星になった岡田有希子

 1986年4月8日、その日はおだやかな春の午後だった。昼休み、オレは新宿の事務所前の文房具屋に買い物に行こうと思って、外に出た。出てみると、あたりの様子がおかしい。新宿通りをはさんだ向かい側にある、サンミュージックの入っているビルの前に、毛布が置いてある。その下からは大量の血が流れ出ている。
 見ると、人がうつ伏せに倒れていて、黒い髪の毛が血に染まっている。陶器のように白く細い足があらぬ方向に向いている。一目で誰かがビルの上から飛び降りて、即死状態であることがわかる。テレビのニュースで、それが歌手岡田有希子であったことを知った。
 ひとりのアイドル歌手が、18歳という、あまりにも若い歳でこの世を去ってしまった。その自殺の動機は恋愛のもつれだという。しかもその相手は、当時のオレとほとんど変わらない年齢のオヤジだったともいう。なぜ、その破局が自殺に結びつくのか、その真相は今でもわからない。
 ただ、その時、オレの周囲に起こった出来事から、直感的に推測できることがあった。彼女は几帳面で、学校の成績もよかったという。中学校の時の成績は、ほとんどオール5だったそうだ。彼女のように頭のいい子は、意外と人間関係のストレスには弱い。成績のいい子というのは素直なことが多く、何でもストレートに信じてしまう。だから、それが裏切られたとなると、まったくどうしていいかわからなくなる。
 頭の悪いやつは、どんなことが起きても、のらりくらりと生きていける。頭のいい子にはそれができない。善か悪か、生か死かのふたつにひとつしか選べない。結局、極端から極端に走ってしまう。だから、恋愛のようにルールのないゲームで相手が豹変すると、プライドはずたずたになってしまい、生きる目当てさえ失ってしまう。
 芸能界は、欲望だらけの猛獣が徘徊するジャングルだ。このジャングルをくぐり抜けて生きていくには、猛獣を手玉に取るくらいのずるがしこさとずぶとさがなくてはならない。同じ恋愛のもつれなら、相手のほうを自殺に追い込むくらいでなくちゃ、生き残れない。田舎から来たナイーブな子は、そうなれなかったのだろう。
 ブリッコの自称アイドルは、いくらでもいる。でも、正真正銘のアイドルはまれだ。見かけが可愛いだけではダメ。歌や踊りが上手なのは当然のこと。頭がよく、性格も素直でなくてはならない。岡田有希子が最後のアイドルと呼ばれるのは、彼女はそのすべてを備えていたからだろう。
 今、ネットで「岡田有希子」を検索すると、2万数千件の項目がヒットしてくる。この件数は、現在生きていて活躍している歌手や女優よりも多いくらいだ。夏目雅子もそうだったけど、病気であれ自殺であれ、若くしてこの世を去ってしまったアイドルや女優は、永遠にファンの心に生きている。汚れきったこの世に長らえて老醜をさらすよりは、流れ星のようにキラリとこの世に姿を見せることが彼女たちの運命だったのだろう。都会の空にかすかに見える星を見ていると、彼女たちは本当の星になったのだと信じたくなる。

強さが美しいこともあるけど、はかなさが美しいこともある。