バカと利口の違い

 バカと利口は、どこが違うと思う?オレの定義は簡単。頭がいい、悪いの違いじゃないよ。もちろん、学校の成績なんて、まったく関係ない。「バカ」とは、何でも実際にやってみなければわからない人。「利口」とは、やってみなくてもわかる人。別の言葉で言えば、洞察力のある人ということになる。
 だから、ふつうは、最初はバカでも、何回かやってみて、ひどい目に遭えば懲りてやらなくなる。つまりバカが学習して利口になるはず。
 でも世の中には、正真正銘、折り紙付きのバカがいて、何回ひどい目にあっても懲りない人がいる。他人の言うことも信じないで、同じことを繰り返す。確信犯的慢性バカだね。
 ひどい目に遭いながら、バカが利口になれない最大の理由は、体面を保とうとするから。理屈はいくらでもつく。自分は悪くない。相手が悪かった。ついてなかっただけ。エトセトラ、エトセトラ。
 そうすれば、とりあえず自分はかっこがつけられる。精神的破綻からも救われる。自分はこんなひどい目にあった。でも私は悪くない。自分は被害者。護られるべきは自分。さあ、果たしてこれで、この人は利口になれたのでしょうか?実は、もっとひどいバカになっただけ。逃げただけ。問題を先送りしただけ。
 正直、自分がバカだったことを認めるのはつらい。恥ずかしい。苦しい。だけど、それによって何かを学び、利口になれれば、それは最大の武器になる。
 経営は、やってみればわかるけど、連戦連勝なんてありえない。成功してるように見える人でも、陰では失敗の連続だ。いや、ほとんど全部失敗という人すらいる。あのベネッセだって、福武書店といってたころに、一度倒産してることを知っている人は少ない。でも、あのとおりビッグになった。
 常にチャレンジしてる人にとっては、失敗は利口になれる最大のチャンスにすぎない。成長し、賢くなり続けているプロセスのひとつであるだけのこと。ただしそれは、失敗を素直に認めて、二度と繰り返さないことを誓えるかどうかによる。
 経営者の資質とは、その人がどれだけひどい目にあったかによって決まる、と言った人がいる。同感だ。逆に言えば、ひどい目にあったことのない経営者なんて、まだヒヨッコだ。そのうちまとめてドカーンとひどい目に遭うだけのこと。地震と同じで、すこしずつ被害を受けておいたほうが、壊滅的な打撃を受けないですむ。
 さあ、どうだ。キミは利口だとか、利口になりつつある、といえる自信があるか。仮にそうでないなら、じっとしていてバカのままでいいのか。それともさらなるチャレンジと失敗を重ねながら、賢くなり続けることを選ぶのか。その選択だけは、誰にも押しつけることはできないんだよ

オレはやっぱり利口になりたい。だから挑戦し続けるんだ。

ミッチャンのエセエッセー                      by 竹下光彦

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