ことばという魔法の杖

 さりげないひと言が、聞いた人に計り知れない影響を与えることがある。オレなんかは何でもずけずけあからさまにしゃべるほうだから、オレのことばでどれだけ人を傷つけてきたかわからない。もちろん、勇気づけたり、相手の人生をプラスの方向へ変えたこともたくさんあるだろうけど。
 オレの人生を大きく変えたことばのひとつは、学生時代に友人が投げかけた、「竹下は教師にしかなれない」という発言。教育学部に在籍し、学習塾を経営していたから、なり行きから行けば、そのとおりの人生だったろう。
 しかし、この友人のことばには、「お前の人生はその程度だ」という、あざけりの意味があったから、オレは発憤した。クソー、それなら教師以外の職業に就いてやると思った。
 結局、縁あってオレは出版社に入社し、雑誌の編集を担当することになった。当時、初月給が2万7千円のころ、学習塾で月に15万円を稼いでいた。それを投げ出して、サラリーマンに身を転じた。もし、そのまま塾を経営していたり、教職に就いていたら、オレの人生はまったく違うものになっていただろう。
 10年近くその会社に勤めて、いろいろな限界を感じはじめた。自分で会社を興そうかと迷っていたので、女房に相談した。すると、返ってきたことばは、「あなたならできるわよ」というひと言。これでオレの決心はついた。やる以外にない。もし、「今の生活で十分だから、危険なことはやめてちょうだい」とでも言われようものなら、そのままずるずると定年まで勤めたに違いない。
 でも、もっとオレの人生に決定的な影響を与えたひと言がある。それはオレ自身が発したということば。
 オレが小学2,3年のころ、親父のアル中がひどく、毎晩暴れ回る日々。収入はとざされ、食べるものにも事欠く毎日。お袋は思いあまって、一人息子のオレと心中しようと思い詰め、線路のそばを歩いた。その時オレの発したことばが、「おかあちゃま、ボク死ぬのイヤだよ」というひと言。このひと言でお袋はハッとわれに返り、家路についた。これはお袋から聞かされたことで、オレには記憶がない。
 このひと言がなかったら、オレの人生がどうのこうのどころか、今こうしてその事実を語ることすらできなかったかもしれない。
 今、こうして生きているのは、数々のことばと人の縁によって生かされ、救われ、支えられているから。もし、途中であきらめ、投げだし、自暴自棄になっていたら、その想いを語ることすらできない。
 オレはこれから、自分の体験によって得られたさまざまな教訓を次の世代に伝えていきたい思う。だから、ことばという魔法の杖を大切に使いたい。

たったひと言が誰かの運命や人生をまったく変えてしまうことがある。