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Kung Fu Hustle カンフーハッスル



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Trailer:U.S.A.



カンフーハッスル(Kung Fu Hustle / 功夫)
Directer:周星馳 Chiau Sing Chi チャウ・シンチー
Screenwriter: 周星馳 Chiau Sing Chi チャウ・シンチー Tsang Kan-Cheung ツァング・カンチョング
Cast: 周星馳 Chiau Sing Chi チャウ・シンチー/梁小龍 Bruce Leung Siu-lung ブルース・リャン/元秋 Yuen Qiu ユン・チウ/元華 Yuen Wah ユン・ワー/ドン・ジーホワ/チウ・チーリン/シン・ユー/Chan Kwok-Kwan チャン・クォッコワン/林子聰 Lam Tse-Chung ラム・ジーチョン/ジア・カンシー/フォン・ハックオン/田啓文 Tin Kai-Man ティム・カイマン(ティン・ガイマン)/Leung Siu-Lung ラム・シューラン/Feng Xiaogang フェン・シャオガン/Huang Shengyi ホアン・シェンイー



上をクリック やや画像暗めですが日本字幕のtraler予告編


お正月第2弾1月15日日本公開!
「少林サッカー」に続いて「サッカーは止めた!」とボールを踏み潰すチャウ・シンチー!これがこの映画の幕開きです。今回の「功夫 / カンフーハッスル」はまさに夢のような「ありえねぇ〜!!」というカンフー・バトルのご開帳ってなもんです。技も役者も技術も遊びもてんこ盛りにしたのは、主役・監督・脚本・製作をやってのけるチャン・シんチー。ま、「少林サッカー」の大ヒットに、コロンビア・ピクチャーの出資という運び、そこで彼は今回こそはと「カンフー」に的を絞り込んで挑んだ久方ぶりの大娯楽香港カンフー・ムービーなのです。

さて、ファンは既に、よお〜くご存知の通り、カンフー大好き少年だったシウチーのアイドルは無論「ブルース・リー」(因みにブルース・リーのファンクラブ「香港李小龍會」名誉主席)。彼は、高校を卒業後に同い年のトニー・レオンを誘い、 1981年にTVB芸員訓練班第11期を受験、しかし失敗。なんとその時にトニーは合格してしまったという、や、まあそれは良かった事です。シンチーにとっては、そりゃもう当時は辛かった不合格が今になって言えることですが、当時はどうにか夜間訓練班の生徒としてスタート。
翌年、子供番組「430穿梭機」司会(子供嫌いだそーで子どもに対して柔な態度でなく結構破天荒な態度だったのが人気になったとか)、その後は数年間、テレビのバラエティ番組などに出演後、ドラマへ、さらに映画界へと進出してきたわけです。
で、圧倒的にコメディ、当った作品のパロディ物などコミカルな役を数でもこなし、90年代の香港映画主演俳優では興行収入合計額で比較すると、2位のジャッキー・チェンを倍ほど引き離してダントツのトップです。それも周星馳は「無厘頭」(もーれいとう)と呼ばれ、もう〜わけわっかんない奴とか、ナンセンスという意味合いで、まさに香港の90年代を代表するコメディ役者として彼の人気は確立した。
で、ぱあ〜んと飛んで、2001年に香港で公開され、それまでの記録を全て塗り替える大ヒットとなった「カンフー」と「サッカー」の掛け合わせ映画「少林サッカー」は、当時人気のマトリックス技をもアッサリCG技術で頂いちゃって盛り込んだ超娯楽作品。香港電影金像奨(香港版アカデミー賞的賞の授与)では、最優秀作品賞、監督賞、主演男優賞を含む最多7部門を受賞。ハリウッドでも注目されるアジアの映画人と認識され、日本にも「少林サッカー」公開で人気は飛び火して、やっと一般的な観客にも注目される映画人となったわけです。
そこで話は戻りますが、ここでの正念場、とばかりに今回題材にしたのがヤッパリ「カンフー」です。
それも彼らが育った60〜70年代の香港カンフー・スターを引き連れての大興行!という華々しい独壇場です。
これがやりたかった!このスターと一緒に映画を作りたかった!という彼の意気込みが随所に登場します。




まずは今回の舞台設定ですが、あまり細部に渡って紹介しても辻褄が合わない部分もあり、放っておきましょう。そーいうのあんまし関係ないんです。
映画の撮影は、もっぱら上海の映画村なので30年代上海が舞台なの?って思っていましたら、そーではなく、香港でもない。で、1940年代の中国(アバウトやな〜それでいいんです)だそーです。でもどーみても建物をカットするわけでもなく、あの塔は、あのビルは・・・と老上海好きの当方は目をシロクロ。そのま〜んま、写ったまんま、スパイゾルゲ撮影場所と同じとこだったりもする30〜40年代上海ですが、見ていれば、40年代だったり、60年代だったり、70年代のよーでもあり、現在にも通じる、ま、その〜なんでもありなんです。ですから、今回の映画「カンフー・ハッスル」は時代考証やら細かい事をゆーな!ちゅうもんです。そんな事はどうでもよい!という娯楽エンタです。






     「コロンビアの支援で、考え得る限りの最高のチームを集めることが
      出来ると分かった時、すぐに思ったのは彼らのような伝説的人物と
      仕事をしたいということだった。」
チャウ・シンチー







時代考証にはこだわらずに、とは言うものの、ここには懐かしい時代を思い起こさせてくれる中国人、いや、やっぱり香港人ですわ、彼らが暮らしている豚小屋砦があります。訳名での「豚小屋砦」は、チャウ・シンチーが育った香港の雑居アパートに似た様子だというのですが、建築様式は40年代の中国南部に見られ(古くは円形状の物も)、50年代香港の人口が爆発的に増加した時に取り入れられた形式だそうです。70年代にかけて香港人の大多数の人達が暮らしたクレージーで楽しい場所だったそうで、そこでは様々な日常が繰り返されながら、様々な事も隠されていたと。


    「大おじさん、なんて呼んでいた人が偉大なカンフーマスターだったことも
     あった。夢にも思わなかったけど、本当にそうだったんだ。」
チャウ・シンチー


ここでの生活の様子には結構こだわりを持って再現する努力がなされたようです。住居のあり方、日常の朝夕の生活習慣の様子や服装や小道具から看板など、埃が飛び交い、汗をたらし、人情が行き交う、そんな暮らし振りを描こうとしています。

例えば、アパート複雑さと同時に目立つ6枚の大きな看板広告は、当時の古い資料写真から直接コピーされたそうです。一階には店が並びます。100の薬草・・・生きたヘビが入った籠まであります。さらに米店、粥屋、食料雑貨店、理髪店、医者、手相読み、洋服仕立て屋等。ですから、そこに住む人たちの生業、個性が際立ち、後で拍手喝采に繋がるという痛快さを生み出すのです。








話の筋は映画を楽しんでいただく為にあまり書く事も要らぬでしょう。
ただ、映画を見終わってご覧いただいてもいいかも。先入観なしで大いに楽しめます。そして見終わって、ああ〜あの人はそーいう人物だったのか、ってのも面白いのではないでしょうか。では、この辺りで1月15日封切りですから読むのやめて、いいんじゃないですか。いってらっしゃい。







如何でした?楽しめました?
アクション監督は、当初上海ロケまで同行していたサモハンが途中降板、「マトリックス」「ヒーロー」などを手掛け、今や世界的人気のユエン・ウーピンに変わり、カンフーアクションを定番に据えた戦いのシーケンスは大幅に修正されたそうです。さらに、昨今のハリウッドなどでヒットした物に劣らぬ、しかしどこか香港らしさを感じさせるコミカルさや笑いをとるぞ!といった要素を残したカンフー映画本来の魅力をアクションに盛り込みながら、テクニックは高度なものが要求されたとか。ユエン・ウーピンも今回の時代を超えて蘇える香港カンフー娯楽映画に対する思い入れも強く、紆余曲折の結果、本作が仕上がったようです。






「カンフーハッスル」の誕生は、香港でシンチーが少年時代に映画を見た日の記憶に始まります。彼は3人の子供のいる貧しい家庭に育ちました。家には娯楽に使えるだけの余分なお金はなかったといいます。しかし、ある日、彼の母親は彼を初めて映画館に連れて行っていくれました。母親が連れて行っていくれた映画、それが彼の生涯をかける情熱のスタートになりました。

シンチーは語ります。

   私には、その時の出来事があたかも昨日のことのようにはっきりと思い出されます。
   それはブルース・リーの映画でした。
   私たち親子は、今にも崩れ落ちそうな映画館にいました。しかし、私は映画を見たと
   いう刺激にただただ圧倒されました。
   暗闇の中でスクリーンを見ながら、私の心臓はまるで破裂したかのように感じました。
   私は目に涙を浮かべていました。ブルース・リーは、彼の専門的なカンフーの技だけ
   ではなく、彼自身との猛烈な闘いの精神においても圧倒的な存在感でした。
   スクリーンいっぱいに映し出された彼は、当時の私の思いの全てに合致しました。
   私は、ブルース・リーになりたい!とそのとき決心しました。

   武道のエキスパートになる、ということが私の最初の選択でした。
   俳優になることは二の次でした。




そして今回の「カンフーハッスル」です。
彼が用意した何よりの見所はオジサン達の大活躍。映画始まって当初、えらくシンチーが軟ないい加減な奴で、その代わりに庶民の中にえらく強そーな人たちがいるもんだと思います。ワルの集団「斧頭会」の襲撃に対して、豚小屋砦の住人の中から徐に立ち上がるのはさっきまでアタフタ大家から家賃を催促されてひえ〜っと逃げ惑っていたようなオッサンだった。それがまあ〜強いのなんのって。この辺りから痛快な娯楽映画としての楽しみが炸裂しはじめるのです。

で、見ていく内に、なんだか今回のシンチーの映画、中年や老年の域に達した映画人がえらく出るよな〜って感じしませんでした?最初からシンチー大活躍じゃないよな〜って。
それ!そこが今回の見所。最後に美味しいところは、ちゃ〜んとシンチーが持っていく、という場面は用意されていますが、まずは!まずは!普通に暮らしている所帯臭いオジサン、年期の入ったネエサンが突如「只者じゃねえ〜、ありえねぇ〜」の世界を展開してくれる、それが見せ所にならねばこの映画の意味がない、そこに釘付けにしなけりゃ、という意気込みが出演者と製作者としてのシンチーの結束です。
市井の人が意外な活躍をしてくれる。それは見る者が目を点にして、皿のようにして、そうやって食いついてくるような並外れた場面でなければ!なりません。そのためにはカンフー映画黄金時代を担った大御所に腕を揮ってもらおう、かつてのカンフーファンも大喜びするような場面を用意しようと、映画の中盤までは一気にカンフー映画人列伝とも言うべき魅力で走り抜けていくんです。各々のバックボーンを背に背負い込んだ今回の出演者達、それに見事に応えて競い合ってくれています!そこが見所です。






シンチーは、香港映画界を華々しくカンフー映画で賑わせてくれたベテラン達に極彩色ホンコンフラワー満開の花舞台を用意したのです。
カンフーを知らない外国の観客でさえ、この映画を見れば、普通のオジサンがある日突然勇ましく、すっくと立ち上がる様には「おお〜やるじゃん」という小気味良さを感じ、痛快さにスカッと気分が晴れて、活力が蘇えるでしょう。これはもう、癒しなんて生温い一歩間違えばマヤカシの類いではありません。ファイト10発リポビタンD超スペッシャル&デラックス1ダースの活力です。
そして、あらためてオジサン達のプロフィールを手繰り寄せてみれば、おお〜彼らこそ黄金の香港映画を支えたカンフー生き字引ならぬ、香港映画界と香港映画ファンが忘れてはならない恩人達だったのがわかるのです。



香港カンフー映画界の役者が揃った!

豚小屋砦の大家夫婦
ピン留めのベッタリポマード頭の大家の夫
普段はナヨッと店子の娘にしなだれかかるよーな大家だが、必殺技は太極拳。演じたのは、元華:ユン・ワー
無論、今でもファンが多いユン・ワーは、70年代香港映画黄金時代の悪役と知られ、ブルース・リー、ジャッキー・チェンなどとの共演も多く、既に出演作は100本を超える映画人。中国戯劇学院卒業後、サモ・ハン率いる「洪家班」でスタントマンを中心に活躍し、映画「燃えよドラゴン」ではブルース・リーのスタントマンを務めた事もファンは誇らしげに語るところ。映画「霊幻道士」のキョンシー役も実は彼でした。現在は、俳優以外にもアクション指導や監督としても活躍。母子家庭でありながら、14歳の時に母親を亡くし、その後、中國戯劇學院に住み込みで学び、同學院ではいわゆる「七小福」の1人となった苦労人でもあります。洪金寶の後輩で成龍の先輩。映画「燃えよドラゴン」でブルース・リーに「考えるな、感じるんだ」とか説教されて、パコッと頭を叩かれていた若造役を今でも愛するファンが要る事を今回、知りました。ファンは嬉しいだろうね〜!1950年生まれ。




素っ頓狂な夫婦で恐妻家、と思いきや・・・でした。
頭はカーラー満杯状態で、常にくわえ煙草の大家の妻。凄い形相で吼えまくる。声を武器の達人でした。演じたのは、元秋:ユウ・チウ(写真上)
結婚後芸能界を引退していた彼女をシンチーは探し出し、今回の映画にぜひ出演してくれるように彼女に頼み込んだそうです。しかし返事はNO!
「私は初めは出演することには乗り気ではありませんでした。私の生活はそれまでとても快適でしたし、丁度、その時、私は初孫が生まれたばかりでした」と彼女は語っています。なんと初孫!しかし、シンチーは諦めませんでした。やっとの事で出演を承諾した彼女ですが、映画の準備をする間に最も大きな挑戦が待ち受けていました。2か月で30ポンド太らなければならなかったのです。彼女の演じるキャラクターに必要な体格。その為に彼女はシンチーの薦める食事療法に従って、日本の相撲の力士が食べるような食事療法を試みて見事増量達成し、この映画に臨んだのだそうです。
28年ぶりのスクリーン復帰。2ヶ月間で約15キロ増量して、この動き!見上げたもんだよ姐さん!その心意気に惚れます。彼女もかつては、ユン・ワー、ジャッキー・チェン、サモ・ハンらと共に「七小福」の一員。当時の香港映画の数少ない有名スタント・ウーマン(カッコいい〜)として活躍した、という経歴だからこそ、今回の役なんです。だからあーいうことも、こーいうことも演れちゃうんです。因みに「007黄金の銃を持つ男」にも端役で出演だったとか。もう〜レベッカ・パン似の見惚れる勇姿にゾッコンです。花です!(※元という名字の一字は、師匠が弟子に自分の名の一字を与えるのだそうです。元華:ユン・ワーがそうですし、ジャッキー・チェンやサモ・ハンも以前は元の字の名があるそうです)


腰痛持ちの麺打ちオッサンと・・・と思いきや
演じるのはドン・ジーホウ
10歳で京劇、79年に北京中央芸術学院マーシャル・アーツ・パフォーマンス専攻を卒業後、中国国立京劇院で数多くの主役を務めた京劇俳優。また、香港ではチャン・チュー監督作品に数多く出演していることでも知られているそうです。麺打ち棒で闘う闘う!強いど根性座った達人です。





滞納家賃に哀れなニイヤン・・・・と思いきや
演じるのはシン・ユー
10歳から20歳まで少林寺で修行後、少林寺を代表し各国をツアー。現在、中国南部、少林拳シンセン支部を率いるまさに少林拳の達人。90年代から香港、中国の映画、テレビでも活躍中。





赤パン透けてるう仕立て屋のおっちゃん・・・・と思いきや
演じるのはチウ・チーリン(写真上)
映画「スネーク・モンキー蛇拳」「六合千手」など、70本を超える香港映画に俳優、スタントマンとして出演しているカンフー映画のベテランです。無論ブルース・リーや、ジャッキー・チェン、チョウ・ユンファらとの仕事もこなした人物です。父は伝説的武術家・黄飛■の弟子で、彼自身が孫弟子にあたり、母も洪拳の使い手であるというまさに武術ファミリーの継承者。現在は映画界の活躍を経て、アメリカに移住。洪拳の国際組織を創設し、サンフランシスコに拠点を置くマーシャル・アーツ・スクールを運営。世界各国を回り、教えているというのだが、育てた生徒は10万人というから驚く。そんな人物がこんなコミカルな役を演じてくれるのだから脱帽です。


古琴奏でる刺客
殺し屋の演奏者コンビの必殺技は痛い〜
演じる一人目はジア・カンシー
父と同様に京劇俳優の修行。13歳で山西省の京劇院へ。京劇修行の一環としてカンフー習得。京劇俳優として舞台を中心に、香港、中国、台湾の映画、テレビ等でも活躍中。


二人目はフォン・ハックオン
20年以上に渡り、香港映画界の悪役でならした実力派。京劇で学んだ後、ショウ・ブラザース・スタジオでチャン・チュー、ジョン・ウー監督らの作品に出演。サモ・ハンやジャッキー・チェンとの仕事もある。父親も60年代〜70年代の実力派俳優・監督で「燃えよデブゴン」では親子共演も果たしている。俳優業の一方で監督、武術指導も行っている。
過去数十年間の映画の中で印象的な演技を見せてくれた、とはシンチーの弁。彼が子供だった時、フォンが出演していた全ての映画を見たとシンチーは語っています。




ランニングシャツ、ステテコ姿にサンダル履きの笑うジイチャン!?
カンフーを極めるあまり狂気の域まで達した火雲邪神の達人としてご登場!
梁小龍/Bruce Leung Siu-lung ブルース・リャン 充実の梁小龍ファン・サイト(上写真からも)
70〜80年代の香港映画を華々しく飾ったのはブルース・リー、ジャッキー・チェン、そしてこのブルース・リャンの三人!題して「Three little Dragons/スリー・リトル・ドラゴンズ」と人々は呼び大人気だった!のです。映画「必殺ドラゴン鉄の爪」「帰ってきたドラゴン」など、70本以上の映画、1000話以上のテレビ出演の他にアクション指導も行う。公私共に非常な危機的状況に置かされた時代もあり、80年代半ばには政治的トラブルからこの業界から姿を消した人物だった。なんと2001年に10数年ぶりに電視劇「英雄再現−陳真(陳真后傳)」で芸能界に復活。 シンチーが成長していく中で、リャンもまた、彼の映画のヒーローのうちの一人でした。
シンチーは「彼は、他の誰にも出来ない技を持っています。それは見る者を驚かせる程に美しく、さらに力強く空まで脚を蹴ることです。カンフーを単に演じることができ、多くの技や演技を見せることの出来るスターは多くいます。しかし、リャンは実際苛酷な修行を積んできた、まさに純粋なカンフー・マスターです。もし、あなたが彼の手を見れば、掌の無数のタコ、節目は鉄のように硬く厚いのに驚くでしょう。」
そして今回シンチーの招きに応じたブルース・リャン。今回の役柄、姿形、これは快挙でしょう。ですから待遇も圧巻の悪役、と申しますか、最後の大舞台を用意しているわけですね。
ファンの中には唖然とする方もいるかも。その変貌は凄まじい(2001年の電子劇をご覧の方は想像がつくのでしょうが)ですが、昨年の撮影以来、一般には一枚たりとも御大の写真は出回っていない辺り、シンチー偉い!と褒めたくなります。本当に見るまでは明かせない最大の魅惑的シークレットです。万が一持っていてもまだ出したらダメだからね〜!




後は、無論「少林サッカー」から引き続いて「踊る組長サム」に陳国坤/チャ・クォックワン(チャン・グォックワン:英文名:Danny Chan ダニー・チャン)が歯を染めて登場。斧持ってシルクハット軍団を率いて踊ります。こーんなにナイーブでチャーミングな表情だってあるんですねぇ。




「少林サッカー」組からは、星輝海外有限公司のスタッフであり、俳優、また「少林足球」コミックスのシナリオも担当している林子聰(ラム・ジーツォン)が再度出演。またデカクなったぞお!ニックネームは肥仔聰(ふぇいぢゃいつぉん)ですが、どうもシナリオなどにも興味がありそーです。




こちらも「少林サッカー」組の 田啓文(ティン・ガイマン)…ニックネームは田鶏(てぃん・がい)広東語でカエルでしたね。今回は斧頭組組長の秘書役で眼鏡をかけて登場。で、シンチー率いる「星輝海外有限公司」の俳優ですが、実はスタッフとして実務的な管理から製作畑までこなす。普段はシャイな寡黙な人物だとか、記者会見の席やインタビュー場などからいつの間にか、消えているとか。今や周星馳の片腕的存在!




で、のっけからビックリしますよ〜なんとフェン・シャオガン監督の登場にビックリ!いきなり歯をそんなに、まあ〜小汚く染めてちゃって、タッパがあったな〜って思ったらアッサリ殺られますが、またそれが斧だから痛いッ!っつうの。あれはブーメラン斧かい!友情出演ってとこですね。




アクション監督の中心はサモ・ハン降板からユエン・ホーピン
武術指導家でもあり、俳優でもあった袁小田の息子として、10代から映画界で働きはじめ、1970年代より本格的に武術指導家としても活躍。ジャッキー・チェンの映画「酔拳」シリーズやハリウッド映画「マトリックス」のカンフーとワイヤーアクションの指導を担当したことで知られているが、かつてはブルース・リーのスタント・マンをしていた時期もあるという。今や史上最も有名なアクション・コレオグラファーです。

で、「如来神掌」の奥義書を売りつける浮浪者役を演じているのが、今回のアクション監督ユエン・ウーピンの弟で「チャーリーズ・エンジェル」などのアクション監督などで活躍中のユエン・チョヤンというまさしく豪華版。

1970年代のブルース・リーのスタイル、1980年代のよりアクロバッティックなジャッキー・チェンのスタイル。そして物語の最終場面では、マトリックス的な特殊効果が奥義「如来神掌」を迫力あるカンフー描写として際立たせます。

こういった具合に、シンチー自身がかつて憧れた人々をこのスクリーンに登場させた事が、香港娯楽映画の根底に流れる庶民のバイタリティ讃歌の精神を踏まえ、お日様サンサンと仰ぐ大らかで全速力前向きな映画が生まれたのさ、と見る側は理屈抜きで楽しみましょう。

「カンフーハッスル/功夫」は、昨年の6月27日上海でクランクインしました。炎天下の下、オール上海ロケは4カ月をかけて撮影されました。あの真夏に上海影視樂園で秘密裏に撮影がすすめられながらも、現場は道が封鎖され、セットも高い塀で囲まれ、周囲にはガードマンが大勢配置され、とにかく厳重で物々しい様子でした。公開時期がその時点ではまだ決定していなかった模様でしたが、この業界、アイデアはパクったもん勝ち、パクられたもん負けって苛酷なサヴァイバル的要素に情報はシャットアウト、という事情だったのでしょう。でも正解です。今回の映画はカンフーファンにとっては特に、スチール一枚でも、余計なものは公開しない方が何倍も楽しみが膨らむのです。

ハリウッドの根明な連中には受けるでしょう。中華圏でもヒットするでしょう。通好みのカンフーファンには、お約束の修行シーンが欲しかった!というご感想ご意見もあるようですが、ここはひとまず日本の一般の方々に見てもらいましょう。ヒットしなけりゃ次が出来ません。あくまでもこのページは、カンフー映画の素人がお薦めするものですから厳しいご批判は承知の介!70年代にヴァン・マッコイがヒットさせた「ハッスル」。いろんなハッスル物も出ましたが、この映画にはピッタシはまるカール・ダグラスの「カンフー・ファイテング」こと「吼えろ!ドラゴン」は、まさにブルース・リー讃歌でイギリスから火がついて世界的にヒットした珍しい曲。これを持ってきたのは大正解でしょう。さあて、「カンフー・ハッスル」、嬉しい顔ぶれ、嬉しい笑い、庶民の底力、懐かしい風景、失いつつある人情の欠片がビカッとそこに輝いているじゃないかい!(2004年/製作国香港/日本公開2005年1月15日)






「吼えろ!ドラゴン」(原題:KUNG FU FIGHTING)by Carl Douglas
1974年全英No.1ヒット、アメリカ、日本でもヒットしました。

♪〜 Oh-hoh-hoh-hoah Oh-hoh-hoh-hoah    Oh-hoh-hoh-hoah Oh-hoh-hoh-hoah    Everybody was Kung Fu Fighting!



同じシングルのジャケット違い

※ちなみに当方はカンフー映画に関してまるで素人です。キャストの表記も芸名の漢字表記など
 未記載も多い事、ご容赦ください。今回配給会社より映画館を通していただいた資料、海外の
  レビューなどを参考にアップしておりますが、英文プレスの誤訳、その他の間違い等のご指摘、
ご教授くださいません。また、映画終了暫くでこのページは閉じる予定です。
関係各位の皆様のご理解、ご厚情を賜りますよう、どうぞ宜しくお願い致します。