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  第一部 マルクス、エンゲルス、レーニン、スターリン

 序論
 マルクスとエンゲルスは科学的社会主義の建設者であった。彼らの学説はレーニンとスターリンによって継続され発展させられた。マルクス主義の古典は、この四人の指導者と教師の著作から成っている。それな、社会主義、社会主義社会の建設、共産主義への移行をめざす労働者階級の闘争の指導的思想をふくんでいる。
 マルクスとエンゲルスは、社会主義が夢想者の発明ではなく、近代資本主義社会の発展の不可避的結果であることをしめした。
 彼らは、資本主義がプロレタリアート〔*〕すなわち労働者階級という自分の墓堀人をつくりだしていることをしめした。プロレタリアートの階級闘争と、ブルジョアジー〔**〕すなわち資本家にたいするその勝利だけが、人類から人間による人間の搾取をとりのぞくであろう。
 だから、マルクスとエンゲルスは、労働者階級にむかって、自分自身の力、自分の階級的利益を自覚し、団結して資本家階級にたいし断乎たる闘争をおこなうようにおしえた。
 彼らは、資本主義社会の発展法則を発見し、階級闘争の発展が不可避的に資本主義の没落、労働者階級による権力獲得、プロレタリアート独裁にみちびくことを、科学的に証明した。
 彼らは、労働者階級が資本主義に不満をいだくいっさいの勢力を自分のまわりに結集し、彼らをみちびいて資本主義を強襲しなければならない、とおしえた。労働者階級は、いっさいの勤労人民の先頭に立って自分自身の政治的支配を確立し、搾取者の抵抗を粉砕し、新しい無階級の共産主義社会をつくりださなければならない。
 そして、彼らは、これらの目的を遂行するには労働者階級が自分自身のプロレタリアートの党すなわち共産党をもたなければならない、とおしえた。
 レーニンとスターリンは、帝国主義とプロレタリア革命という新しい歴史的時代におけるマルクスとエンゲルスの事業の偉大な継続者であった。
 レーニンはマルクスの学説を新しい歴史的条件のもとで発展させた。だから、レーニン主義は「帝国主義とプロレタリア革命の時代のマルクス主義」と定義されているのである。
 マルクス=レーニン主義の理論と実践は、スターリンによっていっそう創造的に発展させられてきた。スターリンはレーニンの偉大な弟子であり協働者であり、いまやソヴェト人民の共産主義建設を指導しつつあり、平和・民主主義・民族独立・社会主義のための闘争をおこなっている全世界の人民をおしえ鼓舞している。
 この第一部では、とくにマルクス、エンゲルス、レーニン、スターリンの人柄と生涯、ならびに彼らが国際プロレタリア運動にあたえた貢献を述べた若干の著作を、読者に紹介する。
 スターリンについては、読者は公式の『小伝』と彼の生誕七〇年に発表された『プラウダ』紙の諸論文を読むべきである。


 エンゲルス『カール・マルクス』、『カール・マルクス葬送の辞』
 一八七七年にドイツの『フォルクスカレンダ』のために執筆したエンゲルスのこの論文『カール・マルクス』は、マルクスの生涯と事業を記述したものである。それは、『ライン新聞』および『独仏年誌』の編集者として、共産主義者同盟の一員として、イギリス亡命者として、第一インタナショナルの創立者また指導者として、マルクスが労働者階級の闘争のただなかでいかに生活し、その思想を発展させたか、ということを説いている。
 エンゲルスは、マルクスの理論的活動を概観して、そのもっとも重要な二つの発見として、
 (a) 唯物史観
 (b) 剰余価値の本質の発見による「資本と労働とのあいだの関係の決定的な解明」
の二つをえらびだした。彼はこの二つの発見の意味を簡単に説明している。
 エンゲルスは『カール・マルクス葬迭の辞』(一八八三年三月十七日、ハイゲート墓地)で、ふたたびマルクスのこの三大発見に言及している。彼の結論はこうである。


 レーニン『マルクス主義の三つの源泉と三つの構成部分』
 レーニンなこの小論文で、マルクスの学説が「哲学、経済学、社会主義のもっとも偉大な代表者たちの学説を直接につけついだものとしてうまれた」ことを説明している。
 レーニンは、マルクスが自分の先駆者の到達した最高の点を出発点として、哲学、経済学、社会主義を革命化したことをしめしている。
 マルクスの哲学は唯物論であって、彼はこれを弁証法の思想によってふかめ発展させた。彼はそれを人間社会の認識にむすびつけ、社会の経済的構造が、そのうえに政治的・イデオロギー的全上部構造がたてられる基礎であることをしめし、それによって唯物論を史的唯物論の形でその帰結へとおしすすめた。
 マルクスは、つぎに、近代資本主義社会の経済構造を研究した。剰余価値学説は彼の経済理論の礎石である。彼は、商品経済の最初の萠芽、すなわち単純な交換から、資本主義の最高の形態たる大規模生産にいたるまで、資本主義の発展をあとづけ、資本主義体制が結合された労働の偉大な力をつくりだしたことをしめした。
 マルクスは、労働者階級が新しい社会制度の創造者となりうる社会的勢力であることをしめして、階級闘争の学説を仕上げた〔*〕


 レーニン『カール・マルクス』
 レーニンが、一九一四年、スイス亡命中に執筆したこの小著は、マルクス学説のあらゆる本質的な要素について、簡単ではあるが包括的な説明をふくんでいる。それはつぎの七つの項目に要約されている。
  1 哲学的唯物論
  2 弁証法
  3 唯物史観
  4 階級闘争
  5 マルクスの経済学説
  6 社会主義
  7 プロレタリアートの階級闘争の戦術
 本書を読んで読者が知るのは、(a)それぞれの研究分野におけるマルクス主義の主要思想の大要と、(b)マルクス主義概念の一貫性と統一とであって、これは各分野の研究を単一の全体に、すなわち科学的社会主義の理論と実践に結合しているのである。

 レーニン『フリードリヒ・エンゲルス』
 一八九五年のエンゲルスの死にさいして執筆されたレーニンの本論文は、エンゲルスの生涯、マルクスとの交友、彼の主要著作を述べたものである。
 レーニンは、マルクスとエンゲルスの学説と労働者階級にたいするその貢献をつぎのように要約している。

 レーニンは一九一九年に『マルクス=エンゲルス記念碑除幕式の演説』で、さらにマルクスとエンゲルスの貢献を簡単に要約した。
 いっそう簡単な要約はレーニンの論文『マルクス主義の理論について』であたえられている。

 スターリン『レーニンについて』
 レーニンにかんするスターリンの演説と論文はたくさんある。
 一九二四年一月二十六日の第二回全同盟ソヴェト大会でした演説『レーニンの死にさいして』で、スターリンはレーニンの遺訓に忠実をまもるという有名な誓い《クリヤトワ》をした。「同志レーニンがその創始者であり指導者である党の党員であるという名称にまさるものは、なにもない」と彼は言明した。レーニンの遺訓とはつぎのとおりである。
  党員という偉大な名称を高くかかげ、かつ清くたもつこと。
  党の統一をまもること。
  プロレタリアートの独裁をまもり、かつ強固にすること。
  労働者と農民の同盟を強化すること。
  ソヴェト社会主義共和国を強化し拡大すること。
  全世界の勤労者の同盟を強化し拡大すること。
 スターリンは、レーニンの生誕五〇年記念日に執筆した『ロシア共産党の組織者および指導者としてのレーニン』という論文で、あるものはマルクス主義を「生気のない、なにごともかたらない定式」にかえているが、レーニンは「一つ一つの行動を経験にもとづいて点検し、自分のおかした誤りにまなび、新しい生活をきずきあげることを他の人たちにおしえる〔*〕」ことによってマルクス主義を実現にうつすことをもっとも重要と見た、ということを説明している。彼はつぎに、このことが党の組織者および指導者としてのレーニンの事業のうちにあらわれていることをしめしている。


 一九二四年にクレムリ陸軍学校でおこなわれた演説『レーニンについて』でスターリンは、彼の知っている「人間として、また活動家として」のレーニンのことを述べている。彼ははじめて「山の鷲」であるレーニンと知りあったもようを述べ、つぎに彼の謙譲、原則にたいする忠実、大衆にたいする信頼、彼の革命の天才のことを述べている。彼はレーニンの事業と政治的指導の実例をあげてレーニンの顕著な特徴を例証している。
 一九二七年の『第一回アメリカ労働者代表団との会談』でスターリンは、レーニンがマルクスの学説の発展に新しいものを寄与したといわれる主要な問題を論じている。
 レーニンは、一から十まで完全にマルクス主義の原則に立脚した、だがそれとともに新しい歴史的条件に応じて、マルクスの学説をさらに発展させた。レーニン主義が「帝国主義とプロレタリア革命の時代のマルクス主義」と定義されるのは、このためである〔*〕


 とくにレーニンはつぎの諸点において、マルクス主義を継続し、つけくわえた。
  1 帝国主義と独占資本主義の分析
  2 プロレタリアートの独裁
  3 社会主義経済の建設
  4 労働者階級の指導的役割
  5 民族=植民地問題
  6 労働者階級の党

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