郷土の先駆者  喜安善市 さんについて

業           績          内          容

1940年

 第二部研究員喜安善市、多重帰還増幅器に関して Nyquistの再生理論に
検討を加え、『電試彙』4,239に発表。
 渡辺寧、石川武二、喜安善市、任意のリアクタンス四端子網を縦続型回路に
より再現する一般的方法を考案、『電試彙』 4,6,429に「リアクタンス四端子網の
縦続型回路による実現について」として発表。
 渡辺寧、石川武二、喜安善市、有限個の素子からなる受動二端子回路網の
研究結果を『電通誌』210,541に発表。

1941年  喜安善市、畠山、回路網理論について『信学誌』28,8,抄7に発表。
 喜安善市、北村(蕗)、回路網理論について『信学誌』28,8, 抄9に発表。
1942年  喜安善市、定位相回路を用いて相対振幅を近似的に等しくする搬送通信方式
について『信学誌』26,235などに発表。
 喜安善市、Bromwich積分の初期条件に関して従来未解決だった問題を解き、
『信学誌』230,291に発表。
 渡辺寧、石川武二、喜安善市、増幅器の合理的設計に動作特性理論を応用、
増幅度のチエビシエフ化に成功、『信学誌』 226,12に発表。
 喜安善市、関数論的回路網理論の立場から位相差分波器の基礎的研究を
実施、これにもとづいて一般的な位相差分波器の設計法について『信学誌』
235,657および236,724で論じる。
1946年   通信部技官喜安善市、ろ波器合成法の原理をアンテナなどの輻射系の
指向特性の合成に適用、『信学誌』29,3,90に発表。

上のような記述があっても、理解できる人は一般的にはいないだろうと思う。
喜安善市さんは、松前町恵久美の出身の人で、20年前には東京世田谷に住んでおられた。
喜安善市さんの話を聴いたのは、1968(昭和43)年10月27日の松山東高校創立90周年
記念講演で、35年も前の高校生時代であったが、深く感銘した記憶がある。
本来は、既にこの学校を卒業している筈の「みきちゃん」4回目の創立記念日だ。
そのときの話の一部を抜粋してみます。(同日、大江健三郎氏の話を聴いたが記憶に薄い。)
喜安善市さん   大江健三郎さん

 松山東高校は、藩校「明教館」・夏目漱石の「坊ちゃん」の舞台となった「松山中学」が前身、
明教館開設以来170年、松山中学開設以来120年以上を経て、研究者・医師・文化人・
政治家等多数輩出し、正岡子規を代表とする俳人は特に多い。
 最近では、田中麗奈主演の「頑張っていきまっしょい!」が、ボート部を舞台とした。
 変わったOBでは、大江健三郎さんと同級生(義兄弟)で暴れん坊のため卒業前に転校した
故伊丹十三、NHKの朝の顔の竹内陶子、日テレの山岡三子、露口茂、ジョビジョバ石倉力。

  電子計算機と通信    喜安善市

 「電子計算機と通信」は進歩が非常に早い学問であり、ここでお話する内容は、皆さんが
卒業される頃には、時代遅れになるという新しい社会です。
 私(喜安善市)が、わが国で最初に(電子計算機)研究をはじめて、完成したわけですが、
その頃は、みなから気ちがい(原文のまま)扱いにされていましたが、時代も変わります。
 電子計算機の細かな話をやめまして、将来計算機は通信と結びつく筋を話すつもりです。
(中略)
 現代は変化の時代であります。
 運動というものは、質量と加速度よって決まる。
 力がなければ運動はない。
 それは、情報の問題である。情報を自由に処理できるようにしたものが計算機であり、更に、
これを発展さすものは、通信と結びついて生じた力である。
(中略)
 われわれ若いとき、何でも物を大事にしました。ところが、この頃は、消費や使い捨てが美徳
であるという考え方があります。大量消費・使い捨て方式はアメリカがつくりだしたわけです。
 アメリカ大陸は、天然資源に恵まれ、物を使えば使うほど産業が発達するという考え方が
発達したわけです。
 しかし、そのアメリカのカルフォルニア大学の元総長は、豊富な資源が枯渇することを予測し
2000年までの「資源節約のための科学技術をおこす研究計画」が出来上がっているのです。
(中略)
 アジア・アフリカの国、インドでは毎年餓死している。
(中略)
 インドの民衆を救う方法は、お釈迦様でも哲学でもできない。
 農業も工業もだめで、餓死してまで自由を守るべきか。
(中略)
 動物の中で人間のみ、遺伝情報以外の世代伝達方法として知識を獲得し言葉を発明した。
 次に印刷技術が発達し、いまやテープレコーダーの時代になった。
 これが情報革命の時代です。
 歴史的には電子計算機は、残念ながらわが国で発明したものではない。
 一般的には、計算をする方法が、2種類あります。
 一つは日本式のソロバンで、もう一つは西洋式の計算尺です。
 (1943〜45年の)戦時中は、陸軍戦時研究員として計算尺方式による対空防衛を研究
したわけです。
 ところが、アメリカがデジタルにソロバン計算するような方式をはじめました。
 それが、戦争が終わって成功し、平和利用が始まった。
(中略)
 次に、始めは計算機1台を大勢の人が交替で一人ずつ使っておりましたが、大勢の人が
高速度計算機を同時に使うようになりました。
 そこで数台の計算機を共通に使おうという考え方がデータ伝送です。
 そういうことが現在始まろうとし、一部実行されつつあります。
(中略)
 工業製品は、品物が良くなって値段が年々下がるわけです。
 電気洗濯機やテレビ台数は15年で千倍になったりしませんが、計算機の場合はなります。
 別の見地から言いますと、一つの計算に要する時間が計算機コストですから、計算時間を
短縮すればコストも下がるわけです。
 計算機の改良と共同利用の推進がコストを加速度的に下げます。
 電話回線を利用して東京・横浜と松山・郡中を結べば安くなるし、電話交換機も自動に変換
しなければなりません。
(中略  計算機の仕組みや用途解説)
※スライドによる説明へと進む
(文字や図形描写への利用とレントゲン技術への応用など画像解析と衛星通信開発と続く)
 電子計算機の10年間の発達は、昔の発達で言えば100年に相当します。
 人類が一世紀かかって成し遂げた科学技術上の進歩を10年で成し遂げている訳です。
 ですから、老人は役に立たないわけで、新しいアイデア、新しい独創的なものは、青年の頭
によってのみ生じうるのであります。
 皆さんも青年でありますが、20年経てば青年でなくなります。
 この前の妙齢のお嬢さん方も30年経てば、梅干ばばあになるだろうと思います。
 青年の日は短いわけであります。
 偉大な発明家、偉大な技術者、偉大な学者、偉大な政治家誰をみましても、革新的な世の
中を革命をおこすような新しい着想っていうものは、20代に生まれるわけであります。
(中略)
 あらゆる分野において先人の到達しなかったことを成し遂げるような若いエネルギーを結集
していただきたいことをお願いする次第であります。

以上が35年前に聴いた話と50年前の研究である

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