緑区の歴史年表

 

 西暦

 和暦

 記事

これ以前は略

 

 

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 縄文時代

 上ノ山・鉾の木・雷・斎山などの貝塚・遺跡

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 弥生時代

 大高畑・諏訪山・姥神などの遺跡

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 景行天皇40

 日本武尊、大高へ寄り、宮簀媛と婚約す

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 景行天皇43

 日本武尊凱旋し、宮簀媛と結婚

   195

 仲哀天皇4

 氷上姉子神社創建

   686

 朱鳥元

 成海神社創建

   750ころ

 天平中期

 大高廃寺・成海廃寺創建

   878

 元慶2

 藤原兼平、鳴海の娘(玉照姫)を妻にする

  1160

 永暦元

 源義朝、氷上神社に太刀奉納

  1180−90ころ

 文治・建久ころ

 京・鎌倉往還(鎌倉海道)整備

  1340ころ

 暦応ころ

 桶狭間に南朝の落武者定住

   1372

 応安5

 如意寺、鳴海町字伝治山付近から字作町へ移る

  1382

 永徳2

 火事多く、火高を大高に改める

  1396

 応永3

 成海神社、鳴海城建設のため、鳴海町字城から字乙子山へ移る

  1430

 永享2

 万福寺、鳴海町字砦から字本町へ移る

  1483

 文明15

 浄泉寺できる

 

 

 

 

 

 

  1501 

 文亀元

 瑞松寺(瑞泉寺)鳴海町字諏訪山から字相原町へ移る

  1504ころ

 永正ころ

 大高城、花井備中守居城

  1543

 天文12

 大高城主、水野大膳、今川方から織田方に          今川方大高城攻めるが敗北

  1552

 天文21

 鳴海城主山口左馬助により、大高城今川方に

  1553

 天文22

 赤塚の合戦、織田信長と山口九郎二郎が戦う、勝敗決せず

  1556

 弘治2

 春江院、創建

  1558-59ころ

 永禄元-2ころ

 織田信長、鷲津・丸根・丹下・善照寺・中島に砦を築く

  1560

 永禄3

 桶狭間の戦い、織田信長、今川義元に勝利

  1573

 天正元

 誓願寺創建、明忠庵(院)創建

  1574

 天正2

 源光院(海岸寺)創建

  1584ころ

 天正12ころ

 鳴海町字嫁が茶屋付近の住民字丹下付近へ。     相原付近の住民、字相原町へ移る

   1596

 慶長元

 東昌寺創建

  1597

 慶長2

 鳴海下郷家、桑名より移る

 

 

 

 

 

 

  1601

 慶長6

 東海道宿駅制度でき、鳴海宿できる

  1608

 慶長13

 尾張藩桶狭間村新町へ移住者を募集、有松始まる。    伊奈備前守により検地行われる

  1610

 慶長15

 竹田庄九郎、ククリ染め始める

  1614

 慶長19

 大高、古寅新田開発     込高の津島社創建

  1616

 元和2

 志水甲斐守大高城跡に屋敷を構える

  1624

 寛永元

 東福院鳴海町字花井に鳴海城の廃材一部利用し建築

   1625

 寛永2

 有松、桶狭間から分かれる

  1626

 寛永3

 寅新田開発

  1629

 寛永6

 巳新田開発

  1633

 寛永10

 鳴海宿高札場できる。    善正寺鳴海町字本町に移り円龍寺と改める

  1634

 寛永11

 新海池ほか10余の溜め池、鳴海に築造

  1635

 寛永12

 琵琶ケ池築造

  1641

 寛永18

 齋山稲荷社創建

  1653

 承応2

 平手新田開発。    平手神明社創建

  1656

 明暦2

 鳴海宿大火でほぼ全域焼失。     桂林寺創建

  1661

 寛文元

 大高中之郷から萬歳でる

  1666

 寛文6

 東昌寺創建

  1671

 寛文11

 寛文村々覚書に、鳴海533戸大高322戸桶狭間18戸有松31戸相原30戸平手新田8戸

  1672

 寛文12

 鳴海伝馬新田開発

  1680

 延宝8

 込高新田開発、用水池として蛇池・砂走池築造

   1684

 貞享元

 下里知足、細根山に寂照庵建てる

  1685

 貞享2

 芭蕉、この年より1694年まで数回鳴海を訪れる

   1691

 元禄2

 長祐寺、長寿寺と改称、黄檗宗から臨済宗に

  1694

 元禄7

 芭蕉死去の報、如意寺に供養塔建立(後、誓願寺に移設)

 

 

 

 

 

 

  1700

 元禄13

 鳴海の氏子、表裏に分かれる

  1706

 宝永3

 山口源兵衛、源兵衛新田(現南区)開発

  1711

 正徳元

 鳴海宿高札場、キリシタン禁制高札掲げられる

  1713

 正徳3

 瑞祥寺、瑞泉寺に改称

  1715

 正徳5

 螺貝池造成

  1725

 享保10

 鳴子池造成

  1728

 享保13

 融伝泉碑建てられる

  1729

 享保14

 明忠院中屋敷から鷲津に移転

  1732

 享保17

 大高で六斎市(月6回開かれる市)はじまる

  1737

 元文2

 浅間社鳴海の小森から現在地向田へ移転

  1741

 寛保元

 大高の山口弥七郎浅山新田(現東海市名和)開発

  1752

 宝暦2

 細根山天満宮創建

  1755

 宝暦5

 猿堂寺有松へ移り祇園寺と改称、跡は地蔵堂と称す     鳴海宿大火

  1760

 宝暦10

 行者堂(現金剛寺)開創

  1782

 天明2

 鳴海陣屋設置(成海神社西側字森下に)

  1784

 天明4

 有松で大火、全村焼失

  1792

 寛政4

 鳴海宿西口、丹下常夜燈建つ

  1798

 寛政10

 有松天満社、祇園寺境内から現在地へ移転

 

 

 

 

 

 

  1803-5

 享和3-5

 伊能忠敬、大高村一帯および鳴海一帯測量

  1804ころ

 文化元ころ

 大高まつりに笠鉾車でる

  1806

 文化3

 鳴海宿東口、平部常夜燈建つ

  1811

 文化8

 鳴海宿大火、火元は扇屋

  1822

 文政5

 中之郷、大高より分村

  1841

 天保12

 尾張各村藩命で絵図作る(鳴海・相原・大高・有松・桶狭間の各村、平手・込高の各新田)

  1849

 嘉永2

 細根山に三吟塚建つ

  1851

 嘉永4

 大高塩田堤に中之郷住民青峰観音祀る

  1855

 安政2

 信高事件起こる(鳴海宿無差別殺傷事件)     大高に狼煙台できる

  1858

 安政5

 誓願寺境内に芭蕉堂建つ

  1859

 安政6

 大高の新町で大火、24軒全半焼

   1862

 文久2

 文久新田開拓

  1868

 慶応4

 鳴海陣屋廃止、当地区は横須賀の南部総管所(横須賀)管轄に

  1871

 明治4

 廃藩置県により名古屋藩は名古屋県に

  1872

 明治5

 名古屋県が愛知県となりその後額田県を合併     中之郷大高に    鳴海八幡宮八幡社に

  1872

 明治5

 東海道伝馬制廃止      学制発布      庄屋制廃止戸長制に

  1873

 明治6

 鳴海郵便取扱所開設、年内に鳴海四等郵便役所となる     鳴海に広道学校、平手に幼導学校、

   1873

 明治6

 大高に明道舎、込高に清風学校

  1874

 明治7

 有松に有明学校

  1875

 明治8

 郵便役所を郵便局とする

  1876

 明治9

 広道学校を成海学校に、明道舎を大高学校に、有明学校を有松学校に

   1876

 明治9

 桶狭間村共和村と合併

  1877

 明治10

 名古屋警察署鳴海分署設置

  1878

 明治11

 知多郡大高村に込高新田合併       愛知郡鳴海村に相原村および平手新田合併

  1878

 明治11

 成海学校に前之輪分教場開設       大高込高の清風学校が込高分教場に

   1879

 明治12

 警察、熱田警察鳴海分署となり、鳴海・大高・有松を管轄,、桶狭間は半田警察管内

   1879

 明治12

 有松村、村会発足    

  1880

 明治13

 鳴海村・大高村に村会発足

  1881

 明治14

 桶狭間村、共和村から分離独立

  1882

 明治15

 扇川、黒末の渡し(知多郡道)廃止

  1884

 明治17

 愛知薬学校、鳴海に創設

  1886

 明治19

 武豊・熱田間に鉄道開通、大高駅開設

  1887

 明治20

 大高高見に熱田警察鳴海分署大高駐在所開設

  1889

 明治22

 桶狭間村再び共和村と合併   鳴海村、町制を敷き鳴海町に   東海道線、新橋・神戸間全通

  1891

 明治24

 濃尾地震発生、有松・鳴海・大高でも建物倒壊多数

  1892

 明治25

 有松村、町制施行、有松町に      鳴海小学校現在地(矢切)に

  1893

 明治26

 桶狭間、共和村から分離し、有松町に合併

  1894

 明治27

 大高村、町制施行、大高町に

  1895

 明治28

 大高郵便受取所、江明に開設

  1897

 明治30

 大高銀行設立       隔離病舎鳴海薬師山・大高西姥神にできる

  1899

 明治32

 大高郵便受取所、大高郵便局となる

 

 

 

 

 

 

  1900

 明治33

 パリ万博に絞り出品、入賞       扇川、汐見橋架橋

  1901

 明治34

 熱田銀行、鳴海支店・有松支店開設

  1902

 明治35

 長栄座火事で作町から根古屋に(1915に更に上汐田へ移る)

  1902

 明治36

 鳴海町役場竣工    鳴海・有松から神宮前へ乗合馬車    鳴海郵便電信局が鳴海郵便局に

  1902

 明治36

 大高学校、高見から町屋川へ移転、旧校舎を大高町役場に

  1903

 明治37

 大高駅から名和・横須賀へ乗合馬車

  1904

 明治38

 有松3等郵便局が有松郵便局に、大高3等郵便局が大高郵便局に

  1907

 明治40

 中島・前之輪・丹下・平手に駐在所開設      東海道線大府熱田間複線に

  1909

 明治42

 大高城跡二の丸跡地に古城園と称する別荘建つ

  1911

 明治44

 名古屋瓦斯供給区域、鳴海・大高・有松

  1912

 大正元

 愛知電気鉄道供給電気で、鳴海・大高・有松に電灯     大高銀行、小原村へ移る

  1914

 大正3

 磁石式電話交換機での加入電話、鳴海10台・有松22・大高13台

  1916

 大正5

 郡道多治見街道、鳴海城跡の一部堀切にして開通

  1917

 大正6

 愛知電気鉄道有松線、神宮前から有松裏駅間開通

  1920

 大正9

 第1回国勢調査、鳴海町8089人・有松町2140人・大高町3952人

  1920

 大正9

 郡道鳴海挙母線(白土道)開通

  1921

 大正10

 鳴海・有松・大高へのガス供給中止      愛知薬学校廃止

  1921

 大正10

 明忠院住職、愛知初の幼児保育施設「子供の家」開設

  1922

 大正11

 鳴海小作争議指導者雉本博士、瀬戸内海で死去(翌年争議和解)

  1923

 大正12

 愛知電気鉄道有松線は岡崎線となり、有松裏から知立まで開通

  1923

 大正12

 郡制廃止、郡役所は廃止、郡道は県道に      大高小学校にピアノ設置

  1924

 大正13

 大浜街道、大高起点から鳴海作町起点になる

  1925

 大正14

 第2回国勢調査、鳴海町8666人・有松町2131人・大高町4249人

  1925

 大正14

 大高と有松、半田警察署管内に     鳴海に、山田織布工場誘致

  1926

 昭和元

 新住宅地鳴海荘造成始まる   鉾の木貝塚発見   

  1927

 昭和2

 鳴海球場完成   有松小学校字高根へ

  1928

 昭和3

 善照寺砦跡、公園・遊園地に     鳴海町の隔離病舎漆山に    大高小学校に奉安殿

  1929

 昭和4

 鳴海〜大高〜名和のバス開通     NHK桶狭間放送所開局

  1930

 昭和5

 赤塚古墳から人骨・装飾品出る    石堀山に雉本博士の銅像建つ   大高に中央有鄰学院

  1930

 昭和5

 第3回国勢調査:、鳴海町10163人・有松町2275人・大高町4813人

   1931

 昭和6

 鳴海に逓信講習所(郵政研修所)   鳴海に名古屋薬学専門学校   鳴海球場で初の日米戦

  1931

 昭和6

 大高の愛知農商銀行閉鎖

  1932

 昭和7

 鳴海絞組合設立

  1933

 昭和8

 氷上姉子神社境内の斎田で御田植祭始まる   

  1934

 昭和9

 万福寺にナランダ苑開く    絞りまつり始まる   鳴海球場日米戦にベーブルースら

  1935

 昭和10

 大高に大日本紡績工場建設   愛電と名岐鉄道合併し名古屋鉄道に

  1935

 昭和10

 第4回国勢調査:鳴海町8666人・有松町2131人・大高町4249人

  1936

 昭和11

 鳴海球場で初のプロ野球、名古屋金鯱軍対東京巨人軍     名古屋製陶工場建設

  1937

 昭和12

 名古屋汎太平洋平和博覧会にて有松絞金牌受賞     鳴海球場にアルプススタンド

  1938

 昭和13

 日本車両工場建設    浅間橋コンクリートに   大高城跡(附鷲津・丸根砦跡)国史跡に指定

  1938

 昭和13

 鹿山に歌塚    大高・有松、横須賀警察管内に    

  1939

 昭和14

 消防団が警防団に     中央発條工場建設

  1940

 昭和15

 第5回国勢調査:鳴海町14815人・有松町2747人・大高町7075人

  1941

 昭和16

 小学校が国民学校に    大高小学校(国民学校)町屋川から大高畑へ

  1941

 昭和16

 鳴海町、笠寺警察管内に         第2次大戦(太平洋戦争)はじまる   

  1942

 昭和17

 左京山駅できる   新国道(1号線)開通     庚申堂、円道寺に   古鳴海薬師、桂林寺に

  1943

 昭和18

 有松裏駅、有松に   各地の寺の梵鐘・鳴海球場の鉄屋根など軍に供出
 名古屋製陶は住友金属に大日本紡績は三菱重工に軍需転用

  1944

 昭和19

 東南海地震で建物倒壊など

  1945

 昭和20

 三河地震で各所に被害    空襲で長寿寺・桂林寺・有松役場・各所の民家数十軒被害

  1945

 昭和20

 戦争終結(敗戦)   鳴海中島郵便局開局     行者堂、金剛寺に   鳴海町立診療所開く

   1946

 昭和21

 名古屋製陶・大日本紡績は軍需転用を終わり、元の事業再開

  1946

 昭和21

 

  1947

 昭和22

 東海銀行、大高に出張所開設     国民学校が小学校に、新たに中学校できる

 

 

 各警防団は、消防団に

 

 

 


私たちのまち「緑区」での歴史的なことがらの内、主なものをとりあげました。内容の正確性には留意しましたが、他説がある事項も有りますことをご承知ください。
 

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