素敵な中年女性もいる

 前回、中年女性3人から誘われて、さんざんな目にあったことを書いた。その文を読んだ人から、「それは中年女性に対する偏見だ」、「たまたまそんな女性しかお前に寄ってこないだけだ」とかさんざん言われた。中年女性の全部が身勝手でずうずうしいということはない、との指摘だ。
 もちろん、中年女性が全部そうだなんて思わない。自己中の中年女性を「おばさん」と定義して、そういう人とはつきあいたくないと書いただけだ。
 中年女性でも、すてきな人はいっぱいいる。かれこれ十年以上のつきあいになるMさんはそのひとりだ。Mさんは着物がよく似合う。パーティーの中でも、着物姿の彼女が立っていると、そこだけ花が咲いたように明るくなる。
 彼女は息子がもう社会人だというから、50歳を超えている。でも、とてもその歳には見えない。どう見ても30代後半か40歳そこそこだ。
 Mさんと会うのは、年に1回か2回しかない。食事をしたあと、芝居を見に行ったり、ダンスに行ったりする。もともと婦人雑誌の編集者なので、話題が豊富だ。こちらの話したことの核心をとらえ、つぎつぎ話を引き出してくれる。あっという間に時間が過ぎる。
 いっしょに歩くときも、腕を組んだり手をつなぐわけではないが、ぴったり横について歩いてくれる。大人の女性を感じさせる。
 概して既婚の女性はそうだが、未婚の女性であっても、男性と歩くとき、間隔を空けて歩く人がいる。「恋人ではないんだよ」という、相手や第三者に対するメッセージのつもりだろう。だが、これはたいへん失礼なことなのだ。
 異性同士であっても、特別に緊張する関係でなければ、同性の場合と同じ距離を保って歩くのがふつうである。中途半端な距離をとることは、他人の目にはかえって奇異に映る。つまり、エスコートする男性に、ばつの悪い思いをさせることになる。そのことに気づいていない女性が多い。
 その程度の気配りができないなら、あるいは生理的に接触もしたくない人なら、最初からいっしょに歩かなければよい。第一、会わなければすむことだ。声もよく聞こえないほどのスタンスをとりたいくらいなら、目的地まで別々に行けばよい。会うことによって何らかの利益を得ておきながら、距離を置いて歩くなんて、身勝手で寒々とした心を感じさせる。
 結局は、相手を思いやる気配りとマナーの問題だ。あるいは育ちの問題である。ちなみにMさんは、経営者の娘であり、たいへん恵まれた環境で育ち、ご主人との仲もうまくいっている。美人の度合いとは、容姿と性格のかけ算なのだ。

もちろん、おばさんなんかじゃない中年女性もいるさ。