
2006年5月-6月:SAF飛行クラブ・NPO法人関宿滑空場
【5月3日(水)】
サイクリング日和ということで江戸川の土手を走る。陽射しは強いが風が冷たい。関宿の辺りで軽飛行機に曳航されたグライダーが頻繁に青空をよぎる。自転車を停めて仰ぐとあちらに1機こちらに1機ゆったり滑空している。
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| 上昇気流を求めて曳航機に引かれるグライダー。 |
関宿の江戸川河川敷きにNPO法人関宿滑空場があるのを知らなかった。土手を挟んで滑空場の反対側には「NPO法人関宿滑空場」の看板が掛かった格納庫が二棟、格納庫の前にもグライダーを格納した白いコンテナが並んでいる。
この滑空場はSAF飛行クラブ、京浜ソアリングクラブ、アサヒソアリングクラブや、東京理科大学、工学院大学、東京工業大学など大学の航空部と個人所有機が所属して活動している。
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| 新旧の格納庫が二棟並んでいる(7月16日撮影)。 |
土手を河川敷きに下りて行くと最初に出会ったSAF飛行クラブの関口さんが大変親切にいろいろと教えてくれた。機体はクラブの所有で会員の会費によって滑空場や格納庫、機体が維持されていると言う。
| ■SAF飛行クラブについて |
学生航空連盟(SAF)のOBが中心となり、朝から夕方までの訓練はしんどい、ノンビリとフライトを楽しみたいという人達(OBやその仲間達)が結成した学生航空連盟(SAF)の姉妹クラブで、NPO法人関宿滑空場を本拠地として活動を続けている。
以下に学生航空連盟(SAF)の概要と併せて簡単に紹させていただく。
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| 1952年2月 |
発足。読売新聞社は航空思想普及のため全日本学生航空連盟を結成。
その後、大学生、高校生の会員増加に伴い機構が強化され学生航空連盟と改称。二子玉川読売滑空場を練習場とし、当初は1機で活動していた。 |
| 1969年2月 |
二子玉川滑空場返還に伴い二子玉川での訓練終了。 |
| 1969年3月 |
会員の手作業で開墾された読売大利根滑空場オープン。 |
| 1991年2月 |
学航連モーターグライダークラブ発足、後にSAF飛行クラブと改称。
現在に至る。 |
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SAF飛行クラブの中には飛ぶ機体によって『H32保存会』、『L33クラブ』、『ASW28クラブ』がある。H-36 Dimonaで飛んでいるグループには、元々SAF飛行クラブがこのメンバーを中心に結成された経緯があるため特にクラブ名はついていない。
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| H-36 Dimona |
JA2407 |
モーター・グライダー(オーストリア ホフマン社 FRP製) |
| H-32 |
JA2050 |
グライダー(日本 萩原滑空機製作所 木製鋼管羽布張り製) |
| L-33 SOLO |
JA2515 |
グライダー(チェコ・スロバキア レット社 金属製) |
| ASW28 |
JA28MN |
グライダー(ドイツ アレキサンダー・シュライハー社 FRP製) |
SAF飛行クラブ内・ASW28クラブが所有する単座のASW28 JA28MNは日本にも数機しかない最新鋭機だそうだ。こうしてグライダーを間近に見るのは初めてだが美しいシェイプをを見ているだけで心踊るものがある。
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| 単座の最新鋭機ASW28 JA28MN。 |
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| JA28MNの操縦席にある計器類。 |
関口さんがASW28 JA28MNの操縦席に乗ってみてはと実に気軽に勧めてくれた。グライダーを特別なものと言う気持ちで見ていたので一寸遠慮する気持ちだったが、又とない機会だと思い操縦席に座らせていただいた。
操縦席の中は繭の中もきっとこんなではないかと思ったほど安らぎがあった。
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| JA28MNの操縦席に座りこのまま飛び立ってゆく気分になった(関口さん撮影)。 |
関口さんはこの機体の写真は是が非でも撮影しておくようにと案内してくれた。
その機は荻原式H32 JA2050。荻原式H32は日本で唯一生産されたグライダーで1964年製。世界でこの一機しかない幻の機体だという。パイプフレームに布張り、一部にベニヤ板が使われている現役機でこの日も空に舞った。
H32は学生航空連盟の佐藤主任教官(このページの最後に写真があります)が設計・製作したものだと伺った。栗橋の近くにある読売大利根滑空場で活動する学生航空連盟(SAF)のホームページでH32の勇姿に会うことができる。
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| 日本で唯一生産された荻原式H32。 |
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| H32の計器盤と操縦桿。 |
こうして関口さんから話しを聴いたり機体を見たりしている間もひっきりなしに曳航機(ロバンと言う小型機)とワイヤーに引かれたグライダーが飛び立ち、グライダーをリリースした曳航機が戻り、滑空を楽しんだグライダーが静かに滑走路に入ってくる。
機会を見てまた関宿滑空場を訪問する約束をして帰路に着く。
朝9時過ぎに出発して関宿で折り返し帰宅が午後4時過ぎだった。60km強は走っただろう、さすがにクタビレタ。
【6月22日(木)】
SAFの関口さんからメールをいただいた。
このところの梅雨で滑走路が冠水してしまい大慌てで河川敷きの滑走路脇に駐機してあった3機を撤収、江戸川土手下の格納庫に収めたと言う知らせだった。
撤収作業は午後6時から夜中の12時過ぎまでかかったと言う。
飛んでればイイと言うものではないんだなァ。近年は江戸川の出水傾向に変化があるようで急激に増水しているとメールにありました。最後に、是非とも空から関東平野の緑の絨毯を楽しんでくれとのお誘いもいただきました。
タイミングを見て再度関宿に伺うと返事を出したが何時になることやら…。
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普段はグライダーが並ぶ河川敷きも水に覆われてしまった(関口さん撮影)。
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【6月24日(土)】
雨が降る様子もない午後バイクを引っぱり出して関宿滑空場に向かう。
関口さんにはタイミングを見て…と数日前に返事を出したばかりだが、こんなに早く関宿再訪になるとは。果たして関口さんは滑空場にいるかな?
5月に始めてお邪魔した時は自転車で江戸川の土手の上を行ったのだが今日は土手下の一般道を走ればいいだろうと簡単に考えて走り始めた。これが大間違い。自転車で走った時に見かけた土手下の一般道は途切れ途切れで、最後は勘にたよって走ったために結構な大回りをしてしまったようだ。
滑空場に着いて土手を降りるとワンボックスカーが一台、傍らに青いパラソルを張ったテーブルとベンチ。若い女生とやや年輩の男性が座っている。前回訪問した時はもっと大勢の人がいたのに一寸寂しい。
近づいて自己紹介をすると快くベンチをすすめてくれた。少し話しをすると若い女性は何と関口さんの奥さん、男性はグライダーの教官をしている五島さんだと関口夫人が紹介してくれた。
そのうちに軽いエンジン音とともに関口さんと教官の久野さんが空から降りてきた。二人が乗った機は複座のモーターグライダー"Dimona
JA2407"。
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| 着陸直後の"Dimona JA2407"と久野さん(左)、関口さん(右)。 |
"Dimona"が搭載しているのは2000ccにボアアップしたVWの4気筒1200ccエンジンだという。この型のモーターグライダーは日本に4機しかないそうだ。
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| 2000ccにボアアップしたVWの4気筒1200ccエンジン。 |
今日の関宿滑空場は関口さん達が独占状態、他に滑空場に出ている機はない。
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| 6月22日はここが冠水してしまったわけだ。後方は関口さん一行。 |
関口さんご夫妻や五島さんに薦められ久野さんの操縦で"Dimona"に乗せていただいた。自転車の後ろにでも乗せてくれるような気軽な調子で勧めてくれたのだ。
こちらはモーターグライダーもグライダーも初体験、ワクワク・ドキドキしない方がおかしい。
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| 私たち以外には誰もいない滑空場。 |
土手下から川上側に向かってタキシング。滑走路は見ての通り刈り込まれているとは言え草が生えている。機首を川下に向けて離陸に向けて加速してゆく。ひどい揺れを覚悟していたのだがそれほどのこともなかった。久野さんの腕前のお陰なのかもしれない。
アッと言う間の離陸だ。『フワッ』っと離陸するというのは嘘だった。"Dimona"は何と言ってもグライダーだ。その大きな翼が受ける風の力は大きく直接的だ。風の濃淡にダイレクトに反応しているのが身体に伝わって来る。バイクでダートを走る感じを空の上で大きなスケールにして体感しているようだった。
高度は1400ft(420m)から1500ft(450m)、巡行速度は100km/hから150km/h。速度はもっと早いのかと思っていた。空は交叉点無し、信号機無しだ。
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| 飛行中の"Dimona JA2407"の計器盤。 |
ヘッドセットを通して久野さんと今回の初体験の感想を話したり地上の建物を教えていただいたりして気分は一丁前の空の男だ。時々当たる強い風に機体が心許な気に揺れるのが人間サイズの乗り物らしくてイイ。
風防に付けられた小さな引き窓からレンズを覗かせて下界を撮影、カメラが風圧で飛ばされそうだった。久野さんは風に応えるかのように両腿の間から出ている操縦桿を常に微妙に操作していた。
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| 操縦席側の風防にも付けられている小さな引き窓。 |
江戸川の周囲に青々と広がる田園はヘイズがかかったように霞んでいた。
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| 離陸直後の江戸川と河川敷き。上側が春日部市。 |
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| ここは春日部市上空。右手は江戸川。 |
画面左の外側で分岐して流れる利根川(画面上)と江戸川(左下)。
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| 真ん中の橋の直ぐ上手に関宿城が見える。 |
モーターグライダーは飛行機の分類ではセスナなどの軽飛行機の下に位置付けられているそうだが、久野さんの話しによると性能の良いモーターグライダーの方が軽飛行機よりも速度が早いそうだ。
グライダーが自転車ならモーターグライダーは原動機付き自転車と言う感じだと説明してくれた。分かりやすい。
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| 着地寸前の"Dimona"はバイクならさしづめ原付き(関口さん撮影)。 |
着陸は離陸よりも難しいとは良く聞くことだが今回はその意味が良く分かった。足下が見えない上に速度が早い状況でスムーズに機体を接地させるのは、車のを運転するときに要求される車体感覚とは比較にならないセンスが要求されるのだと思う。久野さんの操縦はいつ接地したのか分らないうちに終わっておりタキシングで出発点に戻った。
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| すっかりリフレッシュされた表情になっている(関口さん撮影)。 |
わくわくする初体験から地上に降りるとテーブルのメンバーが一人ふえている。関口さんが"H32"を復元した佐藤さんだと紹介してくれた。
五島 登さんは平成17(2005)年度 財団法人 日本航空協会の航空関係者表彰で『学生航空連盟のリーダーとして50年の長きに亘り後進の指導育成にあたり、グライダーの操縦技術向上や振興発展に貢献』したとしてエア・スポーツ・メダル(Air
Sports Medal)を受賞されている。
佐藤一郎さんは"H32"の生みの親であり、30年以上の長きにわたって(財)日本航空協会で航空スポーツ全般の仕事に携わり活躍されてきた。1968年に第1期・運輸省(現国土交通省)航空局・耐空検査員に就任されており現在も活躍中とのこと(後藤加代子さんの「悠遊レポート・02」を参考にさせていただきました)。
お二方ともグライダーの世界では偉い方々だったんだ。
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| 左から関口さん、久野さん、五島さん、関口夫人、佐藤さん。 |
今日は思いもかけず貴重な体験をさせていただいた。関口さんご夫妻、久野さん、五島さん、エンジンの面白い話しをしてくださった佐藤さん、ありがとうございました。これからもときどき関宿滑空場にお邪魔させていただきます。
- このページの滑空場、飛行クラブ、機体などのの情報はすべてSAF飛行クラブの関口庄一さんと学生航空連盟(SAF) 教官・久野浩樹さんに提供していただきました。この場を借りてお礼申し上げます。
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