お父さんの南極体験
薫の父である私は、その昔、1976年 第17次南極地域観測隊員として昭和基地やみずほ基地(当時は、観測拠点)で越冬致しました。  第一線の研究者ではなく、基地の設営、維持管理、雪上車など車両の整備、運行管理、輸送、研究者の観測補助と言った、裏方の一員(機械隊員)として文部科学省より参加致しました。
今は、国内からインタ−ネットで即南極が観れますし、インテルサットによる回線も常時接続になって、極地研究所からは、内線電話で繋がるなど様変わりしております。
しかしながら、気象、雪氷、そこに住む動物など今も変わらないものも多くあり、TV等で紹介されなかった事も含め、私の体験した当時の生の南極を紹介し、当HPを訪れた方達の南極観測に対する見識を少しでも深めて頂ければ幸いです。
尚、デ−タ−等の数値、距離値は非公式です、たとえば昭和基地から目的地まで地図上直線で僅か50Kmでも雪上車にて迂回し走行した距離80Kmは、80Kmとしています。
  樺 太 犬 『 ホ セ 』      ペ  ン  ギ  ン  
  ア ザ ラ シ    ト ウ ゾ ク カ モ メ
  ダ ボ ハ ゼ   観 測 旅 行
  み ず ほ 基 地    輸    送
  氷    山       オ − ロ  ラ  
  機械隊員の作業  観測船、ソ連基地、他   
南極観測へリンク
研究資料として日本に持ち帰る氷山の氷取り、表面に厚く雪が有り、最低20cm以上とってから氷の切り出し
(氷山の上にて)
1976年1月8日「銀座不二家」より寄贈していただいたペコちゃんと共に、観測船より昭和基地へ