断想集


第749話 本との出会い・ホントのつきあい

明治の時代に元祖熱気球

ジュール・ヴェルヌ『気球に乗って五週間』

2009.10.4


 人気漫画家がカバーを飾る集英社の新装文庫の中の一冊。本書のカバーは『PRINCE STANDARD』の別天荒人(べってん・こうと)の作品。といっても不案内なわたしには作品も漫画家も初耳です。失礼しました。それはさておき。

 ヴェルヌはあちこちを飛び回る。地中、海中の冒険に続いてこんどは空中の冒険だ。おっと、この順番はわたしが読んだ順番です。書かれた順や発表された順ではありませぬ。と言ったところで、舌の根が乾かぬうちのいきなりだが、本文庫に対する不満がひとつ。それはこの作品が書かれた年や発表された年に関する記載がないこと。解説があがた森魚なのはうれしいのだが、解説としての基本的な情報が欠如してしまったことは残念なり。ま、今の時代“自分ですぐに調べることもできるので仕方なし”とするか。と言いながら未だ検索していないのは我ながら困ったものだが。

 『地底旅行』『海底二万里』で地球の内へ向かって旅したヴェルヌが今度は地球の外へ向かって旅に出る。縦横無尽だなと感心していたら突然、後の世で同じように、だが想像ではなく、みずからの肉体で本物の深海と成層圏を目指したピカール教授のことを思い出した。かれもおそらくは、ヴェルヌの影響を大いに受けていたことだろう。

 ヴェルヌが生まれたのは1828年、没したのは1905年である。生まれたのはペリー来航の遙か前、異国船打払令が出て間もなくの頃である。亡くなったのは日清戦争の翌年。その時代に地底に潜ったり、自らエネルギーを製造しながら海底を自在に走る潜水艦を考えていたとは、その想像力の大きさは計り知れない。

 本書もしかり。気球でアフリカ大陸を横断するのだが、そのためには上昇下降を意のままに繰り返すことのできる気球が要求される。どうやら、その頃すでに人間が乗って操縦する気球は存在していたようだ。ただし、この気球は水素ガスを詰めて上昇し、ガスを抜きながら下降するものだった。従って一度降りたら再度水素ガスを充填しなければ飛び立つことはできない。

 ヴェルヌが考えたのは、暖めればガスが膨張し、暖めるのを止めれば冷えて縮小する方式である。ガスの出し入れなしに何度でも上昇下降を繰り返すことのできる気球だ。現在の熱気球と同じ原理といってもよいだろう。物語の終盤では水素ガスを抜いた気球の下で枯れ葉を燃やし、その熱で空気を暖め(膨らませ)て上昇するシーンも登場する。見事な着想であり先見の明であろう。ノーチラス号ほどには話題になっていないが、こちらも熱気球の元祖であろう

 そのほか、この気球は外袋、内袋と二重構造になっている。ただし、これがどう有効なのかは読み飛ばしてしまった。まったくもって散漫な我が注意力に呆れてしまう。

 と前置きが長くなったが、この新型気球を操って三人のイギリス人がアフリカ横断の旅にでかける。そして悪天候や野獣そして原住民との攻防など息をつかせぬ冒険を繰り広げる。お約束の固い友情や厚い信頼感も登場する。原住民を未開人と決めつけたり簡単に撃ち殺したりしてしまうのが気にかかるが、時代を考えれば仕方のないことだろう。科学は先取りしているが文化は先取りしていない。

 ところで主人公はなぜイギリス人? フランス人の作者がイギリス人を主人公にするのも見ようによってはおもしろい。冒険といえばイギリス人、友情や信頼といってもイギリス人……ということなのだろうか。科学を先取りするヴェルヌをもってしても、この先入観を打ち消すことはできなかったのだろうか。

 話は変わり、まったくの私事になるが、小学生だか中学生の頃、夏休みの宿題で気球に乗った冒険物語を読んだことがある。残念ながら内容を思い出すことができない。いやひとつだけ覚えている。クレカトアとかいう島の紋章が挿絵になっていた。あの物語は『気球に乗って五週間』だったのだろうか? 本書にはクレカトア島らしき島は登場しなかったようだが……。見落としてしまったのだろうか、それとも別の作品だったのか。謎は解決せず、宿題が増えてしまった。それもまた良し。

 私事をもうひとつ。本書を読み終えたあと、ヴェルヌの代表作のひとつ『十五少年漂流記』が未読であることに気がついてしまった。宿題がさらにひとつ増えてしまった。いいじゃないの“この連鎖がまた愉し”なのだから。

ジュール・ヴェルヌ・手塚伸一/訳『気球に乗って五週間』(集英社文庫/2009)


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