青木ヶ原樹海その1

 河口湖には2つの周遊バスがある。河口湖周遊バスと河口湖の南岸を通って西湖を1周する西湖・青木ヶ原周遊バスである。
 河口湖周遊バスは2日間乗り放題のフリー乗車券が1000円。西湖・青木ヶ原周遊バスは同じく2日間乗り放題で1300円。こちらは河口湖周遊バスにも乗車できておすすめである。わたしがすすめてもしょうがないんですけど…。
 きのうの山中湖周遊バス「ふじっ湖号」は1日に数本しかなくて利用しにくかったが、河口湖周遊バスは30分に1本、西湖・青木ヶ原周遊バスは1時間に1本。使い勝手がいい。利用価値大である。
 河口湖周遊バスは観光スポットの集まった河口湖を東岸をめぐるだけで、河口湖を1周するわけではない。河口湖自然生活館まで行って引き返してくる。往復1時間ちょっと。
 一方の西湖・青木ヶ原周遊は西湖をきちんと1周してくれる。周遊時間は1時間35分。
 西湖はただぐるりと1周してくればいいかなと思っていたが、西湖の南岸は青木ヶ原樹海で、そこに点在するコウモリ穴とか竜宮洞穴とか富岳風穴とか、なんとも魅力的な名前の洞窟前にも停車するそうだ。
 おまけにこの西湖・青木ヶ原周遊バスに合わせて、コウモリ穴バス停前から青木ヶ原樹海ガイドツアーがあるとのこと。1時間500円で安い!まあ、値段はともかく、ぜひ参加してみたいじゃありませんか。
 青木ヶ原樹海というと、自殺志願者がさまよい込んだとか、身元不明の人骨が発見されたとか、おどろおどろしい、まがまがしい印象がつよい。
 青木ヶ原樹海が自殺の名所になったのは、松本清張の「波の塔」でとりあげられたためともいわれている。すこぶる魅力的なヒロインが運命に翻弄され最後に青木ヶ原樹海でひとり自殺するというストーリーである。
 文春文庫の解説には、
「24日午後1時ごろ、西湖の風穴北方四百メートルの青木ヶ原樹海内に若い女の白骨死体があった。
 富士吉田署で調べたところ、自殺の名所、青木ヶ原樹海を舞台にした小説「波の塔」の本をまくらに横たわっており、二十三、四歳ぐらい。自殺と見られる」
 と昭和49年4月の毎日新聞の記事が紹介されている。
 でも、なんというか、ヒロインが自殺する小説の解説にこんなことを書いていいのだろうか。自殺幇助とかにならないのだろうか、と思ったものである。
 青木ヶ原樹海のあまり深くまでは辞退させていただくが、とば口くらいなら訪れてみたいなあ、と以前から思っていた。でも、入口にしろなんにしろ、1人でいくのは勘弁させてもらいたいなあ、とも思っていたのである。
 コウモリ穴バス停前の案内所でツアー参加者はグループごとに代表者の氏名・住所・電話番号を記入する。
 今回の青木ヶ原樹海ネイチャーツアーご一行様は、名古屋からの中年の4人のおばさんたち、東京からきた60歳ぐらいの夫婦、大阪からの参加の30代半ばぐらいの夫婦、それに埼玉からきたわたしの都合9人である。
 クルマできた大阪の夫婦以外は、西湖・青木ヶ原周遊バスからさっき降りた客である。
 なんで各人がどこからきたのかわかったのかというと、ガイドのおねえさん(30歳半ばぐらい)が紹介したからなのですね。おまけに、
「これから短い間とはいえ行動をともにします。簡単な自己紹介をお願いします」
 と、とんでもない発言。なんでやねん。
 幸い趣味とか将来の希望とかではなく、単に名前とどこからきたかをいうだけで助かったが、はやくも、これはかなわんなあ。お達者クラブ風のとんでもないツアーに参加してしまったのかなあ、と後悔したのだった。
 こういうツアーって、歩く順番ってほぼ決まってくるのですね。ところどころで皆が集まってガイドのおねえさんの説明をきいた後、いざ出発となるとまた同じ順序で歩いているんですね。
 これって、不思議なぐらい、律儀にきちんと守られている。ガイドのおねえさんが先頭、次は4人のおばさん、次は老夫婦だが2人の間がかなりはなれているのでその間にわたし、最後尾が大阪からきた夫婦。
「これ、なんだかわかりますか」
 コケの上に乾燥した小さなカリントウみたいなものがあった。
「なにかのフンかしら」
 おばさん4人組のひとりが言った。
「そうです。テンのフンです」
「ふーん」これはわたし。
 このあたりはテンの通り道になっているそうだ。テンは夜行性なのでめったに目にできないが、冬になると積もった雪の上にテンテンとテンの足跡が続いているそうだ。
「これはなんでしょう」
 ガイドさんは松ぼっくりを手にしている。
「松ぼっくりかしら」
 おばさん4人組のひとりが言った。先程なにかのフンかしらと答えたおばさんである。回答する人も決まってくるんですね。
「この松ぼっくりはリスの食事の後なのです。ここをよく見てください」
 松ぼっくりのカサに守られて栄養たっぷりの実があって、それをリスが食べているそうだ。
 なるほど見事に松ぼっくりのカサの1つ1つの下が空洞になっている。あのかわいい出っ歯で1つ1つカリカリかじったらしい。それを想像するとなんとも微笑ましいじゃありませんか。
 リスは夜行性ではないので、けっこう目にする機会もあるそうだ。どこかでカサッと音がしたらよく見てくださいとのことである。
 半分壊れた松ぼっくりがあった。クシュッと踏みつぶすと、前を歩いていたおばさん4人組全員が振り向いた。

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