がんばるな、ハルウララ

 高知競馬場まで車で行ってきた。東京から徹夜で走って10時間。通行料だけで往復4万円かかった。日本の高速料金は、どうしてこうバカ高いんだろう。アメリカなら、西海岸から東海岸まで走ってもタダだよ。
 話題の牝馬ハルウララが105連敗するのを目の前で見た。よくこの馬が競走馬になったと思うくらい、小柄の馬。他の馬より100キロ近く軽い。競走の前にウォーミングアップで一周するんだけど、もうこのときすでにエネルギーを使い切ったという感じ。
 でも、彼女の立場に立てば、「あきらめるな」とか「がんばれ」って言うのは人間の勝手であって、本人はこれ以上がんばる気なんてないわけ。それを美談に仕立てても、厩舎の人がよくも我慢したというだけのこと。
 高知競馬場は、累積赤字が80億円に達していて、今期も赤字なら廃止することが決まっていた。それがほとんど確定的だったから、自分たちも廃業に追い込まれる厩舎の人は、馬と運命を共にしようとしたんだ。
 皮肉なもんで、クソー、そんならこのまま走らせてやると、F級(最下位のクラス)のロートルを処分しないでいたら、その馬がヒロインになっちゃった。身も蓋もない言い方だけど、それが真実だろう。
 だから、ハルウララには、これからも負け続けてほしいね。間違って勝っちゃったら、やらせだと思われちゃうし、今さら勝ったって意味はない。
 それはともかく、この馬が共感を呼ぶのは、今の日本、この馬のような立場の人がたくさんいるということ。走っても、走っても、結果が出せない。それでも走る。よく恥ずかしくないね、と言われても走る。内心、それでいいじゃないかと開き直ってる。そういう人がたくさんいるわけ。
 オレは、昔、禅宗の寺の掲示板に、「人間の仕事は、ただひたすら生きること。それに以上に何があろうか」と書いてあるのを見て、共感を覚えたことがある。「美しく生きよう」とか、「強く生きよう」なんて気張らずに、ただひたすら生きる。それでいいと言われれば、気が楽になる。
 人をおとしめたり、裏切ってカネを残したり、地位を得たからといって、あの世まで持っていけるわけではないだろう。
 アンタも肩の力を抜いて、テキトーにやったほうが楽だよ。人間、生きててなんぼ。長生きするのも芸のうち。そうすりゃ、まわりの競争相手がいなくなって自動的に先生と呼ばれるようになる。「先生」は「先ず生きること」って書くでしょうが。 

「ハルウララ応援ソング」

いまさらがんばれといわれても、彼女には迷惑だろう。

ミッチャンのエセエッセー                         by 竹下光彦

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