柳川その2(柳川鍋)
柳川は水郷の町である。
船頭さんが竹竿であやつるドンコ舟に乗って川下り、というか町中を縦横に走る掘割の水路めぐりが、柳川観光のゴールデンスペシャルメインコースである。
柳川といえば北原白秋の生まれ育った町としても有名だ。
白秋の生家とか詩碑とかがあちこちに建っている。あっ、生家は一軒しかないけど。
これはあまり言いたくはないが、わたしは柳川ときくと、まず真っ先にホカホカ湯気をあげる柳川鍋が思い浮かんでしまう。
裂いたどじょうと笹がきごぼうを卵でとじたあの柳川鍋のことである。
でも、どうもガイドブックによると、柳川ではどじょうではなくうなぎが最大の名物のようだ。
どじょうにも言及してはいるが、おざなりというか、あえて深く触れないようにしているフシが感じられなくもない。これはいったいどういうことだろうか。
はたして柳川ではうなぎとどじょう、どちらが幅をきかせているのだろうか。どちらが肩で風を切って歩いて、じゃなくて泳いでいるのだろうか。
是非この柳川疑惑とでもいうべきものを解明しなければなるまい、と現地柳川を訪れたのである。
ドンコ舟での水路めぐりを降りてから、まだ昼食には時間が早かったので、水路沿いに歩いてみた。
土手には柳が多かった。そんな印象がある。
柳川という地名のせいか、それとも土手の柳は風まかせ〜、好きなあの子は口まかせ〜♪という歌のせいかよくわからない。
ガイドブックに紹介されている店に入った。うなぎのセイロ蒸しとかうな重とか蒲焼とか、うなぎ関連が多かった。どじょうはセットメニューの中の柳川鍋だけである。
うなぎのセイロ蒸しと柳川鍋、それに有明海の珍魚料理のセットを注文した。
セイロ蒸しはうなぎの量が少なく、錦糸卵まみれでなんだか甘ったるい。これなら東京のうな重の方が二万八千光年ぐらいうまい。
柳川鍋はどじょうの味のまったくしない、なんか燻製のような硬くてひからびたのが二三枚入っているだけ。これなら浅草の「駒形どぜう」のどぜう鍋の方が三十五万光年ぐらいうまい。
たまたま入った一軒の店だけで、柳川全体がどうだと言うつもりはないけどね。
有明海でとれたクツゾコの煮魚がおいしかった。フランス料理で気どってムニエルでだされるあのシタビラメのことである。
イソギンチャクをどうのこうのした一品もあった。あまりうまくなかったので残していたら、店の女の人にイソギンチャクですよと言われた。
めずらしいのでまた少し食べてみた。やはりうまくなかった。
現地調査で、どじょうよりうなぎの方が圧倒的に大きな態度をしていることは判明した。
だが、柳川鍋が柳川と関連しているかという肝心の柳川疑惑に関しては、現地では十分に納得できる調査ができなかった。
東京に戻ってから再調査した。
柳川鍋の名前の由来には二説あるようだ。江戸の柳川という店であの料理が創案されたという説と、柳川の柳川焼きの土鍋を用いたからという説だそうだ。
柳川焼き説ならともかく、前者の説では柳川鍋と福岡の柳川とはまったく関係がない、ということになってしまう。
これは柳川にとっては若干というか、かなりやばいのではないだろうか。
そしてどうも、柳川では圧倒的に後者の説が有力だという意見が主流のようなのですねえ。当たり前ですけどね。
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