールがどこにあるか知っているだろうというのが、他の悪霊たちの意見だったからです。 捕らわれたアスモダイは、シャミールは「大洋の守護者」が守っており、山鴫以外には心を許さないことを、ソロモンに伝えました。 そこでソロモンは、山鴫の雛を捕らえてガラスの器に閉じこめて晒しました。 雛を見つけた親鳥は、ガラスを割るために「大洋の守護者」の許に行き、シャミールを借りに飛びました。 シャミールを持ち帰った山鴫を捉えたソロモンは、シャミールを使って神殿を完成させました。 ここで魔術的に重要なのは、当時のアスモダイはまだ天使の役割を持っており、天界と地上を行き来することができていたと言う事実です。 ソロモンの支配した72柱の霊は、悪霊、悪魔、魔王、魔神と呼ばれていますが、私たちが普通に想像するような悪に徹する(善に徹するのと同様に、これも非常に困難ですが)悪魔なのではなく、中立的な立場も有していたのでしょう。 壮大な宮殿と神殿の建築を終えた後、ソロモンの帝国は衰退期に入ります。 建築に要した費用が莫大であったため、借金をしていたフェニキアに対して領土の一部を割譲しなければならなかったからです。 どれほど莫大な利益を挙げる国際通商も、魔術を行使する力も、ここでは無力でした。 使役した72柱の悪霊は、指輪や青銅製の壺に封じ込められ、湖の底深くに沈められました。 この時にソロモンが使った封印が、六芒星形(ヘキサグラム)であったため、この記を「ソロモンの封印」と呼ぶようになりました。(図説■ウェブ上では割愛) ソロモンが霊的存在の召喚に使用したのが魔法陣であり、その方法も儀式的魔術の形態を為しています。 しかし、ソロモンがこの術を獲得したのは、ユダヤの秘法カバラを研究していたからだと言えるでしょう。 『ソロモンの鍵』には、カバラに関する図説や用語、呪文が数多く記されていると言います。 錬金術、妖術、神秘学、古代の秘法と呼ばれる全ての素とも伝えられるカバラを知っていたからこそ、ソロモンは神から啓示を受けたのだとも考えられます。 魔術師にとって、知恵と知識は何にも勝る力であり、そのためには凄まじい修練を積む必要があります。 その修練の結果が、ソロモン王だというのは、過言でしょうか。 晩年のソロモンは、衰退していく帝国を前にしながら、大勢の妻たちに囲まれながら、力を駆使したと言います。 逆に、1000人からの異教徒の妻のために、アスタロトやモーロックなどの悪魔の言いなりだったという話もありますが、どちらが真実であるかは分かりません。 後者だったとすれば、ソロモンは途中のどこかで道を踏み外してしまったのでしょう。 個人的には、前者あってほしいと思うのですが。 さて、封じ込められた72柱の悪霊たちですが、後にバビロニア人によって、開封されたとのことです。 悪霊たちは自由になったものの、強力な魔術師の前には束縛され、今も召喚に応じることがあるのだそうです。 ◆魔法陣の中のシンボル 昼間、地上をあまねく照らす太陽。 対照的に、満ち欠けを繰り返しながらも、夜の世界を静かに照らす月。 太陽と月は、古代から最も親しまれ、信仰の対象にもなった星です。 円は、その代表的な2つの星の見かけの形でもあります。 このため円は、幾何学的なシンボルの中でも非常に重要なものとして、最も広範に知られていました。 神秘主義的傾向を持つ学問や哲学の中で、円はしばしば「神」に喩えます。円の中心は、あらゆるところに偏在するからです。 この場合、円は完全性や、人間の理解を超えたもの――例えば無限性や永続性、絶対性などの象徴になりま す。 これは始まりも終わりもなく、特定の方位も方向も持たない、円の特質によるものでしょう。 円は単純な形ですが、他の幾何学図形と比べて見ると、非常に特異な図形でもあるのです。 古代の人々は、夜空の星は天の極を中心に円軌道を描いていると考えていました。 ここから天動説が生まれます。 人々は宇宙は円形のドームだとイメージしていたのです。 宇宙=円という観念は、あらゆる霊的なものの象徴としても捉えられるようになりました。 プラトン(古代ギリシャの大哲学者。前428〜前348年頃)や、新プラトン主義(前3世紀から創始され6世紀まで続いた哲学の思潮)にとっても、円は「完全な形」でした。 古代ギリシャの伝説的な建築物であるアポロンの神殿が円形だったという話も、その裏付けだと考えられています。 デルフォイのアポロンの神殿は、古代ギリシャにおいて神託を受ける神聖な場所でした。 ギリシャ神話において、アポロンは太陽神であり、太陽は円であり、円は完全な形なのです。 神殿というのは、普通は四角形を基本にして建築するのですが、神託を受ける場であるアポロン神殿が円形だったというのは、興味深い事実です。 また、プラトンの伝える幻の大陸アトランティス島は、王都が陸地と水路の円で幾重にも囲まれた、同心円状の構造を持っていたといいます。 円は不思議な図形です。 内部に何もないただの円は、不変性を表します。 しかし、中心から放射状に広がる輻を描くと車輪のシンボルになり、力動性の象徴になります。 円に中心点を描き加えると( )、伝統的な天文学では太陽を表す象徴記号になります。 この記号は様々な魔術にも、重要な象徴として扱われます。 例えば、錬金術では太陽に対応する金属である黄金を示しています。 紐で作った円は、更なる進展を遂げる象徴になります。 古代エジプトでは、端と端を結んで円形にした紐を永遠のシンボルとしていました。 円を作るための結び目は、「解き放つ力」と「繋ぎ止める力」を巡る事象と関連を持つシンボルでもありました。 古代ギリシャにそれが伝わると、紐の円は自らの尾を噛む円形の蛇=ウロボロスに変化します。 錬金術のシンボルとしても重要なウロボロスは、円を描く姿で「永劫回帰」を表現しています。 終末はいつも新たな発端となり、果てしない繰り返しによって、1つの道やプロセスの終点は、常に新たな出発点となる、という意味です。 蛇は脱皮を繰り返す性質から「永遠に若返り続ける」というイメージがあります。 これに「閉じた円」のイメージが重なり、ウロボロス=循環という象徴が生まれたのです。 ここで言う循環とは、例えば「時の流れの循環」等を示します。つまり、世界の終わりと新たな創造、死と復活、永遠などです。 水に浮かぶ波紋も円です。 水面に物を投げ込むと、同心円の波紋が幾重にも浮かび、広がっていきます。 この「環状の波紋」も古代人に強い印象を与えたらしく、先史時代の巨石墳墓に同心円状の模様が発見されています。(アイルランドのセス・キルグレンやブルターニュのガヴリニ島) この文様は、死者が死の海に沈んでゆく様子と、そこから奇跡的に浮かび上がって来ることを表しています。 環状の波紋は、死と再生を象徴的に示唆しているのではないかと、言われています。 こうした同心円は、神による原初の創造を表しています。 円と神々を結びつける文化は、他にも存在します。 実証はされていませんが、アトランティスの王都もその1つです。 北米のいくつかの先住民族の中では、円は「偉大なる精霊」の宇宙での動きを象徴します。 地上から見ると、月や太陽、星の軌道が円を描いており、自然における成長の姿も、円形をとって現れるからだそうです。 仏教でも、円は重要でした。 禅の世界では、円は根本原理と一体化した人間が得る完全な状態を表します。つまり、「悟りを開いた」意味になるのです。 中国の陰陽のシンボルでは、二元原理である陰と陽が1つの円に纏まった形を「太極」と呼び、原初の統一状態を象徴します。 この太極は、私たち日本人にも馴染みがあり、神社などで見たことのある方も多いでしょう。 皇位継承を表すシンボル「三種の神器」の1つ八尺瓊勾玉がありますが、この勾玉を陰陽と組み合わせて作り上げたのが、太極図です。 勾玉自体が月神の象徴であり、潮の満ち引きや生命の神秘の基本を表しています。 その勾玉二つが組合わさり円を形成した時、オリエントでは宇宙を表す神秘的な図形であると捉えたのです。 宇宙を象徴する円として、世界的にも最も有名なのはラマ教の曼陀羅です。 ラマ教というのはチベット仏教の俗称で、異端や変容の激しい教えに思われていますが、実際はインド仏教の正統を継ぐ仏教です。 曼陀羅はサンスクリット語のmandalaをそのまま音訳して曼陀羅の字を当てました。 本来の意味は「本質を得る」であり、仏の無情正等覚という最高の悟りを得ることを示しています。 曼陀羅は、この真理を表現しており、その境地は円輪のように過不足なく充実した境地であると言います。 曼陀羅は、精神集中や瞑想の補助手段として用いられた法具です。 厳密には4種類の曼陀羅がありますが、基本理念は変わりません。 円と正方形を基本に、幾何学的な構図を描き、諸仏や菩薩を配します。 こうした図案を、西洋では一般に宇宙の秩序を表現した宗教的な宇宙図(コスモグラム)として紹介します。 ヒンドゥー教や仏教では、輪廻の象徴でもあります。 心理学者ユングは、曼陀羅を人間に生来備わる原型であり、自然発生的に生起イメージの1つと考えています。 その意味では、曼陀羅は仏教に限らず、全世界の人々にとっても理解しやすい宇宙図の1つなのかも知れません。 中世ヨーロッパでは、天界も宇宙と同様に同心円状の層をなしていると、考えられていました。 天使たちは、その位階に応じて天界の各層に割り当てられ、それぞれの領域を護っていると想像していたのです。 古代から現代に至るまで、円は宇宙に関係し、神聖な場を造り出す象徴として考えられてきました。 病人や出産したての母親の周りの床に円を描く風習が古くからありましたが、これは円の象徴的な力によって、病人を悪霊から護ろうとしていたのです。 さて、魔法陣ですが、これは英語で書くと magic cirkle です。直訳すると、魔法円もしくは魔術円。 「陣」という言葉は、兵士を並べて隊列を整えたり、軍勢の集まりを指し示す言葉です。 英語でも「陣」というと軍事的な言葉になり、「陣営=a camp ; an encampment」「陣形=battle formation」となります。 儀式を行う場である魔法陣は、戦闘のためのものではありません。「陣」という言葉は、厳密に言うと合ってはいないのです。 円というシンボリズムを考えた場合、Magic circleは「魔法円」と訳すのが妥当だと言えるでしょう。 日本では「魔法陣」という言葉が定着してしまっていますが、魔術に関心を持たれていましたら、この意味合いの違いを念頭において頂けたら幸いです。 魔法陣の中には正方形を描く場合もあります。 曼陀羅は、円と正方形の組み合わせが基本でした。 シンボリズムでは、正方形は円と対極にある図形として位置づけています。 天や神を象徴する円に対して、正方形は人と大地を表す形であり、地上界と物質的なものの象徴です。 正方形の4つの角は、4つの方位を示します。 この方位を意識して空間を認識しようとした人間の考え方から、正方形=大地の象徴観念が生まれました。 古代中国では、4つの方位、つまり大地の4隅にはそれぞれに柱か木が立っており、これを超自然の番人が護っていると、イメージしました。 4つの方位と自分の立つ場所(座標)を意識することで、人々は自分たちの立場と進むべき方向を見定めようとしたのでしょう。 これは十字が方位と座標を表すシンボルであることと同様です。(十字については、既刊『ROSEN KREUZER 〜薔薇と十字架の伝説〜』をご参照下さい) 正方形は、人間が生来持っている原理的な秩序感覚を表現しています。 したがって円と正方形は対極であり、天と地の対称を表し、2つが揃うことで二元原理が形成されます。 二元原理、あるいは二元論とも言います。 最も簡単に言いますと、物には相対立するものが存在するという考え方のことです。 例えば、天と地、夜と昼、善と悪、男と女。 曼陀羅が円と正方形を基本に描いているのは、この天と地を一体化し、カオス的な宇宙図を描こうとしたからなのです。 これは、地上界の人間の本質を神の領域に高め、神性を得ようとする人の願い、努力、修行の象徴にも繋がります。 この願いは、西洋において円積法(円積問題もいう)という形で現れました。 円積法とは、定規とコンパスだけで与えられた円と同じ面積の正方形を作るという問題です。 ギリシャ数学の3問題の1つとしても有名で、前6世紀頃の古代ギリシャの幾何学者によって研究が始まりました。 定規とコンパスしか使えないのは、当時の幾何学用の器具が、この2つだけだったからです。 いくつもの解法が研究されながらも、古代ギリシャでは問題を解くことはできませんでした。 後世に伝えられた円積法は、後世の幾何学者たちも巻き込み、皆が懸命に解析法を求めました。 実際に円と同じ面積の正方形は存在します。 けれど、何度となくコンパスを回し、定規を当てても、与えられた円と全く等積の正方形は作ることはできませんでした。 作図不能な問題だと証明されたのは19世紀のこと。実に2000年以上も人々は答えを求めて足掻いていたのです。 人々が答えを追い求めたのは、数学的な興味からだけではありません。 円と等積の正方形が定規とコンパスだけで描ければ、天と大地の理想的な融合図が描け、神性に一歩でも近づけると、人々は望んだのです。 円積法に取り組んだ人々の努力の姿は、人間の「神化」を求める姿として捉えられた事実は、それを裏付けています。 古来の魔法陣は、円の内部を4つに仕切り、対応する四大(エレメンツ)の名を書くもので、正方形は登場しません。 魔法陣に正方形を置いた魔術師は、天に近づくために自分たちのいる大地を少しでも天と一体化させたかったのかも知れません。 それはやはり曼陀羅の図に現れている気がします。 ところで、魔法陣にはもう一つ重要な幾何学図形があります。 「ソロモンの三角形」の名前に代表される三角形です。 魔術教書によっては、魔術師が入る魔法陣とは別に、近くにソロモンの三角形を描いて、そこに霊を呼び出すようにしています。 三角形は、平面を直線で囲んでいった時、最初にできる図形で、円と共にシンプルな幾何学図形として親しまれてきました。 それだけ親しい図形なので、古くからの三角模様の全てにシンボル的な意味合いがある訳でもありません。 解釈として多いものが「女性の陰部」を表す三角形です。 これは下向きで描かれた三角形で、時には頂点から底辺の中心点に、直線が入っている物もあるとか。 古代の陶磁器の装飾文様の中には、下向きの三角形が描かれていることがあります。 これは、水滴の落ちる方向を示した「水のシンボル」です。 逆に、上向きの三角形は、炎の燃え上がる方向を示すとして「火のシンボル」として捉えることができます。 この2つの三角形を組み合わせたのが、魔術的にも馴染み深い六角星形(六芒星、ヘクサグラム)です。 二元原理では、水と火という相対する存在を重ねることで、閉じた体系を表すことになります。 三角形を宇宙や天、神と結びつけた宗教も存在します。 ギリシャ文字に三角形のデルタ(Δ)がありますが、一種の宗教とも言えるピュタゴラス学派の思想体系において、このデルタは宇宙のシンボルだと見なされました。 初期のキリスト教では、三位一体のシンボルとして、この三角形が使われました。 三位一体は、基本的に神は、父である神と、子であるイエス・キリストと、天使である聖霊という、三つの位格を持つという考え方です。 ただし、これには様々な解釈が存在しており、「これ」と一言で表すのは困難です。 最初にこのシンボルを用いたのが異端のマニ教徒だったため、聖アウグスティヌス帝(354〜430年)は三角形=三位一体の解釈を否定しました。 けれど、三つの頂点にそれぞれ手と頭と神の名が描かれ、中央に目が描き込まれると、人々は三角形を三位一体のシンボルとして受け入れました。 時の為政者がどれほど否定しようと、シンボルに籠もる意味を、一般の人々は感覚で素直に捉えたのです。 ユダヤの神秘思想であるカバラにおいては、神の額と2つの目が天にて三角形を作るとされました。 更にその光は、下界の水面に映り、地上にも三角形ができるのだそうです。 面白い説は、ギリシャの哲学者クセノクラテス(前396〜前314年)の三角形の見なし方で、正三角形は神的、二等辺三角形は悪魔的、不等辺三角形が人間的だとしています。 人間的なのが不等辺三角形なのは、不完全なものだからなのだとか。 魔術の儀式で使用する「ソロモンの三角形」は、円と、円周に内接する三角形を組み合わせた図形です。(図説■ウェブ上では割愛) ソロモンの三角形は、偉大なイスラエル王であると同時に魔術師でもあったソロモン王(?〜前928年)の著述とされる『レメゲトン』(別名『ソロモンの小鍵』)の中に出てくる図形です。 ソロモン王の魔術に関しては別項を参照して戴くとして、この魔法陣を使ってソロモン王は霊の召喚魔術を行ったのです。 円と三角形の象徴性から、ソロモンの三角形も単純でありながら強力な魔法陣の1つであると言えるでしょう。 ◇おわりに 私は魔術の実在を信じています。 今も昔も「魔法使いサリー」や「魔女っ子メグちゃん」など魔女っ子アニメは、女の子たちに大人気のテレビ番組です。子どもの頃の私も、そうした番組を夢中になって見ていました。 私はどういう訳か、そこに出てくる魔法が本物とは全く違うと、自然に感じ取っていました。 ウィンク1つで変身できたり空を飛べたり、宝物が現れたり消えたりする、そんな魔法は存在せず、本物の魔法はもっと大変なもの。 そう考えていました。 魔法そのものの存在を疑ったことはないのです。 けれど、私がなぜ魔法は存在すると信じていたのか、どうしても思い出すことができません。 中学生になって、西洋魔術を調べるようになった私は、魔術の存在を理屈を通して信じました。それは今でも続いています。 本書は、そんな私の思いを集めたものになりました。 もっとも、魔法・魔術という研究分野が、この1冊で説明しきれるはずがありません。 歴史的に魔術研究は存在し、多くの魔術書が今でも出版されています。実際にあった魔術を知っていれば、小説やコミック、映画やドラマなどに登場する多くの魔術的な表現を、より深く楽しむことができます。 私の知識は本当に拙いものです。 それでも、魔法に少しでも興味をお持ちの方が、入門書の1つとして、知的探求の入り口として、本書を楽しんで戴ければ幸いです。 瑞納 みほ 2005.2.20 ◇主要参考文献 『聖書 新共同訳』(日本聖書協会) ★『黒魔術』リチャード・キャヴェンディッシュ(河出書房新社) 『世界魔法大全1 黄金の夜明け』江口之隆・亀井勝行(国書刊行会) 『世界魔法大全2 魔術−理論と実践 上・下』アレイスター・クロウリー(国書刊行会) 『タロット大事典』東條真人(国書刊行会) 『天使の本 きっと何かいいことが起こる』鏡リュウジ・渡邉慎一郎(ごま書房) 『召喚師』高平鳴海監修(新紀元社) 『女神』高平鳴海&女神探求会(新紀元社) 『魔術への旅』真野隆也(新紀元社) ★『悠久なる魔術』真野隆也(新紀元社) 『天使』真野隆也(新紀元社) 『堕天使』真野隆也(新紀元社) 『魔法・魔術』山北篤(新紀元社) 『魔術師の饗宴』山北篤と怪兵隊(新紀元社) 『中世の妖怪、悪魔、奇跡』クロード・カプレール(新評論) 『世界占い事典』W・B・ギブソン/L・R・ギブソン(白陽社) ★『高等魔術の教理と祭儀 教理編・祭儀編』エリファス・レヴィ(人文書院) 『魔法 その歴史と正体』K・セリグマン(人文書院) 『自然魔術』G・デッラ・ポルタ(青土社) 『自然魔術 人体編』G・デッラ・ポルタ(青土社) 『悪魔の系譜』J・B・ラッセル(青土社) 『悪魔の歴史』ポール・ケーラス(青土社) ★『魔女と魔術の事典』ローズマリ・エレン・グィリー(原書房) CD-ROM『世界大百科事典』(日立デジタル平凡社) 『魔法使いと賢者の石の本当の話』福知怜(二見書房) ★『図説 世界シンボル事典』ハンス・ビーダーマン(八坂書房) ★=図説引用文献(ウェブ上では割愛) |