勝ち犬の咆哮(ほうこう)

 『負け犬の遠吠え』(酒井順子、講談社)という本が売れている。30代、独身、子どもなしという女性は、今の生活をどんなにエンジョイしていても、しょせんは「負け犬」だという論を展開している。
 配偶者を勝ち取るという戦争に負けた者が、そんな戦争には意味がないとか、最初から兵役を拒否したなら、しょせん負け組というわけだ。彼女自身が負け犬であることを認めているのだから、説得力がある。
 こういう女性たちが負け犬だとすれば、男性にも負け犬がいるはずだ。なんで負け犬同士が助け合わないんだろう。素朴な疑問だ。お互い尾羽打ち枯らし、しっぽ巻いて家にひきこもっているからじゃないかな。
 オレは2回も結婚しているから、結婚生活と独身生活のいい点と悪い点を知り尽くしている。結論から言えば、やはり結婚生活のほうが独身生活より「数段」すばらしい。子どもがいる生活はもっとすばらしい。また、子育てほど楽しいものはないと断言できる。ウソだと思ったら、やってごらん。まさに「勝ち犬の咆哮(ほうこう)」を実感できる。
 ひるがえって、大の大人が独身でいることは、やっぱり不自然だ。極論すれば、独身でいることは、ある面において死んでいる状態に等しい。人間としての成長がいびつになる。精神的なかたわもん(差別語かな)になる。
 社民党の土井たか子元党首が、北朝鮮に拉致された人の家族からの抗議をシカトしたことは記憶に新しい。同じエレベーターに乗り合わせた家族が話しかけても、終始無視していたという。どんなに平和憲法の重要性を説いても、家族を奪われた人の心情を理解できないようでは説得力に欠ける。そういう感性を喪失してしまうのは、彼女があの歳まで独身できたことと無縁ではないはずだ。
 よく「世界人類が平和でありますように」なんていう張り紙がしてあるけど、あれを見るたびに、「その前にオレの一家が平和でありますように」って思う。
 独身でいるということは、人間的な成長に取り残されるだけでなく、そのことを指摘してくれる人すらいなくなることを意味する。アルツハイマーは40代から発症しやすくなるが、この病気の恐ろしい点は、病気になったこと自体、本人にはわからなくなることだ。キミ、キミ、独身のキミ。キミは絶対アルツにかからないって、保証があるかい?早い人は30代からでも発症するんだよ。
 人間の成長に必要な「ビタミンI(愛)」は、自分自身だけでは作り出すことができない。他人との相互作用で生まれるものだ。しかもそれは毎日必要だから、愛する人と一緒に暮らす必要があるわけ。
 男女がひとつ屋根の下で暮らすのは、確かに煩わしい面もある。相手の見たくもない性格やくせも見えてくる。でも、それを知った上でなお相手を慈しみあえるのが本物の愛情だろう。
 だから、結婚とは、運命を絡め合えるのが最高の形なんだ。でも無理かもね。収入を絡めるのすらいやだというガリガリ亡者ばっかりだもんな。やっぱあんたは当分負け犬だよ。

負け犬がしっぽを巻いて引きこもってるから、勝ち犬が吠える。