ウソつきは著者の始まり

 世の中、ニセ物が大手をふるって歩くと、ホンモノが肩身を狭くして歩かなければならないことがある。
 電車の中吊りにある、英会話学校なんかの宣伝文句を見てると、英語はネイティブ以外は教えられないみたいなことが書いてある。
 いわく、「あなたも日本語を勉強して覚えたわけではないでしょう」、「英語は感覚的に身につけるもの」うんぬん。
 オレは、あまのじゃくだから、こういう宣伝文句を見ると、「いや、オレは勉強して日本語を身につけたね」とか、「女を口説くときに使うような英語なら、感覚的で十分だろう」と言いたくなる。
 もっとひどいのは、「英語は絶対勉強するな」っていう本。韓国でベストセラーになった本の日本語版が、ヒットしている。世の中、英語はしゃべれるようになりたいけど、勉強はいやだっていうものぐさな人がゴマンといる証拠だろう。
 笑っちゃうのは、その本にCDがついてて、「これを使って練習してください」だって。何だ、やっぱ勉強させるんじゃん。
 五木寛之の「人生の目的」って本もひどかったな。こういうタイトルなら、人生の目的について、著者なりの結論があると思うじゃない。でも、買って最後まで読むと、「結局、人生の目的はわからない」って書いてある。思わず、金返せーと叫びたくなった。それなら、タイトルを「人生の目的は、わからない」にしろって。だましだよ、これじゃあ。ソッコーでブックオフに走ったね。50円にしかならなかったけど(笑)。
 本のタイトルについては、どんなウソをついてもかまわないという、暗黙の了解があるらしい。「背の伸びる本」とか、「女にもてる本」とか出して、効果がないというクレームが来ても、巻末に小さく、「この本に述べた方法の効果については個人差があります」って書いてあれば、文句のつけようがない。
 こうなると、読者はタイトルにだまされるのを楽しんで買っているとしか思えなくなる。オレもそのひとりかもね。防衛方法としては、「速読術」かなんかをマスターして、立ち読みで内容をつかんでしまうしかない。でも、家に「速読術」の本は何冊あったかな〜。

商品名と中身の違うものは多い。本もそのひとつだ。