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三鷹駅から玉川上水の右側、「風の道」を井の頭公園方面に歩くと、紫橋の手前にポケットスペースがある。ここに太宰治の記念碑があり「乞食学生」の一節と玉川縁に佇む太宰治の写真が刻まれている。太宰治が入水自殺した場所は謎だが、ポケットスペースから少し紫橋へ行った、この辺りだと言われる場所の路傍に、太宰治の生まれ故郷、青森県金木町の太宰を偲ぶ「玉鹿石」が置かれている。何も書かれていないので知らなければ路傍に置かれた石として見過ごされる。 | ||||||
昭和21年11月に疎開先の青森県金木から三鷹に戻り、三鷹での最初の仕事部屋として旧中鉢家の2階を借りた。商社に勤める女性が借りた部屋を女性が出勤している間、午後3時頃までという約束で借りたものだった。ここで「メリークリスマス」「ヴィヨンの妻」を執筆した。昭和22年4月から2番目の仕事場・旧田辺精肉店離れ(現第一勧業銀行)へ移り、「斜陽」の3章以降を執筆した。編集者にも内密にした仕事場で夜遅くまで明かりがついていたという。昭和22年5月には3番目の仕事場である旧西山家へ移り「斜陽」を完成させる。 | |||||||