真夏の夜の夢

 どうでもいいけど、チャールズ皇太子とカミラ夫人が不仲なんだって。ほーら、見たことか。オレがしょっちゅう言ってたとおりじゃん。不倫カップルなんて、障害がなくなって、ずっと一緒に住めるようになったとたん、どちらもスーッと覚めちゃうものだもん。
 言っちゃ悪いけど、カミラとダイアナをくらべたら、チョウチンに釣り鐘、月とスッポンどころか、ミスユニバースと化け物くらいに違う。なんで、よりによってダイアナを捨てて、あんなババアを追いかけるのか、物好きな人がいるものだと世界中の人がクビをひねっていた。
 ダイアナを捨てるなら、オレに高額下取りさせてくれと願った男はたくさんいたにきまってる。だからこそ、あんな悲劇が起きたわけだ。
 落語の「目黒のサンマ」じゃないけど、ふだん高級な魚ばかり食べてる殿様にとっては、庶民の食べる下級な魚が、かえって最高のものに見えてくるのだろう。
 400年も前に、あの国のシェークスピアが「真夏の夜の夢」という戯曲を書いている。愛し合った恋人同士でも、どちらかが「ほれ薬」をかがされただけで、別の人を好きになってしまう。目覚めたときに出会う最初の人なら誰でもいいのだから、学校なら先生、職場なら同僚みたいなもの。異性ならすべてOK。発情さえすれば、手近な人にとりあえず手を出すのはよくあること。けっして人ごとじゃないよ。
 恋愛感情なんて、しょせんその程度のもの。その程度のものなのに、それにいろいろな障害が絡むから、「大恋愛」だと思ってしまう。それを引き裂こうとする人がいたり、一緒になれない事情があるからこそ、煮えたぎった感情をいだきながら、何十年でも恋愛関係を続けることができる。
 結婚はまったく逆。一種の安定した状態だから、それを壊そうとすることにスリルを感じる。数年前までは、その安定した状態を求めたことなど、ころっと忘れてしまう。恋愛感情とか本能とかは、実に勝手なものだ。
 恋愛を成就させて結婚したなら、すぐに覚める性エネルギーを使うことだけでなく、ふたりで一生追い求めていけるテーマを発見しなくては、結婚なんて続かないよ。そのテーマがたくさんあればあるほど、ふたりの結束は強くなるのだから、結婚したらすぐ、頭を切り換えなくてはいけない。
 性エネルギー自体は、善でも悪でもない。それをどう使うかが問題なんだ。核エネルギーと同じ。人類の幸福のためにも、不幸のためにも使うことができる。やたら恐れるだけでは意味がない。
 人間社会の森羅万象は、シェークスピアの中にすべて描かれているという。キミも悩み事があったら、占い師に見てもらいに行く前に、シェークスピアを読んでみたらどう?



人間のやることは、何万年も前から変わらない。