我が友ルシファー



1.放蕩者の地獄への帰還






 Nos pptens Lcfr juvnte Stn BLzbb Lven Elmatq Astarot alisq hdie habems accept pact foederis Urb Grandr qui nobis e. et huic pollicem amorem mul florem virginum decus mon hon volup et op fornicab triduo ebriet illi cara er. Nobs offret semel in anosag sig sub peds coculcab sa Ecclae et nobs rogat ipsius erut; q pact vivet an vig felix in tra hom et ven postea int nos maled D.
 fact in inf int coss daem

 Satanas Belzebub Lcfr
 Elimi Leviathan Astaroth

 Sig pos mag diab et daem princp dom
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 我ら、全能なるルシファー、およびその介添人たるサタン、ベルゼブブ、レヴィアタン、エリミ、アスタロート、およびその他の者は、本日、我らが郎党なるユルバン・グランディエとの同盟の契約を受領したり。我らはこの者に、女どもの愛、処女らの花、修道女らの純潔、世俗の栄誉、快楽、富を与えん。この者は三日ごとに姦淫せん。酩酊は彼のものなり。彼、年に一度、我らに自らの血で記したる捧げ物をせん。教会の秘蹟を足元に踏みにじり、その祈りは我らにこそ捧げめ。これなる契約の力によりて、彼は人に交じりて地上に二十年の間幸福に生き、終には神を呪わんために我らが許に来らん。
 於地獄、悪魔議会。

 サタン、ベルゼブブ、ルシファー、エリミ、レヴィアタン、アスタロート。

 悪魔の首長にして我が主、地獄の諸侯の署名と印によりて認証さる。

 副署、記録者バアルベリト。
(1)


 われわれ人類と悪魔との契約を記す文書で、今日まで遺されているものは数少ない。冒頭に掲げたユルバン・グランディエによる一書は、そのなかで最も明確に形を留めたものとされている。このユルバン・グランディエなる人物は、十七世紀フランスを揺るがしたかの有名な「ルーダンの悪魔憑き」(2)事件の被告であり、一六三四年に同市で火刑に処された札付きの放蕩司祭としてよく知られている。
 彼がサン=ピエール・デュ・マルシェの教区司祭に任命されたのは一六一七年、二十七歳のときであった。栄誉ある就任は彼の自尊心をしばし満たしたが、だからと云い、ひきかえにその美しい面貌を自然に朽ち果てるまで聴聞室の翳がりに埋れさせるつもりはまったくなかった。

 「いや聴罪司祭とは、その気になりさえすればあまたの女と一戦交えるのにこれほど都合のよい地位もあったものだ。まさしく俺にふさわしい、神が与えてくださった恩寵に違いない」

 という次第であり、以来、彼は自ら定めた勤行に忠実にはげむこととなった。のちの裁判が決めつけたような悪魔との取引こそなかったものの、それとは別に、彼は神のことなど識りはしなかったのである。
 この新任の司祭は、手始めとばかり、悔悛に訪れる娘たち次々とものにしていった。とりわけ王室顧問官の娘マドレーヌ・ド・ブルについては、その愛人関係を公けにして憚らなかったという。

 このようにしてグランディエは就任後の数年を思いのままに過ごしたのだが、やがて普通の女では飽き足らなくなってきたちょうどその折、一六ニ六年、同市にウルスラ会修道院が新設された。純潔の砦に集いし十七人の乙女たち――とりわけ「天使のジャンヌ」の誉れ高き院長ジャンヌ・デ・ザンジュのみずみずしい横顔は――さしもの女に食傷気味であったドン・ファンの裔にとっても、新たな意欲を掻き立てるに足るものであったらしい。それが司祭にあるまじき涜神行為になることなど、彼にとってはどうでもよいことであった。
 それにしても彼は、一体どのようにして院長のみか他の修道女たちをも芋蔓のごとく籠絡せしめたのだろうか。いかに名うてのプレイボーイといえど、たしかに悪魔に縋ったような話ではある。それゆえ彼がうまくやってのけた際には、いかなる手管を用いたのかは大いに人の怪しむところとなった。(3)
 この一件はそれだけでは済まされなかった。さすがに聖ウルスラの美名を汚し、その験力をも侮ったとなれば、因果も来たりて誅槌を下すというもの。当初はグランディエに心底惚れ込み、修道院長の地位を譲り渡そうとさえしていたジャンヌであったが、グランディエを御するなどとうてい適わぬこと。頭を冷やして考えるならば、自分といい後輩たちといい、とんだ不始末をしでかしたものだ。このままでは世間の恥さらし、かくなるうえは「悪魔憑き」の芝居でも演じてすべてはグランディエと悪魔の謀りごとに帰してしまうのが上策であろう――というわけで彼女たちは、「悪魔憑き」のシナリオを描いた謀殺者らと利害の一致を見た。

 だが、グランディエの禍根はそれだけではない。誘惑者として中傷と非難を集めるかたわら、彼は政治家として、また著述家としても敵をつくることに余念がなかった。
 政治家としての彼は、聴聞を通じて地方要人の妻たちとのコネクションをつくりあげ、間接的に影響力を行使した。これは、ルーダンにもともといたカプチン会やカルメル派にとっては、あの学者面をした色男に女性告解者をことごとく奪われ、著しく影響を減退させられたかたちとなる。また当地のカルメル派の収入源であったノートル・ダム・ド・ルクヴランス(健康回復の祈祷を受ける聖母)というマリア像も、グランディエの嘲笑の餌食となり験力を失った。
 グランディエは執筆活動も精力的に行った。自由主義的な論文や風刺詩といったものに本領を発揮し、もう一つ機縁があったなら、同じイエズス会士であったルネ・デカルトやあるいは諧謔の思想家フォントネルのようなリベルタンとして名が挙がったかも知れないのだが、あくまでローカルな諷刺家に留まった彼は、当然の帰結として地元政治家や聖職者たちに疎まれる結果となった。
 総じて、彼は誘惑や挑発には長けていたが、保身のすべをまったく知らず、その子供のような無防備さゆえに、自ら火刑場の薪を積み上げていったのである。

 それでも、彼の著作のなかにはマドレーヌ・ド・ブルのために書かれたという『聖職者の妻帯権を求める訴状』といったものまで含まれているのを見るならば、この放蕩者にもそれなりのポリシー、内的な一貫性があったことを認めなければならない。

 「若い男性に禁欲を強いるということは、羊に向かって空を飛べと云っているようなものではないか? 羊を崖に追い立てたところ墜落して死んでしまったとしたら、その責任は羊ではなく牧者にあるのではないか? そのような馬鹿げた不可能事は信仰とは何の関係もない。
 読者諸賢よ、性欲、食欲、名誉欲といった欲望は、それが美辞麗句や欺瞞によって隠蔽されている時にこそ毀めるべきなのであって、それ自体は罪でないばかりか恥ずべきことですらない」

 してみれば、愛人との関係をとりたてて隠さなかったのも、彼なりの誠実さだったのかも知れない。とはいえ、彼の時代そして地位において、そんなことが理解されるはずもなかった。グランディエに対する共同体からの排除は、「魔女裁判」という最も陰惨なかたちで今しも始まらんとしていた。天使たちもまた沈黙のうちに彼の謀殺を許した。グランディエは、手遅れにならぬうちに自制を知る機会を、遂に得ることができなかった。

 ウルスラ会修道院の聴罪司祭であったミニョン神父が、最初の告発者となった。彼もまたグランディエと土地を争い、嘲笑を浴び、従姉妹を誘惑された、つまりはグランディエがつくった敵の一人であった。ルーダンで起こった悪魔憑きのすべては彼が仕組んだ芝居であったが、のちに同類の訴訟が積み上げられ、それは退け難いものとなった。枢機卿リシュリューは彼の風刺文に恨みを抱いていたし、検察官は娘を孕まされた復讐をする絶好の機会であった。そのうえフランチェスコ会、カプチン会、そしてグランディエ自身の属するイエズス会の神父までもが告発者のリストに名を連ね、グランディエの甘言を信じたために悪魔に憑依され翻弄されたという、かつて彼に捨てられた女たちが次々と証言台に立ったのである。

 この憐れな自由主義者が火刑に処されるまでのくだりはあまりに有名なので割愛するにしよう。それにしても、彼が被告となった裁判中に提示された『悪魔との契約書』(図1参照)については、ただそれが検察側の捏造であったというだけで、無価値な紙切れと見做すことはできない。
 というのも、その『契約書』は捏造者の意図を離れ、我々にとっては当時の悪魔についての想像力を示すテクストとして読むことが可能だからである。
 そしてもう一つ。史実の裁判においてはまったくの濡れ衣を着せられたグランディエであるが、皮肉なことに彼の徹底した放蕩、そして涜神というライフスタイルは、後世の「悪魔主義者」達によってそっくり模倣されることになったのである。彼はいわば、自覚を欠いた悪魔主義の先駆者であった。
 したがって、グランディエの半生と『契約書』は互いに鏡像を為しており、補い合って悪魔について深い示唆を投げかけている。次にその内容を見てゆこう。


 「我ら、全能なるルシファー、およびその介添人たるサタン、ベルゼブブ、レヴィアタン、エリミ、アスタロート、およびその他の者は、本日、我らが郎党なるユルバン・グランディエとの同盟の契約を受領したり。我らはこの者に、女どもの愛、処女らの花、修道女らの純潔、世俗の栄誉、快楽、富を与えん。この者は三日ごとに姦淫せん。酩酊は彼のものなり。彼、年に一度、我らに自らの血で記したる捧げ物をせん。教会の秘蹟を足元に踏みにじり、その祈りは我らにこそ捧げめ。これなる契約の力によりて、彼は人に交じりて地上に二十年の間幸福に生き、終には神を呪わんために我らが許に来らん……」

 この『契約書』は先ず、「全能なるルシファー」を筆頭とする悪魔の郎党に契約者が参加することが記されている。ルシファー Lucifer とは、教父時代に成立した悪魔の首魁の名であり、旧約『イザヤ書』にその初出を見出すことができる。

 あしたの子明星みょうじょう
 いかにして天よりおちしや
 もろもろのくにをたふしゝ者よ
 いかにしてきられて地にたふれしや

 汝さきに心中こころのうちにおもへらく
 われ にのぼり 我くらゐを神の星のうへにあげ
 北のはてなる集會つどい山に座し たかき雲漢くもいにのぼり
 至高者いとたかきもののごとくなるべしと

 されどなんぢは陰府よみにおとされ
 坑の最下いやしたにいれられん
(4)

 ここに云う明星 Helel ben Sahar こそが、後にラテン語聖書に翻訳された際にルシファー Lucifer の語を充てられることとなった一語である。『イザヤ書』における明星とは当時ユダヤ人を苦しめていたバビロニア王ネブカドネザル二世であり、このテクストは元来、彼の死を嘲りつつも追悼したものである。紀元前六〜七世紀の人である預言者イザヤは、彼をカナン神話におけるシャヘル Sahar に喩え、カナン伝説「ヘレルの息子なるシャヘルよ、いかにして天より隕しや……」を引用してテクストを作成した。
 これを悪魔の首魁たるサタン(5)の呼称としたのは、フレッド・ゲディングスによれば教父たちの誤読に基づくものであった。(6)その結果としてルシファーはサタンと結びつけられ、後世に伝えられることとなったのだという。しかし、『イザヤ書』第十四章第四節には「なんぢこの歌をとなへバビロン王をせめていはん……」とあり、教父らがことごとくこの箇所を見落としたとは思えないので、純粋なミスリーディングととるのはいささか疑問である。
 ところで、『イザヤ書』がこの箇所に明星 Helel ben Sahar の語を用いたのには、もう一つの含意があったのではないかと思えてならない。すなわち明星=金星とは、いまこそ輝いているものの決して太陽を凌駕することのない存在、いずれは神によって覆される存在、という一種のあてこすりだったと取れるのである。『イザヤ書』は異民族の支配が久しからぬことを告げ、イスラエル人を勇気づけることを意図して書かれたテクストであり、だからこそ教父達は、やがて神=キリストに敗れる宿命を持つ者としての明星 Helel ben Sahar の喩えを正しく理解し、そこに悪魔ルシファーの存在を垣間見たのではないだろうか。
 抑圧的な支配者とは悪魔の現世的表現に他ならず、そもそも悪魔とは天地開闢以来、我々を苦しめるために幾たりも姿を変えて現われる厭うべき存在であってみれば、ルシファーがある時には歴史的個人であったとしてもべつだん矛盾ではないし、後者が何者であろうと、その者自体の名はさほど重要とは見做されなかったのであろう。したがって、このことをゲディングスに依って誤読とするよりも、むしろ彼らは期せずして『イザヤ書』の創造的読解を行い、悪魔ルシファーの産婆役を果たしたのだと云えるのではないだろうか。

 ここで見えてくるのは、『契約書』における「万能なるルシファー」という冒頭の一文が、すでにテクスト全体の空虚を示す嘲笑的なシグナルだということである。これに対置されるべき元来の、架空のテクストは、当然ながら「万能にして唯一なる神」であり、ルシファーの名は先に見たように、己ずと「神に及ばぬもの」の意を含んでいるゆえにこの一文はパラドックスである。これは検察側が悪魔主義をでっちあげると同時に、その無価値性を暗示せんとした複雑な罠である。

 次にサタン、ベルゼブブ、レヴィアタン……と悪魔の幕閣の名が列挙されてゆく。
 ここで留意しなければならないのは、正統なキリスト教説は、少なくとも神学のレヴェルでは(巷の説教などは別として)悪魔を複数の名称、人格として扱ったことはないという事実についてである。悪魔諸侯とは、黙示文学時代におけるサタンのさまざまな異称をもとにして、主に中世文学が独自の必要性に基づいてつくりあげた創作であった。(7)というのも演劇を主とする中世文学においては、悪魔を活躍させるためにはその対話相手がどうしても必要だったのである。

  イエス 地獄ノ門ヨ、首(こうべ)ヲアゲヨ。
  扉をあけよ、高慢なる門よ。
  栄光ノ王、入リタマワン。
  至福の王がいまより入る。(中略)

 悪魔 やられた! みろ、門の横木がこわれ、
  くろがねの貫の木がたち切られた。
  みんな壊された。ルシファーさまにお知らせしよう。

 ベルゼブブ なに、地獄の辺土がやられたと。大変だ!
  ああ、サタン、おれたちは一巻の終わりだ。
  こんなひどいことはこれまでになかった。

 サタン いいか、手を抜くな。
  やつはまだまだやるつもりだ。
  あの悪党をたたきのめして、
  うんと痛い目に会わせてやれ。

 ベルゼブブ 合点だ、さっそく痛い目に会わせてやる。
  だが、あんたもきて、やつに一丁お見舞してやってくれ。
  あいつには対抗できない、
  おれたちが寄ってたかってやっつけても、あいつにはかなわない。

 サタン 何をぬかす、馬鹿野郎、何をびくびくしている。
  やつに立ち向かう勇気がないのか。
  おれの武器をもってこい。
  おれが、自らやつの相手になってやるわい。
  やい、大将、待て、
  でっけえ声で叫んでいるが、
  わしに言ってみろ、
  ここで、何をしようってんだ。
(8)

 なお、裁判において件の『契約書』を提出したさい、検察側はこの文書の出所について「ルシファーの書棚にあったものをアスモデウスが奪い、しかるのちに我々の手許に辿りついた」としている(この箇所をアスモデウスではなくアスタロトとする書物もあるが、おそらく間違い。理由は後ほど述べる)。先に、神学に於いては個別の名前と人格を持つ悪魔という観念は受け容れられたためしがない、と述べたが、少なくとも十七世紀フランスの法廷においては、悪魔は個別化され人格化された存在として取り扱われていたことになる。
 例えばグランディエの勅を受け、「聖女」ジャンヌ・デ・ザンジュを悩ませた淫魔は全部で六体おり、それらの名はリヴァイアサン、アーマン、イザカロン、バラーム、アスモデ、ベヘモットであるという。他の修道女たちについても、いかなる名前の悪魔が身体のどの部位に取り憑いているか、綿密な調書がつくられた。
 今日からすれば、このような供述は中高生くらいのオカルト遊びであろう。だが当時は、かかる供述が真剣に取り沙汰されていたのである。騒々しくかつ滑稽――すなわち裁判と大衆劇は、アナロジーの関係にあった。


 ところで、通常ルシファーに対応する罪とは「驕り」と「情欲」であるとされている。このうち先に成立したのは「情欲」の罪であり、この罪を犯したがために天使たちが天界を放逐されることとなったいきさつについては、中世悪魔学に影響が強いと云われる旧約聖書偽典中の『エノク書』が最初にそれを伝えている。(9)同書によれば、彼らははもともと天使であったが、あるとき下界に降りたさいに人間の娘がいるのを見て情欲をそそられ、それゆえ神の怒りに触れて神通力を失ったのだという。
 なお、『創世記』においてこれに該当する箇所は第六章第一節から第四節までである。

 人地ひとちおもて繁衍ふえはじまりて女子之おんなのここれに生るゝに及べる時
 神の子たち人の女子むすめの美しきを見てその好む所の者をとりて妻となせり
 ヱホバいひたまひけるは我霊わがみたま永く人と争はじ其は彼も肉なればなりされどかれの日は百二十年なるべし 
 當時このころ地にネビリムありき亦其後またそののち神の子たち人のむすめの所に入りて子女こどもうましめたりし其等それらも勇士にして古昔いにしへ名聲ある人なりき
(10)

 ここでは天使が人間の娘との関係を取り持ったことについて、直接にそれが罪であったとは描かれていないし、そうした行為が堕天使の縁起につながったというような記述もない。だが、天使と人間のあいだに生まれた子供は呪われた巨人族であり――マカバイ派の偽典『ヨベル書』でははっきりと、この巨人たちこそが暴力と邪悪、悪霊を生み出したとしている。『創世記』おける「勇士」というのはスティグマ的表現であろう――、さらに続く第五節は、

 ヱホバ人の悪の地におほいなると其心そのこころ思念おもひすべ圖維はかる所の常に惟悪ただあしきのみなるを見たまへり

 というように、ノアの伝説の冒頭部、人間の堕落についての言及であることから、この章全体が禍々しいムードで書かれていることを読むことができる。

 いっぽう『第二エノク書』では、あるグループの天使たちは驕りゆえに神に叛き、それゆえ罰せられたとされている。「天使の序列につらなる一人が、序列を離れてありえざることを考え、自らの座を地の上の雲より高くして、いかなる力をもつものとも伍するようにしようとした。かくてわたしはその天使を他の天使たちとともに天から投げだし、彼は底なしの深淵の上をいつまでも飛んでいた」。(11)新約聖書は『第二エノク書』の悪魔観を踏襲している。かくして黙示文学時代以降、「驕り」と「情欲」の罪が長らくルシファーに着せられることとなった。
 ところが中世に至ってルシファー以外の悪魔が名乗りを上げると、これら魑魅魍魎どもはそれぞれの個性に応じて人間の悪徳に対応するものと見做された。これを集成したのはドイツの法学者ビンスフェルド(1540?-1603)である。彼は代表著作である『魔女と悪人の自供について』(12)において、七つの大罪を次のように配分した。

 驕慢     ルシファー
 強欲     マモン
 好色     アスモデウス
 憤怒     サタン
 暴食     ベルゼブブ
 嫉妬     レヴィヤタン
 怠惰     ベルフェゴール

 ここに「好色」として出てくるアスモデウスとは、ルーダンの裁判においてルシファーの書棚から『契約書』を盗み取ったとされるあの悪魔の名と同一であることに注意されたい。『契約書』は当然ながらルーダンの裁判に前後して制作されたものであり、それはビンスフェルドの所説が最も強い影響力を持っていた時期でもあった。してみれば、この悪魔が『契約書』を検察側に明け渡す羽目となったのは、彼が悪魔陣営におけるグランディエの「担当者」であったためと考えるのが自然ではないだろうか。
 契約の核心がグランディエの情欲を満たすことであるのだから、「情欲」を領分とするアスモデウスがそれを担当していた、という可能性は高い。彼はおそらく、ルシファーから預かり受けるかたちでグランディエとの『契約書』を管理していたのだろう。
 そうして夜な夜な修道女に取り憑いているうちに、悪魔祓いの神父たちが仕掛けた香を嗅いでしまい、樫の虫瘤と魚の肝を燻した強烈な匂いに前後不覚となったところをしてやったりと召捕られたのち、「逃がしてほしくば『契約書』を取ってこい」「そんなことをしたら大王さまに叱られますがな」「ではお前の身柄は天使ラファエル様に引き渡すがよいか」「そ、それだけはご勘弁を」「嫌ならつべこべ云わずに取って来い!」「わかりました、わかりました(さっさとズラかっちまえ)」「云っておくが途中で逃げようとしても無駄だからな」「えっ」「不審な動作があれば、ラファエル様がただちにお前をすり身にしてしまうからそのつもりでいるがよい」「とほほ峠のとほほ村……」というような問答があったののちに、不承不承『契約書』を差し出したのである。

 なお、ルーダンの事件の数年後に起きたルーヴィエの悪魔憑き事件(13)においても、下手人とされたのはこのアスモデウスであった。じつに懲りない輩であるが、教会も一度はかかる悪魔の捕縛に成功したのであれば、そのときにさっさと始末をつけるべきだったのではないだろうか。あるいは、アスモデウスと教会との結託を疑ってみるべきかも知れない、というのは云いすぎであろうか? しかし次のようなアスモデウスの気配り(?)は、どのように解せばよいのだろうか。

 悪魔たちは毎回派手なパフォーマンスをして、翌日のプログラムを群集に予告するほどだった。たとえばアスモデという悪魔は五月十九日に、「あすの五月二〇日土曜日、午後六時にこの修道女の心臓の上を割って体の中から出ていくことを約束する。その割れ目は血みどろになるだろう」などと言っているのが記録されている。その日には、二千人の見物客がおしかけた。
 (中略)
 修道女たちは仮説舞台のようなところに修道院長のジャンヌを先頭にずらりと並べられた。彼女らは痙攣し全身を震わせたかと思うと、床に激しく体をたたきつけることをくりかえした。「舞台」の上の配置でも、ジャンヌが修道院長としての特別扱いを受けたという事実がこの演し物をますます演劇的にした。ジャンヌは主役なのだ。
(14)

 一つには、エクソシズムの力を誇示することが教会の権威につながるという見方は当然ながらあるだろう。加えて陰湿でかつエロティックな娯楽として、かの悪魔祓いは群衆を喜ばせたであろうことは間違いない。
 だが、これについての最も興味深い指摘は竹下節子によるもので、「ウルスラ会が集団で悪魔に狙われたということは、それだけでウルスラ会に霊的な価値があるからだとみなされた」のであり、「それはイエス・キリストが神の子であるが故にすべての人間の罪を引き受けて、裸で鞭打たれて晒し者にされて屈辱的に刑死したというキリスト教の根本義にもかかわっている」のだという。(15)慧眼というべきであろう。

 ビンスフェルドによって、ルシファーは「情欲」とは切り離されることになった。だがそれは、悪魔の王たる彼に充てられた「驕り」の罪が、罪のなかでもとりわけ重い罪として認識されていること、他の諸々の罪は「驕り」に従属するものであることを暗に示している。まこと、ルシファーの罪はあらゆる罪のなかで最初のものであった。罪とは、彼が神に叛く決心をしたさいに、その額から生じた娘なのである。

 集會の折、膽太きもふとくも汝にくみせし天人達の前にて汝は俄かにいたましき苦痛にとらはれ、 眼はくらみ、暗黒やみのうちにくるめき、頭は盛んに焔を放ちつゝ、終に左右に側に廣く口を開き、形と輝くすがたの汝にいとよく似たるが、神々しく美しく光を放ちつゝ、よろへる女神として、汝が頭より我は出づ。驚きは天の全衆をとらへ、一同みな初めは恐れて退き、我を『シン』と呼び、不吉のしるしと我を思ひしも、馴れては、我はいとも嫌へるをも喜ばし、魔力ある美しさもて魅し了りぬ―― に汝を。(16)

 加うるなら、情欲、憤怒、嫉妬、怠惰……といった他の罪があくまで倫理的なレヴェルにおける罪であるのに対し、「驕り」とは神を全能にして唯一なるものと仰ぐか否かという、信仰それ自体にかかわる罪であるがゆえに、教会にとって最も由々しき罪であったと捕捉することもできよう。
 このような、神の許を離れることによってあらゆる罪が生じるという教説の反映が、くだんの『契約書』には顕著に見られるのである。


 『契約書』における悪魔とは、つまりは罪に名が与えられたものというのが核心であり、究極的にはそれはルシファーの罪、神を否定する罪によって統べられるものであった。そして、グランディエの生き方が神に対する懐疑と人間元来の自由を称揚するリベルタンの思想に合致することを見るならば、かかる罪とは当時教会の足元を侵食していた自由主義の潮流を含意するものであったと見做すことができる。グランディエはいわば、教会のヒステリックな予防行為の犠牲とされたのである。
 だがルーダンの裁判によっていま一度神とは潔癖なものであり、諸々の欲望とは悪魔に属するものであることが強調されるや、それ自体は教会側の意図したとおりであったにもかかわらず、人々にとって神に対する信仰を細らせる結果を招いてしまった。
 というのも、人間の自然な感情であるところの諸々の欲望が罪であるとされる時代は、まもなく終わろうとしていたからである。自らをして自らの王たらしめ、己れに欲望が存在することを率直に認めようとする態度は、罪でないばかりか何ら恥ずべきではない、むしろ自主独往のかなめであることに、彼らは気づき始めたのである。



 [註]

 (1) ユルバン・グランディエが悪魔と交わしたとされる契約書。一六三四年、ルーダンの裁判において提出された。ラテン語の鏡文字で右から左へと綴られた用意周到な「証拠品」は裁判の行方を決定づけたが、内実は検察側による全くの捏造であった。訳文は松田和也氏によるものを参照した。

 (2) 一六三ニ年、ルーダンのウルスラ会修道院において院長ジャンヌ・デ・ザンジュをはじめとする十四人の修道女が悪魔に憑依された事件。悪魔祓いの最中に悪魔が証言したところによれば、「我々のこのように仕向けたのはユルバン・グランディエ司祭である」とのことであった。グランディエは直ちに捉えられ、拷問ののち生きたまま火刑に処された。一連の謀殺は彼の政敵たちによって仕組まれたものであった

 (3) 彼の謎めいた、あるいは驚嘆すべき誘惑術について、プランシーは一種の媚薬のようなもの、あるいは催眠術のようなものを用いたのではないかと推測している。もっともグランディエと修道女らには直接の面識などなかったとする文献もあり、真相はわかっていない。

 (4) 『舊新約聖書』日本聖書連盟、一八八七年 所収「イザヤ書」第十四章十二‐十五節。

 (5) ヘブライ語で「妨げるもの」の意。神敵としてのサタンは、旧約聖書の時代より悪魔中随一の存在であるとされていた。ただしグランディエの契約書においては、サタンはルシファーとは別の存在とされ、むしろその下位に置かれている。註7も参照のこと。

 (6) Fred Gettings:DICTIONARY OF DEMONS,1988/フレッド・ゲディングス『悪魔の事典』、青土社、一九九ニ年。彼によれば、ルシファーとサタンが同義と見做されるようになったのはオリゲネスに始まるとのこと。ちなみに、土星 saturn はローマ神話のサトゥルヌスが語源となっており、サタン satan とは無関係。

 (7) 中世文学は、本文中のようないきさつで合一されたサタンとルシファーを、再び分化する傾向があった。そのさい、ルシファーが上でサタンがその臣下になるケースのほうが、逆の場合より多く見られる。

 (8) Richard Beadle & Edward Arnold:The York Plays,London,1982/ヨーク劇『地獄の征服』一八一‐二一六行。翻訳は石井美樹子氏による(『中世劇の世界』中公新書、一九八四年を参照)。

 (9) 旧約聖書偽典。エノクが地下世界シェオールを旅し、さまざまなものを見聞する。このテクストは悪魔との契約法について多くの記述を含んでいたために、後世の悪魔学者にとって魔女イメージ形成の素材とされた。

 (10) 註4に同じ。

 (11) Jeffrey Burton Russell:The Prince of Darkness,Cornell University,1988/J.B.ラッセル『悪魔の系譜』大瀧啓裕訳、青土社、一九九〇年。

 (12) Peter Binsfeld:Tractatus de Confessionibus Maleficorum et Sagarum,1589

 (13) 「ルーダンの悪魔憑き」事件の数年後に起こった同種の事件。ここで悪魔に憑依されたのはルーヴィエのフランチェスコ派第三会修道院の修道女マドレーヌ・バヴァンであり、焚刑に処されたのはトマ・ブーレ神父。

 (14) 竹下節子『バロックの聖女』工作舎、一九九六年。

 (15) 註14に同じ。

 (16) John mikton:Paradise Lost,1667/ミルトン『失楽園』繁野天來訳、新潮社、一九ニ九年


 [図版](上から順に)

 (1) ユルバン・グランディエと悪魔との契約書。パリ国立博物館蔵。注1を参照。

 (2) frontispice par E. Grasset:Ouvrage du Dr Legue,1880

 (3) Execution du sieur Grandier(作者不詳)

 (4) 中世における劇場見取り図の例。上方に天国およびその梯子、下方左に「地獄の口」が置かれている。

 (5) Athanasius of Alexandria:VITA S.ANTONI,356&362/「ある夜、悪魔どもはアントニウスの部屋まで入り込み、彼が悶絶し倒れるまで打擲したのち立ち去った」

 (6) J.Collin De Plancy:Dictionnaire Infernal,1863 における挿画 Asmodeus

 (7) 映画『肉体の悪魔』(原題:THE DEVILS)、ケン・ラッセル監督、1971 スチール




 カイエ篇

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