立て、われら身長障害者

 「金もいらなきゃ、女もいらぬ、あたしゃも少し背がほしい」っていう都々逸(どどいつ)があるけど、実感だね。
 よりによって結婚披露宴の場で、「竹下の唯一の欠点は、背が低いことです」ってずけずけとスピーチしたヤツがいる。あれは、「それ以外は全部いいところばかりです」っていうつもりだったんだろうな。でも、いまだにあのひと言にはハラがたってしょうがない。言わなくたって、見ればわかることだろうが。劣等感を逆なでされたよ。
 親戚筋のおじさんからは、「光彦君は、もう少し背が高かったら、人生が変わっていたね」とクールに言われた。これもこたえたな。そのとおりと思ってるんだから。シークレットブーツを愛用してる金正日の気持ちがよく理解できる。
 でも、このミッチャンの背が高かったら、大変だよ。160センチしかなくてもこれだけもてるんだから、あと15センチもあったら、つきあってほしいという女性の行列ができちゃう。今月の枠は、先着5名様限り、な〜んてね。
 でも、背が高いことは、なぜ好ましいとされるのだろう?それは、女性の遺伝子の中に、狩猟時代の記憶がインプットされているからだ。
 外敵や猛獣と戦ったり、狩をやって獲物をとってくるのには、背が高いほうが絶対有利。つまり、背が高いことは稼ぎのよい男の象徴であるわけ。
 一方、農耕民族は、背が低いほうが有利になる。田畑を耕すには重心が低く、がっしりしている体格が向いている。だから、農耕民族の中では、背が高いことが性的な魅力にはならない。
 狩猟時代は終わり、農耕時代となって、今や知的生産の時代だ。それなのに、女性のDNAの中には、長かった狩猟時代の、「背が高い=稼ぎがいい」という記憶が残っているから、背が高い男を追いかけることになる。でも、それはあくまでも古い記憶のいたずらなんだ。つまりは幻想。
 そんな過去の幻想に惑わされず、ミッチャンのように背の低い男を正当に評価できる女性は、先見性があることになる。事実、オレを好きになってくれる女性は、結構背も高いし、頭のいい美人ばかりだよ。
 現代では、背が高いことは、とりあえず見た目がいいから、対人交渉などで有利だけど、金が稼げるとは限らない。知恵の時代には、むしろ小柄なほうが有利なくらいだ。「大男、総身に知恵は回りかね」というではないか。孫正義を見よ!これからはアタマで勝負する背の低い者の復権の時代だ。「日本短身党」を結成して、一大圧力団体になろう。もちろん、孫ちゃんには初代党首になってもらう。
 惑星空間を宇宙船で移動するような時代が来れば、背の低い者が圧倒的に有利。「火星支店長として栄転できる者は、身長160センチ以下に限る」なんていう告示が張り出されたりしてね。そうなったら、「彼は背が180センチもあるのが欠点なの…」みたいになげく女性が出てくるだろうな。見てろー、その時まで生き延びてやるからな!


虐げられた短身者が総決起する日は近い。