丸ノ内線02系戦前着工した丸ノ内線

東京メトロ(東京地下鉄)丸ノ内線(丸の内線、まるのうちせん、4号線)ですが、実は戦前に着工していたのです。→銀座線、→銀座線の助っ人たち、→地下鉄フアミリーたち、→副都心線(13号線)

丸ノ内線02系東京高速鉄道時代

赤坂見附−四ツ谷見附間1.3キロの路線を計画していました。赤坂見附駅は銀座線の工事の時に作られました。昭和12年2月免許、昭和13年6月施工認可です。

「四ツ谷見附から出た線路は直に右折し、濠(堀)の中を通り、老松を枯らしたり又は風致を損したりせぬ様水面には地下鉄の姿は顕(あらわ)さずまったく水の下を通り弁慶橋の袂(たもと)で初めて道路下にでて渋谷線(現銀座線)と同じく線路を拗(ねじ)りて上下2段に重ね赤坂見附停車場(現赤坂見附駅)で渋谷線と合体するのである」とのことでした。

当時終点であった新橋駅はこの赤坂見附−四ツ谷見附(新宿線)と、現線(渋谷線)の折り返しに使用の予定だったようです。左と右のホームを渋谷行、新宿行に分ける構想でした。現新橋駅(外側2線)は東京地下鉄道浅草線との相互直通運転用です。

弁慶濠下の左岸側に沿って丸ノ内線が走っている
弁慶堀下の左岸側に沿って丸ノ内線が走っている。戦前は爆撃に耐える考慮もしました。
旧新橋駅上段フォーム
旧新橋駅上段ホーム、新橋駅も2階建てになっていたわけです。これは、東京高速鉄道時代の終点の新橋駅です。丸ノ内線建設中断のため8ヶ月しか使用されませんでした。丸ノ内線(新宿線)と、銀座線(渋谷線)の折り返しに使用の予定で、左と右を渋谷行、新宿行に分ける構想でした。
ホーム画像(地下博)
東京高速鉄道車両
東京高速鉄道の車両(100形129号車)(地下鉄博物館)

運転台の裏に案内図があり未成線新宿線が点線で記入されている。

丸ノ内線02系帝都高速度鋼通営団時代

赤坂見附−四ツ谷見附間の路線免許を東京高速鉄道から譲り受け、営団での最初の工事ということで、赤坂見附に工事用資材置き場を手当てし、戦争中で物資が窮乏したので大阪市交通局の地下鉄完了部分のあがり材と、阪神電鉄の梅田地下駅建設したときの手持の鋼材を借用し、昭和17年6月5日に着工しました(起工式は清水谷公園)。昭和20年度完成の予定でした。
さらに、新宿ー東京間も昭和18年度着工で昭和21年度完成の計画となりました。この区間の一部でシールド工法の使用が考えられていました。

赤坂見附−東京間の地質調査をし、弁慶濠の魚を網で捕獲しました(捕獲して施工後堀に戻すという許可条件)。しかし、戦局は悪化の一途をたどり、政府の中止の内示もあり昭和19年6月ついに中止となりました。

用地の取得は、赤坂見附の工事用資材置き場、新宿西口の駅舎用地、中野富士見町の車両基地用地、などを入手しました。これが後で非常に役に立ちました。

電車は昭和17年に5両を発注しました。建設が中止されたため、納入部品は銀座線の補充部品として流用しました。そのうちの2両(車番モハ11、12)が日立電鉄へ行ったという説があります。

土留用の鉄杭(鋼矢板)の使用例
土留用の鉄杭(鋼矢板、こうやいた)の使用例
(画像は丸ノ内線とは関係ありません)
切断した鋼矢板、断面に特徴
切断した鋼矢板、断面に特徴がある。奥はH型鋼
(画像は丸ノ内線とは関係ありません)

丸ノ内線02系工事再開

戦前に行った工事は赤坂見附駅、弁慶堀(濠)付近に土留用の鉄杭(鋼矢板)打ち込み、その他の工事だけでした。

26年池袋駅−神田駅間着工
27年建設計画を池袋駅−御茶ノ水駅間に変更。

神田をあきらめ淡路町へ

神田にはすでに銀座線があり、道路も狭く新線の余地はなく、しかもJR神田駅の容量も乗換駅としては不足で、さらにその先に予定していた東京に至る復興都市計画道路は着工のメドが立っていないため、経路を変更しました。その結果経路距離が短くなりコストダウンになりました。

東京駅から銀座(旧西銀座、数奇屋橋)へ

東京駅から有楽町への南下経路は日比谷に高層建築が密集しており技術的困難のため、JRを横切り数寄屋橋へ行くことになりました。

銀座(旧西銀座)より日比谷公園方面へ

銀座東芝ビル(旧マツダビル)南の空き地にはビルの建設計画が、泰明小学校の校庭は建物の地下通過があるため、埋め立て堀(濠)下を通過し、JR線(旧国鉄線)をくぐり、帝国ホテル横の道路下を通り(ケーソン式工事(潜函式工事)区間))、日比谷公園を横切り霞ヶ関駅に至りました。

丸ノ内線の仕様を変更に伴い、赤坂見附駅を改造

赤坂見附駅は銀座線・丸ノ内線との乗り換え易いように2階建てになっています。この駅の丸ノ内線側は銀座線を作るときに建設されていましたが、ホーム長80m、幅4.85mと少な過ぎたので、丸ノ内線を建設する際の仕様変更に伴い大改造を行いました。その結果、ホーム長は銀座線96m、丸ノ内線は120m、ホーム幅も最大11mに拡大されました。

さらに、溜池の末裔?の大下水渠(暗渠、あんきょ、地下水路)を120mにわたり一旦仮設し移動するという大工事でした。

この左側の柱に沿って戦前の丸ノ内線があつた
中心に戦前の丸ノ内線の線路があった。左側の柱に沿って(つまり左カベ)いた。
丸ノ内線側鉄骨支柱
丸ノ内線側鉄骨支柱。戦前に作られた部分を戦後の工事で拡張しました。

四ツ谷見附駅

JR中央線との交差は地下から地上に変更されました。駅を地下にした理由は戦時状態の防空上のためで、これを地上に変更したことによりコストダウンになりました。

戦前は左の上智大学のグラウンド(真田濠)を通り地下でJR中央線と交差する予定 ←戦前は左下の上智大学のグラウンド(真田濠(堀))を通り地下でJR中央線と交差する予定でした。

34年池袋駅−新宿駅間全線開業。
←池袋駅終点、さらに郊外への延長の計画(池袋〜向原町〜成増)があったが、容量的な問題から有楽町線で実現することとなりました。

有楽町線


丸ノ内線02系丸ノ内線のいろいろ

丸ノ内線02系ルーフシールド式工法

昭和18年度着工昭和21年度完成予定の新宿−東京間の一部でシールド工法が考えられていました。

昭和32年丸ノ内線国会議事堂付近(永田町トンネル)でルーフシールド工法を採用し、施工は熊谷組、1日1.5m(1回の推進距離75センチ)進み当時世界最大の規模でした(現在は1日6m)。1押しごとにアーチコンクリートを打ち込みます。出来上がった部分は下を掘削し床面のコンクリートを打ち込みます。

シールド工法は路面交通を妨げることなく、地下深くのトンネルをつくることができます。最初は関門トンネル、関門道路トンネル(ルーフ)、丸ノ内線(ルーフ)、と続き、35年に名古屋市地下鉄で円形シールドが採用され、円形シールドは現在のトンネル工法の基盤となりました。

ルーフシールドのトンネル面
ルーフシールドのトンネル曲面。等間隔の縦スジが特色。→シールド機画像(地下博)
国会議事堂前からカマボコ型のルーフを見る
国会議事堂前からカマボコ型のルーフを見る

丸ノ内線02系国会議事堂前で丸ノ内線と千代田線がクロス

地図ではクロスしてないようですが、実際はクロス(交差)しています。そのため千代田線の工事では丸ノ内線のルーフシールドを防護する必要がありました。
丸ノ内線の沈下は想定より少なく、一部側面にクラックが発生した程度でトンネル本体には影響がありませんでした。さらに、念のため丸ノ内線、千代田線内からの薬液注入により安定化を図りました。
丸ノ内線の溜池山王側の箱型トンネルの部分は、中柱をカベ構造にして補強しました。

南北線工事の時も大変

上側の丸ノ内線(上り下り2つの線路に高低差があった)と下側の千代田線の間はわずか6mで、この間に南北線の新駅の設置です。丸ノ内線の下部から約1mに新駅なので人がもぐりこんでの手作業となりました。千代田線のシールドの上部と駅がぶつかるため、その一部を切断し、駅躯体と一体化しました。鹿島建設の工事です。

南北線北側の改札、中央左奥のカベ裏を平行して丸ノ内線が走っている。
南北線北側の改札。下を千代田線、中央左奥のカベ裏を平行して丸ノ内線が走っている。左に曲がりエスカレーターを下りると千代田線ホームへ行く。
南北線の千代田線・丸ノ内線連絡口。左側のカベ裏を平行して丸ノ内線が走っている。
南北線の千代田線・丸ノ内線連絡口。左側のカベ裏を平行して丸ノ内線が走っている。階段を降り、左に曲がり丸ノ内線をくくり千代田線ホームへ行く。

ケーソン式工事の区間

山王パークタワー(山王タワー、旧山王ホテル)付近は単線2段式ケーソン式工事(潜函式工事)で建設れました。地下水位が高いのと、アメリカ極東軍がいたため夜間工事ができないための措置でした。工事は間組です。

丸ノ内線の通気口から国会議事堂前方面
丸ノ内線の通気口から国会議事堂前方面
道路下が千代田線、歩道下が丸ノ内線
丸ノ内線の通気口から赤坂見附方面
丸ノ内線の通気口から赤坂見附方面
千代田線は道路を真っ直ぐ付きぬけ大通りへ、丸ノ内線は歩道より道路に沿って日枝神社大鳥居の手前から大通りへ

丸ノ内線02系日枝神社大鳥居の補強

丸ノ内線は赤坂見附駅から鉄筋コンクリート製の大鳥居の直前を通り、裏の通りを通って国会議事堂前へ向かっています。工事の際、地盤が軟弱で不安定だったため、コンクリートのベタ基礎を作り、鳥居を鉄杭で下受けしています。

丸ノ内線は鳥居の直前を通る
丸ノ内線は鳥居の直前の地下を通っている。
そして、右の裏の道に抜ける
そして、右の裏の道へ抜けて国会議事堂前へ

丸ノ内線02系丸ノ内線のホームゲート(ホームドア)

地下鉄南北線だけではなく、丸ノ内線方南町支線にもホームゲートがあり、ワンマン運転をしています。さらに本線も現在ホームゲートの工事中です。

方南町支線ホーム
方南町支線のホーム、丸ノ内線上り下り両ホームから乗り換え易いように工夫しています(中野坂上駅)。電車は02系分岐車
新宿方面側の方南町支線ホームの感電防止保護(赤色部分)
新宿方面側の方南町支線ホームの感電防止保護(赤色部分)、電源供給用のサイドレールがあるため感電防止の保護をしています(上面防護板、前面防護板)(中野坂上駅)。
通常の状態
通常の状態、(中野富士見町駅)
電車が到着すると板が出てきて間隙を埋め安全に通行できる(可動ステップ)
電車が到着すると板が出てきて間隙を埋め安全に通行できる(可動ステップ)(中野富士見町駅)。
ワンマン車両の運転台はワンハンドル式
ワンマン車両の運転台はワンハンドル仕様です。02系分岐車(方南町支線用)、中野新橋駅
丸ノ内線本線でもワンマン化のためホームゲートの工事が行われている。東高円寺駅
現在、丸ノ内線本線でもワンマン化のためホームゲートの工事が行われている。東高円寺駅

丸ノ内線02系丸ノ内線の車庫
中野工場全景
中野工場(中野検車区)全景、→銀座線の車庫・中野工場
車両基地の小石川検車区
車両基地の小石川検車区
新宿駅の留置線 ←新宿駅の留置線、ちょうど新宿折り返しの電車が入ったところ。手前の線路は荻窪より新宿方面の本線。

丸ノ内線02系丸ノ内線の旧車両とその親戚
丸ノ内線初代車両。左側(地下鉄博物館)
丸ノ内線初代車両(300形)、(地下鉄博物館)
1954年1月5日竣工、製作は汽車会社、最高速度75キロ、加速度3.2キロ/秒、モーター75kW4個/両

銀座線より転入した銀座線車両2000形(地下鉄博物館)、
ドアのステップが特色。帯の波カーブがない。

現車両、丸ノ内線車両(02系)、四谷駅
窓上にも赤いラインがあるのは赤坂見付駅の混雑時でも銀座線と見誤らまないための措置です。

峰南町支線用電車(02系)、中野坂上駅、細い黒帯が特徴。
13号線で使用される新型電車(東京メトロ10000系)。左の画像の初代車両300系(300形)をイメージしたとのことてす。
13号線で使用される新型電車(東京メトロ10000系)。左の画像の初代車両300系(300形)をイメージしたとのことです。鍵穴ライトもそっくり。
2007年度グッドデザイン賞受賞(07A12021)
東京メトロ10000系

映画「メトロに乗って」に丸ノ内線車両として特別出演した東西線5000系、(さよなら5000系イベント)

丸ノ内線02系丸ノ内線のスポット

丸ノ内線のスポットを紹介します。

蚕糸の森公園(さんしのもり公園)のイメージ、東高円寺駅
蚕糸の森公園(さんしのもり公園)のイメージ、東高円寺駅。農林水産省蚕糸試験場跡、現在は筑波へ移転しています。→門画像
東京都庁、新宿駅・西新宿駅
東京都庁、新宿駅・西新宿駅、1991年に移転、地上45階、丹下健三設計、近西新宿高層ビル群の一つ。近くにゴッホひまわりの損保ジャパン東郷青児美術館、→西新宿の都庁への通路画像
新宿三丁目交差点のJR新宿方面、右側は新宿伊勢丹本店
新宿三丁目交差点のJR新宿方面、右側は新宿伊勢丹本店、新宿三丁目駅
新宿高島屋
新宿高島屋、売り場面積6万平米の巨大百貨店
花園神社 ←花園神社
新宿御苑、イギリス風景式庭園の芝生から見えるドコモビルの摩天楼はニューヨークのよう。
新宿御苑、イギリス風景式庭園の芝生から見えるドコモビルの摩天楼はニューヨークのよう。春の桜は75種1500本です。大温室、イギリス風景式庭園、フランス式整形庭園、日本庭園がある。明治39年皇室の庭園として造られ、その後一般に公開された。(新宿御苑駅)
新宿御苑開設時東洋1の大温室が特色
新宿御苑開設時東洋1の大温室が特色、温室の植物は約2千3百種、終了時間が少し早いので注意が必要。→温室遠景画像、→内部画像、→内部画像
フランス式整形庭園
フランス式整形庭園
日本庭園
日本庭園
竜舌蘭の花、何十年に1回しか咲かないとか
竜舌蘭の花、何十年に1回しか咲かないとか、→竜舌蘭花上部画像
消防博物館、四谷三丁目駅
消防博物館、四谷三丁目駅
国会議事堂。国会議事堂前駅
国会議事堂。国会議事堂前駅、→夜景画像
法務省赤レンガ棟、霞ヶ関駅
法務省赤レンガ棟、霞ヶ関駅
東京駅の赤レンガ、東京駅
東京駅の赤レンガ、東京駅。1914年建設、ルネッサンス様式の赤レンガ作り、東京ステーションギャラリーもある。近くに丸ビル、→夜の東京駅
東京ドーム(ビッグエッグ)
東京ドーム(ビッグエッグ)、後楽園駅、東京ドームシティ(ドームほか、遊園地(アトラクションズ)、ホテル、レストラン、ショツプ、温泉スパラクーア)、水戸徳川家の上屋敷跡地。
小石川後楽園、後楽園駅
小石川後楽園、後楽園駅、水戸黄門ゆかりの大名庭園、大泉水回遊式庭園、湖河山野を表現、和漢の景勝地を巧みに配置している。特別名勝・特別史跡
小石川植物園入口、茗荷谷駅
小石川植物園入口、茗荷谷駅。→日本庭園画像、→学術情報センター画像
ニュートンのリンゴの木の子孫
ニュートンのリンゴの木の子孫
メンデルのブドウの木の子孫
メンデルのブドウの木の子孫、本家の木が枯れたのでここから里帰りした。
池袋東口、サンシャインシティ(展望台、サンシャイン国際水族館、古代オリエント博物館)
池袋東口、サンシャインシティ(展望台、サンシャイン国際水族館、古代オリエント博物館)、近くに東急ハンズがある。池袋駅、→地下鉄13号線.池袋駅
池袋東口、池袋西武本店
池袋東口、池袋西武本店、左側にパルコ、反対側に池袋三越がある。
池袋西口、東京芸術劇場
池袋西口、東京芸術劇場。近くに立教大学がある。池袋駅
池袋西口、東武池袋本店
池袋西口、東武池袋本店、売場面積日本最大級の百貨店。他にメトロポリタンプラザ、丸井シティがある。

銀座線、→駅(渋谷−新橋)、→駅(新橋−浅草)、→車庫、→連絡線、→台車、→サービス

日比谷線、千代田線、半蔵門線、南北線、(つくばエクスプレス) →銀座線の助っ人たち

東西線、有楽町線、都営浅草線、三田線、新宿線、大江戸線、りんかい線、横浜市営地下鉄 →地下鉄フアミリーたち

副都心線 →副都心線(13号線)

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