ピチモ物語 第14話 


卒業。





風はどんどん強まって、ふすまがガタガタ音を立ててゆれるようになった。遠くでうねる風の音は、まるでだれかの叫び声のよう。

時折混じる「ヒュー」という甲高い音に、少女たちはびくっと身体を震わせ、不安そうに天井を見上げる。

「お、怒ってるんやにぃ〜。。。」

りえ、たまらず不安そうに言う。

「違うで。ただの風の音や」

みゆ、りえの頭をなでながら、やさしく。

「でぇもぉ〜。なんか・・・なんか人の声みたいやにぃ〜。。。怖いやにぃ〜。。。」

「静かにして!!」

ひそひそ囁きあう、りえとみゆの声に、ひときわ甲高いアニメ声がかぶさった。2人は、ハッとしたように、その声の主を見つめる。

「外の動きが聞こえないわ。黙ってて」

この場にいる3人の少女の中でも、ひときわ大人っぽい雰囲気の少女―――あかねの、そのルックスとのギャップありありの声。

あかねは口元の血をぬぐいつつ、耳をすませる。

地響きのような不気味な音が、遠くから伝わってくる。

あかねはパッと伏せ、畳に耳を押し付けた。りえとみゆは、固唾を呑んで彼女の表情を伺う。やがてあかねは顔を上げ、安心させるように2人の顔を交互に見つつ。

「大丈夫。まだそんなに近くには、いないわ」

りえとみゆは、これを聞いて、安堵の溜め息をついた。





「なぁなぁ、あかね。うちら、やっぱり間違ってたんちゃうか?」

ややあって、みゆが遠慮がちに口を開く。

「はぁ!? 何言ってんの? みゆ。あーたちの、なにが間違ってたって言うのよ!!」

あかねの剣幕におびえつつ、それでもみゆは答える。

「こんなことになってん―――」

ここで、みゆの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。

「うちらが、ムリに逃げたそうなんてしいひんかったら、こんなことには・・・」

あかねは無表情のまま。その目は、何の感情も浮かんでいないようにみえる。

と、ここで。

「そんなことないやにぃ!」

りえが割って入る。

「りえ、これでよかった」

あかねとみゆは、りえの意外な自己主張に驚き、その声に聞き入る。

「あのね、りえね。生まれて初めて、自分の意思で行動できたんやにぃ。すっごい開放感やにぃ〜。それに、ねぃ☆」

りえは、部屋にあるカレンダーに目を移して。

「それに、もうすぐ8月号の発売やにぃ」

この声に、他の少女達もつられてカレンダーを見上げる。

そう。今日は6月30日。柱時計は、11時35分。つまり、あと25分で7月1日―――8月号の発売日となる。

ここで、りえの目がかすかに熱を帯びる。

「そうすれば、りえたちの卒業特集。もう、誰がなんと言おうと、揃って卒業できるんやにぃ!」

キッパリと。

「ええ、そうよ。あーたちは卒業できるわ。だから、もう喋らないで、りえ。あんたはずいぶん血を失ってるのよ」





<トントントン>

ドアをノックする音。3人が、いっせいに顔を上げる。

「誰や?」

「わからない」

続けて。

「♪ すっぺしゃる じぇねれぇ〜しょん らぁ〜」

歌声が聞こえてきた。外に、だれかいる。ドアの前に立って、歌っているのだった。そして、この声には、誰もが聞き覚えがあった。

「この声、りしゃこや!」

真っ先に、みゆが反応。

「りしゃこやにぃ〜、りしゃこやにぃ〜。この歌声わぁ、このぉ、しかめっつらでサビを歌う声わぁ、りしゃこに違いないやにぃ!!」

りえも、興奮気味に。

しかし、あかねは冷静だった。

「りえ、落ち着いて! りしゃこは・・・、りしゃこは死んだのよ。見たでしょ、あなただって。あいつらに・・・首を・・・へし折られて、渡り廊下に倒れていたわ。どう考えても、即死だった」

静かに、さとすように、あかね。

「でもぉ、りしゃこだよぉ〜。きっと・・・、きっと」

それでも、りえは納得できないといったようすで、食い下がる。

「りしゃこわぁ、りえを、かばってくれたんやにぃ」

消え入るような声で、りえ。

「りえね、教室出るとき、つまずいちゃったんやにぃ。そしたら、りしゃこが、りえを助け起こしてくれてぇ。そいでね、りえの後ろについてくれたんやにぃ。りえがぁ、のろのろしていたから、りしゃこわ、りしゃこわ。。。りえのせいで―――」

「りえ、あんたの罪悪感はわかるけど、それはあんたのせいじゃないわ」

と、ここで。

「りえっ!」

りえは、パッとふすまに走りより、そのまま開け放つ。

「りしゃこぉ〜♪」

と、ほんの少しふすまが開いたその瞬間、毛むくじゃらの巨大な鉤爪が、隙間の上部から振り下ろされた。

空気を切る鋭利な刃物の音と、それが、なにかに突き刺さった音が、ほぼ同時に響き渡る。

そして次の瞬間、りえの身体は、あっというまに、部屋の外に引きずり出されていった。残されたのは、どす黒い大量の血。

あかねは、ふすまに飛びつき、ピシャッと閉める。





「りえが、りえが・・・」

みゆが絶望的な声でつぶやく。

あかねは、あくまで冷静である。

「あと、15分。あと15分で7月になるわ」

みゆ、そんなあかねに、鋭い視線を送る。

「そうすれば、ここを出て行ける―――卒業できる」

「そやけど、りえは? りしゃこは?」

あかねは、みゆの声など聞こえないかのように、続ける。

「あいつらにうばわれた時間、あいつらに売り渡された時間は、8月号まで。そうよ、あと少しだわ」

あかねの目に暗い光が宿った。

「見せ付けてやるんだから! あーたちが卒業できるってことを、あいつらに突きつけてやる!!」





そのとき、すうっと一陣の風が部屋を吹き抜けた。

ゾッとするほど冷たく、それでいて生温かい風。

2人は、反射的に背筋を伸ばした。

「なぁなぁ、今の風はどこからや?」

みゆ、不安そうに。

「あそこ」

あかねが指さす。

「あの押入れからよ」

そこは、部屋の隅にある押入れ。

ふらっと、みゆが腰を浮かせた。

「ひょっとして、あの中に・・・」

引き寄せられるように、押入れに向かうみゆ。

「やめて! みゆ、待って」

あかねが鋭い声で制するも、すでにみゆの手は押入れの戸を開けていた。

<ゴォーッ>

ものすごい風が吹き込むと同時に、押入れの床が割れていて、そこから何か得体の知れないものが頭を覗かせている。

「ひ・・・ぃぃ」

みゆは声にならない悲鳴を漏らすと、この場を離れようとする。

しかし、その瞬間、押入れの床から這い出してくる”そいつ”は、ムカデのようにたくさんある足で、しっかりとみゆの身体をとらえていた。

「うっ」

みゆの喉から、奇妙な音が漏れ、たちまち顔が鬱血する。

「みゆ〜っ!」

あかねは、動くことが出来なかった。そのまま、ずるずると引きずられて、やがて押入れの床に消えていく、”そいつ”とみゆとを、ただただ見つめていただけだった。





二人が消えて、再び部屋に沈黙が訪れた。

残っているのは、たった1人の少女。

「りえ、みゆ、りしゃこ・・・。ごめん―――ごめんなさい」

あかねは、畳に身を投げ出して泣き出した。

「あーが・・・あーが、みんなを守れなかったばっかりに。あーはエースなのに。あーのせいだ。あーの」





静かだ。なんと静かなんだろう。

泣きつづけていたあかねは、異様な静寂に気づいてようやく顔を上げた。世界の終わりのような静けさ。

ふと、柱時計を見つめる。すでに、午前0時をまわり、日付が変わっていた。7月1日になっていた。

「ああっ・・・」

あかねは、間の抜けた声を漏らす。

「もう。もう、8月号が発売されたんだ」

あかねは、天井を見つめて。

「おめでとう、あーたち。あーたちは、卒業したのよ。聞こえる? りえ、みゆ、りしゃこ。あーたち、卒業よ」

あかねは、笑みを浮かべゆっくりと、ふすまに向かって歩き出す。

「あーたち、ここを出て行くのよ。もう、どこにだっていけるわ」

そっと、ふすまに手をかける。

「静かだわ。なんて静かなの」

ふすまは、かるく、音もなく開いた。あかねは、外を眺め、目を細める。

さえざえとした冷たい光が、暗い部屋の中に差し込んできた。





≪エピローグ≫

りえ 「りしゃこ、なかなか、お歌お上手だったやにぃねぃ☆ まあ、あかねの方が上手やにぃけど」

あかね 「まあね。あーは、このまえレコーディングして、今度CDソロデビューでぷ☆」

りえ 「ピチスタのオープニング、歌ってるだよねぃ☆」 

あかね 「まあね。でも、りしゃこも、がんばれば、もしかしたら歌手になれるかも」

りえ 「えーっ!? さすがにそりぃわちょっとムリやにぃ〜♪」

あかね 「だよねぇ〜」

りえ&あかね 「キャハハ☆」

りしゃこ 「もぉ〜! アタシが願うと、現実になることが多いんだよっ!!!」



END


<※本日のネタは、恩田陸『朝日のようにさわやかに』(新潮社)に収録の短編『卒業』を、参考にさせていただきました。ぜひ、そちらの方も読んでみてください>



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