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(大月書店国民文庫=201、『レーニン主義の基礎』 第44刷を電子化)



 電子版凡例(国民文庫=201凡例を適宜変更)

一 本書は、ソ同盟共産党(ボリシェヴィキ)中央委員会付属マルクス=エンゲルス=レーニン研究所編集の『イ・ヴェ・スターリン全集』第六巻(一九五二年刊)所載の『レーニン主義の基礎について』の翻訳である。
一 訳文は邦訳『スターリン全集』(大月書店刊)を利用したが、本文庫への収録にあたって部分的な改訂をくわえた。
一 スターリンの原注は〔*〕をもってしめす。訳者がつけた注のうち、ごく簡単な注は〔 〕内に本文中にいれたが、他は事項訳注と人名訳注とにわけ、事項訳注は本文に出る注番号の順に、人名訳注は「アイウエオ」順に、それぞれ、巻末に一括して配列した。
一 原文のゴシック体の箇所は訳文でもゴシック体(html版は太字)にし、隔字体の箇所には傍点(html版は下線)をつけて、それをしめした。ただ見出しのところは、かならずしもこの方針によらなかった。
一 振り仮名は《 》内に入れた。



   目次


一 レーニン主義の歴史的根源
二 方法
三 理論
四 プロレタリアートの独裁
五 農民問題
六 民族問題
七 戦略と戦術
八 党
九 仕事のスタイル
事項訳注
人名訳注




  レーニン主義の基礎について〔1〕
     スヴェルドロフ大学でおこなった講義


          レーニン記念入党者にささげる   

          イ・スターリン



 レーニン主義の基礎とは、大きなテーマである。このテーマを解説しつくすためには、一冊の書物が必要である。それどころか、何冊もの書物が必要である。だから、私の講義がレーニン主義を解説しつくすものになれないのは、当然である。それは、せいぜい、レーニン主義の基礎の簡潔な概要であるにすぎない。それにもかかわらず、私は、レーニン主義を首尾よく研究するのに必要な、いくつかの基本的な出発点をあたえるために、この概要をのべることは有益であると思う。
 レーニン主義の基礎をのべることは、レーニンの世界観の基礎をのべるということではない。レーニンの世界観とレーニン主義の基礎とは、範囲をひとしくするものではない。レーニンはマルクス主義者である。だから、彼の世界観の基礎は、もちろん、マルクス主義である。だが、そうであるからといって、レーニン主義の解説は、マルクス主義の基礎をのべることから始めなければならない、ということにはけっしてならない。レーニン主義を解説することは、レーニンがマルクス主義の共同の宝庫にもちこんだ、そして当然に彼の名まえと結びついている、レーニンの労作のなかの、特殊な新しいものを解説することである。私が、この講義で、レーニン主義の基礎というのは、この意味にほかならない。
 では、レーニン主義とはなにか?
 レーニン主義とはマルクス主義をロシアの情勢の独特な諸条件に適用したものである、という人がある。この規定には一面の真理がふくまれてはいるが、けっして全部の真理を言いつくすものではない。じっさい、レーニンはマルクス主義をロシアの現実に適用した、しかも、これをたくみに適用した。だが、もしレーニン主義がロシアの独特な情勢にマルクス主義を適用したものにすぎないなら、レーニン主義は純粋に一国的で、一国的なものにすぎない現象、すなわち、純粋にロシア的で、ロシア的なものにすぎない現象であろう。ところがわれわれは、レーニン主義が、国際的発展全体に梶ざした国際的現象であって、ロシア的なものにすぎない現象ではないことを知っている。だからこそ、この規定は一面的だという欠陥をもっている、と私は思う。
 レーニン主義は、穏健で非革命的なものになったと称する後年のマルクス主義とはちがって、十九世紀の四○年代のマルクス主義の革命的な要素を復活させたものである、という人もある。マルクスの学説を革命的な部分と穏健な部分との二つに分ける、このばかげた俗悪な分けかたを別とすれば、このまったく不十分で不満足な規定にも一面の真理があることを認めなければならない。その一面の真理とは、第二インタナショナルの日和見主義者が骨ぬきにしたマルクス主義の革命的な内容を、レーニンが実際に復活させた点にある。だが、これは一面の真理にすぎない。
レーニン主義にかんする全部の真理は、レーニン主義がマルクス主義を復活させただけでなく、さらに一歩前進して、資本主義とプロレタリアートの階級闘争との新しい諸条件のもとで、マルクス主義をいっそう発展させた点にある。
 では、結局のところ、レーニン主義とはなにか?
 レーニン主義は、帝国主義とプロレタリア革命の時代のマルクス主義である。もっと正確にいえば、レーニン主義は、一般的にプロレタリア革命の理論と戦術であり、とくにプロレタリアー
トの独裁の理論と戦術である。マルクスとエンゲルスが活躍したのは、発展した帝国主義がまだなかった革命前(この革命とはプロレタリア革命のことであるが)の時期、プロレタリアが革命の準備をしていた時期、プロレタリア革命がまだ直接、実践的に避けられないものではなかった時期であった。ところが、マルクスとエンゲルスの弟子であるレーニンが活躍したのは、発展した帝国主義の時期、プロレタリア革命が展開される時期、プロレタリア革命がすでに一国で勝利し、ブルジョア民主主義を粉砕して、プロレタリア民主主義の時代、ソヴェト時代をひらいた時期であった。
 だからこそ、レーニン主義はマルクス主義をいっそう発展させたものなのである。
 ふつう、レーニン主義のとりわけ戦闘的で、とりわけ革命的な性格が指摘される。これはまったく正しい。だが、レーニン主義のこの特質は、二つの理由による。第一には、レーニン主義は、プロレタリア革命のなかから生まれてきたので、この革命の特色をそなえざるをえないということ、第二には、レーニン主義は、第二インタナショナルの日和見主義とたたかいながら成長し、強くなった、そして、この日和見主義との闘争は資本主義との闘争に成功するために欠くことのできない前提条件であったし、またいまでもそうであるということが、それである。一方では、マルクス、エンゲルス、他方ではレーニンのあいだには、第二インタナショナルの日和見主義が全一的に支配していた一時代があって、この日和見主義と容赦なくたたかうことは、レーニン主義の最も重要な任務の一つとならざるをえなかったことを忘れてはならない。

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