人権市民会議
金朋央(きむ・ぷんあん)さんへのインタビュー

第3回総会シンポジウム(2009年7月25日)に金朋央さん(在日コリアン青年連合共同代表)をお招きしました。その際、アイデンティティと歴史認識を基礎として持つことが重要だという発言があり、興味をひかれました。また、在日外国人などに対するバッシングがひどくなっている現在、その矛先が向かう一当事者としてどうお考えかについてもお聞きしたく思い、去る9月10日、都内にてお話を伺いました。(聞き手:事務局)

金朋央さん金朋央(きむ・ぷんあん)さん プロフィール
1974年富山県生まれ。在日コリアン三世。東京大学大学院工学系研究科応用科学専攻博士課程を単位取得退学。現在、在日コリアン青年が運営するNGO「在日コリアン青年連合(KEY)」の共同代表を務める。学部生の時に在日韓国学生同盟に所属し、在日コリアンとしての活動を開始する。


−在日コリアン青年連合(以下、KEY)(*1)について、できた経緯、力を入れている活動などについて教えてください。
金朋央さん 結成は1991年で、再来年で20年になります。基本は在日の青年が集まる組織です。在日コリアンという言葉を使っていますが、朝鮮半島にルーツを持つ人が対象です。

結成当初は、祖国の統一、韓国の民主化、在日の諸権利の拡充を掲げていましたが、ちょうど90年代に入って戦後補償問題が大きく浮上してきたこともあり、歴史の清算も大きなテーマとなりました。また、韓国の同世代の青年との直接的な連帯ということも積極的に追求しました。韓国の青年と一緒に、平和や歴史の問題、在日のことも含めたマイノリティの問題に共同で取り組むという流れをつくってきました。2000年以降は、時代の大きな変化、とくに南北関係や日朝関係の激変などに接しながら、日朝国交正常化を求める取組みを行うなど、その時々でテーマを設定して活動してきています。

基本の活動としては、在日の青年を集めて何かするということで、中心はハングル講座や勉強会になります。KEYが掲げる理念や運動目標にどう在日の青年が参与していくかということも大事なのですが、この数年間は教育そのものの価値に重点を置いています。普通に生活しているだけではなかなか得られない、言葉の習得、自分が置かれている法的な身分や立場、歴史という、通常の日本の公教育では得られないことをきちんと提供する。在日がきちんと学ばなければならないということです。その延長線上で、われわれに降りかかってくる課題、関心、われわれ自身が積極的に取り組んでいかなければならない課題については、青年としてできる部分をやっていこうとしています。
−朋央さんの経歴はちょっと変わっていますよね。理系の研究者から市民活動に足場を移すというのは大きな転機だったのではないですか?
ずっと二足のわらじの状態が続いていました。92年に大学に入学して、最初は純粋に友達がいたからという感じでした。KEY東京ができたのは94年で(当時は在日韓国青年連合(韓青連)という団体名称)、中心を担ったのが学生の時にお世話になった先輩たちでしたので、勧誘されるのは必然でした。学生時代の時も在日の学生として活動すべきということを言っていましたので、卒業しても何かをしなければならないとは考えていて、実際に活動する場があったわけです。

大学院では環境問題を技術的にどう解決できるかを考えようと学科を選びましたが、やりたい方向とは少し違っていたということと、在日や朝鮮半島のほうに関心が向いていったというところです。それでも研究にこだわっていた理由の一つとしては、在日として本名を使いながら、日本の各層に進むことで在日自身にとっての希望になるし、日本の社会を開いていくためにもいいきっかけになると言われていたことです。自分もそう思っていました。例えば大学の先生です。文系であれば教授もたくさんいますが、理系だとあまり目につきません。理系のそういう部分で仕事を持ちながら、在日の問題に関われればいいなと思っていましたが、実際にはそれなりにいることがわかるようになってきて、それはそれで価値はあると思いますが、別に自分がそうならなくてもいいと思うようになりました。一方で、在日の運動を見たらどこも人材不足で、市民組織はかろうじてやっているレベルです。在日社会を牽引していた部分が不足していて、そっちのほうが深刻だと思うようになりました。
−これまでの運動で獲得したものはありますか?
自分たちの運動の結果これを獲得したというのは難しいですが、全般的にみて在日社会がどう変わってきたかという感覚でお話します。

大学生だった92年から関わっていますが、在日自身が日本社会のいろんなところに進出するようになりました。それこそ、一流といわれる企業で会社員として働いています。私たちのひとつ前の世代では自営業か、同胞企業の社員はいても、いわゆる日本の企業で働くというのはありません。親がサラリーマンというのは僕らの世代だとそんなに多くないです。生活のゆとりという意味では変わってきたと思います。

制度的に言うと、90年代以降はそれほど変わっていません。特別永住者に関しては、91年の日韓覚書(*2)をきっかけに、特別永住権ができました。地方参政権や、高齢者の年金問題、朝鮮学校の問題などまだまだ残っている問題はありますし、外国人登録証を持たなくてはならないというのもありますが、生活上で困難になるような問題はないと感じている人が多いと思います。
−在日あるいは外国人の問題で、これだけは解決しなくてはいけないと思う課題はありますか?
在日外国人という問題でいくと、いろんな制約がありながらも、とにかく追い出されないという原則の部分がすごく重要だと思っています。

問題の比較はやるべきではありませんが、私が外国人登録証云々で受ける腹立たしさと、在留資格がなくていきなり収容されて、退去強制される重みは違います。韓国人留学生の友人の親類は90年代に来日してずっと働いていましたが、在留資格がなかったためいきなり収容、強制退去させられました。法律上はそれが妥当ですが、10年、15年日本に住んでいていきなり韓国に帰されても生活基盤がない。だから何とかしたいという話を友人から聞いたときに、他人事じゃないと思いました。この間の入管法でも、個人的に深刻に感じるのは、取り消し制度の拡大(*3)です。何かあったら追い出せる余地を広げるというのが怖いところです。

もう一つは、日本人にもっとしてもらわなきゃならないと言ってきたにもかかわらず、オールドの在日自身がこの問題に関心を持っていないということです。今回の改定によって常時携帯制度がなくなりますし、再入国許可も要らなくなります(*3)ので便利にはなります。マイノリティとして受ける不遇、マイナスをどう克服していくかという運動は今後も続けていかなくてはいけませんが、在日自身の立場や境遇が改善されたのにしたがって、例えば参政権運動で「自分たちは地域社会の一員だと思っている」と主張する一方、果たして、その地域社会が抱えている自分たちが直接の利害関係者ではない問題に対してどうアプローチするかというときに、社会の公益を考えてやるという経験が少ないと思います。
−自分たちが置かれた立場とは違う視点を持てるような広がりを持たせたいということですか?
KEYの場合は、在日として、に加えて、一市民として社会の公益を考える視点を持つ人を多くしたいと思います。例えば、2年前に始まった日本版US-VISIT(*4)に関して、オールドの在日にとっては直接関係のない問題でも、外国人として長年生活してきた立場としてはもっときちんと関わるべきだと思います。

在日社会は、歴史的に見たときに、日本にも本国にも左右され、日本からは排除され、韓国からは棄民にされたというのがあって、なにかしらの問題性が政治やマジョリティ社会から発生している問題という視点で語ることができます。それは正しいのですが、一方で、自分たちが所属する社会はどうかというと、在日の場合は日本でも韓国でもないという話がよくされます。では、どこにも責任を持たないのか。私はそうではなく、在日社会に責任を持ちたいと思っています。少なくとも他者から強制されるマイナスとか不遇の部分に関しては、在日社会自身がきちんと声を挙げて解決すべきです。

ですが、男尊女卑や、他の外国人を差別するなど在日社会が抱えている問題の克復については、在日は弱いと思います。自分たち自身の社会のなかでの普遍的な価値を拡張する必要性に在日自身が気づいて取り組まないといけないと思います。
−外国人に対するバッシングが強くなっていますね。
日常生活を営む上では在日が置かれた状況は改善していますが、在日は好きで来たのだから文句があるなら帰れという風潮が目立っているのは事実です。直接、在日自身の経済生活を営む部分には影響しませんが、気持ちの上では状況は悪くなっているなと思います。そこで不快な思いをしている人は多いですから、在特会などの影響力は小さくありません。
−そうした動きに対応する必要があると感じている人は多いのですが、手をつけかねています。
カウンター的な動きは大事だと思いますが、個人的には、反対をどう押さえ込むかというよりは、こちら側の共感者をどう増やすかだと思います。こちらが「あいつらはダメだ」と非を声高に訴えるような、相手側と同じやり方よりも、なぜこちら側に理があるのか、納得できる論理があるのか、ということを実際に経験して理解するような運動の方式を考えていくことに力を入れたいと思います。

一方で、在日という立場を生かさないといけないと思っています。いい意味で韓国であり日本でもあるわけですから、例えば韓国の青年が正当ではない、論理的には無理があるようなことを言ったときに、きちんと対応するのが必要だと思います。

以前、日本と在日コリアン、韓国の青年同士で広島に行きました。その晩のディスカッションで、韓国側の参加者のほとんどが原爆資料館に加害展示がまったくないと発言しました。日本側の参加者、その人は部落の青年だったのですが、それを聞いたときに、「わかるけど、なぜそれしか出てこないんだろう」と思ったというのです。つまり原爆によって多くの人が殺された、その非人道的な犯罪性、無残な事実に対して、何か言及があるべきではないかと思ったそうなんですね。でもその青年は、何も言えませんでした。過去に戦争を起こしてしまったという歴史を背負いながら語ることの重さがあるわけです。

その時の日本人の参加者は、日本の植民地支配をいまだに解決していない問題としてとらえている人ばかりです。それでも、まだまだ日本と韓国の歴史、戦争の問題になったときに、日本と韓国の間で率直な意見を言うのは難しいんだというのを実感しました。韓国の青年もそれに対しては気づかないといけないと思ったんですが、在日はそこで役割を担うべきだと思います。在日だったら韓国人に対しては言いやすい立場にありますし、日本の青年が感じる感覚も想像ができますから、そういうのをやりたいなと思います。

そのためにも、在日が在日の社会に対して責任を持つというスタンスが重要だと思います。自分が責任を持つ社会にいつつ、関係の深い日本と韓国に対して意味のある形での批判を伝えられる存在になりたいと思います。
−人権市民会議は国内人権機関の設立や国際法の批准の促進など、制度的保障を確立することをめざしていますが、そうした保障が確立しても日本の裁判所が取り入れない現状があります。
選択議定書の批准にどれだけの影響力があるのかわかりませんが、自由権規約選択議定書の場合、元フランス兵として戦ったセネガル人が国籍による年金差別を通報したら、勧告が出たという事例がありましたよね(*5)。なので、日本でも大きく変わることがあるのではないかと思います。

ところで在特会のようなグループがあらゆるところにひどい言葉の書き込みをしていますが、ああいうのはどこに訴えられるんでしょうか。
−表現の自由の範疇だという主張もあります。
そういうのをきちんと扱う機関は必要だと感じます。何か被害があったときに救済される手段が確保されるという原理原則を通すという意味で国際的な枠組みが必要ですし、専門的に扱う機関を作るというのは世界的な流れとしてはあるわけですから。

在日の参政権について、税金を収めているからあるべきだという主張がありますが、それも違うと思っています。では、税金を収めていない人には参政権を与えなくていいのかということになりますから。時代の成熟度で変わってくるとは思いますが、本来権利というのは普遍性を基準にして与えられるべきものですから、その原則の時点で必要なのかどうかを検討すべきだと思います。
−今後の展望としては何かありますか?
個人的には、在日のなかでの公益というか普遍的価値を表明しながら、在日としてできる活動をしたいと思っています。鍵になるのは、若い人たちの選択肢として在日として生きる際、ハングルを学ぶとか歴史を学ぶという選択肢を増やせるかどうかだと思います。在日の市民セクターには人材がいないという意味では、教育活動が重要だと思います。今は留学をする人が本当に多いですし、語学教室も教材もたくさんありますから、言葉については私たちが作らないと教育の場がないというわけではありません。ですが、歴史を振り返るというか、今の社会状況を見るという部分は脆弱なので、そこをどう作っていくかということを考えています。

韓国の社会があるというのは大きいです。日本のなかで在日として生きていくというだけではなくて、韓国とどうやっていくか、韓国の市民社会がおもしろい部分を持っていて、日本の参考になる部分もあります。そこはすごく刺激になっていますし、私たちが付き合っている韓国の団体や友人にとってもこちらから刺激を受けている部分もあると思います。在日にとって可能性は増えていると思います。アイデアを出して、どう広げていくかというのが私たちの課題、やるべきことだと思っています。
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*1 在日コリアン青年連合
1991年に結成された、地域に根ざした組織の連合体で、東京に1ヶ所、大阪に3ヵ所、兵庫に2ヵ所の地域拠点がある。「在日コリアン青年が集い学びあう場」であり、かつ「在日コリアン青年が運営するNGO」として、「在日に根ざし、祖国に参加し、世界に連なる」という理念を掲げ、様々な活動を行っている。http://www.key-j.org

*2 日韓覚書
1991年1月10日に署名された「日韓法的地位協定に基づく協議の結果に関する覚書」のこと。この協定を受けて日本政府は「日本との平和条約に基づき日本国籍を離脱した者等の出入国管理に関する特例法(特例法)」を制定し、様々に分かれていた在日コリアンの在留資格が「特別永住」という永住資格に一本化された。

*3 取消制度の拡大、常時携帯義務、再入国許可
2009年7月、出入国管理及び難民認定法(入管法)、日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した者等の出入国管理に関する特例法が改定されたことに伴う変更点の一例。

*4 日本版US-VISIT
2007年に導入された外国人個人識別情報システムのこと。同年11月以降、日本に入国する16歳以上の外国籍の人々(外交官などこの対象とならない枠組みもある)は入国の際、指紋及び顔の画像情報を取得されることになった。特別永住者は対象外。

*5 ゲイエ対フランス事件
セネガルがフランスの植民地だった頃、セネガル人も、フランス人としてフランス軍に勤務していた。その後退役して年金を受給するようになったが、セネガルがフランスから独立したため、彼らはフランス国籍を失うことになった。セネガル独立の14年後、フランスがアフリカ人に対する年金支給額を減額したため、ゲイエなどが規約人権委員会に救済を申し立てた事件のこと。規約人権委員会は、そうした利益は差別なく与えなければならず、国籍によって異なる取扱いをする場合は合理的かつ客観的な基準に基づいたものでなければならないと判示した。

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