群馬音楽センター 1961(73)



            設計:アントニン・レーモンド 1888-1976(88)

             photo by mirutake  2008.12


*折板構造=構造と造形の空間の両価性    
*折板コンクリートそのまま屋根 折板外壁そのまま雨水流し
*プロセニアムが無い 客席通路と舞台が繋がって 舞台と客席の連続性一体性
*階段・エントランス・ホワイエ廻りのキュビズム絵画(?)スタイルの演出
*1932人という規模(上野文化会館2000人ホール)


高崎城跡に建てられたとのこと。お堀が一部残っていました。



入り口真ん中のゾーンが風除室で、その両サイドは部屋になっている。当初から在ったのもでした。


入って直ぐ正面の壁面。ガラス部はまず事務室、右隣にレーモンド ギャラリーだが、当初は食堂と図面にある。
その右側カウンターとへこみはクローク、その右は便所。


コンクリートの重たい階段だが、踊り場下に柱なしでスッキリ納めている。






予算が少ない中、華やかな演出としてキュビスム?のような絵画空間によって演出したホワイエ。


光のアーチと、コンクリート打放し面のアーチ。



コンクリート打ち放しの表情、優しい板目。



客席通路から連続して舞台に繋がってゆく。歌舞伎用なのかも知れないが、連続感が素晴らしい。

それは建築の部分要素を全体に反映してゆく作り方で、その総合性が大変に単純で分かり易く、造形としても力強くダイナミック、うまくいっていると思う。それは折板部分を単純要素として、構造であり、室内空間の面を構成する壁でもあり、複雑さも造っている。

折板構造を見せながら、矩形の室内のような単純平行面を作らず台形とし、音楽的には有害なエコーを発生させず、無共鳴面を造っている。そのため残響は少なくなってしまったのだろうか。室内空間に光のアーチを繰り返し見せることが、構造とも整合しているという、単純でかつ複雑なアーチでもあるという風になっている。この光のアーチの連続は、音楽ホールとしての高揚感を作り出していると思う。
この柱梁型のない、折板の柱・梁という構造ゆえに、コンクリート量が少なく計画できたと言うことです。ゆえに人件費よりも物の値が張ると当時としては、安価にできたと。









また外観では、折板の屋根と壁ゆえに、屋根面に降った雨はそのまま壁面の折板の内側を伝って大地(砂利浸透装置?)に吸収される。この自然に対する建築の素直な回答(形)、わかりやすく明快に見せる素朴なやり方、と言うべきか。雨樋を付けるのではなく、建築の形が、断面形としてものこぎり型、台形であり、そのまま雨樋でもあるという、こういうのが建築の造り方としては単純で、楽しくてしょうがないのです。外壁の樋にあたる部分が補修で塗装(防水?)されているようだ。この10cmくらいの巾を雨水が滑り降りるのだろうか。雨の降っているときに是非見たいものだが。外壁に雨水を垂らしたら汚れてしょうがないじゃないかと思うが、それほど汚れていないのも不思議な感じがする。屋根が小さい面積に分割されている為に、壁を伝う雨も少ないと言うことなのでしょうか。



高崎市役所22階から見下ろした眺め。屋根面の白い防水が美しい。




壁が上がったところで少し内側に傾けて、雨水がそのまま外壁を伝わらない収まりにしている。
入り口上部の板はそのままでは構造的に固まらないので、直角方向に梁を入れている。




折板のフォルムが全体を構成しているのが良く解る。(新建築)

同じく力強いフォルムを見せるアングル。(新建築)
屋根面をよく見ると、出っぱりがあるのが解るが、何だろう。又当時は屋根面は白い塗装(防水)はなく、コンクリートのように見える。

当時の建築雑誌を見ました。(新建築1961/10)
東側の外観写真は圧巻ですね。現在の現場では樹木が茂って建物が隠されていまして全体を一望にすることができないのですが、当時は全体が見渡せたのですね。ブルータリズムというのでしょうか、単純な要素の繰り返しで、力強い物です。コンクリート打放しは前川さんの弘前庁舎より綺麗、それでも杉小幅板ですから、しっかり板目は残っていますし、板も結構長物でいい。これだけの建築ですから、当時のように廻りをきれいに整備して、建物を良く見えるようにしてほしいと思いました。そうすれば、建物の存在感がその量感が、確実に伝わるはずです。実物の見所として折板の全体が見渡せるとき、感激の大きさは随分違うんじゃないかと思いました。


またこの頃の建築雑誌を見てみますと、折板で計画している建物が幾つもあります。その中で丹下健三の物と、増沢洵の物をあげてみました。丹下のは全体を矩形の中に納めてデザインしようとしており、プランを見ると折板であることはハッキリしているのですが、立面ではよく分からないようになっています。レーモンドの目黒教会(1958)も同じような思考で、折板が目立たないように作っています。増沢洵の小ホールは形こそ折板を明確に見せていますが、折板のプロポーションや、奥行きが群馬音楽センターとは全く違っており、鈍重に見えますね。このような試行錯誤の内に見いだされたレーモンドの折板建築の傑作と言うことですね。

レーモンドのこれまでの作品を見ていると、ここまで明確に折板の組み合わせ「だけ」=屋根が鋭角の三角形の繰り返しなのですが、このまま屋根にできると発想できる者はいなかったのでした。同じように壁が鋭角に突き出した三角形を明快に抽出し得たのが不思議でさえあります。快挙ですね。

しかし当時の評価は厳しいものでした。
折板をうまくやればこんな弾薬庫のようには見えないとか、足元が相変わらず寂しいとか。内装もそうですが、今では建築家の作品なら当たり前になっている幅木無しの納まりとか、外観もコンクリート打放しの壁がそのまま大地と接するというのは、当時では耐えられない貧相に見えていたことが伝わってきます。弾薬庫だという評価も今ならば、「格好いいじゃないか」と言ってしまって何の問題もないことでしょうが、敗戦から15年くらいですから、単純な倉庫スタイルは忌避されたのでしょうね、レーモンド評価を戦争観抜きでやるにはこれからなのかもしれません。これほどの建築が大きな評価を得ていないのですから。

DOCOMOMO 20 選に選ばれたのだから、専門家の評価は高いわけです。
評価する人は評価している、けれど広がらないと言うことなでしょうか。

                              090110


群馬音楽センター 平面図 断面図 新建築1961/10より
壁や屋根が折った板のようになっているのが良く解ります。平面にも断面にも徹底的に板その物として貫徹させています。でもレイモンドの目黒教会がそうですし、今治公会堂(丹下健三)も、世田谷区民会館(前川國男)も、折板壁の中に柱型を仕込んでしまっています。ここまできれいに板のままでやれたのが群馬音楽センターだけだったのです。


丹下健三  今治公会堂(1959)新建築1959/9より
折板壁はありますが、それをつなぐ平面の壁、屋根面を覆う壁が全体を矩形に造っています。リズミカルな壁面を作っていますが、群馬音楽センターのような単純明快な折板デザインとはいきません。
内部の内放しコンクリート壁に木製の吸音ボードで覆っているようです。壁の中途にこれも通路を通していますね。ノーマルな表情を造ろうとしているよう。天井はうって変わって曲面が楽しそうです。


今治公会堂 平面図 断面図 新建築1959/9より
やはり折板壁に柱型を仕込んでいますね。でも外観に柱型は見せていません。この隣にある今治市庁舎は、この柱型を強調して折板には見えないデザインをしています。屋根面折板も同じように梁型を上下に仕込んでいます。


増沢洵 成城大学新館(1958) 小講堂 断面図 平面図 新建築1958/10より
これは折板で全て構成しており群馬音楽センターと同じですが、折板の深さ、プロポーションが違っており、こちらが鈍重になってしまってますね。ポツ窓も開けてカワイくしたのかも知れません。群馬音楽センターの初めの案は増沢が造っていたということですから、違う表情も造れると、この計画に臨んでいるようです。ここでは竪樋が見えていますね。(レーモンドは軒樋も竪樋も付けないやりかたのようです。作品集で付けているのは住宅の幾つかに見られるくらいです。)


  関連 hp
    群馬音楽センター
    群馬音楽センター(Wikipedia)
    群馬音楽センターの構造について

    群馬交響楽団
    新群馬音楽センター建設に関する諸問題の考察(1)(高崎新聞)

    アントニン・レーモンド  フリー百科事典ウィキペディア

    (株)レーモンド設計事務所



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