〜きのこ雲が消える日まで〜


被爆者・ ヒロシマからのメッセージ

         私は12歳・中学一年生の時、爆心地から僅か800m余りの処に 
    あった古い木造平屋校舎内で被爆しました。多くの級友達は爆風圧
    死、熱線焼死や急性原爆症等で苦しみながら亡くなっていきました。

     当時一年在校生三百名余の内、被曝から奇跡的に生還し、小康状
    態を得て復学できた友は19名でした。その生き残った友の中かも、 
    放射線障害と思われる病等で次々と倒れていき、現在生かされてい
    る者の殆どが「重複癌」と闘っています。

    原爆の怖ろしさは、その破壊力の凄さにもまして60年経過後もその
    放射線が人の身体をむしばみ続けていることです。その本当の怖ろ
    しさを知っていただくために、「私の被爆体験記録」をここに紹介し、
    無念の死を遂げた友に代わり「人類と核兵器」は共存できないと言う
    事が世論連鎖の輪となって地球を取り巻くまで、私は訴え続けます。
    
                       <写真は広島平和記念資料館の提供による>
<広島平和記念公園>
原爆ドーム「慰霊碑」追悼平和祈念館」「平和記念資料館

<目次>
T:1945年8月6日 広島で何が起こったのか
U:放射線が私に何をもたらしたのか
   V:生き残った友を襲ったガン
W:原水爆のない世界を
X:私からの伝言

プロフィール

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