The power of Ray's music!




 






"I was born with the music in me,
that's the only explanation I know of."






●今年亡くなったレイ・チャールズ。彼の音楽をベースにした伝記ドラマが誕生した。レイ・チャールズ・・・、彼が存在しなければアメリカの音楽に大きな空洞が開き、其々の音楽の融合といった試みは相当に遅れていたのかもしれない。


Does this glass bottle have a meaning? Jazz, Rhythm & Blues, Rock and Roll, Gospel,Country & Western-into his art
彼がいなかったら・・・・彼の努力、彼の苦痛、彼の内に潜む闇を超えて、彼がブルース、ジャズ、カントリー&ウエスタン、リズム&ブルース、ロックン・ロール、ゴスペルといった素晴らしい彼自身のルーツ・ミュージックを、類い稀なる企画力ともいえるアイデア、センスで世に送り出していった事が、この映画を見れば一層鮮やかにその軌跡を目の当たりにすることになる。
そして、彼がいなかったら、私達は歓喜するような音楽の魂迸る瞬間に出会う機会の多くを、いまだに持ちえていないのかもしれない。

TAYLOR HACKFORD=テイラー・ハックフォード監督、JAMIE FOXX=ジェイミー・フォックス主演の映画『Ray』は、今やアメリカの伝説となった音楽家レイ・チャールズの伝記を描くことによって、レイ・チャールズのエネルギッシュなミュージックシーンを再現すると同時に、演技力に長けた魅力的なアフリカ系アメリカ人の俳優達の背中を押して、華やかなスポットライトの下へ送り出した貴重なフィルムともいえるだろう。


映画『Ray』の物語は、彼が徐々に視力を失っていく少年時代、1948年から、独自の創造的な音楽の演奏者として成功を収め、その経歴がピークに達する1960年代中頃までを中心として描かれた。

まずは、レイがまだ目の見える少年時代から物語は始まり、その暮らし振りが現れる。そして、レイがなぜ音楽界で成功していったという背景を母親の生きる姿を介して私達に伝えるのだ。

ジョージア州のオールバニーに生まれたレイ・チャールズ・ロビンソン。貧しかったロビンソン一家は新天地を求めて、オールバニーからフロリダに移り住んだそうだが、映画の中で描かれるレイの少年期は、オールバニーから始まり、フロリダへ移住する前か・・・。レイは、音感に優れた少年だった。彼の中には当時のバプテスト教会の賛美歌を歌う人々の歌声が木霊し、南部特有の洗練とは無縁だが、実に味わい深いブルースの響き、当時の音世界が刻まれていった。
レイは、5歳の頃には既にピアノに触れていたといわれているが、映画の中では音との印象的な出会いの場面が用意され、また、その優れた音感がいかに彼を自立の道へ導くかも描かれていく。

南部に喘ぐアフリカ系アメリカ人の母親アレサ。洗濯女で子供を育てながらも不屈の精神に溢れた気丈な母親の下、レイは弟と共に好奇心豊かな少年時代を過ごす。しかし、彼が6歳の頃に患った緑内障は、当時のある出来事による精神的苦痛も伴い、徐々に進行する。彼の家には手術代の余裕などなかった。レイは、7歳の頃には完全に失明した。彼の目が見えなくなっていく時、母親は音に人一倍敏感であった息子の特性を伸ばし、彼が一人で世間を渡り切っていくためにどうしたか。
目の見えない我が子が、やがて一人立ちして生きていく時に必要なこととは何か。
映画は、レイのその後に関わる重要なバックボーンを明るい陽射し溢れる下で、分かりやすく説得力ある場面展開で繋いでいく。
映画の中に父親の姿は見えないが、実際にはレイが10歳の頃に他界。母親は身を粉にして働いてレイを育てるが、彼が15歳の時に亡くなる。孤児となったレイは、聖オーガスティン盲学校に通う事になるが、その当時から亡くなるまで、彼は杖や盲導犬を一切使うことはなかったという。


Ray Charles was excited to be portrayed by Foxx.I think he's phenomenal. He's a wonderful man.レイを演じたジェイミー・フォックスについて添えておこう。フォックスは、幼い頃、両親の離婚により母の養父母に引き取られた後に、母と同じく養子となっている。信心深いクリスチャンであった養母の熱心な勧めにより3歳の頃にはピアノのレッスンをスタートしている。スポーツ万能でありながらも奨学金を受け大学では音楽(ピアノ)を専攻したフォックス。彼の音楽との関わりは幼少の頃から開始され、今回、それが役立っている。

ジェイミーは、レイを演じるために、レイ・チャールズ本人と何度かのセッションを行ったという。当初は、うまくいかなかった。当たり前だ。二人の音楽の土台、基本の相違は明らか。しかし、レイの伝記映画でレイを演じるのはジェイミーだ。レイは、ジェイミーがこれまで築いてきた演奏スタイルに、まるで新たな油を注ぎ込むかのように彼を奮起させ、レイのスタイルを習得させようと試みた。レイのジェイミーに対する厳しさは並ではなかったという。しかし、演奏が次第に高まり、ついにレイの求めるスタイルにジェイミーが達した時、レイは歓喜したという。

「それ、それだッ。まさにそれだッ、ジェイミー!。コイツは、俺の音楽をやれるんだ!なんて素晴らしいヤツだ!。」
ジェイミー・フォックスは、レイから直にその個性的な役を吸収し勝ち取った。







ジェイミー・フォックスにより演じられた自分自身を見た(聴いた)レイは興奮したという。
当初は、疑心暗鬼だったジェイミーに対するレイの信頼は日増しに強まり、次第に周囲の者達もジェイミーがいかに適役だったのかを連呼するようになったという。

レイは生前にこう語っている。
「レイ、信じられない位にヤツは、本当に君そっくりに歩くんだ!、フォックスは君のあらゆる面を正確に再現している、と周囲の連中が私に言うんだ。私はこの映画の制作の為に、彼と共に過ごした経験に基いて言うんだが、ジェイミー・フォックスは実に驚異的だと思う。彼は素晴らしい男、
wonderful manだぞ。」

アメリカの音楽産業の中で数々の偉業を成し遂げてきたレイ・チャールズが存在し、彼の役を演じることの出来る俳優ジェイミー・フォックスがいたから、この映画は成功した。それほどに、フォックスの演じたレイの姿は、音楽シーンにおいて、ある瞬間生き写しに見える程に迫真の場面を展開する。 しかし、ここで勘違いしてならぬのは、フォックスが生き写しのように見える場面があるからこの映画は凄い!というのではない。これはスタンダップ・コメディアンを通過してきた、フォクスの物真似ショーのパフォーマンスではない。彼は南部育ちの天才的に音楽に長けた盲目の男が、どのような道筋で、頂点へ上り詰めていくかといった駆け引きや苦悩を、その演技によって明確に引き受けているのだ。 私が、彼を初めて見たのは、若い頃から彼が得意としていたスポーツを主題にした『ANY GIVEN SUNDAY』(エニイ・ギブン・サンデー:製作1999年)だった。しかし、あまり気にもとめずにいると、5年後にこういった快挙を成し遂げる俳優になっていたのだ。参った。






Sharon Warren makes her feature film debut in Ray with her performance as Aretha Robinson, Ray Charles' fiercely independent mother. この映画では、その印象を強く刻ませられる新たな女優が誕生した。ジョージア州アトランタの地方舞台で役者としての修行を積んでいたシャロン・ウォーレン。
レイの母親は、31歳の若さで亡くなっている。母親は、貧困の中にあっても決して世の中に屈することのない強靭な精神力を持ち、猛烈なエネルギー、タフな愛情でレイを育てたと伝えられているが、その実、痩せた細った虚弱な体質であったようだ。子供を愛し、養うために洗濯女として働きづくめの中、不幸が訪れるが、彼女は音を上げない。彼女にめげる暇などなかった。彼女は盲目の我が子が自立するための道筋をつける。

監督のハックフォードにとって、このレイの母親を演じる事の出来る女優のキャスティングは最も重要課題だった。母親役を見つける事が出来なければ、音楽シーンに挑んでいくレイの姿はリアリティを欠いたものになっただろう。全ては映画の中で時折り、フラッシュバックする幼少期の重要性が鍵であり、救いになるのだ。

それが、ある日、シャロン・ウォーレンと出会う事になり、誰もが目を見張る女優の出演が実現した。

監督ハックフォードは、レイを育てた母親役の女性に生命力を感じさせる女優を求めていたようだ。しかし、相応しい女優に出会う事が出来ないままに時間が経過する。間もなく撮影も間近という段になってもキャスティングは難航した。ある日、アトランタに出向いた時に、偶然出会ったその地の舞台役者がシャロン・ウォーレンだったという。
彼女は、レイの母親を演じるに相応しい演技者としてのエネルギーに溢れ、まさにカリスマを持った女性だった、とハックフォードは語っている。
アトランタで出会ってすぐに、彼女に渡された脚本の2、3ページ。与えらた彼女は凡そ15分程度でその内容を掴んだ。彼女の前にテープレコーダーを置き、セリフを録音し始めた・・・、その瞬間にハックフォードは「ああ、神よ、彼女はまさしくレイの母親、アレサだ!」と思ったという。

シャロン・ウォーレンは語っている。
「レイの母親であった彼女は、貧困のアフリカ系アメリカ人が経験した全てから、この世界で我が子が生き残るためには、彼が非常に強くなければならないことを知っていました。アレサは息子が障害者として扱われながら生きていくこと、息子が世の中の同情で生きて行く事を望まなかったのです。母親アレサは、レイのために、
'tough love'、を身を持って実証したのです。その母親の持っている性格的な要素、本物のパワフルさ、彼女の精神の強さを、私はこの映画で描き、伝えたかった。」

いくつかの演技賞を受賞しながら実力はあるものの、地方の劇団の演技者として暮らしていたシャロン・ウォーレン。
彼女がいかに適役だったかは、その映画デビュー作『Ray』を見れば一目瞭然だ。







盲目の彼が音楽と出会う様子、音楽の世界に飛び込んでいく様子は、映画の中で次第に明らかにされていく。

1948年3月、レイ17歳。
彼はフロリダから単身、グレイハウンド・バスでアメリカを横断する。
ピアノ奏者として、彼の音楽を更に磨き、稼ぐためにジャズシーンで活気溢れたシアトルに向かう。映画にはないが、この時彼は友人に借金をして、盲学校を飛び出していたのだという。

さて、バスに乗るためには、まず開かねばならぬ扉がある。人種差別、盲目への偏見。
その扉をレイ流の機転の利いた応答でクリアする辺りから我々は、当時の時代に入り込んでいくことになる。

当時、黒人がどう扱われていたのか。それは、レイがバスに乗車する前後の場面にある。しかし、そのバスにどのようにして彼が乗車するのか、運転手とレイのやり取りがある。そこにサヴァイバルに長けたレイの成長を確認し、同時に見る者は幼い日の母子の場面が蘇えるのだ。

ここでは、敢えて内容に触れておくが、バスの中は当然、仕切りテープがある。
ホワイトの席とアフリカ系アメリカ人の席は当時は分けられていた。それより以前は、同じバスに乗車することすら、カラード(特にアフリカ系アメリカ人)はできなかった。
映画のシーンであの仕切りを見た瞬間、私は、嗚呼、とイエローの自分が座る後方の席を見た。
それを目撃する時、私達はテープの向こう側の人間だった事を改めて認識する事にならないだろうか。私は、これまでに公民権運動当時を記録したドキュメンタリー等を見た事はあったが、今回ほど、お前もカラードだよ、と言い放たれているような気分に陥ったことはなかった。
この映画を見たアメリカ人(カラー不明)が、あるサイトで記述していた。
“色のスペクトルを下って行けば、ホワイト、アジア人、ラティーノス、アメリカインディアン、ブラック”と。今は、日本人、アジア系の扱いは都会ではかなり優遇されている部分もあろうが、広いアメリカ、日本人は無論カラード扱いだ、という事を時代が変わっても再認識させられる場面ではないか。
レイは、盲目だった。見えない苦難があった。見えないから救われたこともあった。その両面と、当時の時代背景を分かりやすく、簡潔な映像により構成した事が『Ray』を成功させているひとつだ。
但し、これは差別と闘ったアフリカ系アメリカ人をテーマにした物語ではない。あくまでも音楽というジャンルで優れたポピュラリティーを開花させ、成功した人物の伝記物語だ。











ジェイミー・フォックスはレイとしてそこに立つ。シアトルに到着する瞬間から、彼の音楽家としての経歴がスタートする。
数多くのミュージシャンとの出会い。アフリカ系アメリカ人が金を稼ぐには、ある種のスポーツか、芸能の道が手っ取り早っかった時代でもある。彼の盲目はハンディではないと言い聞かせた母親。誰にもひけを取らない彼独自のものを持つべきだと常に励まし勇気づけた母親によって、彼は優れた音感とピアノという後ろ盾を得て歩き出す。

アメリカ南部を中心にして、脈々と息づく音楽をバックボーンに、彼の音楽は次第に評判を呼んで行く。
それは、彼が育った環境に根づいたブルースやゴスペル、ジャズ、当時のアメリカンミュージック・シーンのポピュラー・ヒット、ロックン・ロール、さらにカントリー&ウエスタンなどを巧みに融合させて彼独自のスタイルを創り上げ、次々と新たなリズム、サウンド、歌を一体化した名曲を生み出し、人々を歓喜させたのだった。
この辺りの映像の運びは小気味良い。ルース・ブラウン、ラヴァーン・ベイカー、ドリフターズ、ボビー・ダーリン、クライド・マクファーター等の懐かしい名曲を次々に送り出したアトランティック・レコードの伝説的な創設者Ahmet Ertegun=アーメット・アーティガンと、「R&B」というネーミングを生み出した元ビルボード記者という背景を持つJerry Wexler=ジェリー・ウェクスラー。この二人とレイのレコーディング模様などはファンには堪らないだろう(もしかするとミキシングをしていたのが一応、トム・ダウドの設定か)。また、女性ヴォーカルグループ「クッキーズ」が「レイレッツ」に移行する件も用意されている。そこにABCへの移籍前後のエピソードが繋がり、さらに華やかで時には修羅場も含んだ女性関係も描かれた。(ま、ほんの一例程度だが)
やがて、彼は世界が注目するミュージシャン、アーティストとして、次々に爆発的なヒットを放つ。同時にその過程の中では、薬物依存に陥っていくダークな場面も用意されている。









映画『Ray』は、レイ・チャールズという揺ぎ無い不動の地位を築き上げた天才的な音楽家の姿を、生前、レイ自身の承諾によって描かれた伝記物語だ。
レイ・チャールズが亡くなる数か月前のインタビューでは、レイ・チャールズ自身が映画に関して語っている。

「私は映画を見ることができる。監督のテイラーによって出来上がった映画を見る事が出来るんだ。彼は私の生活をかなり深く、辛辣な部分でさえ描いているが、その映画を見る人々の為にそれは全て納得している。映画は、私が幼かった頃、そして私がこれまで実際に経験してきた苦難を描いている。私は私自身に起きたいくつかの素晴らしい出来事と同時に、いくつかのかなり劇的な出来事を経験しているんだ。この映画を見た人が必ず逆境から回復することができる、それを私は知りたい、と思っている。私は打たれ強い人間だ。何度か打ちのめされて、倒れたこともあった。しかし、私は決して降参することはなかった。私は降参しないんだ。」

映画『Ray』は、レイ・チャールズの音楽がふんだんに溢れている。内容的には脚色の色濃い部分もある事は否めないまでも、彼の音楽面の成功に絞った明確なトーンを以って出来上がった、といえるだろう。


主演のジェイミー・フォックス。彼はまず、心からレイの存在に敬意を表した後に、全身全霊で役に入り込んだ、といえるだろう。音楽は当然、レイ・チャールズのモノが使用されてはいるが、撮影においては、全ての楽曲を弾きこなし、ある部分ではまさにレイそのものに見える。そしてある部分ではフォックス自身の声も使用されている。
さらに、ある場面で観客は、彼がレイを演じながらも、演技者ジェイミーとして認識出来る場面も用意されている、と私は思う。が、実はそれは監督の選んだ挑戦でもあったのか、ととれる程に納得のいく構成でおさまった。


レイ・チャールズ、彼がこの街のステージに立ったのは、1977年。1日2回のショーをホール、その後はナイトクラブ、いわゆるキャバレーのステージで行った。ナイトクラブのステージは未見だが、ミラーボール回る華麗なステージであり、レイ・チャールズ・シンガーズを従えて登場したタキシード姿のレイは終始熱く、眩かったと後のクラブの経営者に聞いたことがある。



彼のルーツ・ミュージックは崩れないままに、新しい歌を生み、それらはポピュラリティーを持って世界中でヒットした。いったいどれだけの人々が耳にし、歌った事だろうか。

彼は確かに偉業を成し遂げたと人物だ。私生活云々は、この映画『Ray』を語る場合には、しばし脇に置いた方が良い。彼が存在した事でどれだけの名曲が世に出たのか。どれだけの新しいミュージシャンが育ったか。さらに、繰り返すが、彼がいたからこの映画は出来たのだ。ジェイミー・フォックス始め、普段は脇の脇、または出番もなかなか回らないアフリカ系アメリカ人俳優達の活躍の場を用意したのもレイ・チャールズの功績だと思う。 彼の存在は、障害を持つ人々を勇気ずけもしただろう。そして、人種の色分けによる偏見を少しは塗り替える役割も果たしたと、思っている。

映画『Ray』を観に行かないか。レイ・チャールズってカッコ良いぞ。レイ・チャールズを演じたジェイミー・フォックスを映画館に観に行かないか。本当にいいんだ。アイツの映画なんだ。映画を見ながら自然に身体が揺れてくるんだ、足がリズムを刻むんだぜ、ったく!見惚れるぜ!




Directer & Screenwriter
●Directer: Taylor Hackford テイラー・ハックフォード
●Screenwriter:Taylor Hackford テイラー・ハックフォード James L. White ジェイムス・L・ホワイト
監督:Taylor Hackford=テイラー・ハックフォード(1945/12/31)
ゲバラ亡きボリビアで2年間従軍経験後(多分)、ロスのテレビ局入社。2度のエミー賞受賞。78年から映画界入り。代表作に「愛と青春の旅だち」(アカデミー賞助演男優と主題歌の2部門受賞)。その他に「熱き愛に時は流れて」(88)「チャック・ベリー/ヘイル・ヘイル・ロックンロール」(87)「ラ・バンバ」(87)「ホワイトナイツ/白夜」(85)「カリブの熱い夜」(84)などがあり、映画作りは巧い。因みに製作で参加した「モハメド・アリ かけがえのない日々」(96)はアカデミー賞長編ドキュメンタリー部門受賞。『カレンダー・ガール』のヘレン・ミレンは妻。

この映画の土台となる草案は脚本家James L. White=ジェームズL.ホワイトが手掛けた。彼はレイの物語と同様な要素を持った脚本家だった。つまり、彼自身が南部の出身であり、アフリカ系アメリカ人である。また、彼は、レイが常に人一倍努力しなければならなかった生活の中に、いくつかの同様の痛みを持っていたという。レイの伝記物語を脚本化するにあたり、他の者では得られなかった人種、生活などの深いレベルにおける理解と共感、そしてレイに対する憧憬の元に、この映画の土台は構築されたのだと、推測できるのではないか。

※監督であるTAYLOR HACKFORFD=テイラー・ハックフォードは、パートナーのプロデューサー、STUART BENJAMIN=スチュアート・ベンジャミンと共にこの映画を作り上げた。因みにベンジャミンは、レイ・チャールズの伝記に基くこの物語の映画化にこぎつけるまで、15年を費やした。

Cast
●Cast:Jamie Foxx ジェイミー・フォックス Regina King レジーナ・キング Kerry Washington ケリー・ワシントン Clifton Powell クリフトン・パウエル Aunjanue Ellis アンジャンヌ・エリス Harry Lennix ハリー・レンニクス Terrence Dashon Howard テレンス・ダショーン・ハワード Larenz Tate ラレンツ・テイト Sharon Warren シャロン・ウーレン


レイが愛した妻デラ(最初の妻ではなかったはず)は、KERRY WASHINGTON=ケリー・ワシントン。『The Human Stain』(白いカラス)『Against the Ropes』等に出演

CLIFTON POWELL=クリフトン・パウエルは、レイの初期の音楽のパートナーであり、ロード・マネージャージェフ・ブラウンを温かく、また時代に忘れ去られる人物のような哀愁を含んで演じる。『BONES/ボーンズ』『Never Die Alone』等に出演。

後にレイのマネージャーを引き継ぐジョー・アダムズ役は、HARRY LENNIX=ハリー・レンレックスが、精悍でビジネス手腕に長けた人物振りを如何なく発揮。『サスペクト・ゼロ』『マトリックス リローデッド』『マトリックス レボリューションズ』『コラテラル・ダメージ』『タイタス』『ボブ★ロバーツ/陰謀が生んだ英雄』等に出演。

ジャズ・ギタリストGossie McKee=ゴッシー・マッキー役は、TERRENCE DASHON HOWARD=テレンス・デイション・ハワード(Biker Boyz)。

レイと出会いのシーンでは、観客から笑いが漏れるのでは、と思えるのは、若き日のQuincy Jones=クインシー・ジョーンズ。演じたのは、LARENZ TATE=ラレンツ・テイテ。外見が似ているわけではないのだが、常にレイを慕う、愛嬌あるミュージシャンの若者を演じた。『Why Do Fools Fall in Love』等出演。




RICHARD SCHIFF=リチャード・シフ(『The West Wing』)と、CURTIS ARMSTRONG=カーティス・アームストロング(『Dodgeball』/ドッジボール等出演)は、この映画の中で数少ない白人演技者として参加。彼等は、アトランティック・レコード幹部のアーメット&ジェリーに扮した。初期のアトランティック・レコードがどのように優れた音楽を我々に提供していったか、そのソースを明らかにする役回りであり、レイの理解者として登場。

サキソホン奏者David "Fathead" Newman=デービッド・フェザード・ニューマン役には、BOKEEM WOODBINE=ボニーム・ウッドバイン。『Detonator』出演。

レイのバックアップ・ヴォーカル、メリー・アン・フィッシャー役は、AUNJANUE ELLIS=アンジャヌー・エリス。『Garden State』(ガーデンステート)等出演。

そして、レイが盲目であっても自立した人間として1人で生活できるように望み、厳しく育てた母親Aretha=アレサ・ロビンソン役を今回、映画初出演となった新人のSHARON WARREN=シャロン・ウォーレンが素晴らしく演じた。

レイの恋人であり、レイ・チャールズのバックアップ・コーラスとして「クッキーズ」から急遽「レイレッツ」に移行したグループのシンガー、マージー・ヘンドリックス役を演じたのは、REGINA KING=レジーナ・キングだが、歌唱力も抜群に、強力な魅力を振り撒いた。『シンデレラ物語』等出演。(2004年:アメリカ製作:アメリカ2004年10月29日公開/日本公開1月29日)





Supplementary information




The glass bottle which flutters in a wind...Bottle Tree.
映画の冒頭、そして物語の中にフラッシュバックする『BOTTLE TREE』。
木に吊るされた色鮮やかな瓶。それは陽の光を浴び、美しく目に映った。
一説によればアフリカ、コンゴを発祥とする魔除けの風習。アフリカから連れてこられた奴隷達が買主の主人から自らの魂を守るために、かつてジュジュという悪魔除けに使ったボトムツリーをアメリカの地で再生させたものらしい。特に奴隷制度が根強く残り、アフリカ系アメリカ人にとって厳しい環境だったアメリカ南部がその中心であるという。ガラス瓶は、その中に邪悪な精神を引き込み、中に閉じ込める。風が吹けば、閉じ込められた精神の呻き声が聞えてくる・・・という。中でも青色のガラス瓶はより強力な魔除けと信じられていたという。写真は参考までに掲載しているが映画とは、スタイルが違う。木の枝に瓶を逆さに突きさす様式の物。因みに、バオバブ系だと思うのだが、まさしく太っ腹ボトルのようなボトル・ツリーという学名の樹も存在する。
映画で効果的に見ることになるのは、木に吊るされたもの。また家の軒先にも吊る。映画『Ray』では、魔除けの青いガラス瓶が風になびく。美しい。しかし不幸は続く。

因みに、ガラス瓶はアフリカ系アメリカ人文化には縁が深いようだ。1900年にアメリカ南部で演奏されたジャグバンド"(Jug Band)のジャグ(jug)=『瓶』のこと。ジャグ(瓶)を吹き、それを音の出る楽器とした。このジャグ入りのバンドを『ジャグバンド』と呼ぶ。このジャグバンドでは、洗濯板を擦り音でリズムを取るものや、ウッシュタブ・ベースと呼ばれた金たらいをベースに見立てたものなど、様々な身近な品が楽器として使用される。バンジョーやギターも当然入っているが。アメリカ南部で奴隷として働く人たちにとって、身の回りにある簡易的なものが音楽を生みだす楽器となった。日々の労働の苦しみを癒す音楽はどんなところにも生まれてくる。ゴスペル、も然り。さらにブルース・ギターのボトルネック。あれも瓶を輪切りにしたものを指にはめて音を奏でたものだった。

またまた余談だが、コカコーラは1886年(明治19年)、アメリカ南部のジョージア州アトランタで生まれた。アトランタ、つまり南部周辺では手吹きのガラス瓶の生産量も多かった事も関係しているのかもしれない。ホーギー・カーマイケルの名曲を歌うレイ・チャールズ。名曲『ジョージア・オン・マイ・マインド』も効果的に使われているのだが・・・。







注意:『Ray』は、物語の重要な箇所への疑問視と共に、監督テイラー・ハックフォードがホワイトであった事も含み、特にアフリカ系アメリカ人の観客の中から、これはホワイトの映画であるという指摘が上がった。この映画は、確かにホワイトにより、ホワイトが見て賞讃する類いの音楽映画であることも否めない。ハックフォードの意図的なものかは、現段階では判明しないが、マルコムXを思い起こさせるような、やや似た外見の俳優をある部分で使っている(考え過ぎかも)。その辺りの描き方と同時に脚色の度合いは、矢張り気になる。
しかし、映画『Ray』は、アフリカ系アメリカ人の世界、差別を深く掘り下げた映画ではない。時代を振り返る時に、ここにはベトナム戦争の影はない。キング牧師やマルコムX等の動きもないが、レイ・チャールズという人物の明るさと暗さ、激しさと革新的な時代の読み取り感覚を備えた魅力を描くことに成功している。レイ個人が出会った人物達との係わり合いにより、やがて燃えるような音の光を放つ人物に変貌していく様を、ジェイミー・フォックス等が演じることで、映画館の隅々までレイ・チャールズの音が響き渡る事を可能にした。力強い瞬発力のある名曲の登場する場面、場面で精一杯の至福の時を堪能したいものだ。








Ray★Official site

      

Official site:U.S.A.   Official site:Japan




Ray Charles Official site


His song which remains forever

          
  Hit the Road Jack   Genius Loves Company



ジェイミー・フォックス(レイの追悼セレモニー)

I will see his great challenge. It continues ...


Ray Charles passed away June 10, 2004 at the age of 73.



Award record of a “Ray”

■2004年アカデミー賞
★主演男優賞 ジェイミー・フォックス ★音響賞Scott Millan Greg Orloff Bob Beemer Steve Cantamessa

■2004年全米批評家協会賞
★主演男優賞 ジェイミー・フォックス(コラテラル含み)

■2004年ゴールデン・グローブ(コメディ/ミュージカル部門)
★男優賞(コメディ/ミュージカル) ジェイミー・フォックス

■2004年英国アカデミー賞
★主演男優賞 ジェイミー・フォックス ★音響賞

■2004年放送映画批評家協会賞
★主演男優賞 ジェイミー・フォックス ★サウンドトラック賞

■ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞
★最優秀主演男優賞 ジェイミー・フォックス受賞 ★トップ10作品賞受賞


▲Tuboyaki Dialys : Go Back

※粗忽者の急ぎのアップで間違い等も多々あるかと思うとります。率直なご指摘等、何卒よろしゅうに。

尚、このページはあくまで映画「Ray」を一人でも多くの方に見ていただきたい為に急遽アップしたものです。
映画公開暫くで閉じる予定です。
関係各位の皆様、何卒ご寛大なご配慮、ご厚情賜りますようお願い申し上げます。