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・ 1954年鹿児島県指宿郡喜入町(旧)生まれ。
・ 瀬々串小学校、中名小学校、谷山中学校、鶴丸高校の校歌が歌える。
・ 美術大学受験のため18歳で上京、2浪して武蔵野美術大学油絵科に入学。「日本のゴッホ」を目指すが挫折する。耳は切り落とせない、痛い。
・ 超ラッキーなことに、大学2年時に初めて作った歌3曲が「第1回フォーライフレコード新人オーディション」で優勝。シンガー・ソングライターとしてメジャーデビュー、音楽活動に入る。(プロダクションはユイ音楽工房)
・ ファーストアルバム「第一印象」を井上陽水さんに褒められ天に昇る。さらに南こうせつさんには「1973年のベストアルバムだ」とお世辞を言われる。業界内では大受けしてけっこう仕事した。
・ 南こうせつ、吉田拓郎、風、オフコース他の全国ツアーに参加。身長があと10Cmあれば、スターになれたかもしれない。小さいギターを持って歌えばよかった。
・ オールナイトニッポン、FM愛知、FM福岡、栃木放送などでDJ、同時に杏里、太田裕美、水谷豊、山本コータロー等、他アーチストへ詞、曲提供を開始。
・ 映画、TVドラマ劇版、CM等の音楽担当をつとめる。裏方が向いていることを自覚する。
・ 現役歌手休業。ビクター音楽カレッジにて後進の指導を開始。
・ 35歳、大腸癌を患い大腸の半分を失う。腸が短くなり、一度死んで覚悟もできて身も心も鳥のようになり、それを機に?アウトドアに目覚める。フライフィッシィングの“深み”にのめり込む。(アウトドアに目覚めた男は仕事どころじゃなくなるね!)
・ 45歳、2輪にも目覚める。147Km/リットルの燃費はすごい。スーパーカブは元祖エコ車だ。
・ ビクター音楽カレッジの運営スタッフとして18年勤める。作文を始める。
・ 2002年のある日、スーパーカブで荒野を疾走中、土中に1本の光るシャチハタネームペンを発見。そのハンコがあろうことか偶然にも「小林」だったことを「神の啓示」と勘違いし、おまけに「ペンを執れ!」という幻聴まで聞き、あっさりビクター安定生活を辞して「作文生活」に入る。
・ 毎日、風の中でストレス無く肉体労働し、公募ガイドなる本を枕によく眠る。迷い無し。
・ 小学館のアウトドア誌「ビーパル」への投稿が実を結び、同誌にてライターデビューを果たす。が、その後作文仕事などまったく無くトホホの日々が続く。それでも「それでいいのだ」
・ 史上最年長の新人作家を目指し(けど、70歳ぐらいまでには何とかしないと……)日夜ストーリーを妄想する。しかし面白そうなものについ気持ちがなびいてしまう悪い癖は治らず「鳥写真(デジスコ)」に凝ってみたりした。
・2008年2月、千葉県の九十九里浜近くに居をかまえた。海が近くなって釣り熱もさらにヒートアップ、犬の散歩で10Kgの減量を果たし、カヌーもまた漕ぎはじめた。時間が足りない。という訳で、最近の人生の目標は「長生き」である。休日に家でゴロゴロしていると早死にしそうだ。
わたしは「鮫」である。止ってしまうと呼吸ができなくなって死んでしまうのである。小男だから「小判鮫」かも知れない。