マイクロフォンの歩み


HISTORY of The MICROPHONE

2002年9月23日更新

マイクロフォンの歴史を簡単にご紹介します。

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【マイクロフォンの始まり】

 音の入口、マイクロフォン。その原点は電話用送話器(電話機)です。 アメリカ映画「アンタッチャブル」に出てくる電話機をご存じでしょうか。 直立したスタンドの途中にあるフックに糸巻きのような受話器が下がっていて、スタンドの先にはアサガオのような形をした送話器がついている黒い電話機(ウエスタンエレクトリック・アメリカ)です。

 その電話機からダイヤルと受話器を外して送話器を独立させたのが マイクロフォンの始まり(WE323W型カーボンマイク・1920年)だといわれています。

【ラジオの誕生】

 日本で初めてのラジオの試験放送(1925年3月1日)にはこのWE323W型が、そして本放送(同3月22日)にはWE373型ダブルボタン・カーボンマイクロフォンが使われました。当時、放送設備はすべて英米独からの輸入品でした。マイクロフォンは送信機の付属品として入ってきたため、機器の更新や開局のたびに様々な機種が導入されました。

 中でも胴体に大理石を使ったライツ型カーボンマイクロフォンは、輸入されると瞬く間に放送用マイクロフォンの主役に踊り出ました(1930年)。大理石の密閉構造が耐湿性を保ち(日本の気候に耐えられた)、他のマイクロフォンに比べて感度と音質が良好だったのです。それに刺激を受け、日本でもライツ型マイクロフォンの研究が盛んになりました。NHKの技師・丸毛登、星佶兵衛が純国産のMH型マイクロフォンを完成させ、それらは全国の放送局に配備されました。(「MH」はマルモ、ホシ両名の頭文字です)

【リボンマイクロフォンの登場】

 リボンマイクロフォンを最初に開発したのはドイツの音響メーカー、シーメンス&ハルスケでした(1933年)。間もなく、イギリスのマルコーニ、アメリカのRCAが前後して純速度(ベロシティー)型8字指向性のマイクロフォンを開発しました(1934年)。

 日本でもマルコーニ製リボンマイクロフォンの高忠実の音質が認識され、放送局やレコード会社に普及していきます(1936年)。しかし、当時のリボンマイクロフォンは“吹かれ”に弱いものでした(講演者のくしゃみでリボンが飛んだ)。自前で修理が出来るようにと国産化を進め、東京芝浦電気(東芝の前身)がRCAの44BXを手本にA型を誕生させました(1937年)。

 その後、ベロシティーマイクロフォンは放送や映画の主力マイクロフォンとして、戦前戦後の長期間にわたって活躍することになります。

 戦後復興期の10年間には東芝の技師・島原正男を中心に開発が進められ、A型を小型化したE型(1947年)、A型の特性を改善したF型(1952年)などが世に送り出されました。それらのリボンマイクロフォンは多少の難点はあったものの、戦後日本の音響施設の復興・拡充に大きな足跡を残しました。そしてA型を小型軽量化し感度・周波数特性を改善したB型(1957年)、さらにアイワVM−16(1957年)、東芝K型、VM−17(1959年)、VM−18(1971年)の登場と、リボンマイクロフォンは成熟期に達します。

文中敬称略
構成:鈴木貴尚


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77D(左)と77DXシリーズ(RCA)



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77DXを手本に国産化されたVM−17(アイワ)



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