愛のためらい傷

 「ためらい傷」って言葉、知ってる?自殺しようと思って、リストカットなんかするときに、ひと思いでグサッと切るわけにはいかず、何回か軽く切って失敗する傷のこと。
 その傷があるかどうかで、本当の自殺なのか、あとからつけた傷なのか、警察や法医学者は判断するんだって。
 そりゃそうだろうな。自分で自分を傷つけるなんて、簡単にはできないもん。昔の武士の切腹だって、一気に腹を切ることができず、もがき苦しむことが多かったそうだ。だから、介錯人という人がそばについていて、切腹した人の首を切り落とし、それよって絶命したという。切腹というのは、実際の多くは嘱託殺人だったんだ。
 自殺なんていう究極の行動だけでなく、人間が何か大きな行動に踏み切るときは、脇目もふらずにルンルンと進めることはできない。行ったり来たり、ちゅうちょするのがふつうだ。
 人生の分かれ目になる、就職や結婚もその例だろう。本命の会社から内定をもらっても、意中の人と婚約しても、実際に就職するときや結婚式を挙げる直前には、心が揺らぐときがあるもんだ。この会社で本当にいいのか、この人で絶対大丈夫なのかってね。
 いろんな異性と交際していた人でも、いざ結婚となると心が揺らぐ。結婚式が近づくと、本命ではなくて「保険」だった相手とも、もう一度会って自分の意志を確認したくなる。これも「ためらい傷」の一種だ。
 オレも何度か、かつて交際していた女性から突然電話がかかり、会いたいと言われたことがある。でも、それはもう一度つきあいたいという意味じゃないんだ。心はもう決まってるんだよ。そんなときカン違いして本気になったら、煮え湯を飲まされることになる。静かに話を聞いてあげるだけでいいんだ。結婚に踏み切るための儀式のひとつなんだからさ。
 結婚相手は、たったひとり。だから結婚を前に迷うのは当たり前。その迷いすら許さない男は絶対もてないだろうな。迷うのはお互い様なんだから、本命の人なら、「迷うだけ迷って、納得しなよ」って心の中で言ってやりたいね。

誰だって大きな決断をするときには、迷うもの。