
16 オリンピックの問題点
【1】国家主義
オリンピック憲章:「選手間の競争であり、国家間の競争ではない」
しかし、実際には‥‥
オリンピックでは、すべての選手が国家の代表として出場(「国旗」「国歌」の問題)。
→国民に対して国家体制の正当性や優越性を強烈に意識させ、その時々の政府の政策を容認させる機能を果たしてきた。
おもな事例:
○1932年ロスアンゼルス大会
日本選手団の好成績。愛国主義的な興奮の渦が侵略戦争推進の基盤を強化。
○1936年ベルリン大会
「聖火リレー」をはじめとする運営方法・演出方法など、現代オリンピックの原型に。ドイツ、日本、イタリアの好成績。大会直後に日独伊防共協定調印。
○1964年東京大会
戦後の荒廃を抜け出し「先進国」の仲間入りをしたことを国民に実感させる。
○1988年ソウル大会
盧泰愚政権による「民主化」演出。反独裁民主化闘争の鎮圧。
○2002年ソルトレークシティ大会
ブッシュ政権による「反テロ」戦争の正当化。
*国際オリンピック委員会(IOC)の「独裁者」・サマランチとは?
スペインのフランコ独裁を支えたファシスト党最高幹部の一人。1977年にファシスト体制が崩壊したときは、カタロニアで労働者の反独裁闘争に流血の弾圧を加える責任者だった(彼は当時すでにIOCの副委員長)。
【2】金権腐敗と商業主義
オリンピック招致をめぐるスキャンダル
1999年、一連のオリンピック招致をめぐる世界的スキャンダル(2002年ソルトレークシティ、2000年シドニー、1998年長野)
暴露された事実:
金品の贈与、買春の斡旋、土地転がしの利権供与、IOC委員家族の留学斡旋・就職斡旋、家族・親族からその友人まで含めた豪華な招待旅行など、ありとあらゆる買収工作。
多国籍企業としてのIOC
サマランチは、アディダス社の会長ホルスト・ダスラーの資金援助を受け、その資金でソ連・東欧やアフリカ、中南米のIOC委員を買収して、1980年にIOC会長に当選した。
サマランチによるオリンピックの商業主義化の徹底:
○オリンピックマークの使用権や「五輪公式スポンサー企業」の地位を売り出す(コカ・コーラ社は、2008年まで2期分のスポンサー契約で1億ドルを支払う)。
○テレビの放映権料の法外な値上げ(米NBCは、地域内での独占権とひきかえに2008年まで5期分の放映権料として35億7000万ドルを支払う)。
*IOCは何十億ドルもの収入を上げる多国籍企業であるにもかかわらず、スイスのローザンヌに本拠を置く準国際機関として無税特権を行使。しかもその収支は非公開。
【3】「勝利至上主義」「記録至上主義」によるスポーツのゆがみ
選手の肉体・精神の破壊
「国威」を発揚のためには勝利が必要。また、大企業やマスメディアが巨額のスポンサー料や放映権料を払うに足る「見せるスポーツ」であるためには、人気選手、アイドル選手の派手なパフォーマンスと記録更新が必要。
→勝利、記録更新が自己目的化し、そのために、あらゆる用具の改良からドーピングによる人体の改造、「サブリミナル法」によるマインドコントロールまでが行われる。選手の肉体と精神が破壊される。
スポーツ政策のゆがみ
小中学校時代からの徹底した差別選別による優秀な選手の育成(2000年8月の文部省保健体育審議会「スポーツ振興基本計画」最終答申)。その一方で、サービス残業の強制などによるスポーツを楽しむ時間の喪失や、自治体予算の削減による公共スポーツ施設の使用料の値上げ、施設の閉鎖、民営化によるサービスの切り下げ。
→オリンピックでのメダル獲得が至上目的化され、そのために多額の税金が注ぎ込まれる一方で、民衆一人一人が自らスポーツを楽しむ権利が侵害されている。
【4】施設開発にともなう問題点
環境破壊、財政負担の増大による福祉の切捨て、利権の存在など。ゼネコン政治そのもの。
【5】オリンピックの改革は可能か?
必要だと思われる課題とその実現困難性
○商業主義の規制
→巨大化したスポーツショーとしてのオリンピックは、利権とむすびついた巨大組織IOCだからこそ運営できているという面がある。
○「国歌」「国旗」による表彰式の廃止
→各国政府による強硬な反対が予想される。
○施設建設への厳格な環境アセスメントの実施、および財政支出計画の公開と住民自身による審議の保障
→開催都市として立候補する都市がなくなるのではないか?
国家主義や商業主義を排した国際的スポーツ交流は、既存のオリンピックとはまったく別の形で新しくつくりだしていく必要があるのではないか?
