1961年 東映 監督:松村昌治 原作:北村寿夫 脚本:結束信二 カラー 57分(第三部) 55分(完結編)
「新諸国物語シリーズ」は、テレビ時代以前に子供向けのラジオドラマとして大ヒットしたもの。「ヒャラーリ、ヒャラリコ」の『笛吹童子』のテーマソングを覚えておいでの方も多いのではあるまいか。東映が映画化した『黄金孔雀城』は同シリーズの『笛吹童子』『紅孔雀』ほどのヒットは記録できなかったそうだが、お話はとても奇想天外で面白い。
室町時代。 足利幕府の執権、松永弾正(柳永二郎)は将軍に匹敵する権勢を手にしていたが、いまだ権力欲は已むことを知らず、名実ともに将軍になる機会を窺っていた。松永の腹心、兵藤権太夫(富田忠次郎)は山城の国の代官をしているが、その出自は非道な海賊で、20年前に琉球の孔雀城を姦計によって一夜で滅ぼした過去を持つ。
琉球孔雀城の血を引く三人の遺児は、生き延びてバラバラに成長したが、自分の出自と宿命を知り、権太夫を倒して父の仇を討ち、孔雀城を復興するのだ、と燃えている。三人は父から与えられた孔雀の秘宝をそれぞれ、持っていた。
長男 左近(沢村訥升) 秘宝:孔雀の刀
次男 火打丸(河原崎長一郎) 秘宝:孔雀の勾玉
長女 紅菊(吉川博子) 秘宝:孔雀の鏡
このキャストは、かなりダメである。主役であるはずの沢村訥升の輝きのなさは絶望的にどうしようもないのだが、極めつけは河原崎長一郎であろう。付け睫とアイシャドウを決めて頬紅塗って二枚目を気取っているのだが、とっても気持ち悪い。おまけに帽子(ターバン?)や衣装が、あれではまるで、タイかペルシャかインドで、琉球どころではないぞ!吉川博子も表情が硬く、可愛げが感じられない。 これが、中村錦之助、東千代乃介、丘さとみ、だったら納得なのだが。
三つの秘宝を集めれば、琉球の巨万の財宝のありかが判明するという。 その財宝を狙って権太夫は左近を自分の手元で20年育て、他の秘宝の行方を探っていたが、成長した左近が自分の出生を知って敵対したため、秘宝の刀を奪った。紅菊は本名はアコヤ姫というのだが、落城の際脱出のため小船で流され、漂着いた日本で、人恋山に住むオババ(松浦築枝)によって育てられた。先の将軍の女中だったオババが育てた子供はもう一人いる。黒冠者とアダ名で呼ばれるその男(里見浩太郎)は、実は先の将軍の遺児で、その証に将軍家に伝わるお宝の笛、時雨丸を持っていた。そしてオババから陰陽術を学び、優れた術者となっていた。15年前、彼の父である先の将軍を暗殺したのは、松永弾正の指令を受けた権太夫だった。 黒冠者は同じ仇を狙う仲間として、左近達を助けて共に戦うのだが、なぜ彼が陰陽師である必要があるか、というと敵の権太夫も三人の妖術使いを雇っているからだ。
唐津の玄九郎(吉田義夫)
竜神太郎(楠本健二)
たたり姫(永井三津子)
この三人がとってもステキ。玄九郎は真っ赤な天狗の面をつけていることが多いのだが、面を外しても顔が赤いオチャメな奴。竜神はなんだかやられてばかりいるのだが、闘争心はいつも満々でとても前向きな奴。たたり姫は名前も凄いが、術もすごい。人間を別人に変身させたり、心を支配して操ったりする。
どうみても三人の妖術使いのほうが、孔雀三兄弟よりはるかに魅力的なのだが、孔雀三兄弟の持つ秘法には妖術を打ち破る力があった。それに黒冠者の持つ笛にも同じ力があった。
三兄弟の味方は、黒冠者やオババだけではなく、義賊の左文字(山城新吾)、左近の恋人の白菊(扇町景子)、笛職人の又四郎(中村竜三郎)、左近の家来の勘助(坂東吉弥)と勘助の妹のしのぶ(三原有美子)、火打丸が琉球からつれてきた十三人衆などがいる。右近らが囚われた呪いの島(海賊のアジト)から脱出したとき、流れ着いた漁村の漁師一家三人も、味方になった。昔、琉球方面の海運業をやっていたが、権太夫の海賊団に船を壊されてしまったのだという。漁師ごときに何ができるか?という疑問はさておいて、一緒に戦おうと言う熱い語り口が感動を誘う。関所を守る武将・小田上総介(伏見扇太郎)も左近の目を見て味方についた。
ストーリー展開のエピソードはパターン化していて、敵が妖術で攻めてくるのを、秘宝や笛などのアイテムではね返す、ということが繰り返される。しかしそんなに飽きないのは、SF特撮っぽい映像の面白さと、術をはね返されてもんどりうつ妖術使い三人の迫真の演技に見所があったからだ。 CG全盛の現代からすれば、この映画の特撮は技術的にはひどくチープに見えるのはしかたないが、作り手の情熱はヒシヒシと感じられるし、役者もまじめによくやっていると思う。飛び上がると姿が消えたり、雲の上に移動していたり。火も使えば水も使う。ドロロン系の古色蒼然の忍者映画風だが、できることを一生懸命やっている。子供が相手だからって手抜きは一切ない。照明のコントロールなんか、とても工夫している。暗くなったり赤くなったり。
クライマックス。 将軍の兵が反乱軍鎮圧のために京から離れたタイミングを狙って、松永弾正はクーデターを計画する。その夜、孔雀城の末裔達が松永の屋敷を襲う。 右近たちと松永・権太夫軍の争いが地上で繰り広げられる一方、雲の上では黒冠者と妖術使いたちの死闘が展開する。
「ええいっ!ええいっ!...」 と雲の上で気合を込めて術を使う里見浩太郎のフル・ショットは、「仮面ライダー」の変身シーンみたいでちょっとオマヌケな感じはするのだが、生真面目な里見の人間性が、こんなオバカなシーンを救っているように思う。 実に里見浩太郎は頑張っている、ということは強調したい。主役の三兄弟など蹴散らすぐらいの演技技術を駆使して熱演し、チャンバラだけみても周りとは全然違うレベル。それでも存在感の表出ということになると、山城新吾ごときにさえ負けている感があるのは残念だが、今や全国人気ドラマの「水戸黄門」で主演を張り、市井に多勢いる「まじめだが地味で華がない」人たちの心の支えになっているのは、たいへん喜ばしい。
死闘の結果、三兄弟は権太夫を討つ。一発目は長男、二発目は次男、とどめの三、四発目は、長女と長男の恋人が決めた。長男の恋人、白菊は裏切り者の娘だったので、これで汚名を返上した。しかし美女二人から左右の脇腹を刺されて死亡、という権太夫の死に方は結構うらやましい気もする。 松永弾正を討ったのは、黒冠者だった。かくしてクーデターは阻止され、三兄弟や琉球関係者は琉球に帰っていく。
それから十年。日本の各地が戦乱に明け暮れる時代だったが、琉球には黄金孔雀城が復興され、人々は平和に暮らしたという。(完)
1961年当時、沖縄はアメリカの支配下にあり、おそらく映画作製スタッフの中にも、沖縄に行ったことのある人は、ほとんどいなかったに違いない。しかしなんという想像力だろう!その奇想天外さはフィクション映画という表現の面白さを余すことなく伝えている。
キャストには問題があった。 終盤、関所を守る小田に身の証を立てるため、左近が「私の目を見ろ!」と言い、キャメラがアップで左近の目を映す。しかし表情の乏しい沢村訥升の目には、何の力も感じなくて、なぜ小田が琉球の王子と認めてしまうのか、不可解である。 呪いの島で海賊たちは紅菊を「いい女」と言って襲おうとするが、セックス・アピールが乏しい、お人形さんみたいな吉川博子では、この展開はあまりに説得力がない。
しかし、そういうところを強引に押し切るパワーは全体的に感じる。許す。 --------------------------------------------------------------------------------