平成20年6月8日12時30分、秋葉原無差別殺傷事件(秋葉原通り魔事件)が発生。歩行者天国で賑わう日曜日の秋葉原にトラックで突っ込んだ犯人は、ナイフで歩行者を次々と刺し、死者7名、負傷者10名を出す大惨事となりました。
水銀党本部では、犠牲者の冥福と負傷者の一日も早い回復を祈りつつ、事件直後の混乱の中で関係者の緊急安否確認を実施。また犯人の厳罰と、事件発生を理由に無期限中止となった秋葉原歩行者天国の早期再開を訴え続けてきました。
歩行者天国の継続こそが、地域経済の活性化に貢献し、何よりこの卑劣な事件に対してわたしたちが屈しない意思の証明になると考えたからです。


「秋葉原は、第一に楽しいところです。
皆、各々の期待に胸を弾ませて駅を降りる楽しい街なんです。
それが攻撃された。
日曜の秋葉原を楽しみにやってきた人々が無惨に虐殺された。
私はこの悲しみと悔しさを、決して忘れない。
今はただ、祈りを捧げる事しかできません。皆さんにはどうか、この悲しい事件を風化させないために、そして繰り返させないために私達が何をすべきか、共に考えてほしいと思います。 」

「オタクの街であり、電気街であり、一歩奥に入れば古くからのやぶそばや赤津加がある。神田川に沿って江戸情緒を楽しみながら散策するのも良い。
秋葉原とは、日本にとって特別な都市だと思います。秋葉原とは日本が世界に発信する一つの文化であり、それを育む自由と可能性、そして多様性の象徴です。
その秋葉原の自由が、想像し得る最も卑劣な手段で攻撃された。
これから色々なものが、変わらずにはいられないでしょう。
失われた命が戻らないように、もう取り戻せないものもあるかもしれません。
その中で、残された私達は、この悲しみを乗り越えて、先へ進まなければなりません。
犯人は、暴力によって社会に復讐できると考えた。
このまま私達が、悲しみに沈むまま萎縮してしまったら、犯人の行為は成功した事になってしまいます。
私達は、犠牲になった方々のためにも、法と秩序による平和が野蛮な暴力に優越する事を証明するためにも、このような行為ではいかなる本質的な目的も達する事はできないのだという事を犯人に思い知らせ、私達の社会を守らなければなりません。」 冬月

追悼ロゴは、水銀党本部メンバーの外蛯沢が制作したものです。
DO NOT FORGET 2008.06.08(6月8日を忘れるな)。
事件から2年半を経た平成23年1月、秋葉原歩行者天国は再開。
そして平成23年3月24日、東京地裁は犯人に死刑を宣告しました。

しかし、亡くなられた方のご遺族と、負傷して後遺症を負った方々の苦しみは、今も癒えることなく続いています。



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