耳納の風景

 耳納北麓はこの地方の、政治・文化の中心であった時代があった。若宮八幡宮付近で耳納山を
横断して見ると、古代から中世にかけて生活圏は幅2〜3kmと限られていた。
 筑後川の氾濫域を避ける丘陵地帯には、多くの遺跡が残されている。古代の古墳、中世に地方豪族草野氏によって築かれた若宮八幡宮、江戸時代栄えた豊後街道、明治3年に久大線が敷設された。

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耳納風情
耳納北麓地図 
耳納山系は撮影した場所から、約3kmのところにあります。頭をやや上げると山頂が見え、優しさと 厳しさが感ぜられます。その姿は屏風にも例えられ、雨の後に立ち上る水蒸気や、朝夕の光による陰影で刻々と姿を変えていきます。
 ここでは耳納山系の山懐に懐かれた自然歴史、情報を紹介します。

耳納北麓のイベント

リンク

御神幸祭(往路) 
永勝寺の紅葉と民話 
草野文化祭 
草野風流 
空からサンタがやってくる 
耳納センター祭り 
メール
御神幸祭(復路) 
耳納市民センターの紹介

耳納発の旅

耳納北麓はこの地方の、政治・文化の中心であった時代があった。若宮八幡宮付近で耳納山を
  横断して見ると、古代から中世にかけて生活圏は幅2〜3kmと限られていた。              
筑後川の氾濫域を避ける丘陵地帯には、多くの遺跡が残されている。古代の古墳、中世に地方豪族
草野氏によって築かれた若宮八幡宮、江戸時代栄えた豊後街道、明治3年に久大線が敷設された。

発心山

グライダー山

岩倉山

アメリカ東海岸8日間
アジアンクルーズ6日間
エジプトトルコ13日間
イタリア10都市9日間
九寨溝・黄龍・若爾盖6日間
アラスカの旅
北欧8日間
2015紅葉東北
 耳納北麓はこの地方の、政治・文化の中心であった時代があった。若宮八幡宮付近で耳納山を横断
して見ると、古代から中世にかけて人が生活出来る地域は幅2〜3kmに限られていたと思われる。
 筑後川の氾濫域を避ける丘陵地域には、多くの遺跡が残されている。古代の古墳、中世に地方豪族草野氏によって築かれた若宮八幡宮、江戸時代栄えた豊後街道、明治3年に久大線が敷設された

久大線

耳納北麓横断図 
耳納山行 

2017年3月20日 更新