Sweet Home Chicago
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シカゴはアメリカ第3位の大都市にも関わらず日本人にはあまりなじみはない不思議な都市です。仕事でつながりのある人はいるかも知れませんが、観光としてはあまり日本人にはなじみのない街だと思います。私がシカゴに渡ったころはデトロイトと混同されたり、アル・カポネの影響と言うか、それしか名前が出てこないのか、いまだにギャングスターがマシンガンをぶっ放していると言うメチャクチャなイメージを持っている人は結構いました。



私はそんな街に8年弱おりました。私はこの街が大好きですのでこの街の良さをいくらかでも紹介できればと思っています。

ここでは、私がいた頃のシカゴの様子を、私の行動半径で書いています。古い話ですでに無いものもあります。きちんとした観光案内ではありませんので、旅行目的でシカゴにお出かけの方は詳しいガイドブックを購入してからの方が賢明です。

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Miura Dojo USA

三浦道場の本部は Oak Park, Illinoisと言う街なので本当はChicago市ではないのですが、Chicagoのダウンタウンまで空いてれば車で15分〜20分くらいのChicagoの隣町ですのでシカゴと表記してもそんなに文句は来ないと思います。

Oak Parkは作家のアーネスト・ヘミングウェイ(老人と海など)や建築家のフランク・ロイド・ライト(帝国ホテルを造った人)の出身地で静かないい町でした。今はちょっと治安も悪くなって来ているようですが、この町とエルムハーストと言う街を中心に三浦師範は30年以上もの長きに渡って空手の指導をしてこられました。

私はダウンタウンに住んでいたので毎日40分ほどの道のりを電車で通ってました。気候的には夏と冬しかないような街で、先週ダウンジャケットを着ていたのに今週はTシャツ、と言うような街で、夏は35度C以上になったと思いますし、冬はマイナス10とか20度C位になることもあったような気がします。華氏(Fahrenheit)なんではっきり換算しての記憶はありません。華氏だろうと摂氏だろうと暑いものは暑いし、寒いものは寒く温度は大体の目安ですので。しかもWINDYCITYと言うニックネームがあるくらいで、風が吹きつけて体感温度はさらに低くなります。どっちにしても電車で通う身としては駅で待ってる時間が一番イヤでした。ほとんどの駅は夜間は無人で吹きさらしで、冬場の暖は駅に付いてる、電熱線のコンロみたいな暖房がボタンを押すと3分から5分くらい頭の上から照らしてくれるだけです。それでも稽古の後は火照っているので、電車に乗るまでは何とかもちますが、ダウンタウンに着くころには身体も冷めてしまいます。私は最も風の強いグラントパークの端のミシガン湖の側に住んでいたので、最後の何百メートルかの道のりは凍えそうになる事もしばしばありました。鼻毛が凍ると言うのを経験したのは後にも先にもシカゴでだけですが、ロシアはもっと寒いらしいので、どうやって冬場を過ごしているのかしりませんが、大変だと思います。
 
City View

しかし、寒いのも悪い事ばかりではなく、冬期はMichigan Avenue(Magnificent Mile と言ってChanelなどの高級店がズラッと立ち並ぶ通りの街路樹をすべて昔の表参道のように電球でデコレーションします。ちなみに日本領事館もこの通りにあるニューマンマーカスと言うビルの中にありますが、ご多分に漏れず対応も評判も悪いです。)の街路樹を表参道のようにライトアップしていますし、空気が澄んでいるので、夕暮れ時の街並みは大変綺麗です。

シカゴの写真を何点かいただいたTony Silva(トニー・シルバ)先生とAlison(アリソン)さんご夫妻。トニー先輩は現在、近大や神女などで教鞭をとられていますが、三浦道場シカゴ本部で一緒に稽古をした仲間です。二人ともすごくいい人です。毎年クリスマスメールを送ってくれます。大阪在住。
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Chicago River and Lower Wacker Drive

シカゴは街中に川が流れています。シカゴリバーと言いますが、人工的な運河だったと思います。観光船も夏場はあるので感じとしては大阪のような感じです。隅田川とはちょっと違う。道頓堀とかそんな感じです。大阪と違うのは観光船が近づくと船に向かってケツを丸出しにしてみせる岸辺のアホが一人くらいは必ずいます。なぜかアメリカ人はケツを見せるのが好きなようです。


この運河はミシガン湖につながっていますが、ミシガン湖とシカゴ川は水位が違い、一度『シカゴロック』と言う水位調整のための場所に船を入れてから出ないと船は湖に出られません。パナマ運河のエレベータみたいな物で、シアトルにもあるので、結構アメリカ人は船用のエレベーターを色んな所で造っているのかもしれません。湖は冬場は凍ってしまうので、ヨットなどは冬の間、川を下って保管され、温かくなると川を上って湖に出てきます。このヨットが出る時期は結構交通が不便になります。と言うのはシカゴは大都市なので道路は整備されていますが交通量は当然多いです。ところがこの道路からかかっている橋をヨットがくぐれないのです。どうするか?勿論橋を跳ね上げます。すると道は通れませんので車、人は反対側にはいけません。映画『ブルース・ブラザース』に出てくるような橋がシカゴの街中には沢山あります。まあ、通常は日曜の午前中に集中しているので大した渋滞は起きませんが、急いでいる時は困ります。この写真のような感じです。このような跳ね橋もシアトルにありました。

この川は人工的なのでコンクリートの壁があり、川沿いの道は橋も含めて道路が2層になっています。この運河沿いを含めてシカゴ・ダウンタウンの地下を縦横無尽に走っている道路がLower Wacker Driveと言います。この地下の道は沢山の映画にも使われていますし、1920年代の禁酒法の頃活躍したギャングスター(アメリカでは日本で言うギャングのことをギャングスター、不良のことをギャングと言います)がFBIやシカゴ警察から逃げるために使っていたと言う話もあります。シカゴ近郊に住んでいても知らない人が多く、渋滞もしないので、便利な道路です。結構特徴のある道路なので、結構シカゴでロケをする映画では見かけます。

私が住んでいた当時、このコンクリートの壁を工事のミスでぶち破ったヤツがいて、ダウン・タウンが大洪水になり1週間位だったと思いますが停電したことがありました。Chicago Floodです。私の使っていた駅の近辺がまさにBINGOで、空手の帰りは駅から1、2ブロックくらいなのですが真っ暗だった事がありました。アメリカの道は表通りとゴミ箱なんかを置いてあるALLEYと言う裏通りがあり、ここが暗闇になると本当に恐かった思い出があります。明かりのありがたさを痛感した事件でした。暗闇が犯罪を誘発するんだろうな、と言うのを肌で感じました。一応気を張って歩いてはいますが、出し抜けに拳銃なり散弾銃をボンボン撃たれたら一たまりもありませんので、緊張感がありました。

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SPORTS

プロスポーツチームは色々あってスーパーボウルでフットボールのBEARSがメチャクチャな強さで優勝した事もあって、’85 BEARSと言うのは今でも伝説のチームです。ちょうど阪神タイガースがバース・掛布・岡田・真弓などを擁して優勝した年で、その後の低迷も一緒ですが、タイガースが一足早く復活したのにBEARSはその後一度もSUPER BOWLには縁がありませでしたが、ようやく2006-2007年シーズンにSuper Bowlに戻ってきました。残念ながら負けてしまいましたが、85年と同じようにDefenceの強い良いチームだったようです。

CubsはSammy Sosaで有名でしたが、基本的に強くなくても客の入るチームなので昔は、Greg Muddaxと言う名投手がいたこともあるんですが「このチームは勝つ気が無い!(と言うようなことを言ってたと思います)」とか言ってAtlantaに移籍してしまったりしてました。また、最後には戻ってきたみたいですが、「90年代最高の投手」と言う称号はカブスで得たものではありません、残念ながら。昔、Ernie Banksと言うカブス一筋の名選手もいたのですが、このときもカブスはさっぱり勝てなかったようです。でもWrigley Fieldと言う球場は本当に芝生が綺麗で、公園にビールを飲みに行ったらついでに野球やってた、くらいのつもりでいけば間違いなく良い気持ちで帰ってこれます。勝敗を気にせずに。外野の壁はレンガで出来ていてグラウンドの方に蔦が生えているので、外野フライの球が行方不明になることもあります。以前、カブスのオーナーが「野球は太陽の下でやるものだ」と言ってナイター設備を作らなかったというように、アメリカの数ある球場の中でもかなり味のある球場の一つだと思います。現在ではナイター設備がありますが、作るときは結構モメてました。

  大分前に亡くなってしまいましたがHarry Carayと言う球場専属のおじいちゃんアナウンサーが名物で7回表が終ったあとは自分で「Take me out to the ballgame...」と歌い出しちゃいます。ヘタですけど「All right! Let me hear you!Ah one!Ah two!...」と観客に声を掛けて歌いだすのが名物でした。

ホッケーのBlack Hawksも人気があると思いますが見に行ったことがないのでなんとも...でもホッケーは必ずと言っていいほど殴り合いの派手な喧嘩があるので、とても人気のあるスポーツですが、残念ながら行く機会には恵まれませんでした。
  
CHICAGOは元々観光で日本人が行く街としてはポピュラーではなかったようですがそれを一変させたのがMichael Jordan。Jordanのおかげで、日本でも当時Chicagoの街は有名になりましたが、私が始めてChicagoに行った頃('86年)のBULLSはヒドイTeamでした。なにしろJordanがパスしても敵がだまされるのはわかるとしても味方までだまされてボールが取れないんですから。PippenやGrantが入ってくるまでは小学生の中に一人大人(Jordan)が混じっているようなTeamで、何かで読んだ話ではカブスのErnie Banksと並列で考えられ、Michel Jordanも優勝は出来ないんじゃないかと言われていました。地元なのにLakersとの試合ではJordan以外はMagic JohnsonやKareem Abdul Jabberの方が人気があるんですから。ちょっと比較する相手が悪いとは思いますが、大体当日でもチケットが手に入るようなチームではありました。

それがプラチナチケットになったのはNBAファイナルに優勝して3peat(3連覇)したあたりで絶好調に。最初の優勝の時からダウンタウンでは街中に人が繰り出し、一晩中車のホーンをならし、道行く人とハイタッチしたりと、お祭りとも暴動とも取れないような騒ぎが段々とエスカレートしていきました。今はスタジアムもJordanが稼いでくれたおかげでUnaited Centerと言う新しいスタジアムになりましたが、Chicago Stadiumの頃は非常に治安の悪い地域で、電車の最寄り駅もありますが電車で行く人はあまりいないような地域でその騒ぎですから、警察も手が付けられない状態でした。なにしろ球場の周りには立ちんぼの売春婦がいる、駐車している車のタイヤはパンクさせられるなどと言うのが通常の光景としてあるような地域でした。現在では Michael Jordanが稼いでくれたのか、United Centerと言う綺麗なスタジアムになって周りも再開発されているようです。

3Peatの時はちょうどLA Riots(ロス暴動)のときと重なり、日本では「シカゴでも暴動」と言うようなニュースが流れたらしく日本から友人が心配して電話をかけてきたりしましたが、まさか暴動の中で一緒に騒いでるとは思わなかったと言って呆れられた思い出があります。シカゴのはロス暴動とは全く関係なかったのですが、今から考えたらブルズが優勝したおかげでシカゴでは暴動が無かったのかも。シカゴもアフリカ系アメリカ人多いですから。私の卒業したカレッジは8割方アフリカ系アメリカ人だったように思いますが、騒ぎになるような話にはまったくならなかったと記憶しています。私が気が付かなかっただけかも知れませんが、少なくても私はダウンタウンChicagoに住んでいましたので。

それよりブルズのメンバーが優勝記念でグラントパークに来る方が話題になっていたような気がします。そう考えるとスポーツの力と言うのは本当にすごいと思います。

  そう言えば結構アメリカのスポーツチームってその土地にちなんだ名前をつけるんですよ。例えばシカゴなら熊が出たんでしょうね、昔は。で、Bears、Cubsとか昔かなり大きな屠殺場があった由来でBullsとか。Blackhawksはインディアンの部族の名前だと思います。イリノイ州のIllinoisはIlliniインディアンとフランス語を組み合わせた造語らしいのでIlliniインディアンが居たのは確かですが、Blackhawkがシカゴ近辺かはわかりませんが、可能性はあります。

  他の都市では飛行機のBOING社のあるシアトルのバスケットボールチームががSuper Sonic(音速)から取ってたり、フットボールの49ersは最初にカリフォルニアを開拓してゴールドラッシュの基礎を作ったFrontierの人数だったり、ヒューストンにはNASAがあるので、野球チームはASTROS、フットボールは石油が出るのでOilersなど、結構調べると面白いです。日本のチームもそう言う地元とのつながりを持つ意味のあるチーム名にすればもっと地元意識ができそうですね。

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Downtown Chicago 【 The Loop 】


ダウンタウンの街並みは結構綺麗だと思います。New Yorkから来た人なんかは「綺麗な街だなー」と言います。New Yorkなんかに比べるとゴミの落ちている量が少ないからかもしれません。建物もChicago Styleと言うようで、建築関係やデザインなんかをする人は喜びます。市の図書館を新しく造った時もデザインコンペでカナダかどこかのデザイン会社が近未来イメージのカッコいいChicago名物のEL(エル、たしかELと書いたと思います。シカゴのダウンタウンエリアでは電車が環状ではないんですが、レールが輪の形になっていてLoopと言うのですが、ELと言うのは電車の電、Electlicityから来ていたような話を聞いたような気がします。不確かですが。)と言う、ダウンタウンでは高架を走る電車を建物に引き込むデザインを作ってプレゼンしたそうですが、「街の景観が壊れる」と言う理由で落選したそうです。

  街中には結構いろんな警察官がそこら中にいるので、割合い安全だと思います。町の真ん中にあるグラントパークには今はどうか知りませんが、私がいた頃には世界で一番大きいと言われたバッキンガムファウンテンと言う装飾噴水があります。夜は噴水の中がライトアップがされてとても綺麗です。家族で行っても、カップルで行っても良いと思います。

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Lake Michigan

ミシガン湖はアメリカ五大湖で2番目に大きい湖でシカゴはそのほとりにあります。大きさは2番目ですが確か汚染は1番と言う不名誉な話もあったような気がします。まあ、シカゴやゲーリー/インディアナやグリーンベイ/ウィスコンシンなど大きな町や工業地帯もあるので仕方がないのですが、泳ぐとピンクアイと言って目が充血してしまうので、ある程度以上のレベルのマンションに住んでいる人はマンションのプールかアスレッチククラブのプールで泳ぎ、湖では泳がないようです。

この湖は九州より大きくまた、カナダとの国境にもなるので、海軍だか、沿岸警備隊がいたと思います。昔はシカゴに海軍基地があったようで、今でもNavy Pierと言う場所はあります。今では再開発されて娯楽施設になってかなりの人気スポットになっているようです。

本当かどうか知りませんが、潜水艦が一艘沈んでいるとか。この大きなミシガン湖が冬場の寒いときには波の形が分かるように凍ってしまいます。そして春がほとんどありませんから、冬が明けると一気に溶け出し、湖面からものすごい水蒸気があがります。そえが過ぎると木々が一気に緑になりますが、あまりに急に緑に覆われるので情緒もへったくれもありません。
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Taste of Chicago


食べ物では、Chicago Pizzaが有名でとてもおいしく、Pan PizzaとStuffed Pizzaがあり、多分Pan Pizzaが本家だと思いますが、スキヤキ鍋のようなものに入れて焼きますので、どちらも厚みが5cm近くあります。日本にもデリバリーのChicago Pizzaと言うのがありますが全くの別物です。Pan Pizzaでは「Gino's East」とか「Uno」あたりが有名です。(写真みたいなのが出てきます。メニューには直径しか書いてません。知らない人は出てきた時に厚みを見て、びっくりすると言う感じです。写真はGino's EastのPan Pizza)

  Prime Ribの「Lawry's The Prime Rib」と言うお店も大好きです。学生でしたので何回も行ったことがあるわけではないのですが、とてもおいしいローストビーフ屋さんで、ロスアンジェルスとシカゴにお店があります。アメリカでは意外とステーキって美味しいお店が少ないんですが、ローストビーフはここがお奨めです。無茶苦茶高いわけではないので、シカゴに行くことがあったら食べてみてください。メニューはローストビーフの焼き加減ときり方(厚み)だけ。シカゴカットが一番大きいので是非試してみて下さい。サラダにドレッシングをかけるパフォーマンスも楽しいです。最近知ったのですが、東京の赤坂にも支店がありました。
  
 
Chinatown
。規模的にはニューヨークやサンフランシスコ、ロスアンゼルスと比べて小さいのですが、結構おいしい店が揃ってるような気がします最近は行ってないのでまだあるのかわかりませんが、四五六菜館(Moon Palace)のShnghai eel(ドジョウとタケノコをニンニク油みたいなので炒めたもの)とデカイ方の三喜酒家(Three Happiness)の飲茶(Dim Sam)。飲茶は店内をワゴンで運んでくれる本格的なもので週末はすごく込みますが、大きな店なので、ちょっと待てば食べられます。お酒を飲まなければ3人以上で行けば10ドルから15ドルくらいでおなか一杯食べられます。新橋あたりで同じように食べると一人1万円は飛んでいくのを考えると、何をどうしたらこんな値段になるのかさっぱりわかりません。それ以外にもSeven Treasureのラーメンは2ドル台くらいからあったはずです。お酒のライセンスを置いていない店もあり、そう言う店は持込みOKですが、China Townの周りは結構危険だったので近所で買うことはしませんでした。今は再開発で、段々と綺麗になって来ているとのことですが、新たに情報が入ったら更新します。後、最近火事にあった様な話も聞いたのですが、Chee Kingと言う店では牛のモツ煮込みなどが食べられて気に入ってました。China Townのある22nd Streetは少し湖側に行くと、Lexington Hotel と言うアル・カポネが住んでいたホテルがありますが、今は廃墟で周りも決して安全ではないので、見に行くなら「アンタッチャブルツアー」で行くといいと思います。1920年代はChina Town近辺はシカゴの中心街としてあったのかな、と言う感じもします。

シカゴ市の北の方に行くとKorean Townもあります。24時間開いている店もありますし、なにより良いのは、韓国で食べるのと同じように、料理を注文すると小皿が山のように出て来ます。おかわりも自由でお腹が一杯になります。スーパーなども安くて、5リットルくらい入るんじゃないかと言う瓶に満タンに入ったキムチやカクテキが5ドルくらいで売っていました。アメリカはお米が安くておいしいので、お金の無いときはキムチとご飯だけでしばらく過ごす事もよくありました。

  
GYROS(ギロス)と言うギリシャ風のファストフードも大好物でした。日本でも上野のアメ横あたりでドネルケバブとかスブラキとか言うような名前で売っている店があったような気がします。多分上野の方がよりギリシャの本場の味に近いんでしょうがアメリカのGYROS方が私は好きです。お奨めはRiver RoadにあるWally’sというお店です。中華でも日本の高い中華よりアメリカの安い中華の方が気楽に食べられるし、量も多いので好きです。好みは人ぞれぞれなんで、勝手に書いてます。

  私はハンバーガーも大好きで、しょっちゅう食べていました。ただし、マクドナルドはあまり行かず(マクドナルドも発祥はシカゴの郊外です。ダウンタウンにはロックンロールマクドと言う昔は世界一の売上げを誇った事もある有名なお店もあります。その後ン江ノ島、モスクワ、深センなどに抜かれてると思いますが)、小さな個人でやっている店が好きでした。違う店なら1週間ハンバーガーでも大丈夫です。毎食はイヤですが。一時日本にもあって、その後無くなってしまいましたがバーガーキングはチェーン店では一番好きな店です。オニオンリングだけは個人の店よりバーガーキングの方が個人的には好きです。バーガーキングはJT(日本たばこ産業)が出資してたみたいですが、BSEが大騒ぎになる前に閉めてしまいました。バーガーキングの本社はイギリスなのでJTくらいの大きな会社だとなにかもっと言えない秘密でも知っていたのかも知れませんが。イギリスは世界で始めて狂牛病の発見されたところですしね。
それでも香港やシアトルでは空港にバーガーキングがあるので、名残を惜しんで2個はWhapperを食べます。

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Blues Capital of the World

ブルース・ミュージックも特に詳しい訳ではありませんので、シカゴに渡った初期の頃には、聞きに行った事もなかったのですが、たまたま日本からブルースを聴きたいからシカゴに来た、と言う変わった人と会ったのがきっかけで、特に熱心に調べたりはしてませんが、ちょくちょく聴きに行くようになりました。最初はブルースと言うと淡谷のり子さんの歌うようなちょっと暗い曲なのかな?と思ったのですが、聴いてみるとすごく楽しいリズムの曲が多いのでシカゴに行く事があれば是非行ってみてください。

私が好きで良く行ってたのはサウスサイドにある「New Checkerboard Lounge」と言うお店。シカゴのサウスサイドと言うのは昔から悪いやつが多くて、車なんかを置いておくと10分、15分位でもカーステレオを盗まれてしまうような所ですが、このお店なら専用駐車場もあるので安心です。ちゃんとフェンスで囲まれていて、3〜4m位高さがあるので、そう易々とは盗めません。電車で行くのはお勧めできませんが、タクシーなら大丈夫です。たしか52ndくらいだったのでタクシー代もそんなにかからないと思います。ただ、帰りは多分呼んでもらわないとタクシーが、来ないんじゃないかと言う気もしますが。初めて行った時には入口で、カッコイイアフリカンアメリカンのオヤジが3人くらいでテーブルでポーカーをやっていて、「味があるなあ〜」と感じてそれ以来っちゅう感じです。今でもあるみたいです。ダウンタウンの北の方ならRosa'sと言うお店が割りと感じよかった思い出があります。以前「どこから来た?」と聞かれたので、面倒だから「東京だよ」と言ったら世界地図にピンで印をつけていたので、地方の人も堂々と出身地を伝えた方が良いと思います。どうせアメリカ人にはその街が田舎か都会かも通常はわかりませんので。どちらもタクシーで行くのが良いと思います。
 
  ブルースバー自体はダウンタウンにもいくつかあるので、どこでもお好きなところを探してもらえばいいと思いますが、基本的にはお酒を出すところなので、21歳未満の人は入れてくれませんし、30歳以下くらいに見える人はとりあえずID(パスポートなど)の提示を求められます。食べ物はあってもせいぜいポップコーンとかピザスライスくらいなので、食事を済ませてから行った方がいいでしょうね。


物の本によると、元々は、アフリカの人が奴隷としてアメリカに連れて来られて、コットンフィールドなどで働く時に、仕事の作業歌みたいなのがあったそうです。それに楽曲が付いて、作業時ではなく余暇にみんなで楽しむようなものが始まりだとか言う事が物の本に書いてありました。奴隷としての悲惨な生活を隠語で隠しながら歌った物も結構あるようです。基本的にはブルースバーでは踊りたくなるような曲が多いイメージがありますので気にって行ってた様な気がしますが、そんな苦しい生活のつかの間の楽しみで歌っていたのであれば、当然楽しげな曲が多くて当たり前だと思います。私自身は別に楽しければいいので。ただ、元々差別を受けてきたアフリカ系の人の歌だからか知りませんが、古いものなどはレコードはおろか楽譜も、なんにも残っていない事が多いとか。その絡みかどうかは知りませんが、シカゴにはSugar Blue(シュガー・ブルー)と言うグラミー賞を取ったんだかノミネートされたか言う有名なブルースハーピストがいますが、1枚もレコードに吹きこんでいないそうです。シカゴに行かなければ聞けないと言う話を聞いていましたが、最近の風潮でHPがありましたのでリンクを貼っておきましょう。ちなみにこのオッサンは男には愛想無しですけど、女の子には愛想がいい、メッチャ正直者です。好きなように生きてます。(左上はマジック・スリム。時々生で聞きました。右の人はリトル・ウォルターと言う人)
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Maxwell Street

今はダウンタウンの再開発で無くなってしまったようですが、Mawell Streetと言うのはシカゴらしい場所でした。映画「The Blues Brothers / ブルースブラザース」にも出てきます。John Lee Hooker(右の写真。これは若い頃の写真ですが)が歌を歌っている場所です。Aretha Franklinがハンバーガーショップの女将さんをやっているシーン。元々シカゴのブルースシンガー達はここらで歌っていたことが多いそうです。と言うか、かなり貧乏な人が住む地域なので家の近所でバンドをやってただけなんでしょうけど。

ここでは服や靴、ポマード(アフリカ系の人の天然パーマを整えるので機械油みたいにきついヤツです。私は使うと禿げそうなので使った事はありませんが、パッケージも普通に50’s風でカッコいいです)とか、他ではあまり手に入らないような格好の良い物が当たり前に置いてあったりしました。ただ、治安が悪いので、店は鍵をかけていて、客を見定めて、物を盗まないようなヤツなら入れてくれる感じ。日本人と言うと、日本人にはそういうことする人が少ないので問題なく入れてくれました。

  また、Cat Fish(なまず)の揚げたのなんかを露店で売ってたりしました。インターネットなんかで昔の写真がないか見ていたら2枚ほど写真のようないかにも、と言うのがありました。そういえばタイヤのハブキャップ屋というのか、道端で売っていたようなのがいましたし、景色のイメージとしては右下の写真のような感じです。ハブキャップなんかはどこかで盗まれたのがまわってきてるよな物だろうし、道端でTシャツとかにエアブラシで絵を描いて売ってるようなのもいたし、普通はあんまり観光としては行かないところかも知れませんが、まあ、シカゴっぽい街です。今にして思えば、Neew York/ニューヨークのHarlem/ハーレムとかイメージですね。街の規模はもっと小さいですけど。ダウンタウンにはこれも今では無くなってしまっている可能性がありますが(2003年に解体)、Cabrini-Green/カブリニ・グリーンと言う危険な団地があり、その近所へは昼間でもあんまり通りたくなかったですが、Maxwellはちゃんとお店もあるので、買い物には行きます。でもカメラとか、財布の類は持って歩かなかったような気がしますね。今にして思えば無理してでも写真撮っておけばよかった。


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